女は死んだ。



5分前




 きっと私は今日これから死ぬんだなって思った。一ヶ月前にあいつに言われたからじゃない。直感だ。それだけ。ボスのような超直感なんてないけれど、でも、女の勘を舐めないでもらいたい。死ぬと言ったら、死ぬのだ。なんて馬鹿げた話。
 死ぬ前に思い浮かぶことと言えば、恭弥の事とか、あの子の事とか。どうせならあの子が幼稚園に入園するくらいまでは見たかった。3歳じゃなくて4歳で入園させるなんて言わなきゃ良かったわ。それから、欲を言えば小学生の入学式も見たかった。恭弥も仏頂面引き下げてきてくれるんでしょうね。入る小学校は、私と同じところ。あそこは楽しいところだった。きっと私が親だから、宿題とかテストとか、きっと困るでしょうね。でも、恭弥が父親だから大丈夫かしら?いつだったか家庭教師を雇うとか言っていたけれど、もし破滅的に馬鹿ならお願いした方がいいかも。だけどもし、もし普通の子だったらそんなのいらない。だって、折角の放課後は友達と遊んだほうがその子の為になるもの。
 ああ、そういえばあの子の為の五月人形を買い忘れていたんだわ。私ったらなぜか雛人形ばかり気にしていたのよね。あの子は男の子なんだから五月人形なのに。帰ったら買わなきゃ。ああ、そういえば私にはもう、買うことも出来ないのだったわ。

 ああ、どうしようかしら。欲がいっぱい出てきたわ。もう私には願えないのに。

 本当、人生って何が起こるのか分からないものね。28年前の生まれたばかりの私はどうなると思っていたのかしら。きっと、今とは真逆の未来かもしれないわ。だって、まさかこうなるとは思わないでしょう?でも幸せよ。きっと、世界の誰よりも。最高に。

 もし生まれ変わりがあるのなら、また、あの人に会いたい。その為には28年後に死んだって構わない。16年後に、雲雀恭弥と出会えるのであれば。



10分前




「本当に君だけで大丈夫なのかい?」
「馬鹿にしてるの?」
「まあね」
「……あのねえ、もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいじゃない」
「じゃあ何て言えばいいの? 僕ハガ心配ダヨ?」
「逆に清清しいほどの棒読みね。とにかく、大丈夫よ」
「本当に?」
「本当に」
「じゃあもし……」
「もし?」
「もし、君が死んだのなら、僕が君を殺すからね」
「…………アー、うん、そう、そうね、ああ、そう。オーケー」
「その目止めてくれる?」
「だって、あなたもう一回その言葉を確認してみたら?」
「君が死んだのなら、僕が君を殺すからね」
「……言いたいこと、分かったかしら?」
「そうだね。少し詩的だったから、情緒に鈍感で馬鹿な君には分からないのかもね」
「あなたをたまに殺したくなる時があるわ」
「恋愛というのは死より残酷なんだよ」
「それではこれは恋?」
「素敵な話だね」
「ええ、本当に」




1時間前




「ああ、恭弥。あなたもここにいたの」
「……………」
「なあに、その表情」
「……いや君がまだ生きてると思うとね、何だか面白いものがあるね」
「大丈夫って言ってるでしょ? こういう時は弱い方が残ったりするの」
「じゃあ僕はそろそろ死ぬのかな?」
「……その意味を考えると最高の皮肉ね」
「さすがだろう?」
「ええ、さすがだわ。さすが雲雀恭弥」
「そこまで言ってもらえるとは光栄だよ」
「……ねえ、恭弥。今あの子は何してるかしら」
「………さあ。笹川京子の所でのんびりと寝ているんじゃないかな」
「京子は私より料理上手だからね、もしかしたらずっとここにいたいとか言ってるんじゃないかな。……私ったら何言ってるのかしら」
「まあ正論だよね。君の得意料理はなんだっけ?卵かけご飯?」
「馬鹿にしないで。カップ麺よ」
「ワォ、嫁に行く為にはそれだけ出来れば充分だ」
「そうでしょう?」
「………ねえ、腕、怪我してるよ」
「え?……ああ本当。気付かなかったわ」
「………」
「そんな顔しないでって。ただ他の所の方が痛かっただけ。仕方ないわ。それに恭弥は知ってるでしょ?私の進路は看護だったんだから」
「希望、なだけでしょ?結局君の肩書きは高校中退なんだから」
「そんな細かい事言わないの。私の夢はホームヘルパーなんだから」
「何それ」
「確か小学校の頃に作文で書いたの。今フと思い出した」
「君みたいな人間に介護させる人がいなくて本当に良かったと思ったよ」
「何だかそれ、前も言ってたわね」
「そうだっけ?忘れたよ」
「若年性アルツハイマーかしら?」
「介護してもらわなきゃね」
「ええ、そうね。これが終わったら、ゆっくり」




12時間前




「これから持っていくものは、銃と、それから弾ね。何発がいいかしら」
「もういっその事、用心として背負っていけばいいんじゃないかい?」
「ナイスな考えね。重すぎて動けないわ」
「あの子くらいの重さなら平気なんじゃないのかい?いつも背負ったりしてるだろ?」
「フフそうね。13キロ、くらいだったかしら。……あの子を抱いたのが遠い昔のようだわ」
「安全な場所に預けるのは仕方のない事だ」
「京子の所にいるから大丈夫だと思うけど……」
「笹川京子の所にも護衛はいる」
「ボスの惚れた女ですしね」
「……やけに棘のある言い方だね。女と言うのは怖いよ」
「違うわ、別に京子の事が嫌いな訳じゃない。ただ……、ただ、ボスが危ない事に首突っ込んでいる限り、京子にも少なからず迷惑はかかっているのよ」
「かわいそうだ、って?」
「………そう思うのはお門違いかしら」
「いいんじゃないのかい。僕にはその気持ちは分からないでもないし」
「あら、恭弥は私に家で大人しくしてもらいたいの?」
「まさか。君には日本女性のようなしなやかさの欠片もないのは知っているよ」
「じゃあ、何?」
「護衛をつけたくなるって事」
「ふーん?じゃああなたの部下が私の所に来るのかしら」
「寄越してほしいかい?」
「嫌よ。邪魔だわ。私は一人がいいの」
「そういうと思った。でも、思い上がらないでもらいたい。君は僕より全然弱いんだ」
「……恐らく、今日の出動メンバーの誰よりも、ね。そんな事知ってるわ」
「だからこそ護衛をつけるんだよ」
「………どういう事?」
、君を守るのは僕の仕事だ。他の誰にだって譲らない」
「……私の方が邪魔になりそうね」




1日前




「ああ、こんな事になるんだったら何ヶ月か前の私を殴りたいわ。5発くらい」
「どうして?」
「何でもっと疑わなかった、とか、そういうの」
「殴ったって変わりないと思うけどね」
「そりゃ―――そうね。でも、後悔ばかり。何でもっとちゃんとしなかったのかしら」
「後悔先に立たず、だよ」
「知ってるわ。まさか彼に盗聴器が仕掛けられてるなんて知らなかったもの。そのせいで敵さんにボンゴレの情報は筒抜け。はあーあ」
「赤ん坊辺りは知ってるみたいだったけどね」
「泳がせてたんでしょ?現に重要な情報はいってなかったみたいだけど。でも、ふざけてるわ。私達に一言くらい言ってくれてもいいじゃない」
「君に教えたら真っ先にバレるだろうけど」
「何よそれ」
「赤ん坊の策は完璧だったって事さ」
「完璧、ってそれ、終わってから言うべきよ」
「大丈夫だよ。決戦は明日。明日になれば笑って話せる話題になってるさ」
「明日……、そう、ね」
「元気ないの?」
「まさか。平気よ」




1週間前




「何してるの」
「準備よ。仕事の」
「……長期出張でもするのかい?」
「いいえ?」
「じゃあ、じゃあどうしてこんなに片付いているの?」
「それは――気分よ。最近片付けてなかったし」
「そう、だね。君の部屋だけブタ小屋みたいだったしね」
「……ブタが住んでいるからブタ小屋なのよ?」
「じゃあ合ってるじゃないか」
「………」
「冗談だよ。掃除機で殴らないで」
「……まあ、いいわ」
「こうして片付けてみると、ここに越してきた時の事を思い出すね」
「これでもマイスイートハウスってヤツかしら?」
「中はブタ小屋だけどね。……って痛い痛いっ!冗談だってば」
「――ねえ恭弥」
「何だい?」
「……なんでもないわ。ああ、お昼の準備しなきゃ!」




半月前




さん」
「……六道、あのね、そうだけど、そうだけど今はもう私は『雲雀さん』なのよ?」
「いやあ、あまり僕は男性の名前にさん付けはしたくないもので」
「ああ、そう。で、何?」
「今月の初めに言ったこと、覚えてますか」
「……なんだったかしらね。プロポーズ?」
「どつきますよ」
「なら円形脱毛させるよ?……覚えてるわ」
「おや思ったよりも記憶力いいんですね。驚きました」
「聞いといて何よその言い草」
「確認です」
「……ああ、そう」
「で、そのことを彼に話したんですね」
「ええ、その当日に。嘘だって、断言してたわ」
「そうでしょうね。雲雀恭弥はそんな人間だ」
「………嘘、なんでしょ?」
「さあ、僕には分かりませんよ」
「まだ今は『今日』で、半月後じゃないから?」
「あなたにしては頭のいい発言です」
「そうね。恭弥の言葉だもの」
「納得しました」
「されるのも何だか癪」
「とにかく、充分に注意することですよ」
「注意なんていつもしてる。それより、どうして死ぬなんて分かるの?」
「さあ?なんとなくですよ」
「ふうん。もし死んだたらあなたのせいにしていいの?」
「雲雀恭弥がですか?」
「……それはどういう意味で?」
「ああ、そうですね。では、あなたが死んだパターンで」
「そうね……きっと恭弥はあなたのせいにはしないわ」
「どうして?」
「自分のせいにするだけでしょう。……これは、恭弥が死んだとしても、言えるかしら」
「穏便に事が進みそうで何よりですよ」
「穏便に?人が死ぬのは穏便なのかしら?」
「感情的にならないで下さいよ。そして言葉の意味をちゃんと取ってくださいね。とにかく、僕が言える事は、半年後、あなたか雲雀恭弥か、どちらかが死ぬという事だけですので」




1ヶ月前




「もしかしたら来月、私は死ぬかもしれない」
「へえ、そしたら僕は明日死ぬかもね」
「………本当?」
「嘘、って言えればいいけど、明日じゃないから分からないね」
「……ああ、そう。いつも通りのあなたの言葉のようで安心したわ」
「何かあったの?」
「占いよ。占いしてもらったの」
「『来月あなたは死にますよ』って?」
「そうよ」
「どんだ未来予知だ。嘘に決まってる」
「あらら。さっきは明日じゃないから分からないって言ってたのに」
「実はね僕は未来予想が出来るんだ」
「初耳よ」
「僕も今初めていった。凄いでしょ?」
「ええ、凄いわ。とても。で、その根拠は?」
「僕がいるから」
「この流れで口説くの?」
「口説かなくても落ちているくせに」
「真似する事が出来ないくらいの自信家ね。否定出来ないけど」
「そう、それなら大丈夫だ」
「私は来月死なないの?」
「そうだよ。なぜなら、」
「あなたがいるから」
「……何だか、今日の僕らは気持ち悪いね」
「奇遇ね、私もそう思う」
「――で、何でいきなり占ってもらったの?」
「たまたまよ。仕事終わって、ボスに報告しようとしたら六道がいてね」
「あの野郎……」
「ちょ、ちょっと恭弥。口調がおかしいわよ」
「誰かに感化されたみたいだ。口が悪い誰かさんに」
「あら、誰かしら」
「誰だろうね」
「……でも、六道は結構真面目な顔をしてたわ」
「気にしないでいいよ。今頃あいつは影で笑ってるさ」
「そう考えると腹立ってくるわね。今度あの後ろ毛を千切ってやる」
「その時は僕を呼んでよ。僕はあのてっぺんの毛を千切る」
「素敵なプランだわ」
「その通りだ。……ああ、そろそろ僕は仕事だ」
「いってらっしゃい恭弥」
「いってきます。僕がいない間に死んだりしないでね」
「何だか今日は甘い人ね。大丈夫よ。――いや、そうね。恋に落ちたのなら、拾って」
「……君はまだ地面に落ちているつもりかい?」
「ああ、そうね。もう随分前に拾われていたんだわ」




2ヶ月前




「悪魔が出たの」
「悪魔?―――あー、ドクターに診てもらうかい?」
「違うわよ!!そういう事じゃないわ!」
「冗談だよ、多分ね。……で、何の話だい?」
「何の話だと思う?」
「質問に質問で返すなんてさすがだね。話が進まないんだけど」
「だって口に出したくないもの。悪魔よ、悪魔」
「あくま、……それは、生きてるかい?」
「生きてるわ」
「動いているの?」
「もちろん。速いわ」
「どうして悪魔なの?」
「悪魔なのよ。黒いし」
「悪魔は本で見るよりも黒くないよ」
「そう。でも本物の悪魔は知らないわ。とにかく私にとってヤツは悪魔なの」
「……どこに、出た?」
「台所」
「…………なるほど……。それは大した悪魔だね」




4ヶ月前




「何むつけてるの?
「むつけてなんかないわよ。ただ、不機嫌なだけ」
「へえ。まあそれを一般的にはむつけてると言うのだろうけれどね」
「ああそう。知らなかったわ」
「で、どうしたの?」
「――最近、何か変な感じしない?」
「最近、ねえ……丁度僕らが先月旅行から帰ってきた頃くらいからかな」
「そう。……ていうかその旅行だってほんとは一泊二日……欲を言えば二泊三日くらいでよかったのに、恭弥ったら一週間も休み取るんだもの……」
「こういう時に使わなきゃね」
「あの時のボスの顔覚えてる?」
「ああ、覚えているさ。蒼白だったね」
「あなた、力ずくでも休みを取るつもりだったわね……」
「もちろんじゃないか。その為に赤ん坊のいない日に会いにいったんだから」
「ボス一人じゃあなたを止められないものね」
「まあ、そのおかげで随分リラックスできたんじゃない?」
「私よりは恭弥の方がね。楽しそうにプールで泳いでるなんて初めて見た。――じゃなくて、そう、最近の事よ。どう思う?」
「僕らがいなかった間に入ってきた新入社員の事だね」
「……社員なのかは置いといて、まあ、彼の事」
「何をした訳じゃないけれど、怪しいよね」
「でも、合否を決めたのはボスだし、ボスの決断なら文句は言えないけれど……」
「………彼自身に問題がないとしても、周りがあるかもね……」
「どういう事?」
「……いや、まだ不確定要素が多いから何も言えない」
「………そう。あまり人を疑うことなんてしたくないわ」
「そう、だね……。そろそろ遅い時間だ。あの子も起きてしまう」
「そうね。おやすみ、恭弥」
「おやすみ」




6ヶ月前




「旅行?」
「そう。来月旅行に行きましょう! 私とあなたと、この子で」
「……嫌だよ」
「どうして? 危ないから? でも、この子はもう紐無しバンジーしてもいいくらい丈夫だって言ったのはあなたじゃない。いやさせないけど」
「違う。あの子の事じゃなくて、僕自身が、もの凄く、嫌だ」
「それこそどうして?」
「いいかい? 僕は休み返上でこうして働いているんだ。そう、僕には休みが必要だ」
「そう、そうね。じゃあ旅行に行きましょう!」
「嫌だって言っているだろ! 旅行なんて疲れるもの、僕は嫌だからね!」
「そこまで否定しなくてもいいじゃない! ケチ!」
「ケチで結構! というか、そんなの僕がいなくたっていいじゃないか!」
「あ、そう。じゃあ私とあの子と二人だけで行ってくるわ」
「っえ?あ……ああ、そ、そうだね……。それが、い、いいかもしれないね……」
「分かった。恭弥は行けないのは残念だけど、仕方ないわね。お仕事があるもの」
「き、君は……いや、君だって仕事があるんじゃないのかい?」
「私はこの為に有給を取るつもりよ。ボスにだって話してた」
「そ、そう……へえ……」
「どこ行こうかしら……温泉なんかもいいわねえ……」
「…………」
「うーん、ちょっと高いけど、たまの旅行くらいにいいわよね」
「……ちょっと? それのどこがちょっと、なんだい? 高すぎるじゃないか!」
「何よ、恭弥。心配しなくても、これは私の稼いだお金で行かせてもらうのよ! それだったらいいじゃない別に。恭弥は行かないんだし」
「あ、ああ、うん、そうだね……。い、いいんじゃないの? 老後苦労するかもしれないけど」
「老後? 恭弥ってば心配性なのね」
「ま、ま、まあね………」
「風景が綺麗な所ね……ここだったらゆっくり出来そうだわ」
「…………」
「あら、クーポンがついてる。……えーと……夫婦割引…? 駄目ね、使えないわ」
「………い、……」
「恭弥?」
「い、行ってあげてもいいけど………」




1年前




、買って来たよ」
「……何コレ」
「あの子のおもちゃだよ。どれを選べばいいか分からなくてね」
「そんな事言いながら何でやり遂げた男の顔してるの?! ああこら! 走っちゃ駄目!」
「ほら、男ならやっぱりこういうものに惹かれるだろう?」
「だからその得意気な顔は何なの?! こんな大きな車のおもちゃ、いりません!」
「何言ってるの、。この子の様子を見てご覧よ。こんなに笑顔なの、もしかしたら僕は初めてみたかもしれない」
「それはそれで悲しいものがあるわよ……」
「うん、そうそう。そこのボタン押せば車が動くからね」
「えっ!? これ動くの……?! こんな危ないものこの子を乗せちゃ駄目よ!!」
「君、さっきから『駄目』しか言ってないよ? いいじゃないか別に。少年は大志を抱くものさ。大きく生きなければ男に生まれた意味がない」
「意味が分からない! ってキャアアー!!! そ、外に……! 外に飛び出しちゃった……!」
「凄い……! おもちゃと言えど時速60km出るだけある……!」
「60!? 原付と同じじゃない!! コラァアアア―――! 待ちなさ――い!!」
「大丈夫だよ。あの子ももう3歳だ」
「……うん、恭弥、3歳ってのが一番不安なんだよね。……って恭弥……ッ!?」
「とにかく大丈夫だ、安心して。きっと彼はこの旅でかけがえのないものを――ッゴ」
「……きょ、恭弥に時速60kmが………」




3年前




「……君、何してるの。そんなチンタラ歩かないでよ。歩くなら競歩、それが出来ないなら走れ。僕はそこまで世話をする程、暇じゃないんだよ?分かる?ハハッ君のように食っちゃ寝してる身分の人間には分からないだろうね。…………そう、その調子だ。やればできるじゃないか。…………ちょっ……、そこに障害物あったの位知ってるよね?君の目はガラス玉かい?しかもそのガラス玉も結構くすんでいるようだね。……そう、その目を使ってよく見るんだ。君の使えないデクのような二つの目で。ああ言い方が悪かったね。………何してるの、いや、服を引っ張らないでよ。いや、駄目だって。っやめろ!……ああ、ごめん大声を出したね。いや、笑うなよ。そこは怯えろって。いや、キャッキャじゃなくて。君、馬鹿?馬鹿の子は馬鹿?僕は頭が痛いよ。……君が似るのは彼女の姿だけでいいんだよ。そう、うん、分かってないね。君は絶対分かってない。よし、馬鹿な君の為に僕が家庭教師を雇おう。決してヒットマンじゃない家庭教師。――ああ、。おかえり」
「止めて恭弥。……いや、ごめんなさい、ね……あなたに子供の世話なんて無理だったわね……私、こういう風にアレだけど、その子の教育を間違えたくない」




4年前




「恭弥、」
「……、そんな顔をして出迎えないでくれる?」
「じゃあこんな血だらけなあなたを笑って出迎えろっていうの?」
「ああ、そうだ。きっとそれが君の使命だよ」
「ひどい。私の意志や感情は全て制限付きなのね」
「そうだよ。君を拾ったあの日から、君は僕のものさ」
「何それ気持ち悪い。それともツンデレの、デレの部分かしら?」
「猟奇的にデレるなんて聞いたことないけどね」
「恭弥だから仕方ないわ。そう、仕方ないと考えて諦める事にする」
「へえ、いつの間にか君は物分りのいい子になっていたんだね」
「最近は声を上げるのが億劫なのよ。何事も穏便に進めたいの」
「歳かい?」
「ふふ、あなたと同じ歳よ?」
「痛い、そんな強く腕を持たないでくれ。痛い、痛いって言ってるだろ」
「女性に年齢と体重の話題はタブーなの、分かった?」
「君が女性を語るとはお笑い種だ。ハハハ」
「ハハハ、じゃないわよ! あーもう、とりあえず治療するからこっちに」
「………」
「あっ違う。ソファーの所なんていかないで! 汚くなるでしょ!」
「…………君は、慣れたね」
「何が?」
「血だよ。初めの頃は動揺して何もできなかったくせに」
「そうね。そうかもしれない。でも、私は恭弥と何年一緒にいるの?」
「ああ、そうだったね」
「……元々、看護の道を目指そうとしてたんだからこのくらいできなきゃ」
「頭が悪すぎて模試の合格判定Dで暴れて高校辞めたくせに」
「うるさいわね。大事なところが抜けているのよ。それじゃ私が癇癪持ちみたいじゃない」
「ちゃんと知ってるさ。担任に「馬鹿なのに難解大を目指してるなんて、……ああお前は馬鹿だったな」って言われたんだろ?」
「凄いわ、さすが恭弥ね。一字一句間違いがない。キモイ」
「素直に褒めるといいよ」
「フフ、お断りよ」
「いたっ。だから強くやるなって言ってるでしょ。血がにじむ」
「出るなら出ろってもんよ」
「ああ、君が大学行かなくて良かったって心の底から思うよ」
「そう?私もそう思っていた」
「君はむしろ血が見たくて看護の道にいくの?っていう話さ」
「そんな。……まあこれからちょっと血なまぐさくなると思うけど」
「は?」
「え?」
「それ、どういう意味……?」
「あ、ええとね、恭弥。あのね、私……」
「もしかして沢田綱吉に苦笑気味に長期出張を命ぜられたとか? 赤ん坊に一夜で一つの団を潰せって言われたとか? それとも――」
「全部あなたが今までされた事じゃない。てか、そういう事じゃないわ」
「じゃあ、何」
「………あのね」
「うん」
「子供が、できたの」
「………………出産を血なまぐさいなんて表現する人間なんていない」




5年前




「ねえ、。甘い家庭、って何だと思う?」
「……凄い唐突に凄い似合ってない台詞をはかないでよ」
「そんな事言われても。言葉とは口に出して言うものだ」
「ああ、そう。で、何だっけ、甘い家庭?」
「そう。今日山本武に言われた」
「あの男も似合わないわね……まあ、恭弥程じゃないけど」
「あ、そう」
「どんな流れで言われたの?」
「いや、流れなんてないよ、アイツはそんな男だ。だけどそうだね……しいて言うなら、人一人を殺した所で言われたかな」
「ほんっとにないわね」
「でしょ?しかもそこの狙われた家庭は、旦那は正真正銘の根っからのマフィアだったけど、奥さんの方は全くの一般人だったみたいでね」
「………助かったの?」
「いや、僕らが来た頃には既に息絶えていたよ」
「そう」
「生きていたのは奥さんの……友人だけだ」
「……友人、じゃないの?」
「家庭を持っている女の、男の友達だ」
「ああ、なるほど……」
「まあ僕はどんな事情があって彼がそこにいたかは知らないけれどね。介護士仲間だって言っていたよ。確かに、部屋には資格認定の賞状が飾られていた」
「ふーん」
「周りには仲の良いおしどり夫婦とか言われていたらしい」
「甘い家庭かしら?」
「友人がどの立場なのかで決まるね」
「でも、私も色んな男性と仲がいいわ」
「嫌な言い方だ」
「恭弥もでしょ?」
「仲が良いかは知らないけどね。知り合いはいる」
「曖昧ね。むしろ、恭弥が脅せばどんな子も股開きそう」
「やっぱり君は口が悪いよ」
「私としては否定して欲しかったわ」
「そんなことないよって?それは僕が言う台詞じゃないだろ」
「まあ、そうね。向こう様が言うものね」
「――じゃあ君は誰かに脅されたら簡単に足を開くの?」
「そんなことないよ。絶対にね」




6年前




「今夜は月が綺麗だね」
「……………今日、雨だけど」
「……君には学が足りないと思っていたけれど、まさかこれ程までとはね」
「はあ?何よ。月が綺麗、だ何て小学生でも分かる言葉じゃない。月は綺麗かもしれないけれど、でも今は雨雲に包まれて見れないわ」
「ああ、そうだね。……まさか僕も直前でこうなるとは思ってなかった」
「予報では晴れだったものね」
「晴れだとしても、君は意味を理解してくれないだろう。それなら同じことだ」
「ふうん……?よく分からないけど、呼び出しておいて用はそれだけなの?それだけならもう帰るけど。明日も早いんだから」
「待って」
「……………。ほら、待ってるんだから何か言ってよ」
「……………」
「………何も用はないのね? じゃ私行くわ」
「飼い主が待てって言ってるんだけど」
「はあ? まさかここまで呼び出して喧嘩したいつもりなの……?」
「…………」
「もう、今日の恭弥はよくわかんない。もう寝なさいよ」
「……ごめん、喧嘩したい訳じゃないんだ」
「あ、ああ…うん、そう……」
「君は馬鹿だから」
「は?」
「だから、もうちょっとストレートに言うべきだったね」

、結婚しよう」




7年前




「ほら、、何してるの。さっさと仕事しなよ」
「嫌。今日は生理痛がひどい、気がする」
「………それ、先週も言ってなかったっけ……?」
「あんたは知らないかもしれないけど、私10日くらい続く時もあるのよ?」
「全く興味のない話だ」
「私もあんたなんて興味ないわよ。もういいから出てって! てゆーか何であんた私の部屋に無言で入ってきてるの!? 気持ち悪! 変態! ボスに言いつけるわよ!!」
「君を拾ったのは僕なんだよ? ペットのゲージの様子をいつ見ようと僕の勝手」
「男に捨てられ親に恥ずかしくて顔向けできなくて途方に暮れていた私を拾ってくれたのは分かってる、うん、屈辱的だけど分かってる。だけどプライバシーの侵害!」
「拾い主に対して言う台詞じゃないね。また捨ててあげようか?」
「ふんっ! ボスの沢田はそんな事する人じゃないもんね!」
「……君、日に日にアレに似てきたね。ほら……雷の……」
「ランボ!? 全ッ然似てないわよ! そりゃ最近は大人しくなってきたけど、でも、一番最初に会った時に頭突きされた恨みは一生覚えているつもりよ!」
「女の恨みは怖いね」
「ええ、もちろんよ。あなたもその対象に入ってるけど」
「へえ、どうして?」
「どうしてだと思う?」
「そうだね。先週、君に無理な仕事を押し付けたせいかな、それともこの前の土曜日に六道骸と喋っている君に水鉄砲を食らわせたせい?もしくは今日の朝食で実は君のドリンクだけ牛乳とコーラとオレンジと紅茶と、後は青汁を混ぜたミックスジュースにしたせいかな?」
「どうりで変な色をしてると……」
「君はボスに出された料理だからって無理に飲んでたみたいだね」
「当たり前じゃない!! ああ……だから今日はボスが何度もこちらを見てたのね……」
「ハハッ」
「笑ってんじゃないよ!! 馬鹿恭弥!!」




9年前




「うわあ………」
「ああ……、君じゃないか。……久しぶり」
「……まさかヒバリが私の事覚えてると思ってなかった」
「覚えてるに決まってるだろ?」
「………」
「散々暴れて校長室呼び出しになった挙句サボって退学してた女子生徒なんて君だけさ。そんな人間と奇遇にも自動販売機の前で出会っただけ」
「うわ、いま少しときめいたのに。ときめきを返せヒバリしね」
「相変わらず口は悪いな。最悪じゃないか。もしかしたら口の悪さで言えば君に勝る人なんてこの世界にいないのかもしれないね」
「……そう、そうだったらいいね」
「………生気をなくしたような顔だね。いつもより気持ち悪いよ」
「ヒバリも中々口が悪い。……ただ私は、ただ……ただちょっと問題あっただけだよ」
「高校中退した時よりも?」
「高校中退した時よりも」
「ふーん、そう。大変だね」
「そう、大変なんだよ。で、さ、お金貸してくれない?」
「は?」
「金、そう、お金があれば今日生き延びれるんだよ!」
「金」
「うんうんそうそう。ここで会ったのも何かの縁、貸してくれよ」
「………」
「……無言で財布出してんじゃねーよ馬鹿ヒバリ。普通そこは「君のように風紀を乱す人間は嫌い」とか言うんじゃないの?ヒバリなら」
「もし出した途端スられそうになったならしたさ」
「………なんそれ」
「軽蔑したよ。まあ、しないつもりだったのならいいけど」
「軽蔑……、してくれてもいいけどね。もう、純粋なちゃんはいないんだ」
「純粋な?へえ、初耳だよ。いつの話?」
「……多分、もし、ヒバリが何も言わずに金を出してくれたなら、私が何も言わずにそのままだったら、私は、多分、その金を受け取ってた」
「で、どっかに使ってた?」
「そうだろうね」
「何に使うの?」
「まあ、色々。この前はゲーセンで2万使った」
「かなりの浪費だ」
「自分でもそう思う。結局はでっかいクマのぬいぐるみ一個しか取れなかった」
「ふうん」
「そのお金は、さ、親からもらったんだ。食費足りないって言って」
「………」
「食費足りないですお願いですって頭下げたのに、私が持ってたのはクマのぬいぐるみ一つだけ。もう全部飛んじゃった。馬鹿みたい」
「君が馬鹿なのは知ってるさ。今更頭いいように振舞われてもどうしようもない」
「そうだね。ああ、そうだった」
「馬鹿なは食べ物よりでっかいクマの方が魅力的だったんだろ?後先考えない『純粋なちゃん』がまだ存在してるんじゃないか。ほら、僕の目の前に」




11年前




「ええーまじすか! 面白い話っすねー!!」
「コラそこ!! 校内での携帯電話禁止!!」
「っあー………、いや、大丈夫ですよ? ちょっと小うるさいのが同じ学年にいるんです。あはは、そうそう。そいつです。自称『並盛の秩序』!」
「……僕の声は君に届いていたかい……?」
「いいいいたい! 痛い! 先輩すんません、また後でかけなおしますね!」
「先輩?」
「そ、バイトの……………」
「……君、バイトしてるの?」
「そんな訳ございませんです」
「こっちと目を合わせてよ、ねえ」
17歳、神に誓ってウソはつきません」
「へえ、君が縋れるような神なんていたんだ」
「……ヒバリ、あんたつくづく一言多いよな、今すぐここから飛び降りてしねよ」




12年前




「君、その頭髪は規則違反だよ」
「は?何あんた……生徒会長か何か?」
「いや、君と同じ新入生だよ」
「そうだろうね。胸の花が誰よりも輝いてるよ。じゃ」
「じゃ、じゃないでしょ。何入学式早々茶髪で登校してるの?馬鹿なの?」
「馬鹿じゃないし死にもしないわよ。もう、うるさい奴だな」
「うるさい奴で結構。僕は目の前で風紀を乱されるのが大嫌いなんだ」
「そう、じゃあ私もあなたのこと、ダイキライ。視界に入らないでよ」
「……」
「ちょ、きゃ……! いきなりスプレーかけないでよ!! 目に入ったじゃない!」
「黒スプレー、持ってなさそうだったから」
「あんた知らないの!? 髪用のスプレーは髪用で売ってるの! あんたが使ってるのはニーチャンたちが壁に落書きするようなスプレーなの!!」
「知ってるよ? でもこっちの方が安かったんだ。買っておいてよかった」
「ちっとも良くないわよ! ばか! しね!! 初対面の人間にいきなり顔射する奴なんてありえない!!」
「が……っ!? 本当に君は品性の欠片のない人間だ!」
「過剰反応すんな思春期!! ああーもうこんなんじゃ入学式に出れないじゃない!! 入学式に出れないなんて小学生ぶりよ!!」
「………小学生でも茶髪にしていたのかい?」
「そんな訳ないじゃない! くっ……涙出てきた……」
「ふ、ふーん……まあ僕は悪くないけどね」
「全面的にあんたが悪いのよ! これで失明したら訴えてやる!!」
「実際に訴えるのには膨大な時間と多額な金額がかかるよ」
「ああー!! ウザい!! こんな高校入学するんじゃなかった!!」





14年前




ちゃん! ちゃんっ!」
「なあに?」
「テスト勉強しよ!」
「やだ、めんどい、かえる」
「ええー! だってちゃん、次で赤点取ったら補習だって言ってたじゃん!」
「でも面倒だもん。勉強してなくたって生きてけるし!」
「そういう事言わないでよー! 勉強は、いい学校に入るためにしてるんだよ?」
「じゃー私フリーターでいい」
「えー? ちゃんって、ホームヘルパーになるんじゃないの?」
「はあ?何それ。初耳だよ。いつの話?」
ちゃんと同小の佑ちゃんが言ってたよー?」
「ああ……、でも今は別に目指してないし」
「そうなんだあー。何で?」
「何で、って、別に。私に合わないと思っただけ」
「ふーん」
「……てか、今日なんか騒がしいね」
「今日はね、何か……なんだっけ、並中の何とかさんが来てるんだって」
「ナントカさん? 一文字も分かってないじゃん」
「うーん……確かあたし達と同じ学年で、で、「黒曜中学校の悪評を聞いてきた」とか「もっと風紀のいい学校にならないの?」とか、殴りこみにきてるんだって」
「はあ? 何それ」
「さっきと同じ言葉繰り返した!」
「別にいいじゃん! とりあえず何その人。おかしくない? 何で自ら風紀乱してんの?」
「さあ? 暴力政治? 絶対王政ってやつ?」
「なるほど……。でも馬鹿だねその人。黒曜にはめちゃくちゃ不良多いのに」
「だよねー今頃サンドバック状態じゃない? うけるー」




15年前




「将来の夢。6年2組、。私の将来の夢は人の役に立てる仕事に就くことです。だけど、きっとそんな仕事は世の中にいっぱいあると思います。この前テレビでホームヘルパーさんのお仕事を見ました。その人は女の人だったのですが、一生けん命ご老人をかいごしていて、かっこいいなあと思いました。だから私もそんな仕事がしたいと思います。でも、お母さんに聞いてみると、もうちょっとよく考えたらと言われました。ヘルパーさんはあまりお給料がよくないそうです。お給料がよくないとどうなるか、私はお父さんを見ているので知っています。だけど、私はお給料が全てではないと思います。お給料がよければ、私がすごくほしかった任天堂Wiiが手に入りますが、だけどヘルパーになる私には必要ないものだと思うのでいらないです。テレビのお姉さんも、「力仕事でもあるから、つらいと感じる時も多いですが、それはどの仕事だって同じことなんです。だけど、この仕事につけば『ありがとう』と言ってくれる人がいる。やりがいのある仕事です」と言っていました。そういう事なのだと思います。お金に変えられないものがある、とCMでもやっていました。でも、まだホームヘルパーになる方法はよくわかっていないので、黒曜中学校に入ってから色々と調べようと思います。
……終わりです」




21年前




? あなたは今日から小学生なのよ?もうちょっと嬉しそうな顔しなさい!」
「だって……みーちゃんもさっちゃんもこくよー小学校なんだよ?何であたしだけ……」
「いじけないの! 二人とも家が近いんだから遊びにいけるでしょ?」
「家が……家が反対側だったらあたしもこくよーなのに……」
「あら、もうこんな時間……入学式が始まるわよ!」
「ッヤダ!! 行きたくない!!! あたしはこくよー小学校に行くもん!!」
「無理なこと言わないで。ほら、ランドセルを背負って!」
「こんなの……っ!!」
!! ランドセルを投げないの!! おじーちゃんが買ってくれたものなのよ!?」
「ヤダヤダヤダーッ!!!みーちゃんとさっちゃんと一緒じゃなきゃヤダー!!!」
「そんなワガママ言う子は小学校になんて行かなくていいわ!」
「お、おいお前……」
「何よあなた。大体ねえ、あなたが甘やかしすぎたからは……」
「うえ、うええぇぇーーーーん!」




26年前




「あらあなた、この子今喋ったわ」
「え、本当かよ! なあ、俺の事は呼べるか? なあ!」
「ぶうー……」
「アハハ、ぶう、だって! ? 惜しいけどこの人はブタさんじゃないのよ?」
「なんだよ! まずブタなんて見たことないだろ!」
「問題はそこなの? 変なパパですねー」
「うー、うー…」
「どうしたの? お腹すいたのかしら……」
「じゃあ俺が今ミルク作ってくるよ。お前は座ってろ」
「パ、パー」




28年前




 彼女は生まれた。27年後に死に、そして16年後に彼と出会う為。



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(あなたのいない今日があなたのいた昨日と同じように始まるのはきっと、悲しむことではないのだ)