「もー!だから、違いますよ君!」
「えー?違う事ないだろ。こうやれば答えに辿りつくってば」
「じゃあ黙ってハルは見てるのでやってみて下さい!」
「へいへい。ほら、こーしてこうやってれば…………なんだこの3……」

 割り切れると思っていた数式を呆然と眺めながら呟くと、ハルは「ほら!ハルの言うとおりです!」と出来の悪い子を叱るように、出来の悪いオレの隣でぎゃんぎゃんわめく。そんな事を信じたくなくて、てゆーか大口はたいた結果がコレとか、すっげー恥ずかしくて何度も計算式を見直す。
 そんなハルは二つ下のオレの彼女――なんて華やかなものじゃなくて、オレの妹だ。今年中学に入学した。出来の悪いオレは違って、頭の良い私立中学に。

君はやれば出来るんですから、がんばってくださいっ!」

 出来の悪い出来の悪いと言ってみたけれど、ただハルが出来すぎている、というのが問題になってるとオレは感じる。オレは世間一般的には普通だろう。ただこの家には大学教授である父と、それから有名私立中学に入った妹がいるせいだ。母親の学歴は知らないけど、いい所の女子大学を卒業したっていう話を聞いたことがある。実際は違うっぽいけれども、それを否定しないであげるのが子供の優しさだ。

「ハルが心配してなくてもがんばってるって。オレなりに」
「オレなりにってなんですか!」オレのテーブルにバンバンとノートを叩きつけると、思い出したように「あっもうテスト前にサッカーしちゃ駄目ですよ!」と言う。
「ええー!?そりゃないだろ!オレの青春!」
「オレの青春、は、勉強面に向けてください!」

 サッカー部に所属するオレは、自分で言うのもアレだけど、結構エース格だと思っている。そんな三浦をいざという時の試合で周りからガッカリさせたくなくて、テスト期間で部活動中止の時でもこっそりと、というか結構堂々と学校で練習していたのを最近ハルに見つかったのだ。

 中学生になり、ちょっと家より離れた私立中学に行く事になったハルの行動範囲は広がった。見つかったのはそのせいだろう。帰り道、どこによる訳でもなく帰宅していたハルは偶然、オレの中学を通り、そして、そこで元気にアホみたいにサッカーして汗流しているオレを発見、とういう流れだ。
 「君!テスト期間中なんじゃないんですか!」「君!何でサッカーしてるんですか!」「君!お父さんに言いますよ!」とフェンス越しで叫ばれたのを今でもよく覚えている。そんで、ハルがあまりにも『君』『君』言うもんだから、一緒にサッカーしてた友達とか、たまたま聞いていた人から、からかれるように「君、今日はサッカーしなくていいの?」とかニヤニヤ笑いで言われるようになったりした。今でも覚えてる奴はそういう風にオレを呼ぶ。

君が行きたい高校の偏差値分かってるんですか?」
「……そういう風に言うなよ」
「う、ご、ごめんなさい……」
「オレ、スポーツ推薦で決まるし!」

 そう言ってシャーペンを投げるように机に置いた。

「もう、幾ら推薦で決まっても、入ったらそこのテストがあるんですよ!!」

 ハルの考えは結構バカっぽい所もあるけれど、実際は真面目だ。さすが、小さい頃のあだ名は「のねーちゃん」だろう。オレが考えもなしに色々行動しちゃう奴だったから、ハルは小さいながら自分がしっかりしてなきゃと感じ取ったのか。昔はませた妹だと、少し疎ましく思っていたけれど、そういうちょっと疎まれる奴の方が世に憚るというものか。言い方がかなり悪いけど、本当にそう考える。

「まーまーオレはやれば出来る子だし」
「やらなきゃ出来ないんですよ!」
「……うん……」

 頭の良い妹を持つと面倒だ。久しぶりに思った。

 こうしてハルに勉強を教えてもらうのを恥ずかしい事と思った事はない、と言えば嘘になるけれど、あまりなかった。むしろ誇らしいと思う。二個下なのに、ちゃんと中学三年生の問題を分かってる所とか。

「なあ、ハル」
「なんですか?」
「最近、『ツナさん』はどうなの?」
「っ!!!」

 ハルはいきなり顔を机にぶつけた。

「い、今は勉強中じゃないですか!」
「でも最近聞いてなかったから聞きたいな、って思って」
「れ、れ、恋愛相談を兄にする妹なんていません!」
「世界は広いんだぜ?そんな考えの方が少人数派かもしれない」

 よし、これで当分勉強はしなくていいだろうな。と、オレはほくそ笑んで頬杖をついてハルの顔をじっと見る。

 自分で言うのもアレだけど、ハルは結構かわいい方に入ると思う。父親の顔はまあ、ノーコメントにしとくが、母親の方の遺伝子もちゃんと受け継いだんだなっていう顔。(ちなみにオレにも父親のデブ遺伝子はこなかったみたいだ。セーフ!)
 小学生の時はどうだか知らないが、女子中学に入るなら、浮いた話はあまりないかなあとかこっそり思ってたけどそんな事なかったようで、すぐにハルは好きな人を見つけたようだった。

「ツ、ツナさんとは、最近あまり会ってません」
「ああ、並中も今テスト期間中なんだっけ」
「そうなんです!はあ……」と、ため息をつく。

 ハルから根こそぎ聞いた情報によると、ツナさん、とは、並盛中学に通っている一年生らしくて、ハル曰く「男らしくてかっこよくて素敵で以下略」なのだが、どうにもハルは人を美化するのが得意だから本当に男らしくてかっこいいのかは分からない。だって、オレを友達に話す時でさえ、「かっこいいおにいちゃん」とか言っちゃうらしくて、ハルが家に友達を呼ぶときは、その友達は「かっこいいおにいちゃん」を探し始める。そんなのいねーよ!と大声出したいオレは、そんなお友達の想像するお兄ちゃん像をぶち壊したくなくてとりあえず自室に篭っている。

「……『京子ちゃん』は?」
「京子ちゃんとは明日会うつもりなんです!お勉強会です!」
「へえ、そうなんだ」

 ニコニコとハルは話すけれど、オレがハルから聞いた『並盛中学』事情によると、どう考えても『ツナさん』は『京子ちゃん』の事が好きと言う事になる。ハルはそれに気付いているのかいないのか、ツナさんの話も京子ちゃんの話もいつだって楽しそうに話している。ハルは真面目で頭がいいけれど、やっぱり、バカなのだ。

「オレも、京子ちゃんに、会ってみたいな」
「駄目ですよ!君が会っちゃったら京子ちゃんに惚れちゃいます!」
「そんな事言うから会いたくなるんじゃん」
「だって、京子ちゃんは本当にかわいいんですよ?」

 そんなかわいい京子ちゃんと、男らしくてかっこいいツナさんは一緒の学校なんですよ?とは突っ込まないでおく。

「オレ、ハルの事応援してるから」
「ぷっ、なんですか?いきなり」
「だって兄妹だし?」
「アハハ、そうですね。じゃあハルは君の恋を応援します!」

 とは言え、今の所オレの恋人はサッカーだ。張り切るハルを横目に、オレはこれからハルに『好きな人』や『恋』について尋問されるなと感じ、いち早く勉強を再開した。


(そういえば、お父さんとお母さんは従兄妹同士だったなってフと思い出す)