「僕と契約して魔法少女になってよ!」

 さっきまで私は駅まで道をタラタラと走っていたはずだった。というのに、いつの間にか、本当にいつの間にかに、どこか知らない場所、いや、これはもうテーマパークでしか見たことがないような場所にいた。いや、前兆というのは一応あったのだろうか。ケータイを眺めながら走っていたら、突然、「王子」さんからメールが来て、「これから君を迎えに行くよ」と書いてあったと思ったら、何かに吸い込まれるように、空に飛ばされたのだ。垂直に。
 多分掃除機に吸い込まれるというのはこういう状態なのだろう。初めてだ。いや、2度とあってほしくもなかったけど。

 ネズミーランドで言うならば、スペース何とかみたいなところ。そこには絵に書いたような悪の大魔王みたいな格好した男がいた。実際に黒いマントを使っている人なんて初めて見たぞ。金色をしたウェーブかかった髪の毛は風も無いのにふわふわと動いている。その人物が私と目があった途端、人が良さそうな笑顔を浮かべた。

「やあ!僕はドグラ星の王子!つまりは宇宙人って事さ!あ、もしかしてこの衣装気になっちゃう感じで?実は宇宙人って手っ取り早くわかってもらう為に真っ白い全身タイツもあったんだけど、年頃の女の子の前ではちょっと駄目かなって思ったっていうかもう僕は悪路線で行くことにしたからこの方がいいかなーって」

「あれ聞いてる?」と、どぐらせいのおうじさんは私の顔をまじまじと見つめた。こんな服が似合うほどの(一応)美形であるから、私は身をよじって後ろに下が――……あれ、よくよく自分の姿を確認した。身動きが取れないのはキツく縄で縛って―――縄!?

「ちょっ……と!!どういう事なの!この縄外しなさいよ!」
「駄目だよ、契約してもらわなきゃ」
「契約って………何の話?」
「……あれ?君もしかしてアニメ見てないの?」
「はあ?」
「あれえ、おかしいなあ。日本のオタクは赤眼鏡が好きって聞いたけど……」
「何の話だよ!!!赤眼鏡してたらみんなオタクなの!?ぶん殴るよ?!」

 思わず叫んだものの、どくらせいのおうじはブツブツと何かを言いながら考え込んでいるようだ。私がオタクじゃないと言うのが余程ショックだったのか。まあ漫画というのはよく読むけれど、わざわざ夜まで起きてアニメを見たりしない。ていうか見かけで判断した結果ここまでつれてこられたのか?馬鹿なのか?この人は本当に馬鹿なのか?

「宇宙人だか何だか知らないですけど、何が目的ですか!」
「だから、君に魔法少女になってもらうために……」
「いつまでふざけてるんです!こっちは急いでたっていうのに……」
「ふーん、急いでたって何を?」
「バイト!です!今日は朝番だから早くいかなきゃなのに……!」
「やめちゃえ」
「っっ!何言ってるんですか!頭なしですかアンタは!!」

 とは言え、実際にいきなりこの場所はありえない。色々信じたくないけれど、このまるで宇宙船みたいなところの窓から、地球のようなものが見える。実際に地球なんて見たことないし、うちに地球儀もなかったし、これが本当の地球なのかわからないけれど、このまるで宇宙にいるような浮遊感をひしひしと感じていることを無視できなかった。

「まあいいや、地球じゃこのネタが一番旬だと思ったけど、知らないなら僕が直々にまるっと説明するよ」
「よくないです!早く!ああもうバイトのシフトが……!」
「君がここで快く魔法少女になってくれるなら返してあげるけど」
「だっだから……!劇団の人か分かりませんけど、私の年齢的にそれはちょっとどころじゃない程度に厳しいんで他当たって下さい!マジ勘弁してください!」
「年齢?」
「私もう19になるんですよ!?ラストティーンがやる訳ないじゃないですか!」
「ふむ、僕が調べた情報によると、日本の女は30・40になろうとも自分の事を「女子」と呼ぶはずなんだがな」
「そ・れ・は・そ・れです!!」

 いい加減叫んでいるのも疲れた。とりあえず早く返せと目線を送ってみるけれど、それをこのど……うん?なんだっけ?もぐら?せいのおうじはOKの合図と見たのかペラペラと説明を始めた。もう止めるのも面倒だ。

「現在、地球には数百種類にも及ぶ宇宙生物が飛来している。その中には地球人に多大な害を与えるおそろしい宇宙人も存在するのだー」

 もぐらせいのおうじは用意したであろう台本を読みながら続けた。

「そんな魔の手から誰かが地球を守らなくてはならない!つまり君は選ばれたのだ!」
「……赤眼鏡をかけていたからでしょ」
「まあそうなんだけど」

 一切否定しようとしないもぐらせいのおうじに腹が立ってきたが、ここで私が逆切れても恐らく意味はないことなんだろう。どんどん諦めがついてきた。恐らくもうバイトも遅刻しているだろうし、30分遅れてしまえばもう1時間遅れても怖くない。30分遅れてしまった時点で、もうクビの危険があるんだもの。

「で、返事は?」
「お断りします」
「ええー!どうして?」
「だって……意味わかんないってのはとりあえず置いといて、恥ずかしいし」
「やってるうちにやみつきになるかもよ?」
「そんな事やってる自分を想像したかありません!」
「――前にね、地球防衛を小学生に依頼したことがあったんだ」
「どうせ断られたんでしょ」

 私の発言は基本的にシカトなのか、もぐらせいのおうじは、ああもう面倒だ、もぐらは止めても無駄な馬鹿みたいに話続ける。「その時の少年達はとても勇敢だった……。きっと今でも勇敢に悪を倒し続けているだろう」

「………それってもしかして、倒さなきゃいけない、っていう固定概念を埋め込んだとかじゃない…ですよね?」
「彼らはとても勇敢だった……」
「聞いてないし……」
「ともかく!そんな正義のヒーローを君にも出来るんだ!なんて素晴らしいんだろう!赤眼鏡万歳!きっと他に取り得なんてないんだから頷いておこうよ」
「アンタはさっきから一言多いな!!そんな風に言われたらやりたくないでしょうが!」
「やってくれるつもりなの?」
「え……いや……」

 思わずまた口ごもった。この人と話していると訳が分からなくなる。頭が麻痺してくるようで、どんどんと私の中で「別にやってもいいんじゃないだろうか」とも思い始めているのだ。いやいやいや、だけど、安易に頷いてもみろ。どうなるか分かったもんじゃない。ていうか結局私はこの人の情報を知らないのだ。もぐらせいのおうじとしか知らない。

「ほら、早く契約してよ、
「え……?!どうして私の名前を……」
「さて、どうしてでしょう?」

 ニヤニヤと人を小ばかにしたような表情を浮かべる。この人は人を怒らせる天才かもしれない。この人の話が本当だとしたらきっと彼の付き人は大変苦労しただろう。

「契約、ってことは、何が必要なの……?」
「そうだね、僕がなんでも一つ願いを叶えてあげるよ」
「………つまり何でも叶えてくれるから、とんでもない、恐ろしい宇宙人と戦えってこと?」
「そう捉えちゃうとやる気無くすだろうからもっと楽しく考えない?」
「考えられません!つまり、っていうかこれが目的なだけですよね!?人が苦しんで戦ってる姿みるのが好きなんですか?!」
「僕の利点はそこなんだけどね」
「う、うわああ………!!」

 どう考えてもドエスの血が流れている。

「さて、僕だって時間が無限にあるわけじゃないし……そろそろ実力行使に出させてもらうよ」
「いやいやいや、もっと平和的に……!え、何この施設……なんで壁から……うわああああ!」


 1K七畳のこの我が家で、私は目が覚めた。もう一日が経ってしまったというとびっくりするが、昨日は精神的に疲れたような気がするので、まだまだ休みたい気分だが、今日は大学の授業が午後からある。まだまだ時間はあるが、ちゃんと起きなきゃ行けないと思うと、気分が滅入るばかりだ。

 結局、昨日起こったことは全部本当だったらしい。そういえばバイトの件だが、丁度バイト先寸前まで私がたどり着いていたお陰で、バイト仲間や社員さんたちが私が空につれていかれる所を目撃していたという。現に今でもケータイにはひっきりなしにメールや電話がかかってくる。うるさいのでもう切ってしまったが。
 勿論全員がそのまま信じられたわけではないが、実際に見てしまったわけだし、私はいつまで経ってもこないし、で、信じるしかなかったという。最近は山形の方に宇宙船のようなものが落ちてくるし、チラホラとおかしな事が起きている。

 昼ごはん作らなきゃな、と台所に立つと、メモ用紙が置いてある事に気付いた。

『〜魔法少女の心得〜 その一:変身するときは「ミラクル☆キュートな魔法少女!ここに参上!」と叫ぶこと。※叫んだ声のボリュームによって変身時間が変動するので出来る限り大声で叫ぶこと。 その二:呪文を唱えるときは大声で。※叫んだ声のボリュームによって魔法の効果が』

 私は思わずゴミ箱に捨てた。すると、

『駄目じゃないかー!取説はまだまだこれから先も使うんだから!』
「っうええ!?どこから……?!」
『僕は君のそのリングに通して声を届けているんだ』
「り、リングって……」

 袖をまくってみると、確かに趣味の悪そうなリングが腕についていた。今の時期は長袖が多いからまだしも、夏場になったらどうすればいいんだ!

『……、君、もしかしてそのデザインにご不満かい?』
「えっ!?あ、い、いや別に……」
『よし、それじゃあこうしよう。記念すべき一体目の宇宙人を討伐する事が出来たらこのデザインを変えてあげてもいいよ!』
「本当で……」

 そこまで言って、どうして自分がこんなに盛り上がっているのかを疑問に思い、思わず黙った。昨日は、無理やりリングを付けられただけだし、このままではもしかしたらいきなり羞恥心もなしに「ミラクル☆キュートな〜」とか言い出しそうな自分が怖い。

『もう少しくらい脳を弄くって麻酔状態にさせた方がよかったかな』
「………………おい」
『ハッ……!?もしかして今僕は口に出していたのか』
「その通りだよ!どういう事だよ!」
『まあまあ、ところで、玄関前に、誰か来てるようだけど』
「………は?」

 そう、口を止めたところで、丁度チャイムが鳴った。

「あ、。ごめんね、電話中だった?」
「い、いや別に!ところで、突然どうしたの?」
「ちょっとこの辺に用事あったから、ほら、午後の授業どうせ一緒だし、の家行っちゃおうかなーって思って……」
「そっか、ケータイの電源切ってたんだったか……」

 玄関にいたのは同じ大学仲間の百池弘子だった。先ほどの私の怒鳴り声を聞いてか恐る恐るというように入ってきたが、何の変わりのない私の様子から、いつも通りの笑顔を浮かべた。突然の来訪がきても大丈夫なように、ちゃんと片付けておいてよかった、と私は一人ごちる。
 そろそろケータイの電源つけてもいいかな、と起動しておく。

「入っていいよ、弘子の家よりはちょっと汚いかもだけど」

 と、自分にフォロー入れる理由はなぜかというと、この子の実家である百池家がとんでもない金持ちだからだ。お小遣い制ではないから、月にウン何万も貰ってるという話は聞かないが、くれ、と言えばもらえるというのが怖い。弘子には小学生の弟さんがいるのだが、その小学生でさえ動かそうと思えば5千万という大金を動かせるのだ。世の中可笑しい。

「弘子、そんな玄関に突っ立ってないで入りなよ」
『―――
「!………弘子?」

 いきなりモグラ王子に話しかけられたけど、実際に声に出さなきゃ反応出来ないから私は無視をした。だって、弘子の前でそんな事をしたらただの電波ではないか。

『それ、宇宙人だよ』

 その瞬間だった。弘子の中から、弘子の顔がどろどろに溶けて、中から見たこともないようなものが飛び出してきた。いつだったか見たエイリアンの映画のものに似ている。「それ」の手が私の横に伸びてくるのをただ呆然と見ていた。

『何やってるの!変身してよ!』
「ば……!馬鹿なこと言わないでよ!――ねえ弘子!弘子、どうしたの!?」

 そう話しかけてみるけれど、もう、弘子は弘子じゃない。これは誰だ?いつから?

――現在、地球には数百種類にも及ぶ宇宙生物が飛来している。その中には地球人に多大な害を与えるおそろしい宇宙人も存在するのだ――

 あの時の王子の事を思い出す。すうひゃくしゅるい。考えられないくらい多いのだろう。数百種類の種族、そして、何万何億という数。だけど、それよりも、

「弘子!」

 友達、だったのだ。そのはずだった子が今私に襲い掛かってくる。まるで悪い夢のようだ。もう姿は以前の彼女とは全く違うけれど、でも、私にとって百池弘子は一人だけだ。これだけだったのだ!

『ほら!早く!変身!』
「うるさいうるさい!少し黙ってなさいよ!!」
『―――右!』

 そう言われると同時に、私は倒れこむようにしゃがむと、真上をナイフのような鋭い腕が横切った。その腕や、足、全てに目玉がついていて気味が悪い。

『倒さなきゃ、自分が殺されるよ』
「………どう、して…………」

 フ、と気がつくと、ずっとうじうじ悩んでばかりの自分がいることに気付いた。悩んで悩んで、どうせ答えは一つしかないというのに、無意味なことばかりしている。悩むことなんてない。今私が出来ることは。

「みっ、ミラクル!キュートな……魔法少女!参上!」

 時が止まった気がした。いや、現に止まっただろう。氷点下マイナスを感知した気がするが、言い終わった瞬間にふわりと宙へ浮かぶ奇妙な浮遊感。そして眩い光をともに着ている服が全て消えた。

「えええええ!?」
『魔法少女の変身はまず服が全部リセットされなきゃねー』
「それをリアルにしちゃまずいでしょ!?」

 確かに光が眩しいせいで体のラインぐらいしか見えないだろうけれども!
 次に、まるでリボンに包まれるように、くるくると、布が私の体を回ったと思ったら次の瞬間にはもう服になっていた。ふわふわのスカートなんていつぶりに履いただろう。もうどうなってるか頭が追いつかない。そして気がつけば髪の毛はツインテールに結ばれるほど長くなっていた。それから最後にリングから先端がハートマークの、所謂ステッキが出てきて、それを握ると光が収まった。
 今までが何事もなく変身できたから思わず油断した、というか、自分のこと理不尽な状態に一言どころじゃなく何言か文句を言おうとしたけれど、「あれ」の腕がこちらに来る。

「うわっ……ととっ!」
『あ、変身シーンは邪魔しちゃいけない決まりがあるだけだから』
「何だよそれ……!え、えいっ!」

 唯一持っている武器というだけのステッキを振りまわすけれど中々当たりはしない。

『全く!全然取説読んでないんだね!そのステッキの後ろ押して!』
「は、はあ?……ええと……」

 ステッキを立てて後ろのボタンを探す。これか、と押してみると、覗き込んでいたところから弾が発射された。ちょっと斜めに持っていたお陰で顔面にぶつかることはなかった。

「最初に説明しろおおお!!!」
『そんな危なっかしい持ち方するほうが悪い』
「うわあっ!と、とりあえず……!」

 ステッキを「あれ」に向けて打つ!多少はひるんだが、まだ次の一手が来た。私はそれを前転しながら避けた。自分で言うのもあれだけど、運動神経が人並みで本当に良かった。

 ビュッと風を切る音が聞こえる。次々とステッキの機能を活用していく方法を思いついていた私は、こわばっていた顔が自然と笑顔になっていることに気付いた。自分って快楽殺人者なのだろうか、と思って思わず口を引き締める。

『楽しくなってきたかい?』
「そ、そんな訳ないでしょ!だ、だってこの子は――きゃあ!!」

 思わず王子にばかり気を取られていたせいで集中が切れてしまっていた!横腹に思いっきり一撃を食らって、私は壁に叩きつけられた。ただでさえ狭いってのに、ここで追い詰められたら……!横からのガラスが盛大に割れる音で私は目を閉じた。

「はあ、あーもう全く、魔法少女たるものステッキの使い方くらいマスターしてよね」
「なっ何言って………!は!?」
「さすがに危なっかしくて来ちゃった」

 まるで語尾に「☆」でもつけてそうなくらい楽しそうに、もぐらせいのおうじは登場した。一体どこから!ときょろきょろしてみると、窓ガラスが盛大に割れた音を思い出した。もううちは散々だ。

 王子は「それ」に対して殴りを一発食らわせた。簡単なもんじゃない。人一人ありそうなあれを吹っ飛ばすくらい豪快な殴りだ。
 大きな音を立ててそれは壁に叩きつけられ、そして、ずるずると床に落ちていく。私はずっとポカンと、口を開いたままだ。私の存在って。

「まあでも楽しそうに魔法少女してたし、いっか!」
「た、たのしそうって……」
「似合ってるよ、その衣装」
「なっ!?」

 そしてまた、弘子がそれに変化した時と同じように、溶け、また知らない生物が私たちの目の前に現れた。
――と、その時、私のケータイが震えた。着信元は、「百池弘子」?あれ?

「は、はいもしもし」
『あ!おはよう!今日って午後から授業だよね?』
「え、あ、うん、そう、だよ」
『どうしたの?寝起き?』

 『じゃあそれだけだから!学校で会おうね!』と言って切った百池弘子からの電話を膝に置き、ゆっくりと王子の顔を見る、が、向こうは私から目を逸らしているために、目が合わせてくれなかった。
 窓にはガラスがないもんで、冷たい風が私達の間を通り過ぎた。

「あはは……どういう事、かなあ?」
「――あれは僕のペットで名前はクライブ。極めて多様な擬態能力を持っている」
「へえ、そうなんだあ……」
「とりあえずいきなり実戦やってもらうよりもこうやった方が――」
「ふざけるなああ!!」

 私は思わずステッキで彼を殴った。2・3発くらい。

「痛いなあ!何するんだよ!」
「何もなんもねーわ!!私が葛藤したことも、私の部屋がこーんなめちゃくちゃになったのもお前のせいなのか!?」
「折角初心者モード作ってあげたのに!」
「ケースバイケースでしょう!?どうしてうちでやったの!?」

 彼の胸倉を掴み、ぐらぐらと揺さぶる。私よりいくらかは高い彼をここまで出来るなんて、多分変身したことによって身体能力が上がっているんだろう。自分でもびっくりの怪力だ。こんだけの被害どうしてくれるんだ!と叫ぶと、「ここの管理人、うちの星の人だから僕が言えば直してくれるよ」と言った。

「……それ、願いにしないでよ」
「ぎくっ」

 魔法少女になったものの、結局まだ契約時の願いは保留にしていたのだ。私は追いついていない理性を呼び戻しながら呼吸を整えた。

「常識的に考えて、この家の被害はあなたが無償で直して下さい」
「ええー楽しそうに暴れたのは自分じゃないか」
「うっうるさい!元々誰が原因でこうなったのよ!」

 そして素早く言う。「私の願いは、魔法少女を止めること!」

「ふっ、ふっふっふ……それは叶うわけない願いなのだ……」
「……え?」
「魔法少女をやめるにはリングを取らねばならない!そして、そのリングを取るための鍵は我が忠実な部下が――」

「王子、これはどういう騒ぎですか」

 気がつけば、うちのベランダには三人の男性が立っていた。全員がスーツを着ているために、少し威圧感を感じる。このモグラ王子の事を呼んでいるのであるからきっと、知り合いなのだろう。呼ばれた王子はそ知らぬ顔をして、そっぽを向いたが。

「王子!」
「あーもうわからない?」
「………何がですか?」
「だから、」と、王子は隣に座っている私の肩に手を置いた。「デリヘルでイメクラ中。今ずかずかと来るとか不謹慎じゃない?」
「はあ!?」そう叫んだのは部下の一人と私だった。
「な、何変なこと言ってるの……!?」
「アホみたいな冗談言ってる場合ですか?!どうせまた地球人に迷惑かけたんでしょう?!」

 いつの間にか私放置で、部下らしき人と王子が言い合いに、というか一方的に部下の人が王子に怒鳴りつけている。やけに王子に突っかかってくるこの人は、ちょいちょい聞こえてくる話から「クラフト」という名前らしい。

「すみません、王子が迷惑をかけたようで……」と、部下の眼鏡をかけた人が言った。
「い、いや、大丈夫じゃないですけど、大丈夫です」
「そう…ですよねえ……」

 二人して苦笑を零せざるおえない。と、いつの間にか変身がとけたようで、先ほど着ている服に戻った。すると、向こうで口論していた王子とクラフト、さん?もこちらを見た。

「ああ、やはり王子の戯言に付き合わされたんだな……」
「戯言ってひどいなー彼女はわりとノリノリだったよ?」
「うううるさいっ!」

 そうしたやり取りをしていると、クラフトさんが私に物を投げた。「これがそれの鍵だ。後ろのボタンを押すと鍵穴が出る」

「えー本当に魔法少女やめちゃうのー?」
「王子は黙ってろ!全く、人に迷惑かける以外に趣味を見つければいいものの……!」

 きっとこれは日常茶飯事なのだろう。後ろにいる二人はため息をついている。ご愁傷様です。本当に。騒がしい横の人らをスルーして私は出てきた鍵穴に鍵を指した。少しの間しか、ほんの少ししかこの王子と一緒にいなかったけれど、大分疲れた。もうこんなに疲れることはないのだろう。そしてなぜか、少し寂しかった。

 さみしい?

 な、なにを考えているんだ私は。こんな面倒なことから解放される!という時だというのに。情でも沸いて毒されたの?嘘だ。そんな訳無い。(だけど、)さっき助けられたとき、結局問題だったのはあいつだったけれど、でも。

『暗号を言って下さい』
「暗号……?」
「鍵を解くための暗号が設定されてるんです。――王子、暗号は何ですか」
「いや、覚えてな……いたたたた!」
「覚えてるだろ!言え!」
『ヒントです』
「あ、ヒントあるんだ」

『暗号はあなたが好きな人です』

 沈黙した。一瞬出かかった言葉を飲み込んで、私は王子に向かって近くにあった鉢を投げた。黒服たちは王子の部下というが、一切干渉してこない限り、やっぱりこいつは人に迷惑かけてばかりの最低野郎なのだ。

「これはどういう事なの……?」
「あ、それ凄いよー改良型だから常にデータが最新のもので」
「そういう問題じゃないでしょ!?」

 私は赤くなりそうな顔に思わず手を置いた。刺しっぱなしの鍵を横目に私はこの状況をどうにかする方法を必死に考えた。だけど、奴のいう事が本当だとして、今自分が好きな人は、と考えれば考えるほど嫌なことばかり思ってしまう。

「ああもう!!アンタは馬鹿か!馬鹿なのか!」
「あれ?よく知ってたね」
「……はあ?」
「バカ=キ・エル・ドグラ、それが僕の名前だよ」

 カチャリと鍵の外れる音が、恐ろしいくらいに部屋に響いた。


75杯目のコーヒーを
何完璧にときめいてんだよばかやろう!