「相変わらず、・・・・・・汚い部屋だ」 そう言うと、は床に落ちている工具なんて、材料なんてお構い無しにドカドカと歩いた。そして黒いブラックスペルの制服をはためかせながら、男・スパナの前で止まった。止まった拍子に組んだ腕は、なんだか警戒心を出しているように見え、彼は少し苦笑する。 ギラギラと彼女の金の眼は輝いて、スパナは全てを見られているような感覚に陥る。けれど、それは別にが意識してそう見ている訳ではない、と分かっていた。 「聞いてるのか?」 「・・・ええ、ええ、聞いてますってば、さん」 「・・・・・そ、」 短くそう言うと、すぐさま踵を返し、周りのものを物色し始める。『汚い』、と言ったのは彼女だが、そのの行動は、物を拾っては投げ、拾っては投げの繰り返している為に、ますます汚い部屋となってしまう。だけど、そんないつもの事、スパナは頭をかいて見守るだけで、他にする事もなく、というか、が居る為に何か新しくする事も出来ず、とりあえず、折角元上司の登場という事で、お茶を淹れる事にした。 「はい、さん」 「・・・・・・・何だ、これ」 「緑茶ですよ。ジャポーネの飲み物です」 「・・・・・・・」 生まれも育ちもイタリアのはソレを飲んだ事がなかった為に、お湯をじっ、と見た。その目は明らかに不審がっていて、もしかしたらスパナが嫌がらせの為にコレを淹れたのかと思っているのかもしれない。 スパナは、ふうと息を吐く。 「飲めるものですって、ほら」 「・・・・・・・・苦い」 「そうですか?」 彼が飲んだという事で、も飲んだのだが、彼女の口には合わなかったらしく、一口飲んだその湯飲みをそのままスパナに返した。 今二人が居る部屋はミルフィオーレファミリー本部、第一技術室。その名の通り、後第二第三と技術室はあるのだが、数が減れば減るほど、揃っている材料は最高のものになり、第一技術室は、このミルフィオーレファミリー、いや、どのファミリーの技術者にとっての、天国と呼べるものだ。そこにドカリと一人居座っているのはただ一人、スパナと言う男で、今現在、彼以外の者が許可無しに立ち入る事は禁止されている。 そんな所で、は、一応許可は取っているのかいないのかなのだけれど、これではすっかり『スパナが入室を承諾した』という形となっている。どう見ても無理矢理な入室だが、スパナ自身が嫌な訳でもないし、『恩師』であるなのだから、断る理由は何も無い。 「そういえばさん、うち、もうちょっとで日本行くんです」 「・・・・・・入江、・・・隊長との話し・・・か」 近々、ホワイトスペル第二ローザ隊隊長・入江正一が日本へ派遣される、という話がここの所至るところでも耳にしていた。そして、その時に何十名かも日本へ一緒に行くかもしれないという話しもあり、つまりその一人に、スパナが選ばれたのだ。 「・・・・お前は、やはり技術者として生きるのか?」 「・・・・・ええ、うちはこっちの方が向いてますから」 「お前の銃の腕、期待してはいたがな」 は持っていた煙草を一本取ると、すぐさま火をつける。 彼は、スパナは初め、ただの戦闘員としてジッリョネロファミリーに入り、そこでを上司として度々銃の腕を磨いていたのだが、ジェッソファミリーとの統合が起こった時、ふいにスパナが改造した銃を見て、白蘭が言ったのだ。「技術者の方が向いてるんじゃない?」と。それを聞き、スパナは驚いていたものの、たまの休日に技術室を少しだけ少しだけと覗いているうちに、いつの間にか本当に技術者になっていたのだ。 「・・・・・・」 「い、いやあ・・・さんに褒められるとは思ってなかったですよ」 「褒めるのは苦手だ」 「ですよね、うちは怒られた記憶しかありませんよ」 「・・・・・・・・そんな事はない」 は初めから人付き合いが上手い人間ではない。ただ、技術が高かったから、それだけで上へ上がった。だからか、いくら口下手だからと言っても彼女の部下はちゃんと着いていっていたし、スパナだって、そうだった。 「・・・・・止めないんですか?」 「何を」 「うちが、日本に行くこと」 「・・・・・・?何故だ」 勿論の言う通りなのだが、スパナ自身も、どうして聞いてしまったのか、と眉を潜める。いや、どうして聞いてしまったのか、と言うより、どうしてこの言葉が出てきたのだろう。それに、イタリアを発つのは今日だ。 日本は好きだ。今こんなゴタゴタが起きていないのなら、有給を取り日本に旅行をしているのだろう。だけど、そんなちっちゃな夢も叶わず、仕事に追われ追われ、ようやく日本に行けるチャンスだと言うのに。憧れの、日本製の機械をじっくりと本場で眺めることが出来るのに。 「・・・・・・私は、」静まり返った技術室にの小さな声が響く。 「これは機械をもっと勉強できるチャンスだと思っている・・・」 「・・・そうですね」 「だから、止めはしない。君は機械が好きなのだろう?」 この言葉は、昔にも聞いた。それはスパナがの隊を抜け、技術室に入る時のことだ。当時彼は、の事は嫌いではなかったか、どうにもスパルタな指導から、辞める事は難しいだろう、と思っていた。だけど、案外あっさりと話は終わり、逆にスパナが辞めて大丈夫なのか、と聞いてしまった。その時に、は「機械が好きなのだろう」とそれだけ言って、自分の部屋に戻って行く。彼女は人を拒まない、追わない。追ってほしい訳ではなかったけれど、スパナはちょっと拍子ぬけたのだ。 が、煙を吐くと同時に、彼は棒付きの飴を咥える。それをは流し目で見ると、ふう、とまた煙を吐いて、言った。 「相変わらずだ」 どこか、最初で聞いたような言葉を彼女はまた言った。 「さんも。・・・煙草、身体に悪いですよ」 「そうだな」 「身体能力下がりますよ」 「・・・・・そう、だな」 嫌に耳につくようなの切れの悪い言葉。それをスパナは勿論気付いてはいたが、聞くか聞かまいか、悩んだ。彼女は彼女なりに悩むところだってあるだろう、それを、元部下とはいえ、こんな一技術員が聞いていいものなのだろうか。 床を眺めるように下を向き、ぼうとしているとはこちらに視線を向ける。 「・・・明日、ボンゴレファミリーを襲撃する」 「・・・・・・・は?・・・だって、」 「君らが去った後すぐに、だ」 思わず咥えていた飴を外して、何か叫びそうになるが、叫ぶ言葉さえも見当たらなくて、そのまま壁によりかかり、ずるずると腰を下ろした。なんだか、悪い予感がしすぎて、頭が真っ白になる。嫌な、予感だ。 「さんは・・・、さんも行くんですよね」 「当たり前だ。先発として眼くらましをしなくてはいけない」 また煙を吐く。きっと、彼女は自分が戦場に出ることに対して抵抗などないだろう。ユニ様の為、白蘭様の為、なんて、全く似合わないけれど、きっと、何かの為に彼女はここまでしている。女性が隊長格まで上がるのは、珍しい事ではあるけれど、難しい事ではない。ただ、強くなればいいだけなのだから。 つまりはは強い女だったのだ。世渡り出来ない性格をフォローするほど、咄嗟の状況が読めて、戦闘能力の高いだけの女だったのだ。彼女の性格は厳しいわけではなかった。確かに、訓練中では怒鳴り声が多かったかもしれないけれど、実際の戦場では励ます側にまわっていた。そして、一番良い方法を見つけ出すのが得意だった。ただ、それだけなのだ。 もし、彼女がミルフィオーレに、マフィアに関係の無い人間だったのなら。 そんな馬鹿みたいな事を考えた時もあった。最終的には会社を自分で立ち上げてるんだろうなあとも思った。もしかしたら結婚しているのかも、と思った。だけど、けれど、どれが彼女にとって『幸せ』なのかは、スパナは予想出来なかった。 「死なないで下さいよ」 真っ白になった頭にポッと浮かんだ言葉。多分、戦場に向かう人に言うには、あまりにも無責任で無常な言葉なのだろう。だけどそれを聞いたは、怒った顔もせずに、ただ、少しだけ驚いた顔をして、そして、口角を上げて言った。 「大丈夫だ。・・・今まで一回も死んだ事はないからな」 |
恐らく、彼女が見たら、汚い部屋だとココの事を言うのだろう。いや、だけど、仕方の無い事だとスパナは自分自身を納得させる。きて早々だったからバタバタした事が多かったし、上司の入江隊長にはほとんど無理難題な課題を置いていかれるし。それなら、どんなに部屋が汚れていても、掃除する時間がない。 仕方ない。 うんうん、と頷いて、緑茶を淹れる。二杯入れるのは、喉が渇いているからと言う訳でもなく、この目の前で気絶して寝ている客人に対するお茶だ。この間にも起きるか、と思っていたけれどまだ起きる気配もしない。 しかし、彼から少しだけする煙草の残り香は彼女を静かに思い出させるのだ。 |