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 殺風景な所だった。この建物の屋上――と断定してはいけないかもしれないが――は、余程高度の高い場所にあるのか、見えるものは空や雲のみ。木などは全く見えなかった。一晩寝て体を落ち着かせた受験者は、……と言いたい所だが、本当に最善のコンディションの者は少数派だろう。大抵どの顔も、ピリピリと次は何をさせられるのかと睨むような目を持っていた。

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです」

 確か試験の一番初めに番号札を渡してくれた人物が、この雰囲気にも動じずにそう言った。恐らく毎年このようなものなのだろう。

「………、大丈夫なのか?」
「え?何が?」
「い、いや、なんでもない…」

 昨日、最後に見たような暗いテンションを覆い隠すほど(クラピカから見て)上機嫌な彼女を不思議に思って声をかけたが、心配するような彼の声も何の事だか分からないという顔で、ニコニコと聞き返した。

「うん?」とは不思議に思いながらも説明者の方へと向きなおした。

 第三試験を要約すると、72時間以内にこの塔のてっぺんから、下に行けと言う事だ。そして条件は?というと、『生きて下まで降りてくること』

「つーまーりー…死ぬ確立高いってことなの?」
「…そう、だろうな」
「あ゙ー!!じゃあどうしろっていうんだ!!」

 レオリオが叫ぶ理由も分かる。塔のてっぺん、というからには確かに、てっぺん、ではあるけれど、側面に張り付いてありそうなハシゴはおろか――もっとも、この高さをハシゴを使って降りるのも至難の業だが――、下に降りる階段さえもないのだ。先ほど、外壁をつたってロッククライマーが降りようとしていたが、周りに生息する大鳥の餌食となっていた。

「きっとどこかに、下に通じる扉があるはずだ」
「………ん?」
、どうかしたのか?」
「…ねえ、ちょっと二人とも、てきとーに歩いてみて?」

 彼女の言う事の意図が読めなかったが、言われた通りに散歩をするようにどこかへ行き、そして戻ってきた。

「人数が減っている…?」歩いている最中に思った事を、クラピカは小声で言った。
「うん。わたし達より早く、扉を見つけたんだろうね」
「お、おい!24人しかいねーぞ!?」
「半分か……気付くの、遅かったかもねー…」
「もったいぶってねーで言えよ!」

 既に半分近くが最初のステップを踏み出していた事を知り焦り始めているレオリオの横で、は至極冷静に遅れを取ったと悔しがっていた。隣にいるクラピカも、レオリオのように叫んではいないが、答えを求めているようだ。

、クラピカ、レオリオ!」
「ああ、ゴン」
「さっきそこで隠し扉をみつけたよ」
「そっか。じゃー丁度説明出来るね」

 ゴンとで会話は成立しているようだが、レオリオとクラピカは分からないままだった。恐らくゴンの後ろにいるキルアは理解しているだろう。はそう思い、移動中、レオリオとクラピカの方を見ながら言った。

「体重がかかったら回転して動くようになっている床があるんだよ。それに乗れば下に行ける。…多分、一つに限り一回だろうね」
「どうして分かったんだ?」と、レオリオ。
「二人が歩いているときに、何箇所か変な音がしたんだ。でも、普通体重がかかったら動く。けど、動かなかった。……と言う事は誰かが通った後なのかな?」
の言うとーり。オレとゴンで通った後の扉を触ってみたけど何もなかった」

「耳澄ました時に、下から音が聞こえたんだよね」とは笑っているけれど、そんな音はレオリオはおろかクラピカでさえ聞き取れていなかった。何言っているんだと、レオリオとクラピカ、そして話を聞いていたキルアの三人は「はゴン並だな」と顔を見合わせた。

「ここ、5つ揃ってるよ」
「…………近っ」
「そうだな。この中のいくつかは恐らく…」
「…いや、初見殺しなんて手はないよ…きっと…」
「なーに言ってんだよ。生きて降りて来いつってんだぜ?」

 周りを見回してみると、もうそろそろ残っているのは自分達だけではと思ってしまいそうな人数だ。こんな所で躊躇していても仕方ない。震えていたは、ふうと一息ついて自分を落ち着かせた。

「…おい、
「何?」
「……いや、なんでもねーよ」

 なんでもない、と言いつつも本心は気になっているだろう感情を抑えて、キルアはそう言った。一体どうして話しかけられたのか、そう気になっているのは、も同じだが。そういえば先ほどもクラピカに話しかけられた時もこんな感じになっていたな、と色々と考えていくうちに忘れてしまっていた。

 最終的に、自分で降りる場所はじゃんけんで一番二番を決めるという事になり、結果的に、最後に場所を選ぶのはになり、折角気を落ち着かせたのにといじけたを見かねて、クラピカが順番を交換しようと言い出したが、それに大しては首を振った。

「うん、クラピカありがとう……」
「…だが……」
「大丈夫だよ。ほら、自分で選ぶより残ったの方が誰かのせいに出来るじゃん」

 まるで、自分以外皆死ねと言うようなの腐れ切った視線を、クラピカは苦笑いで返した。後ろでレオリオが真っ青な顔をしている。
 が、「じゃあ、せーのでいくよ?」と、何も分かっていないゴンが切り出した事で、場の流れは変わった。
 そうだ、早く行かなければ72時間なんてすぐに経ってしまう。

「せーの!!!!!」




 思ったよりも下は明るかった。が、風景がガラリと変わるわけでもなく、上でみた床のような造りだ。は意外にも下に落下している事に驚いたが、無事に受身が取れた。2階から1階を飛び降りる程度だろうか。ロッククライミングするよりは完璧にこちらの方がマシだが、1階と言うものは高いものである。

 降りてすぐ、目に入ったものをはまじまじと見つめた。この世界の文字、ハンター文字で何かが書いてある。

「えーと……『助け合いの道』?……『君達2人はこれからここからゴールまで片方は足を、又は手を封印して助け合って乗り越えなければならない』…?」

 そう書いてある板の下には、手錠のようなものが1つ。「二人…?」何となしにが呟くと、聞こえるはずもない相槌が聞こえた。「そうだよ」

「え…?だ…れ…っぎゃあああああああああああ!!!!」
「もう1人来るの待ってたんだよ。相変わらず君はトロいね」
「ごごごごめんなさい!!いえ、あ、あの申し訳ありませんでしたー!!!」

 頭を下げて謝るようには下を向いているが、実際はあまり顔を見たくないという気持ちがあった。怖いし恐いし。

 振り返った先にいたのは、恐らく男性で、背はよりも遥かに高い。そして、顔には針のようなものが刺さっており、髪はモヒカン。町のヤンキーのような生易しいものではなく、むしろ刑務所に今から行きますというような前科有りのようだった。仕事柄、色々な人物に会っては来たが、こんな人は会った事も見たことない。いや、会いたくなどなかった。世紀末を感じた。
 ひたすら謝り倒すに対して、彼は呆れ声で言った。

「そう喚かれても困るんだけど」
「あ、い、すみませんでしたー!!!」

 再び謝りながら、は顔を上げる。顔を見た瞬間に、すぐに逸らした。

「ねえ、どうしたの?」
「え、あ、あのむしろわたしの事はゴミでも何でも……!!」
「ごみ?君はそんな名前だったの?」
「…………です…」

 ここにはツッコミが不在か。というより、どんなツッコミ上手でもこんな人物とかけ合い漫才なんて出来っこない。それとも本当のツッコミ、プロなら出来るのだろうか。それならわたしはアマチュアでいい。
 目も合わせないに不思議そうな目を向ける彼(恐らく)は数十秒間じっと、彼女を見ていて、ようやくなぜこんなに自分を拒否しているかに気付いた。

「ああ、そっか今俺、顔を変えてたのか」

 一方、取って喰われんじゃないかと顔面蒼白になっていたは自らの終わりを感じ取っていた。考えていたことはこれからの仕事の事や、遺書を書けなかったな、と言う事だったが。

 人生終了と1人途方に暮れているを他所に、彼は自身の顔に刺さっている針の一つ一つを抜き始めた。抜くごとに、ビキビキと――これは筋肉の音なのか――嫌な音が耳に届いた。
 全部抜き終えたところで顔の筋肉という筋肉が暴れまわるかのように、動く。スミマセン顔ってどんな形でしたか?と聞きたい程だ。
 それを見たは声もなく叫んでいたのだが、動きが収まってくるとそこには見慣れた顔がある事に、気付き、今度は声に出して叫んだ。そこには何時間か前にメールをやり取りした人物。

「イ、イルミさん!?」

 長い黒髪で、目はアーモンドのような形で黒目がち。よくよく聞いてみればこの声は…と言う所だが、まさかあの姿では同じ声だとしても同じ人物だとは思えない。は安心したような、泣き叫びたいような、それとも両方なのか、複雑な感情を込めて、彼、イルミを名を呼び、そして指を差した。

「やっぱ分かんなかったんだ。どうりでおかしいと思ったよ」
「あの姿で気付く人なんて……」
「いるよ」

 イルミはそれが普通だというような口ぶりだったけれど、それは十中八九一般人ではないはずだ。絶対そうだ。下に字幕で特殊な訓練を受けてますって出るくらいじゃなきゃ出来ないはずだ。絶句状態で、は冷や汗をぬぐった。ちなみに、イルミだと分かるまでの間、頭の中ではずっと遺書を綴っていた。途中クロロへのどう考えてもアレな悔やみの文章を考えてしまったせいで10行目で止まっているが。

「で、」

 気をとりなして、は言った。

「これは…えーと…」
「どっちかの腕か足をコレで止めて、で、どっちかがゴールって事?」
「い、いや違う!!絶対!!!」
「そうなの?」

 そうだったら嫌だ!とは必死にイルミに言うが、イルミはずっとそうだと思っていたようで、もう一度説明文を読み直していた。もし彼の言うとおりであったら、ここに残されるのは間違いなくだ。

「はい」
「え」

 読み直したんだよね?!と聞きたいほど、あっさりとイルミはに手錠を渡した。手錠を受け取らないを見て、「…え?俺がつけるの?」と返した。確かに彼の言うとおり、ここでイルミが付けた場合を考えると、どう考えても不合格に近くなっている気がする。が、先ほどまで片方に手錠して置いていくと言っていた人物だ。大人しく手錠にかかる訳にはいかない。

「……置いていきませんよね?」
「あ、なんだ。やっぱ置いてかなきゃダメなんだ」
「ち、違うって!一緒に行きましょう!」
「まあ、何でもいいからさっさとしてくれる?」

 どうやらこの手錠をかけない限り、次に進む扉は開かないようだ。戸惑いながらも、は手錠を受け取り迷わず手首にかけようとした所を、イルミは止めた。

「そっちにかけるの?」
「足だったらわたし動けなくなりますってば…」
「どうせ歩いても遅いんだから足にしなよ」

 と、自分で手渡したくせに、イルミはの手から手錠を取り、そしてすぐに両足首につけた。つけた事により、輪と輪を繋ぐゆったりとした鎖はコードを巻き取るように短くなっていき、開いていた足は無理やりに閉じられた。そのせいでバランスを崩したは、そのまま、足は開くことが出来ないので倒れかけたが、その体をイルミが掴んだ。そして、担ぐ。

「多分、ハンター試験の事だから途中なんかありそうだしね」
「ええええ!い、いや、自分で歩きますよ!」
「歩けるの?」
「…………お願いします…」

「そう」と、イルミは短く言うと走り出した。

 後方を向くように担がれているは、文字通り何も見えない先に様々な気持ちを抱きながら再び遺書の作成に取り掛かった。

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