あたしはどうやら人と距離を置いている、らしい。最近気付いた。 どうやって気付いたのかっていうと、誰かに言われたって訳でもなく、話している時「あ、今あたし距離置いたな」ってハッとしたからだ。別に、みんなあたしより格下(笑)だとか、あたしの事なんてどうせ分かってくれてないわ(暗黒微笑)とかそういうんじゃなくて、なんだろ、ちゃんと普通にもうなんつーかゼロ距離ですきすきーな友達もいるし、えーと詰まるところあたしが距離を置いているのは、大人だ。 友達のおかーさんとか、学校の先生とか。だから職員室中に響き渡るような笑い声で、楽しそうに先生と話している友達の姿とか正直ありえないって思ってた。だって先生だよ?先生って言えば、うん、先生だから無条件にえらいとかないと思うけど、でも、『先生』ていうだけであたしの中では違う存在になっていた、と思う。朝ごはん何食ったとか昨日こんな話をしたとか、しない関係。先生だもん。他人だもん。 だって言うのに。 「ってば、まだ凹んでるの?」 ふ、と笑いまるで楽しそうに言うもんだからあたしは彼と対照的な顔をしてしまった。楽しそうじゃない表情。怒ってる表情。 「な、なんだよ…あたしはただ教室に残ってるだけじゃん!」 「教壇見ては溜息ついて頭を抱えて、どうみても悩んでるようにしか見えないけど」 「…ゆっ幸村こそ何の用?」 「自分のクラスに入っちゃダメなのかい?」 まだ楽しそうにくすくす笑っているもんだから、あたしは目線を逸らした。そんなくすくす野郎は同じクラスの幸村精市…君。テニス部で部長やってる。よく知らないけどこの立海大付属中学はテニスの強豪らしく、その部長やってるって事は凄いんだろう。こんな憶測ばかりの文なのは、幸村とは3年で初めて同じクラスになったからだ。だからあんまり知らない。 てか、ちょっと前まで何とかかんとかっていう病気が理由で入院してて、彼がこうしてクラスにいるっていうのは不思議な状態だった。 人と距離を置いているなって気付いたのは一ヶ月前の事で、そんで、凹み始めたのは一週間前。とはいえ、まさかそんな即効クラスメートにバレるほど分かりやすくぷち鬱モードに入ったとは思っていなかった。 「……てか、凹んでないしっ」 「落ち込んでるよ。どー見ても」 幸村は自分の机を覗き込んでいた顔を、こちらに向けた。「明日の予定、何だっけ」 「授業変更?……確か英語が体育に変わるんじゃない?」 「ああ、そういえば今日は体育じゃなくて英語が入ってたしね」 「そーそー。あたし、ジャージ持ち帰ってたからラッキーだったよ」 「オレからすれば毎日体育でもいいんだけどね」 「えー?確かに楽だけど、」 授業中寝れないからタルい、と言おうとしてあたしは口を閉じた。だってどう聞いても体育大好きです☆みたいなコメントした幸村にそれ言っちゃ、体育を全否定しちゃってるみたいだったからだ。 (あ、やっぱあたしってば距離置いてる) またフと気付いた。でも幸村は別に先生じゃないし、でも考えてみればこれはただの遠慮?いや、遠慮って結構距離置いてるって事?あああああもう分からない! 「だけど?」 あたしの気遣いを総スルーしたように、幸村は聞き返した。 「…そこ掘り返す所じゃないよ…」 「だってってば変に語尾濁すんだもん」 「だもん、って…」 「それもつっこむ所じゃないと思うな」 幸村はつかめない男だ。同級生にこんな事思うのはおかしいかもしれないけれど、本気でそう思った。話してなかったときは、まあ、話してなかったときっていうと、例えば一時間前までは、幸村はもっと違う性格だと思ってたかもしれない。 幸村とは今年初めて同じクラスになって、そんでもう冷たい秋風が感じる今日この頃、今この頃、ようやく一対一で話したのだ。一時間前は(こういう風に言うとまるであたしが幸村の事をずっと考えていたように聞こえるけれど、そんな事はない。全く。)、もっと幸村は優しい人間だと思ってた。いや、冷たい人間だな、とは思ってもないけれど、言うならば、イエスマンだと思ってた。頼みごとされたら断れないような、聖人君主のような人間。あれ?意味ちょっと違うかな?まあいいや。 とりあえずその聖人幸村像は物の見事に崩れ去った。つっても、幸村に憧れを抱いていた訳でもないから、崩れようが復興されようが構わないんだけどね。 「うぅ…さぶ……」 「窓全開じゃ寒くなるのは当たり前だろ?」 そう言って、幸村は窓を閉めた。あ、やっぱり優しい人間ではあるようだ。 「めんぼくない…」 「あはっ、何その口調?」 「いや…ちょっと昨日くらいから使ってみたくて……」 「時代劇でも見たの?ま、うちの部にはいつもそんな口調の奴が約一名いるけど」 「えーと、真田君?」 「そう。よく知ってるね」 真田君とは、去年同じクラスだった。ああそういえばテニス部だったのか、と適当にその口調の人物を挙げただけなのに当たってしまった事にちょっとだけ驚いた。基本的にいい人なんだけど、時たま口調が変、ていうか、今じゃほとんど聞かない言葉を使う男子だった。幸村と同様、あまり喋ったことはなかったけれど、あの喋り方は耳に入ってしまうだろう。現に入ったもの。 締め切った教室はほのかに暖かかった。遠くで、吹奏楽部の演奏が聞こえる。 「はさあ」 幸村が言う。 「どこが好きだったの」 「………は?」 「いや、だから」と、幸村は教卓を指した。 まさかと言えるであろうその言動に驚き、あたしは絶句した。そして真っ白な顔がどんどん火照っていくのが分かる。恥ずかしい、と言うべきか、何だろうこの気持ち。だってあたしが好きだなんて言ってないし、いやだって相談したのはほんと、ほんの一握りのあたしの大好きな友達だけで、で、まさかあいつらが言う訳ないだろうし。ていうかあいつらはまず幸村と仲良くないだろうし。 「質問の仕方が意地悪だったかな?」 あたしが好きだったのは、担任だった。もうほんと消し去りたい過去。てゆーか、今から屋上に言って飛び降りたいってくらいの失態。恥ずかしいったらありゃしない。実際には飛び降りないだろうけど、もしこの事が全生徒に、もしくは担任に知られたら出来る気がする。空も飛べるはず。 「幸村に、は、かんけーないじゃん…」 「あ、やっぱ好きだったんだ」 「…………」 「ごめんごめん、茶化すつもりはないよ」 否定しとけばよかった。あたしのばか。 「確かに、うちの担任はまだ周りに比べれば若いし、顔も悪くないと思う」 「………」 「でも、だから?って感じ。オレからしたら」 幸村はあたしの席の前のとこ、つまりは、教卓に肘ついて、こっちを見た。多分、こいつあたしがなんで担任が好きだったのかを根掘り葉掘り聞くつもりだろう。準備オッケーって言うオーラが漂ってる。やっぱ、優しい人間じゃないかもしんない。 まっすぐと見られて、気恥ずかしいやら何やらで、その感情を誤魔化すために、あたしを口を開いた。気分は罪を吐かされる犯人だ。 「……なんで、好きだったとか、」 「うん」 「そういうの…考えてなかった、けど」 「うん」 「…でも、多分あたしはせんせーの事がすっごく好きだった」 思い返してみても、担任から凄く優しくされた、とか、意外な一面を見た、とか、そういう恋愛小説みたいな展開なんて皆無だった。でも、なんで好きなの?て自分でも思うほど、あたしはいつの間にか視線を先生に向けていた。先生の授業のときには寝たことないし、先生がウケ狙いの面白い事言ったときには笑ってた。 だけど、『先生と日常会話』が出来ないあたしはそれだけだった。先生の好みとか、好きな食べ物とか、そういうの知らない。もしかしたら他の子は知ってるのかもね。あの先生、フレンドリーな性格だったから。 「恋に恋してるっていう感じ?」 「……ムカつく程その言葉が合ってて、ムカつくわ」 「変な日本語ー」 「もう何とでも言ってよ……」 こうすれば可愛く見えるかな、とか、こういう仕草は可愛くないな、とか、そういうの一生懸命考えてた。そういう時にずっと、先生の顔が浮かんでて、浮かべば浮かぶほど恥ずかしかったのに、あたしは所謂自分磨きを続けていた。すきだったから。 恋に恋してる、って指摘されちゃったけど、そうかもしれないけれど、でも先生に恋してたあたしもどっかにはちゃんといて、それは確かな事だったと、思う。 「幸村………あのさ、今、ちょー辛いです…」 目が潤んできたせいで、声が震えていやがる。 泣きそうになってる中、あまりこのあたしは可愛くないなって冷静な目で見ているあたしもいた。でもこの評価は正しいと思う、長年(まあ実際はそんなじゃないけど)自分磨きをしていたあたしが言う程だもん。かわいくない。 涙は女の武器っていうけど、人前で泣くのは嫌だ。一人で部屋に篭って泣きたい。あたしかわいそうって泣きたいんだ。 「ほら、やっぱり凹んでるんじゃん」 と、ゆっくりと幸村の腕が伸びてきてあたしの頭を撫でた。ああもう限界。本気で泣きそう。いっぱい泣いたのに。まだ自分を慰めたりないのかな? あたしかわいそうあたしかわいそうって泣いて泣いて、大人は苦手ですって適当な理由つけて逃げて、こんな健気な思いに気付いてくれなかった担任を恨むようにあたしはあたしを慰めて、それじゃ足りないのかな?(むなしいのかな?) 友達に散々相談して、かわいくなったつもりでもあのひとが見てくれなきゃ意味ないのに!みろよ!こんなかわいい女子中学生がお待ちだというのに!ふざけるな!やめてよ、あたしをその他大勢で括らないで。 一番いやなのは、今まで想っていた時間が無駄だったんじゃないかって思うこと。叶わなかった恋に意味なんてあるの?なんてどこかで聞いた台詞。ほんとだよ。 鏡の前で笑顔の練習とか、ほんと、恥ずかしい。服買うときもなぜか先生の顔浮かべちゃったり。一生の恥だよ。でも、だけど、あたしはそれくらい、すきだったんだよ。 「……は、がんばったと思う」 やめてなんだか本当に泣きそうだよ。大声出して優しくしないでって言いたいよ。あたしってば本当に恥ずかしい子。 あたしが距離を置いているのは紛れもなく、あたし自身だったようだ。 散々泣いた訳じゃないけれど、私の中では結構泣いた。10分くらいは泣いたかなあ。おかげで頭は痛いし、目の周りはなんだかひりひりするし、鼻とか絶対赤くなってると思う。触ってみるとちょっと熱い。 「はさ、教師とはあんまり絡まないタイプだよね」 「……よく知ってるね」 「見てればすぐに分かるよ」 「………なんか、好きっていうのもバレてたみたいだしね」 「そんなにあたし分かりやすいかな…」とぼそぼそ言ってると、幸村は平然な顔をして言った。きっぱりと言いおった。「ああ、それごめんね。オレ、のブログみた」 「え………ぶろ……?は?!なんで幸村あたしのブログ知ってるの!!」 「んー…色んな人のプロフ飛んでたら、自然と」 「パスつけたのに…」 「パスワードが担任の苗字とか、さすがにちょっとどうかと思ったよ?」 |