いつだったか、私は授業で聞いた。地球の歴史を一年にすると、人類の誕生日は大晦日になるそうだ。つまりそれは、私が幾ら平均寿命より生きようと私が存在した時間は一秒よりも遥かに遥かに短く、そして私が必死に必死に彼を見ている時間さえも、地球上では表せない最小単位と化してしまうのだ。 …とか言う思春期特有の哲学的考えは置いといて、とりあえず私と彼・沢田綱吉の接点は微妙なものだった。…話に脈略がない?そんなの気にしないでよ。 それでも沢田とは幼稚園から一緒だったし、なぜかずっとクラスも一緒だったし、地区も一緒だったから子供会も同じだった。けれど、けれども、隣に住んでいる可愛い女の子でもないし(ちょっと歩いて着くアパートに暮らしてたし)、考えてみればろくに会話もなかった(沢田ってば、女子と距離置いてたし)。 ただ、本当に本当に、ビミョーに家が近くてビミョーに顔見知りなだけだった。 それから、私も皆と同じツナって呼びたかったけど、呼んでいいのか分かんなくて「つなよし」って私は呼んだ。今でも人のあだ名を勝手に呼んでいいか迷うくらいだし、なあ。しかしこれは、本当になんでそう呼ぼうと思ったのか時間があるならいつまでも一人討論をしようと思ったほどの議題だ。けど、どうせ最初の、つな、だけ普通に言って最後の、よし、は小さく言っていたし、ここまで考えて恥ずかしい事に、呼ぶ機会なんてそうなかった。だけど「つなよし」って一回呼んだからにはもうずっと「つなよし」で。 でも、中学上がってさらに接点がなくなって、久々に話かけなくてはいけない時には、「沢田君」って呼んだ。でも少し癪だから心の中では「沢田」って呼んでいた。 「あーえーと・・・・・・さ、沢田君?」 「・・・・・・ぅえ?!あ・・・、・・・何?」 「新聞の原稿、出来た?」 「あ・・・ああ!ごめん!今日までだったか・・・悪い。もしかして今すぐ必要?」 「・・・いや、明日までなら大丈夫」 「そっか、本当にごめん!明日まで絶っ対書いてくるから!」 と、沢田は苦く笑う。元々沢田は新聞委員会ではなくて、新聞係だからそこまで責任がある訳でもない。と言うか、クラス単位でやる事だから、先生が適当な人ならやる必要もなくて(いや、あるけれど)、私の所の先生はと言うとそちらに近くて、なんでも「部活に支障が出るくらいならするな」と小さい声で、クラスに向かって言っていた。はずなのに私がやる理由と言えば小さくてペラい正義感と、沢田と話せる口実。それに、私のクラスの新聞係はみな帰宅部だ。だからと言って、イコール暇、な訳でもないけれど、快く引き受けてくれた。多分。 沢田もその中の一人で、初めはまさか本気で新聞を作るなんてとは思ってなかったのか驚いていたけけど、そのまま受け取った。期限は確かに今日だったけど、それは私が決めた期限だった。だから委員会で決められた締め切りである明日の夕方6時までに出せばいい。それなら明日沢田以外のメンバーの分今日全部清書して、一発書きすれば、余裕で間に合う。 そう考えたものの、「ねえ。記事、できた?」 「あ、悪ぃ!。新聞のアレ、家に忘れたわ!」 「え・・・ええー!何その言い訳!どうせやってないんでしょ!?」 「や、やったっての!・・・・・・半分」 とか言うし、 「・・・・・・オレ、何書くんだっけ?」 「・・・・・・・・・は?」 とか聞かれるし、 「いや、最近マジ忙しいんだけど・・・」 とかキレられるし! 初め、私ともう1人男子新聞委員がいて、4人の新聞係がいて、委員のやつは部活入ってて、ていうかその委員は噂の山本武君で、奴はエースだから、まさかエース山本に「これやってね♪…部活?知らねーよ☆」なんて頼めるはずなく5人でやっていた。それにレイアウト的に、記事は5つだったから丁度いいと思ったのだけど、なんでこうも上手くいかないものか! しょうがないから後の2人の分は私がやる事を想定するしかない。にしても、これは大変危ない。なんだかここまで見ていると、私が計画的な人間に思えてくるけれど、ぶっちゃけ清書の紙は真っ白だ。タイトルデザインさえも決まってないし、てゆかタイトルさえ決まってない。でも適当に書いたものを印刷するのは嫌だ。 今日は寝れるかな、と私は帰り道思った。 |
「よ、!オレ最近寝てねーんだよ。寝不足(笑)お前はいつでも寝れそうでいいな!」 (本日のエース山本のありがたいお言葉) |
「、・・・ねえ、!」 「・・・ん?沢田、君?」 「原稿できた、遅れてごめん」 「いいっていいって。・・・ありがと」 朝のホームルーム終わって早々にだったから、あまり頭は回らない。もうちょっと話したい、気持ちはあったけれど、話す内容もないために会話は終わりかける。 「てか、オレのせいで遅れたよね・・・他にやる事ある?」 「え?!・・・や、無い。うん、無いよ!」 「・・・記事のタイトルとか、平気?」 「大丈夫だって!ほら、獄寺呼んでるよ」 「あ、本当だ。・・・んじゃ、ごめんね」 最初から最後まで「ごめん」を言い続けた沢田が行く。本当なら手伝っていただきたかった。でもそんなのかっこ悪くて、なんだか自分の首を絞めているような発言をしてしまう。避けたわけじゃないのに、避けているみたいだ。 昨日、やれる時間はフル活用した。(いや、3時間くらい寝たけど)でもこだわりすぎて一つに異常に時間をかけすぎた、というか、なんと言うか。 それで、結局出来たのは、とりあえず書いてあった自分の所の記事ともう一個記事(を、ちゃんと書き上げて)との清書と、新聞自体のタイトルだけだ。それと、沢田からもらったやつ。もう一人は、持ってきたけれどまだ完成してないって言ってたから授業中にでもやってもらおう。というか、やれ。それから、もう一つの記事を書き終わってないから、それもだ。 だから後、3つの記事を清書してそれらの見出しを書いて、終わりだ。 そういうと、結構簡単だけど、ムカつくくらい清書にかける時間はかなり長い。初めは下書きしないでそのまま写していったものの、間違いすぎて修正テープを散々使ったのは記憶に懐かしい。あのまま書いていったらきっと、テープを使い切ってしまっていたと思う。とにかく、一人頭の中で吠えてても意味がないから、とりあえずはやるのだけれど、即行で手が痛くなる。 「、それ終わるのか?」 「山本・・・」 「言ってくれればオレも手伝うのに」 「い、いや、いいって!」 もうヤダと机に顔を伏せて寝ようとした所に、エース山本参上。 心優しいエース山本(14)、だが、手伝う、が放課後に及んでしまったら大変だ。ただでさえ、あまり野球部の人と仲良くないのに、コレでエース山本が練習に不参加になって、で、明日とか調子が悪くなったら大変だ。運動とか一切やってないからしらないけど確か、練習を一日でも怠るとなんたら、とかあった気がする。「うぜぇ、死刑決定(笑)」とか言われそうだ。むしろ「?誰(笑)」か。 「本当ーに、いい!いらない!余裕!」 「遠慮とかいいんだぜ?」 「だぜ?とか笑顔で言ってくれるのは嬉しい、でもいい!」 エース山本がいつの間にか清書の紙を持ち上げているが、それを私は奪い返す。例えば、手が痛くなったから練習出来なくなったとか最悪だ。正直そこまで山本が弱いとは天地がひっくり返っても思わないけれど、今は大事な新人戦前だ。 「山本、ほんといいから!山本いらない」 「・・・ふーん、さすが最近活躍目覚しい様だぜ!」 「え!?なんでそんな不機嫌なの!?」 |
「んじゃ、はオレの事嫌いみてえだからもう行くわ!夜道には気をつけろよ!」 (本日のエース山本のありがたいお言葉) |
終わるか終わらないか、微妙な所だった。多分このままのペースだったら終わらない。やっぱり原稿に下書きなんてしてないで、そのまま清書してれば良かった。今からでも間に合うかな。今は4時半になった所。 無理矢理に頼んでしまったから、原稿のチェックもロクにしていないだろう記事もあった。これは多分、相当嫌われたかなあと一人なのに思わず苦笑を零した。 沢田君は、沢田はどう思って書いたんだろ。やっぱ、面倒だなとか思って書いてたのだろうか。結構めんどくさがりだから、私の事ウゼえって思いながら書いてたかな。ごめんね、私だって面倒だよ。ならやるなって話だよねごめんね。 なんでこんな必死になってやってるんだろ。こんなむちゃくちゃな文章の新聞なんて、学級新聞なんていつも誰も読んでないじゃん。その日のゴミ箱には紙くずになってるじゃん。沢田ほどじゃないけど、私だってめんどくさがりだと思ってたのに。 そこまで、話したかったのかな。 ずっと同じクラスなのに話す機会なんてなくて、いつの間にかつなよしはさわだになって、私が彼を見ていた時間よりずっと少ない時間を見ている友達を持って、談笑しながら私の顔を見ることもなくすれ違う。いつの間にか持っていたケータイの番号も知らない。行く進路も知らない。みんなみんな、知らないものだった。 「だってあいつ友達いなかったじゃん・・・」 いじける様なこの言葉は、気がついたら口から出していた。 顔だけ机に伏せて、左側、つまりは窓側に傾けた。頬が潰れている気がするけれど、気にしない。結構不細工な図だけど、窓にベランダなんてないから見られる事はない。 まるで漫画みたいに、大げさに溜息をついた。そして、窓から見える景色はそれこそ漫画みたいに、映画みたいに綺麗な夕日が沈む所で、それプラス鴉なんかも飛んじゃって、このまま一生5時のままで止まればいいのに、って思った。 「・・・?何してんの」 ガラリとドアが開く。思わず私は固まってしまった。 「沢田、君?」 「ああ、オレはちょっと学校にケータイ忘れちゃって・・・」 「へ、へえ・・・。よかったね、早めに思い出して」 「ほんとにね」 沢田の机はここから遠い。私は新聞を続けるフリして、こっそり盗み見た。 椅子を傾けて、沢田は机の中を漁る。すぐにお探しのものは見つかったようだ。確かあのケータイは私のより一世代次の、新しいやつ。 「・・・、まさかまだ新聞やってたの?」 「え?!う、うん、終わんなかったし」 思わず口走ってしまった事を後悔した。あれほど、一人で大丈夫だと言っていたのに。結果終わらなかったなんて情けない。 沢田は怒っているよりは呆れて、言った。 「だからオレ、手伝うって言ったのに!オレもやるよ、どこすればいい?」 私の前の席の椅子を引いて、沢田はそこに座る。びっくりして上手く声が出ない。もちろん、そんな事を沢田は分かるはずが無く、私の顔をジッと見た。指示をするべきなのだろうか。大丈夫だろうか。早く帰る必要とか、あったんじゃないのか。 「・・・せ、清書して。清書用紙、切り取るから」 「分かった。後で貼るって事?」 「紙、二枚もらってから」 机の上に放置していたハサミを持って、私は用紙を切り取る。震えて指とか切りませんように。まさかそこまで重症じゃありませんように。 切りはしなかったけれど、沢田に渡す時に少しだけ震えてしまった。 「今は・・・5時ちょっとすぎか。オレ、字下手だけど早めに書いていい?」 うん、とも聞き取れないような相槌を打つ。何か話す話題を、と思ったけれど、もうちょっとで締め切りなんだから、口よりまず手を動かす事が大事、か。 手伝うって、言ってんだからきっと、きっと沢田は面倒だと、いや、きっと私の事をウザいとか思ってないといいなあ。こうやって、自分でボーダーラインを決めるのはおかしいけれど、きっと、大丈夫。 「沢田」 「え?何かミスった?」 「・・・ありがと」 「ううん、別にいいよ。帰っても暇だし」 『暇』よりは勝った。と地味な所で嬉しくなる。 聞きたい事がいっぱい、溢れた。あの美人(と言うよりは可愛い?)お母さんの事とか、あのよく分からない子沢山の状態とか、なんで獄寺がつなよしの事を慕っているのか、最近爆弾事件っぽいの多いよね、とか。当たり前だろうけど、みんなみんな、中学入ってからの話題だ。中学入学してから全く話してなかったから、なあ。 「あ、ごめん。ちょっとメール来た」 「いいよいいよ」 メルマガだったらいいんだけど、と考えながらディスプレイを見るとそこには『京子』の文字。京子がメールしてくるのなんて珍しいなあ。 「・・・あのさ、明日の時間割分かる?」 「明日?・・・確か、国数英・・・後体育と家庭科二時間じゃなかったっけ」 「そっか、どうも。京子からメール来てさ」 あのしっかり者が時間割を忘れるなんて、と言われた通りの時間割を打つ。そして、ケータイをしまい、再びペンを握ろうとしたけれど、沢田が固まっている事に気付いた。不審に思ってジッと見ていると、慌てて動き始める。 「・・・バレバレ」 「な、何が」 「・・・・・・別にー」 中学入ってからの話題、もう一個増えちゃった。 「、は」 「何」 「は、いないの?」 「・・・残念ながら、」 そんな手には引っかかんないよ、と心の中で付け足す。 チビでバカで何をするにも足手まといだったらダメツナ。そんなはずがいつの間にか私より大きくなっちゃって、きっともうちょっとで抜かされる。頭はまだ、バカだけど。心許せる友達なんていなかったダメツナ。今じゃかわいい女の子と一緒にお出かけするくらいなんでしょ。近所まで楽しそうな声が聞こえてるんだ。 つなよしにとって、私はどれほどの人だったんだろう。喋った事なんて、そうなかったんだもの。何も覚えてないのかな。私だって、思い出らしき思い出ないから。…それじゃあ、沢田にとって、私はどれほどの人なんだろう。 「、」 「・・・・・」 「一つ思ってたんだけど、ってさ」 「オレのこと昔、」 ガラガラガラガラガラ 「お前ら何してんだ?」 「・・・先生?」 「って新聞か。・・・今日はもう遅いから明日でいいぞ」 ワンテンポ遅れて、心臓がバクバクと鳴り出す。え?さっき沢田は何て言ってた?聞こえてない、聞こえてないのにどうしてこんなにドキドキしてるの。 急かされるまま帰る仕度をして、私はふいに顔を上げた。すると丁度沢田と目があって、思わず私は仕度を再開した。先生は戸締りをしている。 「コーポ並盛、だっけ。の家」 「え、う、うん。よく覚えてたね」 夕日はもう暮れたみたいで、真っ暗。あまり沢田の顔は見えない。私はなんで隣に沢田がいるのか、何を喋ればいいかなんて考えないようにしていた。 「近所だし」 そう言う、沢田の顔はよく見えない。実を言うと結構見えない。暗いから。だから、きっと沢田が照れくさそうにそう言ったのも気のせいだ。そうじゃなきゃ、心臓とか色んなもの爆発してしんじゃいそうだ。 ああ、もう目の前にアパートだ。 「それじゃあ、また明日ね。・・・つなよ」 ブップー!! 「邪魔みたいだねオレら。ちょっとよけよ」 「・・・・うん」 公道なんだから、車が通るのは当たり前だ。だけど、だけど、こんな時にやらなくていいんじゃないかなと。こんな、ほら、この道ちょっと広いし、余裕で通れるのになぜクラクションを鳴らすのかと。もう、ひどい。 誰かは分からない車の人を、睨みたくなるも私は必死で堪えた。なんだよ、つなよしって呼んじゃいけないのかと思ってしまうじゃないか。 少し間があって、その後に、つなよしは思い出したように言った。 「あー、じゃオレはこの辺で」 「・・・・・うん、また明日・・・」 「バイバイ」 バタン |
「はよ、!お前らラブラブなのな〜。…え?あ、ほら昨日車とすれ違わなかった?あれオレ(笑)」 (翌日のエース山本のありがたいお言葉) |