ザアザアと雨の音。ザーザーとテレビの音。

 先ほどまでそのテレビで移していたのはいつも通りの殺人事件。この場所は、天候によって電波がよく入らない時があるからいきなり砂嵐に変わる時がある。そして今日も、重要な所でザーザーと白黒になった。

 結局誰が死に、誰が殺したのだろう。いつもなら気にかからないニュースも、こんな所でぶちきられたら気になってしまうじゃない。
 いや、逮捕とかそれに類する言葉を聞いていなかったから、きっとまだ見つかってもいないだろう。最近のトップニュース。そのニュースは、全国区だった。なにやら、死んでいたのは全て自宅で、らしい。それも目撃者はゼロ。事件はグルグルと巡るばかり。
 そういえば、私の友達の友達の友達の友達…辺りが居なくなった、だとか何だとか。事件というのは意外と身近にあるものだな、って最近思った。

「このポンコツっいいから映つせ!………。…ごめん、映して下さい!」

 一人暮らしになってから多くなってしかも大きくなってきた独り言も、虚しさを通り超えてもうどうだっていい。たまに共感出来る人もいる、けど、分からない人は本気で分からないみたいだ。そういう人に「私、独り言酷いんだよね(笑)」と言った後の反応はいつだって引きつった笑いだった。

 ガンガン、とモニターを叩いてみるけれどあまり変わらない。この何年かでこんなにも文明は進化したというのに、これはポンコツだ。いや、たかだかテレビの電波が届かないとかあっていいものか。「……こんにゃろう」

「全く、は本当に独り言がひどいね」
「…そこに正一がいるのなら独り言じゃないって」
「へりくつ」
「この世には理屈で通らないものがいっぱいあるんだよ」

 クッションに顎を乗せ、苦笑いを零しているのは入江正一。私の彼氏だ。
 彼との出会いはまるでドラマのようで、カフェのアルバイトをしていた私に「一目惚れしました」って正一が告白してきた。しかもそれをアルバイト中に言うもんだから、私は配膳していたコーヒーを零しかけたし、それを聞いていた回りのお客さんもはやし立て始めるから大変だった事はまだ記憶に新しい。
 確かに、よく来るなあって思ってたけど、まさかこうなるとは思っていなかった。でも、ここ何ヶ月か恋愛事にご無沙汰だった私だったは、それにコロっと落ちてしまったのだ。気がつけば、『私も好きかもしれない』と考えていた。

 ガンガンと叩いていると、正一が口を開いた。

、引っ越さないの?」
「えー?これ如きの理由では引っ越さないよー」
「……そう」
「それにここ、家賃安いしね」

「これ以上の出費は貧乏大学生にはつらいよー」と続けた。
 ああ、今のこの雨もドラマみたいだ。大降りになっている。そういえば、今日の降水確率は40パーセントだった。それなのにここまで本降りにはなるなんて誰も思ってはいなかっただろう。雨だと外を歩くと言うのも億劫だから、オフの日で本当に良かった。ああ、本当にドラマのようだ。言うならば、恋人同士が傘を投げ出して抱き合うシーン。うん、意味不明。

「だから、僕のとこ来ればって言ってるじゃん」
「だーかーらあー、同じ大学生が何言ってんの!そういうのは働いてから言いなさい!」
「ちゃんとした収入はあるよ」
「もーバイトでしょー?」

 お堅い性格だと、友達に指摘された事があった。多分こうして正一の誘いを断っているのもその性格のせいだろう。確かに好きな人と一緒に暮らすなんて素敵な事だろうと思うけれど、ここの家賃は親に払ってもらっているし、って事は引っ越すならまず親に言わなきゃいけない。当たり前だけど。でも彼氏と一緒に暮らすなんて、反対されるに決まっている。正一はいいとこの頭の良い大学生だけど、所詮は学生だ。
 こんなお堅い私なんだから、その親はもっとお堅い。

「テレビつかなーい…」
「もういいじゃん」
「いくないよー。コレほっとくとますますひどくなるんだから!」
「…僕がいるのに?」

 テレビを叩き続けている私の服の袖を、正一は引っ張った。

「…おんなのこかッ」
「女の子はでしょ?」

 そう言うと、正一はその腕を強く引き、バランスを崩した私はそのまま正一の腕の中へと落ちた。おしりのとこにはさっき正一が抱えてたクッションが当たる。正一のゴツゴツとした腕が、私の腰に当たった。昼間っからコイツは…て思ったけど、正一は私をさっきのクッションの変わりのように、抱きしめているようだ。

「動けない」
「動けなくしてる」
「…お腹すいたなあ」
「じゃあ何か頼もうか」
「……やっぱいいやあ」
「そう?」

 離れる気がないのかとちょっと呆れながら、私は体重を背中に移して、正一に寄りかかった。付き合う前は、と言うより、付き合って最初の頃は正一もっとクールな人だと思ってた。初めの頃はこうして家に遊びに来なかったし、会話もあんまり続かなかったから私も入れたってどうせつまんないんだろうなあって思ってた。
 でも、私が思っていた以上に、正一はやさしくて、それからあまえたがりだった。今まで付き合ってた人は皆、素直に甘えられない私が嫌になって別れちゃってた。ラブラブカップルなんて、正直恥ずかしいかった。でも、私が甘えられない分、正一が私に甘えてくるから、コレで丁度いいかもしれない。

「正一は、さ、」
「うん?」
「……一目惚れ、っていったじゃん」
「うん」
「………なんで?」
「うーん…」

 わたしのどこがすき?っていう女の子らしい聞き方じゃなくてもっときつい聞き方だなって自分で思った。さすがおんなのこらしくない私、なんて自嘲してみる。
 一目惚れに理由なんてないのだろうけど、たまに不安になってしまう。あまえたがりの正一だから、他の誰かのとこ、もっと思う存分あまえられる行っちゃって、なんて、いやだ。気がつくときにはもう時遅しが毎回だから。

「顔とか、声とか、いろいろ」
「…なにそれ」
「いろいろ、だよ。本当。休日くらいは考える事を休ませてくれよ」
「………」
「僕はが好き、それじゃダメなのかな?」

 ダメじゃないけど、と私は言いかけて止めた。私だって、どうしてすきなの?って問い詰められたら困ってしまう。とりあえず今は正一がはっきりと私に「好き」と言ってくれたことを信じよう。きっと正一は、私がなんですきなのか、なんて求めてない。私はただ「私も正一が好き」って言えば多分喜んでくれる。恥ずかしいから、言えないけど。

「正一って、自分勝手だよね」
もなかなかだよ」
「……お昼作ってくる!」

 正一の腕から無理やり出て、私は狭いキッチンへと移動した。

「ねえ、
「なあに?」
「返事は?」
「………はい?」

 何を言っているんだコイツ、と言う意味を込めて返事をすると、「そうじゃなくて」と正一はちょっと怒った口調で言った。
 私は食材を冷蔵庫から取り出しつつ、正一の言葉に耳を傾けた。

「僕はに好きって言ったのに、は何も言ってくれない」
「………私もだよ」
「わたしも?」
「――――私も、」

 多分、今顔真っ赤だ。やさしいけれど頑固な正一はこうなったら言う事を聞くしかない。私は野菜を切ってるんですこれはあなたのご飯なんですっていう雰囲気を出しつつ、下を向いて、言わなきゃいけないであろう言葉の音を出そうとした。

 が、ここでピカッと雷が鳴った。

「ッ、び、びっくりしたあ………って、あれ!?テレビついてる!」
「…………。ふーん…」

 嬉しくなって、包丁を置いてテレビへと近づいた。

『発見されたのは20代前半と見られる女性の遺体で―――』

 テレビからは相変わらずニュースが流れている。殺人ニュースだ。こんなニュースを前に不謹慎だけど、私はテレビがついたっていう事実が嬉しくて、多分凄く笑っていると思う。ニヤニヤしてるかも。きもっ。

「……あのさ、
「ん?あ、ああ、えっと、すきだよ、正一」
「……………うん」

 歯切れの悪い正一の相槌のBGMは、外から聞こえる大雨の音なもんだから、私はドキッとした。これがもしドラマなら今は最悪のシーンだと思うから。

 でもこういう風に、たまに正一は変になる。よく分かんないけど、彼曰く「心配性だから」らしいけれど、何をどう心配しているのか私にはさっぱりだ。私はおそらく何もしてないし、それは、正一も同じ事でしょ?ねえ。あ、もしかして元カノがすっごく執念深いとかかな?そういえば、私正一から元カノとどう別れたのか聞いてなかったや。正一は優しいから言わなかっただけかもしんないけど、私は聞きたくなる人だよ。ねえ、どうして別れたの?

ザアザアと雨の音。


















少女



(そのニュースの犯人が僕だって言ったら君はどうする?)