そこはキラキラしていたのだ。 |
事の始まりは、なんというか、「ラッキー」で片付けられてしまうのかもしれない。だけど一般的に私はラッキーな方ではなかった。会社に行くときの長い信号にいつも嵌まるし、買い忘れていた雑誌が売り切れだし、なぜか体重がいきなり増えた。そんな私でも、友達運は凄くよくて、なんだかホステスが多い気がしたけれど、皆良い人。本当は何の職業?なんて聞きたくなるほど、私が想像していた人ではなかったのだ。 ホスト・ボンゴレ、という店がある。それがなんだと言うのだ、という意見はとりあえず置いといて聞いてほしい。そこの店の本部は、イタリアにあって、そこは凄くお金持ちのお嬢様お姉様奥様しか入れないようなところなのだが、日本にある支店はもうちょっと抑えた感じの、周りよりは華やかだけど〜というレベルのものだ。値段もなかなかお財布に優しい。勿論私も何度か友達と行った事はあるけれど、ほとんどの人の服装が黒いスーツで、なんだかマフィアという感じだった。だけれど、気さくな人ばかりで気に入っていたお店だった。 そしてなんと、そこの支店に本部からのホストが来日してくるそうなのだ。そんな日はお店が(お客さんで)酷いことなる!という事で、その日は限られた人しか入れない、となった、らしい。 その”限られた人”と言うのは簡単なもので、クジを引いて当たりが出たらというのだった。しかも来店したお客さん皆、クジを引けると、なかなかその抽選期間中の店内はごった返しで、もう来てしまったのではないのかと錯覚するほどだった。 それで、その日私と友達はそんな事を知らずに来ていたので思わずまだ引いてもいないのに盛り上がってしまう。こういう時、自分は主人公なのでは、と勘違いする。主人公だったらこういう時に当たるものだ。 とは言え、そんな簡単に当たるものではない。人の顔以上に大きいその箱には、明らかに何百枚もの紙が入っている。その中から数枚の招待状を手にするなんて、運がない私には無理だって思っていた。 などと、色々考えているうちに友達は引いていたらしい。潔く、バッと取ったものはこのお店の割引券。「やっぱあっちにすればよかった・・・」なんて、がっかりとしていたけれど、それでも当たりは当たりらしく、箱を持っていたホストのバジルさんは箱を膝に置いたまま笑顔で拍手をしていた。 「さ、殿も」「う、うん・・・・」バジルさんがお客さんの名前に殿をつけて呼ぶ事は珍しくない、というか、それが当たり前だ。だけどなんだかこの時ばかりは、まるで儀式の前に呼ばれたみたいで、とても緊張した。 えーと、えーとと悩んでいると、丁度会計に行くのか、ビカビカと化粧と宝石を貼り付けた綺麗なお姉さんがホストを連れて私の前を通り過ぎた。すると、悩んでいる私を馬鹿にするかのように言った。「どうせ当たりなんてないから安心しなさいな」それにムッとした。まるでそれは、バジルさん達がズルをしているような言い方だったからだ。「そんな事ないですよ」と山本さんはにこやかに宥めるけれど、その顔はなんとなく、怒っているのではないかと思った。「だったら当たりがドレか見せてみなさいよ、ないんでしょ?」「いえ、この中に必ずございますよ」「・・・・・そういうの詐欺って、」 「いい加減にして下さい!」思わず叫んでしまったのは、バジルさんでも山本さんでもお姉さんでもない、私。しかもそれに伴い”思わず”手を出してしまっていた。もっと選びたかった、とがっくりしていると、バジルさんが驚いたような顔をした。私の手には、ゴールドのカード。 「それです!おめでとうございます殿!!」 とうとうこの日が来たのだ。イタリア本部の人たちが日本にくる日が。 あの日私が引いたカードはラッキーにも、当たりの内の大当たりだったようだった。なぜかと言うと、私たちはイタリアに本部があるというのは分かっていても、その本部に誰がいるのかは分からない。だから、カードの裏に事前に指名するホストの名前が書いてあるのだ。そして、私の所に書いてあった名前は”Tsunayoshi Sawada”、ナンバーワンホストらいい。まるで日本人ですね!とバジルさんに言うと「沢田殿は日本人ですよ」とあっさりと返された。(あ、こっちもこの方にも殿なんですね・・・。)でも確かに、日本に来るからには日本語を分からなきゃいけない。初めは通訳でもいるのかと思ったけれど、そんなのつまらないに決まっている。どうやら他にも日本人はいるけれど、ほとんどはイタリア人だそうで、その人たちはちゃんと日本語が喋れるらしい。 それで、何人でいけると言うのがあったらしいのだけれど、その沢田さんの場合は”一人”だったようで、その説明を受けた友達はクジのときよりさらにガッカリしていた。ここまでガッカリされていると、私がラッキーで手に入れたのが申し訳なくなった。その葛藤が伝わってしまったのか、友達は言った。「アンタが手にしたんだから、別にアタシはいいの」「で、でも・・・私がここ来たのって、あなたに誘われたから・・・」「あーもう面倒な子!アタシは横取りしないの、欲しいものは自力で取るんだから」と、笑う彼女は美しかった。だからだ、だから私はこのカードで行く女の子はあなたの方が良いと、思ったのだ。私なんかがナンバーワンホストの隣に居ていいものか。 シルクの布の隣に牛乳でも拭いたボロ雑巾が、同じ竿に掛かっているみたいではないか。 「だから・・・そんな事無いって行っているでしょ?」 「そうです!ちゃんはキュートですよ!」 「うんうん、それにツナ君は優しい人だよ」 私は、遅れては嫌だと、ボンゴレ日本支店と同じ敷地内にあるホステスボンゴレに来ていた。こんな所に押しかけて、と思ってはいたけれど、今日はお休みだそうだ。外にもしかしたら入れるのでは、会えるのでは、というお嬢さん達がたくさん来るのを予想しているかららしい。確かに、いつも以上に女の子がワラワラしている所に来る勇気は余程だ。 凹んでどうしようもない私を、花さん・ハルさん・京子さんの慰められる。やっぱり同じ系列の店だからか、ここのホステスは皆会った事があるらしい。 「だけど・・・」 「けど、じゃない!誰がメイクしてあげたと思ってるの?!」 「は、花様です・・・」 「・・・。だったら自信持った顔しなさい!」 今の私は、さっきまでの私じゃないみたいに綺麗だ。童顔だったから、いつもはもっと大人しめなメイクをしていたのだけれど、花さんは童顔を生かすようなメイクをしてくれたのだ。コレ誰!っていうくらい、私に合っていた。 「、」ずっとカウンターでお酒を飲んでいたビアンキさんがこちらを振り返りしながら言った。「アンタが例えボロ雑巾だとしても、それは誰が作ったの?」 「・・・・・え、ええ?」 「シルクなんて機械なの、アンタは真心が込められているんだから」 それは褒められているのか、馬鹿にされているのか。だけどなんだか、勇気が出た。そうだ、私は初めからシルクにはなれないのだ。ならそれでいいんだ。 「いらっしゃいませお客様、カードを拝見しても?」 ついに来てしまった。来てしまったのだ! ドキマギしながら、入り口に居た人にカードを見せる。くるんと長いもみ上げが眼に付いた。室内なのに帽子を被っているその人の服装も黒いスーツだった。 「ああお前か、あいつの相手は・・・」 「はい?」 「いえ、失礼致しました。こちらへどうぞ」 一瞬素が見えた気がしたけれど、すぐに接客体勢に戻った。 連れて行かれたところは、なんとも一番奥でありながら一番輝いている所だった。それにドキマギしながら、とりあえずいつもよりふわふわに感じるソファー座って沢田さんを待っていると、ゆっくりとその人は現れた。自然な茶色の髪がふわふわ揺れていて、やっぱり服装は黒のスーツ。「こんにちは」 「こ、こんにちは!」 「・・・・あれ?今ってこんばんは、かな・・・」 「あ!そうですね、こんばんは!」 確かにもうとっくに日は落ちている。オウムのように言葉を繰り返す私を見て沢田さんは微笑んだ。その顔は、かっこいい、というより可愛かった。私にメニューを渡すその腕や指にはゴツゴツのアクセがついていて、どこか沢田さんには似合わないと、思った。 「・・・そんなに緊張しなくていいのに」 「あ、あはは・・・・」 「俺の方が、久しぶりにここ来て緊張してるのに」 「・・・久しぶり?」 「うん、元々ここで働いていたんだ」 「2・3年前だったかな・・・」と、懐かしそうに彼は私の隣に座った。 「なんでイタリアに行ったんですか?」 「人事異動って奴かな・・・。あ、懐かしい、獄寺君だ」 沢田さんが言う獄寺と言う人物は、なんだか私に取っては怖い人だった。だって、いつも山本さんっていう人を睨んでいるし、接客もあまり上手くない。 ぼーっと考え込んでいると、私が頼んだお酒と頼んでいないフルーツの盛り合わせが届く。それに首をかしげていると、「サービスだよ」と、沢田さんは笑った。サービスとは言っても、明らかに高そうなものばかりにいまいち手が伸ばせない。 沢田さんは小皿に少しのフルーツを持って私に渡した。 「ところで・・・ちゃん、だっけ」 「は、はい!」 「さっきあっちの店いた?」 あっち、というのはホステスの方のボンゴレ。そこで、沢田さんは一息置いたように黙る。聞きたそうに、だけど言いづらそうに声を出した。 「・・・・京子ちゃん、達元気だった?」 「ええ。あ、もしかして京子さん達とその時から知り合いだったんですか?」 「いや・・・、地元が一緒だったんだ」 「へえー・・・」 そう行っていた沢田さんは、先ほどの懐かしい顔に、何かをプラスしたような顔で、なんだかあまり良い表情、という訳ではなさそうだった。「そっか・・・」まるで思い出したいように、まるで思い出したくないように彼は小さく呟いた。 周りはキラキラ輝いていた。 だけど、ここだけどうしようもないくらい、暗い雰囲気だったと思う。先ほどから、何度か沢田さんと一言二言の会話だけでどうしても続かない。失礼ながら、これで本当にナンバーワンホストなのだろうかと思ってしまった。何か私が不味い事でもいったかのかと思ったけれど、そこまで彼と話していない。 「ねえ、ちゃん。その髪・・・伸ばすの?」 「・・・・・・え?」 彼が指差すのは、私の首まで付かない髪。癖毛だからか、変なところで大げさに言えば垂直にハネている。引っ張れば首まで付くのだろうけれど、ムカつくくらいぴょんぴょんとハネているために、アイロンをいくらしても意味ないし、ワックスなんて持っての他。 「多分・・・伸ばすまで長いからこのままですよ」 「ふーん・・・」 静かに、沢田さんは私のハネている髪に触れた。そして、またどこか懐かしむような顔をして名残惜しそうな表情を見せた。「俺は、このままが好きかな」 「えっ・・・・・ありがとうございます・・」 「あの時が一番俺は・・・」 「・・・沢田さん?」 「あ、ああ、なんでもないよ」 メロンを一つ、口に含むと、沢田さんは閃いたように眼を輝かせた。 「ねえ、ちょっと抜け出さない?」 普通、ホストの人とオフの時には会わない。それに、たまにお店が閉まる後に会うというのは私は一切無関係の出来事であった。のだけれど、今日はソレさえも飛び越えて、お店が開いているのに抜け出す、という事になっていた。 (ねえ、ちょっと抜け出さない?) そう言った沢田さんは、立ち上がって私の腕を引くと、周りを確認しながら裏口に出たのだ。その間私は返事はおろか何も喋っていなかったけれど、拒否する理由もなかったから引かれたままでいた。だけど、考えてみれば私より沢田さんの方が危ないのではないだろうか。 ぐるぐると嫌な事を考えている私をよそに、沢田さんは裏に止めてあった高そうな黒い車に乗った。私は自然と助手席に乗る。「ごめん、ちょっと俺運転下手なんだ」そう言いながら鍵を回して、エンジンがかかって、車が出るまでの間がなんだか夢のような感覚だった。ふわふわとどこかに浮いている気分。そのまま寝てしまいそうな瞼をどうにか耐えていると、沢田さんは言った。 「寝てていいよ、ちょっと遠いから」 その言葉に、すぐに私は寝てしまったのだと思う。寝顔を堂々と晒して寝るのは恥ずかしかったけれど、横向けばお化粧で車を汚しそうだったから出来ない。 ところで、どうして沢田さんは私を誘ったのだろう。それともいつもこんな事をしているのだろうか。だけど、今日の彼はどう見てもナンバーワンホストにはあんまり見えなくて、それに懐かしそうにはしていたけれど、京子さんたちと地元が同じなら日本出身だろう。2・3年前からずっとイタリア本部に居たといっていたけれど、一回くらいは日本に帰ってきているはずだろう。多分。 それなのにどうしてあんなに懐かしそうにしていたのか。どこかヒントになることはあっただろうか?ああ、そういえば初め、京子さんの名前を挙げて、とって付けた様に「達」をつけていた気がする。(本当に気のせいかもしれないけれど。)沢田さんは京子さんと昔何かあったのだろうか。だけど、それでも何か足りない。 (その髪・・・伸ばすの?) そういえばそんな事を出る前に言っていた。今まで色んな男性とお話する機会はあったけれど、そんな前触れもなく髪の事を言った人なんていなかったし、私だって言わなかった。そこまで私の髪は特徴的な訳じゃない。 昔、私と同じような髪型の人がいたのだろうか。 「ちゃん、起きて」 そう、沢田さんに肩を揺らされて、冷たい夜風を受けながらゆっくりと眼を開ける。彼はもう運転席を出ていて、助手席に乗り出す形で外に居た。 「わ、私すっかり寝てて・・・ごめんなさい」 「・・・・ここの夜景がね、綺麗なんだ」 さすがホストという所か、全然気にしていないように、私をエスコートする。彼はそのまま少し歩いていたところで立ち止まる。 「うわあ・・・ここ凄く綺麗ですね!」 沢田さんに連れて行かれた所は、なんてことない丘だった。そこからは夜景が見えて、ただの家々が並んでいるだけの場所でさえなんだか本当に輝いているように見えた。 いつだったか、ホストはたまに値段の高いところだけじゃなくて安いところに連れてってくれる、なんて聞いた事はあるけれど、沢田さんからはなんだかそんな感じはしなくて、ただ自分が来たい所に来た、と言う感じがした。 「ここで、俺育ったんだ。並盛町って言うんだけど」 「綺麗な町ですね・・」 「・・・・・・そうかな、夜なのにまだこんなに明るい」 「・・・・・・」 「俺が前見た時は、もっと、・・・もっと暗かったかな」 キラキラ光っているのに美しいのに、彼はそれが汚いというような顔をした。 今は都市化が進んでいるのかいないのか、彼の言う並盛町は少なくとも住みやすい町には見えた。見覚えのある大手のショッピングセンターがあるし、駅が何個か見える。それが、彼にとって良い町であったかないかが問題な、だけで。 何も会話がないまま私達は夜景を見る。 重い雰囲気ではあったけれど、私が軽々しく声をかけていいような雰囲気でもなかったためにどうしようもない。ただ、どこかなぜか哀しかった。沢田さんが、私を見ていなかったから。それだったらどうして私を連れてきたのだろう。どうして、私じゃない誰かを連れて来なかったのだろう。 「変わらないでもらいたかったなあ」 「沢田さん?」 「・・・・・・・ツナ、って呼んで?」 「・・・ツナ、さん?」 「・・・・・うん・・・・・・・・・あーあ・・変わらない方が良かったなあ」 と、彼は腕を置いていた手すりを顔を埋める。「変わりたく、なかった」 そこに冷たい夜風がびゅう、と吹いた。 「・・・京子ちゃん」 (そこはキラキラ輝いていた、けれど、主役以外上がれないのだ) |