しあわせを、簡単に表現できるだろうか。 手に持った物をいじくりながら、わたしがそう言ってみせると彼は予想通りの反応を返した。「意味分からないです。……つかバカですか」 敬語を使って敬うフリして最後に毒を吐く。私のかわいくてかわいくて可愛くない後輩君。フラン君。彼の全く持って予想通りの反応にわたしは、苦笑を零した。 どうせこんな答えだと分かっていただけど、わたしが望んだ答えは違かった。イエスかノーかで答えて欲しかった。どっかの国民みたいに、ハッキリと。どっかの国民みたいに、そうなのですがと、うやむやに口を濁さないで。だけど、そもそもフラン君にそんな答えを要求するのが間違っていたのだ。もっと、そうロマンチストな人にでも聞けばよかった、なんて分かっていた。分かっていた、けれど。 わたしはふかふかの絨毯の上で積み上げていた積み木を並べ直して、彼を見上げた。窓の外の暗い空には白い雪がぽつりぽつりと浮かんでいる。 「バカじゃない、うん、わたしバカじゃないよ。フラン君」 「さんは見かけから既にバカオーラ出てますー」 「……きびしいなあ」 フラン君はポケットに両手を突っ込んで、面倒そうな目で私を見下ろしていた。頭の上に乗ってるカエルとは正反対の顔。相変わらず、ダルそうだ。 「それに、コレなんですか。バカ…あ、違うさん」 「…クリスマスプレゼントだよ。幹部の人から貰ったの」 「プレゼント?…ミーは知らないのですが」 ちょっと目を細めて、不機嫌そうな顔に変わる。 私は曖昧に笑って、もう一回積み上げた。積み上げて、積み上げて。とくに何を作る訳じゃないから、なくなったらそこでおしまい。それは座っているわたしの顔より、つまりはわたしの座高よりも高くなった。 グラグラと傾きそうになるけれど、なんとか踏ん張る。すごいぞ。…そうだ。これをの塔と名付けよう、うん、かっこいいぞ、の塔。満足しての塔を見ていると、それらは今までにないほど大きく揺らめき、私の顔面に襲いかかった。 「ぶっ、…………ん?そうなの?わたしはてっきりそうなんだと」 「誰から貰ったんですか、コレ」 「ベルだよ。ベルがまさか、わたし個人にプレゼントなんてないだろーし」 「…そうですね。ミー以外の幹部からでしょうね」 「あらら、仲間外れ」 笑えない冗談だったか、それとも別の意味でなのか、フラン君は大げさに溜息を吐いた。そして、わたしと積み木を挟んで向かい側に座る。どんなに憎まれ口叩いたって、この子はそういう子なのだ。かわいいかわいい後輩君。 雪の降る寒い日は大人しく部屋に篭って暖炉で温まるのに限る。ずっとここでぽかぽかしていたわたしとは正反対に、フラン君の鼻は寒さのせいか少し赤くなっていた。さむい?と聞いたら、あなたよりは断然、と言われた。 「…クリスマス、ですね」 「そうだね」 「こんな日だってのにさんは仕事で可哀想ですー」 「……フラン君もでしょ?」 「ミーは別にいいんです」 わたしの周りに落ちている積み木を取り上げて、フラン君はフラン君の塔を作り上げる。の塔よりも安定感がある立派な塔だ。…いや、わたしの塔はあえて不安定にしたようなもので、そうピサの斜塔なのだ。だから芸術性は勝っている。例えフラン君のが100点だとしたらわたしのは120点、…いや、200点なのだ。やったあ! 「またまたぁ、フラン君も寂しいんじゃないの?」 「いいえ、全然」 「……わたしね、ケーキ作ったんだ。食べる?」 「ミーは甘いもの嫌いです」 「ええー…折角作ったのにぃ」 「…何のために作ったんですか」 そう、フラン君は私を見ないで言った。さっきまであんなに興味なさそうに積み木を見てたのに、今は夢中になって(と言う表現はあまり合ってないかもしれないけれど)積み上げている。フラン君の塔。100点満点の塔。 「フラン君からはプレゼントないの?」 「……欲しかったんですか」 「そうだねぇ。あった方が嬉しいねぇ」 「そうですかぁ。勿論用意なんてしてませんよぉ」 ひどい、と言えば、そんなもんです、と返した。 「…この積み木の赤はね、血の赤なんだよ」 フラン君が持っていた赤の積み木を見ながら、わたしは言った。 「…ベル先輩に言われたんですね」 「よくわかったね。…それでね、青は…青はなんだったかな…」 赤は血の赤、それは聞いた事を覚えていたけれど、それ以降の事は覚えてない。何と言われたんだっけ。青は、黄色は。 「……青はねぇ、空の青だよ。黄色は…スクランブルエッグかな」 「テキトーに作らないで下さい」 「ベルが言ってたよ」 「嘘。先輩はそんなバカみたいな事言わないですー」 「なにそれ。わたしがバカだって言うの?」 「何回言わさせるつもりですか」 このやろう、とフラン君の帽子に手を伸ばす。重たそうな帽子は簡単に奪うことが出来て、彼のミディアムショートの髪はふわりと揺れる。ずっとこっちを見ていなかった眼がこちらに向いた。わたしはそのカエル帽子をかぶる。フラン君は頭ちっちゃいから丁度いいくらいの大きさ。決してわたしの頭がでかい訳じゃない。 「見て!似合う?」 「あまり。…というかその質問うざいです。レヴィ先輩並にうざいです」 「ショック受けたらレヴィさんが多分可哀想なんだろうけど…!ショックだ!」 「賑やかな人ですね。うるさい」 カツン、カツンと積み木が重なる音。 「フラン君はこれから仕事?」 「いいえ、もう終わりました」 「そっかぁ。じゃあケーキでも食べる?」 「……さっきの台詞聞いてました?」 「当たり前じゃん。わたしバカじゃないから」 持ってくるね、とわたしは立ち上がる。元々この部屋は作戦会議とか、そういう用にXANXUSさんが取った(建前上はそうなってるけど、ほんとはスクアーロさんである)ホテルの一室で、本来ならヒラのヒラのそのまたヒラのわたしが、しかも普段は戦闘員と言うよりはお世話役なわたしが、こんな風にゴロゴロしてちゃ駄目なんだけど、別に今日は使わないし取ってるだけじゃもったいないからここで事務の仕事したらとルッスーリアさんがカードキーを貸してくれたのだ。 普段は絶対に泊まらない超スウィ〜ツに浮かれながらえへへうへへとしている所にプレゼントをもらった。 「ベル先輩に、なんて言われたんですか」 冷蔵庫からケーキを取り出して、運んでいる時にフラン君は聞いた。 「なんて、って?」 「コレ貰ったときですよ。…無言で渡されたんですか」 「さあねぇ…なんだったっけねえ…」 赤は血の赤って言ったのは覚えてる。青は…、そうだ、青も黄色も何も言っていない。すぐやってきて、すぐ帰った。ゆっくりするかと思ったのに。ああそうだ、赤は嵐の赤、そうとも言っていたなあ。 ふ、と下を見ると何かが光る。 「あれ、フラン君、ソレ何?新しいリング?」 「………………………」 「………フラン君?」 「…いや、なんでもないですよ。これは、さんのです」 テーブルにケーキを置くと、そのリングをわたしに投げた。飾り気のないけれど綺麗でオマケに高そうなダイヤモンドのシルバーリング。普段皆が兵器として使っているものよりもずっとずっと美しいリングだった。 「誰、から?」 「この中に入ってましたよ」 赤色の積み木。正方形で、ただの積み木かと思っていたのに、どうやら蓋で開くようにになっていたようだ。 「ねえさん」まるで、責め立てるようにフラン君はわたしを呼ぶ。 「なんて、言われたんですか」 「…とくに大したこと言われてないよ。やるって、言われただけ」 「じゃあミーが見つけたのは不味かったですかね。…まあいいや」 「なにそれー」 表向きはケラケラ笑って見せるけれど、内心はドッキドキだ。なんで、なんでリングが入っているの?ベルから?まさか。だって、クリスマスプレゼントをベル個人からもらえることさえ驚きなのに。「幸せになれるといいですね」 「ベル先輩の性格に難はありすぎますけど、経済的には裕福です」 「お、おいー!話がはやすぎるよー!」 「そうですか?」 と、フラン君は目線を落とした。 「あ、もしかしてフラン君拗ねてるんだ!」 「………は?頭どうしました?…いや、ほんっとーにバカですね」 「バ、バカ決定なんだ…」 わたしは、フラン君から赤い箱を取って、その箱にリングを戻した。まじまじとその箱を観察してみるけれど、やっぱりどうみてもただの積み木にしか見えない。なんでフラン君は発見できたんだろう。バカじゃないから?……って、何今自分がバカって事を承認してるんだ! 「例えこれがそーゆう意味でも、わたしはベルとそーゆう事にはならないよ」 「……さっき、幸せがどうとか言ってたじゃないですか」 「それはそれ!これはこれ!…だって、こうなってるとは知らなかったもん…」 「ベル先輩も災難ですね。渡した相手がこうなんて」 フラン君はそう言いながら立ち上がり、テーブルの上のケーキをフォークですくって一口食べた。そしてすぐに顔を歪ませる。「………甘」 「中に入ってるイチゴまで甘いじゃないですか」 「えー、甘い方が美味しいでしょ?」 「甘酸っぱいのが丁度いいんです」 「そう?」 わたしも真似して、切り分けずにそのままケーキをつつく。うん、さすがわたし。初めてスポンジからケーキを作ったけど良い出来だ。文句を言っていたフラン君だったけれど、彼ももう一口食べる。あまり美味しそうには食べていないけれど、いつもの顔で黙々と食べる。…ねえ、もうちょっと美味しそうに食べてよ。 「あのさ、わたし思ったんだけどさ」 「なんですか」 「やっぱりしあわせって人それぞれだと思うんだよ」 「…………はあ、そうですか」 しあわせは積み木みたいに積み上げられるのかもしれない。積み上げて積み上げて、誰もが凄いといえるほどのものを積み上げて。下手で不細工なものでもちゃんと積み上げて、簡単に崩れちゃって。 だけど積み上げる時に少し気をつけなきゃいけないものがある。色だ。青が好きだからって青だけの塔を作っても、あれもこれも好きだからって積み上げて作っても、見栄えは最悪だ。好きでも諦めなきゃいけないものが、ことがいっぱいある。 「ほら、例えば好きなものと好きなものを一度に食べて、それが美味しいかってこと」 「……食べ合わせがありますからね」と、ケーキをまた口にした。 きっと、それと同じ。リングを貰えて嬉しいけれど、誰からとか何でとか、それと同時に他の事を考えてみた時に、そのリングは私にとっていらないものになってしまう。嬉しいと嬉しいを足して2になってくれれば良かったんだけれど、そうにはならなくなってしまった。小さい頃は、貰ったもの全部嬉しかったのに。もちろん、今だって嬉しいよ。嬉しいけれど、組み合わせたら駄目になっちゃうんだ。 血の赤色も、今日見た青空の青色も、今朝食べたスクランブルエッグの黄色も、三色だけならきっと綺麗だけど、この世には三色以上の色で溢れている。誰かの髪の色、目の色、肌の色。これだけでも何万色。いや、もっともっとかな。 いっぱいの色で溢れているから、わたしは選ばなければならない。いっぱいの色が溢れているから、わたしは選んで、そして出会えたんだ。 「だからね、」 わたしは、心の中でベルに謝った。ごめんね。 質問する時には大体3パターンくらい組み分けがあって、1つは何を質問すればいいのか分からないけれど聞きたいとき、もう一つは何を質問すればいいのか分かっているからそれを聞くとき。そして、もう一つは答えを確認したい時なんだろう。 |
星に手は届かずとも
「ねえ、フラン君。この帽子とあのリング、どっちが似合う?」
「そんな当たり前の事聞かないで下さい。本当ーにバカですね」