きっと彼はワルだ。

 なんてたってジャーナリストである私の血が騒ぐぜ!そう、無印で買ったメモ用紙とどっかの雑貨屋で昨年購入したボールペンを強く強く握り締め、親しい先輩に話してみたところ、「それはないわ」とすっぱり切られてしまった。そして「まあそのよく分かんないとこがの可愛さなんだけど」と彼女は言う。彼女という人間はなかなかクールな人種で、まるで私が突っ込み待ちのかわいそうなボケ芸人のような存在になってしまう。まあそのよく分かんないとこが彼女の好きな所なんだけど。

 否定はされちゃったものの、どうしても『彼はワル』と言う可能性を捨てきれない。気になったら、止まらない。とはいえ、ジャーナリストと言ってみたものの、もうちょっと分かりやすく言えば、私は新聞委員に入ってる…だけだ。それに、正直に言えば別に将来の夢が新聞記者というわけではない。記事を好きだけど、まだ将来は漠然としているんだもの。

 まあ、そんな私の将来への不安は今はどうでもよく、とりあえず今は彼の話だ。

 彼の名前は六道骸。名前がとってもゴシックだけど、そこは気にしないでおこう。親御さんがもしかしたらビジュ系なのかもしれないし。

 性別は男。年齢は15か、14…えーとこれは現時点の年齢が分からない、という事だ。誕生日知らないし。でも、中2の私より1つ上の中3だから、今年で15歳。身長は177cmか178cm、…うーん、177.5とかかな?痩せ型。血液型は分からない。健康診断の紙を盗み見ても分からなかった。調べてないのかな。

 それで、好きな食べ物はチョコレートのようだ。この前学食でチョコレートの入った菓子パンを嬉しそうに食べてる姿を目撃してた。ああでもチョコレートに限らずただ甘いものが好きっていう可能性も?…そうかもしれない。だって、城島君(クラスメートの男子で身長は172cmやや痩せ型、7月28日生まれのO型)が食べていたビビンバを一口食べた瞬間、凄く嫌そうな顔していたし。ちなみにそのビビンバは城島君に無断で食べてた。いや、まあ甘いもの好きだから辛いの嫌いとか、そういう風に決め付けは出来ないだろう。とにかくビビンバは嫌いと分かった。
 六道骸はチョコレートパンが好き、ビビンバは嫌い、と。

 我ながら結構調べたなと、うっとり文字びっしりなメモ帳を眺めてみたけれど、気がつけば『彼はワル』というものを決定付ける情報がない事に気付いた。全く持って障りもしていない事実だ。どういう事なの。なんだよ、チョコレートパンが好きでビビンバが嫌いとか。子供か。

「ちょっと、こんだけ調べたならもーいーでしょ?」
「そ、そんな事言わないで下さいよ先輩!一緒に調べましょ!」
「嫌よ!骸ちゃんの事調べたいんだったら一人でしなさい!」

 先輩は赤いショートヘアーをふわりと、手を腰に当て、はっきりと私を拒絶した。「そんなあ…」と少し同情を誘ってみたけれど、彼女にこんな戦法が通じないことくらい分かっていた。半分くらい。

 そんな比較的クールな先輩は、六道骸と仲良いと気付いたのは最近の事だった。最近、私が『彼はワル』と言う事に気付き、調べていたら先輩から話を振ってきたのだ。「骸ちゃんの事気になるの?」って。そこからどんどん話を聞いてみたところ、先輩と六道骸は仕事仲間、らしく、つまりはバイトが同じって事だろうか。でも中学生ってバイトオッケーなの?新聞配達?え?何その良い子。

「先輩!ほんっと大好きです先輩!フランス人形みたいなあなたが好き!!」
「ふーん、まあその褒め言葉は受け取っておくわ」
「それだけですか……」

「当たり前じゃない」と、にやりと笑う先輩はやっぱお人形さんみたいで可愛かった。




 「てか、結局それ証明してどうするの?」と、最後に先輩に言われた事が頭に残った。最後。そう、結局先輩は手伝ってくれなかったのだ。なんという先輩だ。でもクールな先輩が大好き!私エムじゃないからね。

 さて、証明する理由、それを聞かれて、上手くは答えられなかった。その時は「でも、ここまで調べたらもっと知りたくなりますよね」と返し、先輩は少し考えるように口を閉じ、「そうね」と同意した。
 調べたんだからもっと知りたくなるという欲求は確かにある。最初はジャーナリスト云々言ってみたけれど、これを調べたからと言って、例えばもし六道骸がコンビニでチョコレートパンを万引きした姿を見たって、学級新聞に書くわけじゃない。公開するわけじゃない。でも、私は知りたい。私だけでいい。

 なぜ対象が六道骸なのか。その疑問がフと頭に過ぎり、私は足を止める。
 恐らくそれは六道骸が変な時期での転入生だから。同時期に城島君や柿本君(こちらは同じ学年だけどクラスは違う。身長182cm、痩せ型、10月26日生まれのAB型)も、3人同時に転入してきたから。その中でどうして六道骸なのか。それはきっと城島君も柿本君も、六道骸を慕っているようだったから。だから六道骸を調べれば全て分かる気がした。きっとそうだ。

 メモ帳を閉じ、私はすっきりしたような表情になる。きっとそう。

「あー、じゃん」
「…………」
「城島君と、柿本君」
「ふーん、柿ピーの事知ってたんだ」

 向こうから誰か歩いてくると思っていたけれど、それは城島君と柿本君だったようだ。太陽の光できらきら当たる校庭に不似合いな目付きで城島君はじろじろと私を見た。隣にはいつも通り猫背の柿本君がいる。何か話そうかと思ったけれど、私と城島君に共通する話題がなかった。
 どうしようかなと考えていると、城島君が睨むように私を見て、言った。

「お前、まだ骸さんの事調べてんの?」
「えっ」
「いや、えっじゃねえよ。…バレてねーとか思ってたわけ?」
「……うん」

 城島君はハアと大げさに肩を下ろす。何言ってんだこいつという目で見ていると気付いた事が1つあったのだが、柿本君も同じような目で城島君を見ていた。
 だって、だって人から評価された事はないけれど、私のストーキングスキルはハンパないと思う。リアルにパネエレベルだと思う。もう既にカンストしている、と自負している。自負するようなものなのか分かんないけど。

「バレバレ」
「………犬は机に上にあったメモ帳を勝手に見「柿ピー…」

 今度は柿本君を睨んだ。なるほど、あたかも自分で発見したような口ぶりで城島君が言ったものだから、柿本君が「何言ってんだこいつ」とかいう目で見たという事か。まあ、自分で発見したっちゃ発見したと思うけれど、思うけれど、何か違う。ていうか、机に上にメモ帳放置してあったら君は何も思わず見るのか。見てしまうのか。怪訝な目付きで城島君を見ていると、城島君は今にも噛み付きそうな表情で吠えた。

「うるせえ!てめーの不注意だろーが!」
「う、うん…そこはもういいや…。六道骸、先輩には言ったの?」
「あ?何を?」
「え?」
「え?」

 こいつ、頭のネジ2・3個どっかいったんじゃないのか。燃えるゴミとして間違って捨てちゃったんじゃないのか。
 全く私が言いたい事を理解していないのか、ポカンとした表情で私を見るもんだから、私もポカンとした顔で見つめ返す。だって、だって普通知り合いが、尊敬している人がストーキング(ちょっと語弊あるけど)されている事実を知ったのならば、何か、何かしないの?それとも、城島君は別に六道骸を尊敬してなかったっていう落ち?
 1と言われたから2と言ったはずなのに、彼にとっては100を言ってしまったのかな?これは私が2から、いや、1.1から全て説明する必要があるの?

 2人して暫く「え?」「え?」と言い合っていると、柿本君が眼鏡を上げつつ、溜息吐きつつ言った。「…まだ骸様には何も言ってない。……それから別に、オレらは骸様にの事を報告するつもりもない」

「…ンだよ、それが聞きたいならもっと分かりやすく言えっつの」
「………そんな事言われましても……」
「……理解してないの、犬だけだよ」
「うっうるせー!!」
「…うるさい」

 ぎゃんぎゃんと本当に犬みたいに吠えまくっている城島君を横目に、柿本君は続ける。「…で、何で骸様の事調べていた?」

「多分、一言で言うなら…好奇心」
「好奇心?」
「うん。さっきも先輩に言われて答えるの困ってたんだけど、」

 先輩、という今はまだ私にしか分からないであろう代名詞を使ってしまった為、「あ、先輩ってM.M先輩ね!」と補足を付け足すと柿本君はちょっと変な顔をした。

「純粋に、知りたいだけ。『ワル』とか思ったのは、もーただの勘なんだけどね」
「………」
「だから例え『ワル』だとしてもじゃなくても、私にはメリットもデメリットもないんだ。知れたら嬉しいなっていう感じ」

 ほぼ初対面同然な人間によくまあペラペラと喋れたものだなあと私は言った後に後悔した。柿本君は何も言わずに聞いてくれていたけれど。
 知れたら嬉しい、本当にそうだ。この欲がどこからどう来てどうしてかは分からないけれど、私は知りたい。ほら、ジャーナリスト魂に火が付いたんだよきっと。夜も眠れないほど、と言うと本当に大げさなんだけど、それ程知りたい。

 無言になってしまった柿本君の顔を覗き込むと、柿本君は一度だけ私をちらりと見て、そして城島君の元へ振り返った。「犬、行くよ」

「それと、今日の夜8時くらいに…表通りのコンビニへ行ってみるといいよ」




 で、どういう状況なのかと言いますと。

 柿本君に言われた通り、私はコンビニに来ていた。時間はまだ8時にはなっていない。7時、50分を過ぎたところだ。表通りのコンビニと言えばここしかないから、きっとここのはずだろう。フとさっきから何度も時計を確認している事に気付いた。8時までまだある。まだまだだ。

 私の家は、どちらかと言えば並盛の近くにあるから、ていうか、住所的には並盛町だからもろ黒曜町にある学校近くのこのコンビニまで来るまでにちょっと嘘を吐かなければなかった。直接的に嘘はついてないけれど、うら若き乙女がこんな遅くに出歩くなんて、と親に止められそうな気がするので、こっそりと家を抜け出してきたのだ。多分親は私は今、自分の部屋でテレビ見てるとでも思っているだろう。

 柿本君が何か教えてくれるのかなあと、私はまた時計を確認した。

 ――今日、六道骸について分かった事はなんだろうか。M.M先輩と仲良いのは前から知っていたし、先輩が「付き合うなら骸ちゃん」と言っていたけれど、それは好きだからとかではなく、金を持っているからと言う事も知っている。
 そういえば結局先輩と六道骸の仕事とは何なんだろう。でも、中学生が出来るバイトと言えば新聞配達くらい、かな?その所はよく知らない。とりあえず今は新聞配達という事にしておこう。

 後は、城島君と柿本君はやっぱり六道骸を慕っていた。城島君の「骸さん」はまあ置いといて、柿本君なんて「骸様」だ。カルト的な宗教だろうか。六道骸に近づいたら壷でも買わされるのだろうか。ここの所も凄く気になる。

 ハタと思ったけれど、調べ終わったら私はどうするのだろう。今はこうして調べる調べると息をまいているけれど、調べ終わったら。

 そう考えると、なんだか私はハンマーで殴られたような気持ちになった。よくよく思い出してみれば最近の行動は全て『六道骸はワルかノーか』に時間を費やしていた為に、いつの間にかまるで趣味のように私のスケジュールにするりと違和感なく入り込んでいた。これがなくなったら、どうしよう。

 いや!でも、前まではなくて当たり前だったんだ。前と同じような生活に戻るだけ。揺れ動きそうな涙腺にそう言い聞かせていると、バッグが揺れた。ケータイが大音量で鳴り出したのだ。
 店員や、コンビニ内にいたお客さんの目を気にしつつ、私は持っていた雑誌を置いて急いでコンビニを出た。着信元、お母さんだ。

 もうバレたか、と私はコンビニの脇でボタンを押す。

!もう、どこにいるの!!]
「えっと……黒曜中近くのコンビニ……」
[どうして?遠いでしょ?]
「………ジャ…ジャンプが欲しかったんだけど…なかったから…はしご…」
[ジャンプって、もう金曜日よ!コンビニに置いてあるはずないじゃない!]
「い、いや、でも、たまに……」

 凄い苦しい言い訳だな、と思ったけれど、この言い訳で始めてしまったのだからこれを突き通すことにした。ジャンプなんて正直今やってるのワンピースくらいしか知らないけれど、しょうがない!もっと、新発売のおかしが…とか可愛い理由にすればよかったと、本当に娘がジャンプを買いに行ったと信じてくどくど続けるお母さんを相手に私は頭を抱えたくなった。

[とにかく!早く帰ってくること、いい?]

 電話を切った時、時間を確認してみると、もう8時20分になっていた。色々考えていたときからもう、こんなに経っていたのか…。もうこれじゃきっと何もないだろうなと、しょうがないから一応口実の為ジャンプの有無を確認するためにコンビニに入ろうとしたら人にぶつかった。

「あぶっ」

 前という前を見ていなかったために、ノーガードだった。私はぶつかった衝撃で、というか驚きすぎて腰が抜けそうになり、ひょろひょろと変な動きをしつつ入り口横に設置してある大きなゴミ箱に縋った。ふらふらしすぎて、ゴミ箱に手を突っ込みそうになったのは内緒だ。

「だ…大丈夫ですか…?」

 その暖かすぎる言葉に色んな意味で涙が出そうになったけれど、私は顔を上げて大丈夫ですと言おうとしたが、「すみません…僕がぶつかってしまったんでしたね」

「………ろ、六道骸……?」
「……え?僕の名前を知ってるんですか?」
「お、同じ中学です……えっと……城島君と、クラスメートなんで…」

 仲良し、と言おうとして、私は言葉を詰まらせた。さすがにこの嘘はない。

 もう夜という事もあって、私は制服から私服に変えていた。そんな人物に急に話しかけられたらわりかし仲良い人、顔見知りくらいじゃなきゃ黒曜中学の生徒だと思わないだろう。怪しまれるのも仕方ない。ちなみに六道骸は未だ制服だった。相変わらずこの人、迷彩柄のシャツしか着ないなあ…。

「ああ、犬と」

 六道骸は仕方のないというような笑顔で頷く。

「犬は、あなたのクラスではどんな様子ですか?」
「え。………さ、騒がしい人です…」
「クフフ…そうでしょうね」

 なんでこの人ちょっと誇りそうに言ってるんだろう。全然偉くないんだけど。とまあまさかそんな事言えるはずなく、困った私は曖昧に笑っとく。

 なぜこんなに困惑しているのかと言うと、実を言うと、これが六道骸との初接触なのだ。身長は177.5cmと推測していたけれど、近くで見るとやっぱり170超えていると大きく見える。ああ、今までは遠くから見たりしていたものだから、何と言っていいのか分からない。もういっその事聞いてしまおうかと思ったけれど、一言目が出て来ない。緊張、しているのだろうか。無駄にドキドキする。

「ああ、そうだ。これを差し上げますよ」

 と、六道骸は手に持っていたコンビニのビニール袋をあさり、私に渡した。

「チョコ、レート…?」
「ええ、犬と仲良くして下さっている様なので」
「あ、あは……」

 仲良くしたって一言も言ってない気がする。
 でも、くれたんだから素直に好意は受け取っておくべきだろう。私は差し出された板チョコを受け取りバッグに入れた。この人、板チョコを貪るつもりだったのかなあ…。

「えっと、じゃあ私から、これ…」と、私は待ってるうちに一回レジ持ってって買ってしまった暴君ハバネロを六道骸に渡した。

「………ありがとうございます。犬にあげますね」

 固まった笑顔のまま、六道骸はハバネロを受け取る。
 もしかしたら、私が最初データ取ったとおり、チョコレートが好きで辛いものが嫌いなのだろうか。それなら悪いことしたなあと手が震えたけれど、そのデータの決定的証拠を掴めた気がして、ちょっとだけ喜んだ。

「それでは僕はこれで」
「あ、はい…」
「――名前を聞いても?」
「……です」

 自分の名前さえも上手く言えないことに驚いた。私って、初対面の人にこんなに緊張するタイプだったっけ?(あれ、もしかして)

「そうですか。ではさようなら、さん」

 また、にこりと微笑んだ六道骸の顔に私の心臓は跳ね上がる。確信した。私が六道骸を調べている理由も、調べる事を終わらせたくない理由も、なぜ城島君や柿本君ではなく六道骸を集中的にマークしていたのかも。全部全部。

「学校でまた会いましょう。――帰り道は気をつけて下さいね」

 そして分かった事がもう1つある。やっぱり、『彼はワル』だ。悪戯顔のように笑った六道骸は、そのままスタスタと家路についたようだ。もう、転びませんからと心の中で返事を返して、私は口元を両手で押さえる。ワルだ。彼はワルだった。

 それら全ての事柄は私がどうして下を向いて赤面しているのかがヒント。



線路がない場合の考察

ああ、火がついたのは嘘っぱちなジャーナリスト魂でもなんでもなく