繰り返しの日常に答えなどないから、悲しみに暮れるだけ。


「絵、好きなんですね」六道くんだ。左右色の違う目で、私を見ている。
「うん。でも好きだけど絵を描くのは苦手かも」美術科の先生が一番高く評価していた絵を眺める。
「でも、絵 好きなんですね」彼はいつの間にか、自然な形でに真横にいた。
「そうですね。眺めていると溶けてしまいそうなのが好きです」ちょっとびっくりしたけれど、
「溶ける?それだったらさんはすごい事になりますね」彼に『ふつう』は通じないので何も言わない。
「素直に比喩って感じとってよ」この絵に何の画材を使ったのだろうか。
「それじゃあ、すごい事というのも比喩として下さい」白いところがない。全部隙間なく塗ってある。
「天邪鬼ですね。さっぱり意味が分かんない」これは薄暗く気持ち悪い絵だと、誰かが言っていた。

「・・・僕、絵を描くのは苦手なんですよね」私がずっと見ていた絵の中の人間を、指でなぞる。
「へえ・・・。私、六道くんに欠点はないと思ってた」六道くんの指はとても綺麗だ。
「無欠点ですか。憧れますが、それはきっととても気持ち悪い人間ですね」まるで指までも一つの絵のような。
「あ、でも六道くんのこと気持ち悪いとか思ってたんじゃないよ」絵自体は大きくはなかったけれど。
「・・・言っといてですが、思われていたら心外ですね」ちょっと高い位置からつるしてあるので、
「あはは・・・でも六道くんモテてるみたいだし」絵のてっぺんは丁度六道くんのてっぺんと同じくらい。

「そんな。ただ、ちょっと派手なことをしてしまっただけですよ」がり、音がしてと厚塗りだった絵の具が剥がれた。
「ちょっと って、今まで問題行動多かった人を病院送りですよ」六道くんが絵に爪を立てているようだ。
「まあ、でも学校自体はよくなったから良いじゃないですか」ついには紙まで破れたみたいで、紙が悲鳴を上げた。
「・・・ほんと、先生はなんも言ってないみたいだしね」爪で破った隙間を引っ張って、一気に紙を破る。
「ええ、本当。なにも言わないのですね」絵の下にセロハンテープでくっついてた作品カードがひらりと落ちた。
「言ってもなにかが変わるわけでもなさそうですし」これは授業でやった。作品名は皆同じ、『自己像』。作者は、
さんって、なかなか冷たい人なのですね。少々驚きです」六道骸。
「素直に生きてるだけだよ。六道くんもそうじゃん」さっきまで片手に持っていた紙を握り潰した。
「・・・そうですね。人に情を持ち合わせている暇なんて、ね」絵は顔の部分だけ乱暴に破られている。

「あれ。いつもクラスで見る優しさ、どこ行っちゃいましたか」六道君の綺麗な指は七色になっていて、
「・・・偽善って言葉知っていますか」そして、水道に移動しましょうかと言った。
「さあ、分からないです。私は違うので」足音というより靴と廊下がすれて、音が鳴る。
「そうですね、あなたは優しい人だ。今日も掃除当番を変わっていらっしゃった」水道で爪を洗っているようだ。
「だって教室が汚くなるのは嫌でしょ」腰かけてよりかかっている壁は若干冷たい。
「おやおや、一部汚かったのは僕の気のせいですか」もう指を洗い終わったのに水道が流れている。

「六道君と話してると可笑しくなりそう。なんだか、気持ち悪い」立ち上がって六道くんの横に並ぶ。
「ほんとさんは冷たいですね」少ししか流れないで渦巻いて溜まっている絵の具は黒だった。
「六道くんは黒、好きなんですか。絵にもいっぱい使ってたみたいですけど」六道くんも視線を下にした。
「そうですね。少なからず白よりは好きですよ」黒い絵の具は水で少しずつ溶けていく。
「なるほど。あれですね。心も真っ黒、みたいな」蛇口一つひねって黒い絵の具を流そうとした。
「・・・そんな馬鹿なことを考えてませんよ」もう一つひねる。

「それじゃあ、黒は六道色という事で」手を浸すと手のひら全体がひんやりする。
「嫌な名前ですね。聞きたくもない」六道くんは全部の蛇口をしめた。
「そうなんですか・・・六道って言葉嫌いなんですか」黒はまだ、全部落ちてない。
「言葉に好き嫌いもありませんよ。ただ、なんとなくです」ぐるぐると円をかいて水は流れる。
「それを嫌いって言うんじゃないの」水は全部なくなったけれど、黒はまだ残っていた。
「僕が嫌いじゃないといえば嫌いじゃないんです」もう一度水を流そうとしたら六道くんに止められた。

「全部流してしまいましょうよ。その方がいいですって」そしたらすぐに嫌ですよと、返ってきた。
「黒は僕なんでしょう。だからここに僕を残して置いてください」ぴちゃんと蛇口から雫が滴れた。
「さっきまで嫌がっていたのに、結構気に入っているんだね」手先が冷たい。
「別に嫌だったのは名前なだけですよ」理不尽とはこういうことをいう、頭によぎった。
「でもこれ私たちが残してても明日には流れていますよ」それだったら とポケットの中に手を入れた。
「それじゃあこれ持ってて下さい。僕ですよ」さっき破った紙だ。どこにもないと思っていたらそこにあったのか

「仮に六道くんだとしても、なんで私が持ち歩かなきゃいけないの」紙を無理やり手に掴まされた。
「うーん・・・なんででしょうねえ・・・」六道くんは鏡越しに私を見た。
「・・・意味もなく渡さないで下さいよ」手を動かすたびにくしゃとした音が耳をかする。
「僕と同じようになってもらいたいんですかねえ」鏡の私から視線をそらした。
「ますます意味が分からないんですけれど」同族嫌悪の逆バージョンですかね、と付け足した。
「だって僕が黒なら、さんも黒になってもらいたいです。」六道くんが蛇口をひねった。
「・・・ますますますます、意味が分かんないです」鏡越しの私は困った顔をしている。
「完結に言いますと、さんのことが好きです」鏡越しの六道君は笑った顔をしている。

「・・・完結すぎてびっくりしました」少し赤くなりそうな顔を横に向かせた。
「そうですか、びっくりしましたか。それは結構」六道君は、自分で何を言ってるのか理解してるのか、
「これがふつうの中学生の反応です」してないのか、さっきまでと全然変わらない顔で微笑んでいる。
「僕にはとても真似できません」そして、返事は?、と平然な顔をして聞いた。
「じゃあきっと、六道君は中学生じゃないんだ」ふと鏡をジッと見ていると、
「それでも僕は別にいいですよ」明るいオレンジがいっぱいに広がっていた。
「六道君ってさ、結構めんどくさがりでしょ。今もそう」さあ帰る時間だ。

さん、返事はしてくれないのですか?」後ろから、六道君の声が聞こえる。
「・・・そうだね、」私はいっぱい考えた。自分と六道君が歩いていて吊り合うか、
「なんなら待ちましょうか?急でしたしね」どうしていきなり告白してきたのか、それから、
「いいよ、待たなくて」六道君が掃除出来る人になったらいいよ、と私は笑顔で言う。
「まあ、でもそれより先に僕の机のゴミ、捨ててくれませんかねえ」やれやれ、と両手を挙げて呆れたポーズ。
「絶ッ対、イヤ。六道君が掃除をしないのが悪い」理想の男性:掃除が出来る人、が脳裏に加わった。
「本当に優しくない人ですね」そう言うと、六道君はまたあの絵の『あった』場所に向かった。

「掃除しますよ、これでいいですか」自分の描いたもうバラバラな絵とそれから額を壊した。
「・・・紙くずと木屑、すっごく散ってる」そういう事ですか、と六道君は言う。
「突っ立ってるなら、小箒でも、持ってきて下さいよ」まるで彼は王様だ。
「六道色、ここから消えちゃったね」結局私は小箒とチリトリを持ってきて、彼に渡す。
「あなたが持っているのでいいですよ」そういえば、と手のひらを開く。
「そうだったね」バイバイとそのゴミを六道君が持っているチリトリに放した。
「・・・・いつか、地獄を見ますよ」そう言った六道君の言葉に、私は笑顔で返した。
「やっぱり同属嫌悪してるんじゃん」さっきは逆だって言ってたのにね、おかしい人。