例えばそうだな。うん、そうだねえ。思っている事を改めて口にするというのは意外とむつかしいものだなあ。
「そうですか?」
「そうだよ。まあ、六道にはわかんない事だろうと思うけど」
「ええ、分かりませんね」
そして六道はまるで鼻で笑うかのように、「はボキャブラリーが足りないんじゃないですか?」
その言いように私はムっとしたけれど、私がムっとしたからって六道は謝ってくれる訳でもないし、かえってこのままムっとしていれば私と六道の関係は悪化する。私がさっさと切りかえればいい。それは我慢なんかじゃない。当たり前の行為。
「六道って、もし、もしアメリカで生まれたなら絶対友達いなかったよ」
「友達……ですか、アメリカ云々は置いといて、友達と言っても現段階では誰も思いつきませんね」
「ほら、アメリカって自由な感じがするじゃん。そのアメリカでも六道はぼっちなんだよ。…あれ、今もなの?うそだあ」
「君は本当に頭が足りていませんね」
「どうとでも言ってよ」
気にしてないふりをして、実は私はめちゃくちゃ気にしてる。泣きそう。というのは嘘だけど。もし私が赤ちゃんだったら泣いたかもしんないけど、私ってばもう中学生だし、ハナチュー☆ってやつだし、だから泣かない。よく考えて泣いている。
「友達って、ほら、いるじゃん。かき……かきんぐとか、じょうしまさんとか」
「かきんぐ……?ああ、千種の事ですね。は千種とは仲が良いようですが、犬と仲が悪いのですか?」
「いや、柿、何とか、千種って事は覚えてたんだけど、中間忘れただけ。仲は普通。じょうしまさんは、じょうしまさんだよ」
「柿本、ですよ」
じょうしまさん、って言うのは私にとって若干あざ笑っているような呼び方だった。決してじょうしまさんを尊敬している訳でも、敬遠してる訳でもない。分かりやすくいえば、じょうしまさん(笑)って感じ。平仮名なのがポイント。じょうしまさんってば漢字読めないし。
「かきんぐと、じょうしまさんは友達じゃないの?」
「僕ととでは友達の定義が違うのではないんですか。僕は、一度たりとも友達とは思ったことはありません」
「定義、ってなんだよ。むつかしいなあ、もう」
「が低脳なだけですよ」
「…でも、私からすれば3人は友達だよ」
私がそう言うと、六道はバカにするかのように苦笑を零した。バカにしつつ苦笑するなんて器用なやつ。
「じゃあ、六道の考える友達の定義、って何?」
「そうですね……」
珍しく、六道は考える素振りを見せた。
「ほら、やっぱ思っている事を口にするってのは難しいじゃん」
「そのようですね。謝罪をします」
「別にいいよ」
「僕もそう思います」
にっこりと、六道は笑った。まるで無駄な事をしたというその顔を思わず殴りたくなったけれど、六道って意外と力強いからやめとこう。見かけ優男なのに。棒倒しの棒代わりにでもなりそうなのに。
「ねえ、もしアメリカに生まれたらどうしてた?」
「まだ拘りますか」
「まあね」
「どうして、アメリカなんですか?他の国ではなく」
「え、外国って言えばアメリカじゃん。パツキンじゃん」
「…………」
「な、なんだよ…。じゃ、じゃあオーストラリアとかでもいいよ」
「…アメリカでいいですよ。の愚純さに胸が苦しいです」
全然苦しそうに見えないのに、平気で六道は嘘をつく。こいつみたいな奴を、策士って言うんだろう。まあ、普通に中学校生活してて策を立てる事なんてそうないけど。考えられるとすれば、授業中どう教師にバレずに寝れるかとか?
「ですが、アメリカにと言われても僕自身アメリカには行った事がないのでどうとも言えませんね」
「まあ私もないけど」
「だろうと思いましたよ」
溜息をつくかのように六道は発言した。「アメリカに生まれてたら六道はどうなってたかな〜ピザとか食べてデブってたかな〜」
「……本当に暗愚ですね。なぜピザなのですか」
「アメリカってそういうイメージ。それともポップコーン食いながらコーラ飲んで映画鑑賞かな〜」
否定的な六道だったけれど「それはどちらかと言えば女性のイメージがありますね」と口出しした。
「あ、そういえばハンバーガー忘れてた」
「全部食べ物ですね」
「そうだね。……そういえば私アメリカって言ったら食べ物のイメージしかないかも」
「そんなものでしょう。なら」
「あ、ねえねえそういえばアメリカではマックでポテト食って、ポテトは芋で野菜だからヘルシーとか言ってるらしいよ?」
「日本語としてはとても拙いものでしたが言いたい事はよく分かりました」
「そう、ありがと」
私は投げやりに答えた。「アメリカ人はマクドナルドの高カロリーのポテトを食べて、でもコレは野菜だからヘルシーなんだと言っているんでしょう?」と、まるで小学校の先生のように分かりやすく咀嚼してくれた。
「けれどはアメリカに行ったことがないのですから、それは聞いた話なのでしょう?」
「うん、友達から聞いた」
「不確かな情報を流さないで下さい。偏見が生まれますよ、のようなね」
また、ムっとしそうだったけれどでもそれは本当だったから私は怒りを抑えた。当然な事を言われているんだもの。アメリカ=食べ物っていう偏見。アメリカ行けばもっと食べ物じゃないものも有名なんだろうけど、私の頭の中には食べ物っていうイメージしかない。恐らくこれが偏見。
「まあいいや。とりあえずアメリカ出身の六道には友達がいないと」
「おかしくなりましたか」
「仮定しているだけだよ、もう。仮定法ってやつだよ」
「おや、失敬。真面目に発言している時と不真面目な発言をしている時の差が分からないものですから」
さすがにこれにはムっとした。
「それで?」
「…………え?」
「だから、僕がアメリカで生まれたら何なんですか?」
「いや、だから、六道がアメリカで生まれたら友達いないねって」
「…それだけですか」
「初めからそれだけだよ」
最初の最初からずっと言っているじゃないか。ここにこうして六道がいたからこそかきんぐとじょうしまさんっていう友達がいるけれど、アメリカに生まれてたらいないねって。
「…ですが、案外どこに生まれても上手くいくものだと思いますけどね」
「そうかなあ。六道のこの性格に付き合える人なんて希少だよ」
「じゃあはどうなんですか」
「私は、まあ、慈善活動中」
「それはそれはありがとうございます」
六道が笑うときはいつだって人を馬鹿にしてる。
「じゃあ、がアメリカで生まれていたらどうなっていたんですか」
「ピザ食ってデブってる。私ピザ好きだし」
「今はとくに太ってないじゃないですか」
「だって日本人は大抵日本食を食べるもの。ピザは月に一回食べれれば良い方だよ」
「それなら良かったですね。アメリカ出身のはきっともう体重が3桁ですよ」
「あれ、六道はデブって嫌い?」
「好きでも嫌いでもありませんよ。暑苦しいだけです」
「ふーん」
それって嫌いなんじゃないのかな、と思ったけど私は心の内にそっとしまった。六道ってなんだかんだ言っても人を嫌わない。好きにもならないだけ。生きていようが死んでいようがっていうどうでもいい奴らの中に、多分私も入ってる。
「六道って、どこ出身?黒曜じゃないよね?」
「ええ、転入してきましたしね」
「どっから来たの?」
「どこから来たように見えます?」
と、六道はムカつく返答のテンプレートで答えた。質問を質問で返すな。私をじっと見る赤い目と青い目を見比べて、私は答え返した。赤と、青。
「分かっちゃった。アメリカだ」
「引きずりますか」
「だから六道ってば友達いないんでしょ」
私は天才少年探偵のような気分になった。今ならどんな問題も解けるような、そんな気分。
「ああほらやっぱ、六道は友達いない。アメリカ出身だから」
「いっその事アメリカ勢力に抑圧されて下さい」
「六道ってまさか大統領の隠し子?」
「……はあ、アメリカではありませんよ」
投げやりになる六道以上に、めんどくさがっている人を見たことがない。大抵の話は笑顔を貼り付けて聞いててくれるけど、面倒になるとすぐにその笑顔を取り外してしまう。ダメ接着剤だ。
「それに、どこに生まれても、僕は僕です」
当たり前のように言うから、私はちょっとだけ言葉を失った。「友達がいなくて、ピザを食べて太ったりもしない」
「嘘だ。だって、生活環境で人は変わっちゃうんだよ」
「僕なら大丈夫ですよ。何度生まれ変わっても『僕』を知っているから」
「じゃあ、じゃあもし六道がアメリカに生まれてたら、」
「その時は、その時で――」
六道がまだ言葉を続けている所だったけれど、私はそれをさえぎった。「私と、話できないじゃん」
「…………はい?」
「だって、アメリカ遠いじゃん…。六道は今、日本の黒曜町にいるから、やっと話せるけど、アメリカにいたら、話せないじゃん。知らない人、じゃん」
思っている事を口にすると難しい。当たり前な事を言ってる。よく考えてない。つまり私ってば、ばか。
「」
青い目と赤い目が見た。混ざって紫になっちゃえばいいのに、目の色を混色出来るわけないから、左と右で違う色がちかちかした。
つまる所、私は寂しいのである。もし、六道がここにいなかったらと考えると、居ても立ってもいられない。だって、六道を知らない自分を想像できないから。
「アメリカにいれば、確かに、僕は友達がいなかったんでしょう」
「だけどもし一般的な、友達の定義を想像したら、きっと今の僕にはいるでしょうね」
「考えれば考えるほど理解しがたい。僕の友達はきっとだ」