「平等でなきゃいけねえと思う」

 理解者、と言う言葉を聞くようになった。そしてそれを修飾する語と言えば、大抵「本当の」だろう。本当の理解者。それは果たして自分には居るのだろうか。全て分かってくれている人物、今私が何を言いたいか何を表現したいかどんな気持ちなのか。そんなの、ありえない。寝言は寝て言え。

 いや、それよりまず、理解者云々の前に、私に友人さえ居るのか謎だった。今までそんなもの要らないものだと切り捨ててきたが、この男が言ったのだ。「友達がいないなんて、寂しい奴だな」と。寂しい?寂しいとは悪い事なのか?…いや、それより、何故私は寂しいと決め付けられなければならない?そう聞けば、「お前が死んでも誰も悲しまないから」と、冷たい目で言い放った。

 友人とはなんだ?一緒に話す事が出来れば友人か?一緒に飯を食べればか?一緒に任務をこなせばか?そもそも、自分以外の人など使うものだと教えられてきたのに、どうしてその道具とずっと一緒にいなければならない?
 ああ、分からない分からない。私はお前じゃないんだ。ディーノ。

「ディーノ、そろそろ出て行ってくれないか。私にも予定がある」
「いいから話を聞けよ」
「分かった、帰ったら聞いてやる」
「今だ」
「・・・同盟ファミリーとは争いたくないのだが・・・」
「話し合いに殺しは必要ないだろ」

 私の家の中で、一番大きなソファーに座っているディーノと言う男は、キャッバローネと言うファミリーのボスだ。ボスと言う立場にしてはカジュアルな格好で、きっとこの男なら街中に歩いていても違和感はない。だが、この金髪は本人次第で太陽の光も月明かりも浴びずに闇に溶けるのだろう。
 それに対し、私は真っ黒い服に真っ黒な髪。これが一番、殺しには向いていると父親から教えられた。白い肌を隠すように長い袖。冬も夏もこうだったから、もう暑くもないし寒くもない。

「じゃあ、23時までにお願いする」

 24時に間に合うように行けばいい、私は腕時計で確認した。後20分。ディーノは時間を確認する事無く、こちらを見ている。そして、口を開いた。

「なあ、お前はいつまで殺し屋でいるつもりだ」
「愚問だな。死ぬまでだ」
「愚問じゃねえよ。・・・引退とか、しねえのか」
「仕事を辞めれば生きていけなくなるだろう」
「今すぐに会社に勤めろって言ってんじゃないんだ。ゆっくり・・・」
「無理に決まってる。──そう、誰かの言うとおり私には友人もいなくてな」
「・・・それとこれは関係ないだろ」
「協調性の欠如など自覚している。もういいからほっといてくれ」

 早く終わるようにと、投げやりに私は言った。ディーノが時計やそれに類するものを見ていない時点で、先ほどの『23時までに』と言う制限を全く持って無視していると見たからだ。

 本来、ディーノがこうして私の家に来るのは珍しい事だ。いや、珍しいと言うより、ありえないはずだった。家の住所を色んな人にペラペラと喋る訳がない。それは仲間だって、ヴァリアーの内部の者たちにだって同じだ。殺し屋で名が通っている以上、寝床を教えられるはずがない。仲間には電話の番号を教えるのが最大の信頼だと、私は勝手に思っていた。
 これは、私が携帯電話を一台しか持っていない事からだ。普通は、プライベート用、その他もろもろ等分けて使っているらしいが、私には関係のない話だ。これ一台で間に合っている。だから、この番号を教えている人(例えば、ボス、つまりXANXUSなど)は一応なりとも信頼をしている。
 さて話は戻すが、その、『誰にも教えていない』はずの家に訪ねられた時は、私は出るのに躊躇した。声と姿はディーノだったけれど、本当に『ディーノ』が訪ねたかは分からない。今の世、どんな事だって出来る。ドアを開けたら切りかかられるかもしれない、銃を向けられるかもしれない、窓から誰かが乗り込んでくるかもしれない。今だって、いつ首を狩られてもおかしくない。

「ほっとけるものなら、もう俺は帰ってる」
「そうか、ならお引取り願おう。もう24時まで…」
「なんでお前はそうしてる?斜に構えても格好良くねんだぞ」
「・・・私は、格好付けてる訳でも、見栄を張ってる訳でもない」
「いや、お前はプライドに邪魔されてるんだ」

 キャッバローネのディーノの噂と言うのは、9割方が俗に言う『良い話』だ。そして1割が、『嫌な話』。良い話は、大抵が真実味があって、証言出来る者がいる。だが嫌な話だと、誰かがでっち上げた嘘が多い。本当の後継者ではないだの、とにかく、逆恨みした誰かの仕業であろう。そして、来るもの拒まずだが、去るものを追うのがディーノであった。


「俺だ、キャッバローネのディーノだ」
「・・・・・・ディーノが、何の用だ」
「お前と話がしたい」
「・・・・他には誰がいる」
「誰もいねえよ。一人だ」


 私は、大げさに溜息をついてみたが彼には無意味のようだ。

「例え、万が一そうだとしても、だからなんだ?それと仕事に関係はあるのか?」
「お前の殺し屋としての性格が直れば、一般人として生きていける」
「・・・直る?直ればと言うのはなんだ?私は好きで殺し屋をやっている。私は好きでこの性格で収まっている。それを否定するとは失礼にも程があるぞ」
「・・・・・俺の言い方が悪かった、謝ろう」
「謝罪はいいから出て行ってくれ。もうお前の顔なぞ見たくも無い」

 半強制的に私はこの仕事についていた。だが、この中での『幸せ』は見つけている。例えば、昨日より早く殺せたとか、指定された場所が近い所だったとか。だから、今私が会社に勤めたってそれは『つまらない』だけではないのだろうか。最近では人を見て、強さを確かめたくなってきたのだ。みんなみんな、壊してしまう、殺してしまう。

 人を殺すことを善悪で考えた事がない。ポツりと雨が降るかのように日常的に、人殺しの現場を見ていた。毎日聞こえる殺人ニュースがどんなに無残なものだって、私にとってそれは雷が落ちたようなもの。珍しくも、しょうがない事。

「今日は、何人殺す」
「・・・・・知らん」

「そうか、」と、ディーノは小さく呟いた。先ほどと比べ室内があまりにも静かすぎて、波の音がここまで聞こえるかと思った。ここは、海が近いのだ。

「じゃあ、昨日は何人殺した」
「覚えてる訳がないだろ、報告よりも数が多かったんだ」
「ああ、そうらしいな」
「・・・何か引っかかる言い方をするな」
「昨日の生き残りがいたらしい」

 ディーノと言う人物は、元々ボスの素質もマフィアの素質も無かったとどこかの、1割の『悪い話』で聞いた。何をするにもダメダメで、学校ではへなちょこのディーノと呼ばれていたとか何とか。その話に真実味があるかどうかとは判断出来ないが、今こうして風格ある顔をしているのなら問題はないのだろう。私は、私は学校と言うものに通った事がないからそこでの人間関係は分からないが、彼はきっと、好かれるような人間だっただろう。友人もいただろう。
(うらやましい、訳では、ない)

「生き残り・・・?・・・・チッ、仕留め損ねたか」
「ああ、相当キレてるらしくてな。色んな情報屋からお前の居場所を買ってる」
「・・・これでお前に帰ってもらう理由が出来たな」
「それはどうかな」

 彼は策士のようにそう言った。
 危ないから帰って、と言うつもりは無い。思ってもいない。邪魔だから帰れというのが本音、と言うよりディーノもそれは分かっているだろう。私の家を知らないはずだったディーノがこうして来れるのだから、きっと、どこかに情報は漏れている。いや、完璧に知られていない事などない。ただ、自分なりに最大限知られないようにして、結果がこうなってしまっただけだ。

「今俺が帰ったとする、だがここはキャッバローネのボスが出てきた家だ。どこの家か、誰かは気になる。もしくは、俺自身に聞いてくるかもしれない」
「・・・・どういう事だ?・・お前は、どうやってここまで来た?」
「なんだ。自分で言ったことも覚えてないのか」
「ディーノに教えたはずはない」
「そんな事ないな、言ったよ」

 私は記憶を巡らす。ディーノと会話らしい会話をした事はそうないからその中で探すのは簡単だ。初めて会った時、二度目、覚えている限りの事を次々思い出してみるけれど、私はここの場所など言っていない。

「・・・いつ、だ」
「初めて会った時、お前がまだヴァリアーにも入ってない時だ」

 その時は無所属でソロの殺し屋だった。依頼が来ればどんなものでも受けた。受け答えは全て親が行っていたから、本当はどうなのかは分からない。けれど、出来る限りの事はしていた。あの時に沢山人を殺した。どんどん名前が広がっていくと奇襲をかけられる時だってあった。こうして今生きていられるのも、返り討ちに成功したからだ。
 初めて会った時、確か、そう、返り討ちに成功したと思って帰ろうとしたら、後ろから刺された時だ。随分間抜けな瞬間だったと痛感している。

「あの時、俺はお前を病院に連れて行った後、帰り、送ったよな」
「・・・駅までだ。・・・それに、その時は実家に居た」
「ああ、知っている。だからお前は言った」

 時計を見ると、もう既に23時を過ぎていた。答えをすぐに出してくれないディーノに苛立ちを感じ、私は言った。

「もういい。ディーノが私の家を知っている、これが真実だ」
「俺を追い出してもいいのか?」
「ああ、どうぞ出て行け。いつかは知られるものだ」
「・・・ここを出て行くのか」
「家に出来る所など、いくらでもある。最悪道端でも構うものか」

 すぐ海の見えるところだった。暗殺者がこんな目立つ所に家を建てておく方がおかしいだろう。自分でもどうしてここを選んだかは分からない。ただ、ここが良いと直感で決めてしまったし、今でも悪くないとは思っている。だが、所詮寝て起きる場所。たまの休日だって、家でゆっくりと言うよりは横になって寝ているだけだ。それなら、どこでも同じ事。

「・・・23時も過ぎた、後一時間後に私は任務に行かねばならん」
「今度話す事は出来ないだろ」
「ならずっとここに居座ってろ、私は行く」

 真っ黒なスーツの上に、真っ黒のコートを羽織った。「待て」

「ディーノ・・・、おふざけも大概にしてくれないか」
「俺はふざけてねえよ」
「今はまだ同盟ファミリーだから手は出せないが・・・、」
「そうだ、その話だ。どうしてお前はヴァリアーを抜ける?」

 今日の24時の任務を最後に、私はヴァリアーを抜けると前々から決まっていた。ヴァリアーと言う組織が嫌な訳でもない。ボンゴレが嫌になった訳でも同盟ファミリーが嫌になった訳でもない。もう一度、フリーでやってみたいと思ったからだ。だが暗殺部隊に所属したって縛られることはそうない。けれど、辞めたいとふいに思ってしまった時から、私は、『辞めよう』と考えていた。

「ディーノ」

 目立った理由なんてない。理由なんて、ないのだ。

「もういいから帰ってくれないか、ずっと言っているだろう」
「断る。俺はお前から話が聞きたい」
「・・・・・私自身に、依頼が来たんだ。・・・そう、それを達成すれば毎月多額の金が振り込まれる!こんなに旨い話があるのか?!断る理由があるか!?」

 依頼が来たのは二ヶ月前だ。それは私に来たのではない、『親』にだ。ヴァリアーに入った後でも、私がそちらに所属しているとまだ知らなかった輩からの依頼はあった。そしてそれらが次第に収まったのだが突然、二ヶ月前に私に依頼が来たのだ!内容は勿論暗殺だ!誰をなんて、もう既に分かっているだろう!!

「お前だ、お前だディーノ!!お前を殺しさえすればいい!期限は26時、ヴァリアーとしての仕事が終わった後で充分間に合う!!」
「・・・・・・・・」
「なんなら今だって・・・・」


「フリーの殺し屋、だな」
「・・・知っているのか」
「ああ、お前は結構有名人だぜ?」
「・・・・・そうか」
「けどそんな噂の殺し屋がどうしたんだ」
「・・・誰にだって油断する時はある」
「ははっ!お前がそう言うとは思わなかったぜ!」


「なら、殺せよ」
「・・・・・・・ディーノ?」
「殺せばいいだろ?殺したいんだろ?だから俺を家に招いたんだろ?」
「、ちが、う」

 思わず口から出た言葉に、私自身驚いた。ディーノを家に入れたのはその任務を達成する為ではない。来たから入れたようなものだ。だがもしかしたら、心の中ではわずかでも殺すためにディーノを招いたかもしれない。けれど、私は否定をしてしまった。『ちがう』?違う、それが違うのではないか。ああ、私は殺すためにお前を入れたのだとなぜ肯定しない!!
 私は雑念を振り払うために首を振る。

「ちがう、私は、私は、おまえを殺すんだ」
「・・・・俺の知っている限り、お前と言う人間は人と関わろうとしない」
「・・・・・」
「誰かがお前に俺を殺す依頼をしたというのは知っていた。だがお前は今日俺をこの家に入れた!これはターゲットがわざわざ敵地に乗り込むような事だ。入れて当たり前、──だけど!!俺はどうしてもそうは考えられないんだ!!」

 そう、ディーノは一気に叫ぶと、私の両肩を掴んだ。ああ、ああ、これでは目が合ってしまう。目を背けようにも、もう背けられない。

「・・・もう、散々だ」

 もう嫌だ。ヴァリアーに入りさえしなければ、あの時油断をしていなければ、ディーノに会って居なければこうなりはしなかった!いつまでも私は殺し屋として闇の中で生きられた。ああそうだ私に友人など要らない。邪魔になってしまう。大切な人が出来てはいけない、そう習ったんだ!!

「ほっといてくれと何度言えば分かる!!私は、寂しい人間でいい!」
「お前が俺をここに入れなければ良かったんだ!!」
「な、んだそれは、変な責任を私に押し付けるな!」

 掴まれている両肩が痛い。私はディーノの両手を振り払うと、その反動でなのか、今まで平気で立っていられたはずなのにペタリと座り込んでしまった。目線を下に逸らすと時計が見えた。24時まで、後、少し。

「24時に任務だ」
「それが終わったら、お前はもうヴァリアーじゃないんだな」
「ああ、だから・・」

 私は言ってしまいそうになった言葉を飲み込んだ。今、何を言おうとした?別に、26時までとは依頼で言われていたが今殺したって良い。今殺せば良い。

「だから・・・」

 どんな事だって依頼を受けてきた。それなのに今になって無理です、なんて言うのはおかしいだろう。出来ない事なんてない。大切な人なんていないのだから。依頼されれば殺せば良い。後の事など考えてはいけない。友人なんていない。理解者なんて。ああだから、ディーノなんて、ディーノなんて。

 今殺せばきっと、私はこれから殺し屋として生きてる。

「お前を殺さなければ・・・、私は・・・」


「もしさ、お前が一人暮らしするならどこに住む?」
「・・・・・・・」
「え、あ、いや具体的にって事だよ!」
「・・・・・海」
「海、が見えるところか?」


「殺し屋として以外は、生きないのか」
「・・・生きれない」

 今まで呼吸するのと等しいほどにしてきた事だ。それを制限されたら私はどうなる?趣味も特技もみんなみんな、『殺し』なのに。人と話すことさえも新聞を見ることさえもテレビを見ることさえも絵を描くことさえも歌うことさえの制限を全て取っ払われてしまえば私は、歩くことも出来なくなってしまう!これまでずっと制限されていたから進めたのだ!そこを歩けと言われたから走れたのだ!それなのに全て自由にしていいと言われてしまったら、そうなってしまったら、私は死んでしまう!!!

「ああ、ああ、存在理由を奪わないでくれ」
「理由なんて在るもんじゃない」
「・・・・・帰ってくれ。ずっと言っているじゃないか・・・」




私がお前を殺す前に


帰ってくれ!!!!


、」

 ディーノは小さく呟くと、私を抱きしめた。この温もりを、私は消さなければいけない。私はこうしなきゃ生きられない。そう、それならば私が、死んで