「ねえ、私ね、あなたのこと世界中の誰よりも好き」

「って言ったら、迷惑?」

 さっさと肯定して、嫌いになってしまえればいいのに。あなたも、私も。

 この部屋には同じソファーに座った男女一人ずつ。距離なんてものはないけれど、ぴったりというものではなく、それでも少し動けば触れ合う距離。なんて甘い空間、だなんてものではなく、そう実際は砂糖菓子みたいなものではなく、いわば落雁だ。キラキラした効果を付けるものでもないけれど、一応菓子と定義出来るレベル。あのぼんやりとした味を私は好きじゃない。ああ、好きな人といるんだからもっと乙女的思考を繰り広げてもいいんじゃないの?駄目?ああ、なんて、とてもカワイソウなアタシ、かなりカワイソウなアタシ、すごくカワイソウなアタシ。

 目の前にTVはあって、会話が途切れた用にずっとつけていたけれど、気が付けばドラマからニュースに変わっていた。ずっとつけていたけれど、こうやって意識するまで気づかなかった自分に驚いた。隣の彼にも、テレビも見ないで、私はずっと私に夢中だったのだ。

「……迷惑では、ありませんよ」
「どうして?」
「…………」

 そうやって言ってみればまた彼は黙った。この人は私が質問するたびにこうやって子供みたいに考える時間を欲するんだ。どうせ考えたって、私が満足しない、傷つきも満足もしない落雁みたいなぼんやりとした答えしか出てこないくせに。

 時間の無駄だ。それを分かって私は待ってるし、ノボリもきっとそう。

 考えてみれば考え方も趣味も、みんなみんな違う。しかも私の好みは守ってあげたくなるような年下の子(でも肝心なところでは守ってくれる子がいい)だったはずだというのに!ライモンシティに住む理由の一つとして、新米ポケモントレーナーの少年を眺めたかった。ここは都市部なだけあって、夢見る少年少女がよく集う。……危なくはない、と思う。きっとそう思う。流行りに合わせて言うならば、Yesショタコン・Noタッチだ。眺めているだけで満足なのだ。

 それなのにコイツはほっといてもどうにかしぶとく生きてるだろうという野郎で、歳は私より5つも上だ。この顔で私より年下だったら逆に何か燃えるものあるかなと思って好奇心から年齢を聞いた私がバカだった。所詮、年相応の顔だった。ふざけんな。アンタなんか「たべのこし」でも食べとけ。これは八つ当たりじゃない。決して。決して決して!

 それでも、私から告白したっていう。ね。

「……ノボリは、あれだよね、難しい性格してると思うよ」
「難しい、ですか」
「うん。ほら、嫌なこと、いやって、言えないよね」

 たまたま見かけた街のイベントのデモンストレーションでポケモンバトルしてるノボリ、さんが、格好良くて、――本音をぶっちゃけるなら、『まるで少年のような顔』をしたノボリに惚れて、毎週日曜日と水曜日に街の地下鉄を使って行われるバトルサブウェイに通うようになって、慣れないポケモンバトルを一生懸命学んだ。
 ついでに知り合った可愛い男の子に教えてもらうようになって、鍔が黒くてオシャレなキャップが似合う男の子で、ついでについでにあんな目がキラキラとした可愛い子と一生こうやって過ごしたいなとか思うようになっちゃって、でも可愛い幼馴染がいると知ってしまって、ちょっと悲しかったけどその子は別に彼女じゃないみたいで、ああいう元気タイプじゃなくて大人しめの人が好きです!ってアピールされて、これまさか幼馴染フラグが立ってる上のツンデレ(例:「今までお前のこと、家族みたいだって思ってたけど違ったみたいだ」「こんなに近くにいるから大切さに気付けなかった」等)じゃないよなって怪しんだけどその力説っぷりに本気でホッとした私がいて、てことはやっぱワンチャンあるわとかアレ、何の暴露話してるの?

「言えますよ」今回はいつもの返信よりちょっと早かった。
「嘘だ」
「……はすぐそうやってわたくしのことを否定します」
「うん、そうだね」

 ともかく、誰のアシストもなく、初めてノボリの元へたどり着けたときは本当に感動した。足が震えた。今までは開催前のちょっとした舞台挨拶的なものでしか見れなかったノボリさんが目の前にいるのだ。思わず見とれてモンスターボールじゃなくて自身の手を握ってしまっていた。いつまで経っても動かないし、さすがにおかしいと思ったらしいノボリが声をかけるまで、私は石像だったのだ。そして、「本日はバトルサブウェイ、ご乗車ありがとうございます。わたくし、サブウェイマスターのノボリと申します」と、この町でポケモン持っている限り、知らない人間なんていないはずだろうに、ノボリは丁寧にお辞儀をする。その眼は私の大好きな少年の目ではなくて、ただの大人の目だ。それなのに離せないでいる。ああ、これが恋なのか。他に説明が出来なかった。男女というものはこれだからめんどくさい。あなたと一緒にいたいという感情はもう友情ではないのだ。そう考えると不思議と苦しくなった。

「ノボリは私と逆なんだもん」
「………そうでしょうか」
「似てることの方が少ないよ」
「それは、誰しもがそうでございます」
「そうだとしても、……それでも、きっと、他の大多数よりずっとずっと遠くにいる気がする」

 正反対。意見なんてもんは逆に合わない方がいいとか、やっぱ合っていた方が長続きするとか、そんな一般論はどうでもいい。無理なものは無理なんだ。頑張ったって、じたばた踊ったって蜘蛛の毒を解毒出来るわけがない。

 最初好きだったのは私だ。ノボリは有名人で、私は一般人。実は町で歩いているところを偶然見ていましたなんて運命なんてない。デモンストレーションで私が最初に恋をして、ノボリは初めてあの試合で私を見た。私だけが好きなんだ。今はどうかわからないけれど、ノボリは何を考えてるのか分からない人だからそんな彼に私が苛立ちを感じ始めるのに時間はかからなかった。何もしない訳じゃない、何も言わない訳じゃない。だけど全部私を思いやってくれる言動ばかりで、芯が全く見えないのだ。そのせいか最近は喧嘩が多い。私から、一方的の。
 それなのに、こうやって雰囲気悪くしちゃったときは、のど乾いてない?お腹すいた?なんて、私は子供みたいな機嫌取りを始めるのはお決まりのパターンだ。私は何を思ってノボリにひどい言葉を投げかけるんだろう。何を言って欲しいんだろう。自分の事なのに、分からないのに、気がつけば私は口を開いてる。こんな口、くっついてしまえ。

「そんな私は嫌い?」
「いえ、あなたを嫌いになったことなど御座いません」
「………」嘘、と言おうとして、そういえばさっきも言ったなと思い出した。
「ずっと、わたくしの気持ちは変わりませんよ」

 ノボリは大人だ。まるでなだめるように私の頭を撫でた。突発的な小さな癇癪だと思っているのだろう。雑誌で見たけど、女の子はこういう風にされると嬉しいらしい。私は子供っぽいから好きじゃなかった。だけど、ここで「嫌」と言ってしまえば、さっき我慢した意味がない。

(ノボリの、気持ち)

 私は、お姉さんとして、子供を甘やかす自分は想像できるけれど、大人の女性として、大人の男性を相手する自分なんて全く出来ないんだ。だから私の好みは年下だと思ってた。かわいいかわいいって小動物可愛がるような自分を知っていたから。けれど好きになった。好きになってしまった。ならば、私は大人の男性に見合う女性にならなければならない。輝くお菓子みたいなアイシャドウをまぶたに乗せて、麒麟みたいに長くまつ毛を伸ばして、唇と頬に赤を置いて、素からこんなんですって顔して歩く。きっと成れると思う。私もいつかきっと慣れると思う。
 でも、一番の幸せを願うならば、どうか、私以外の人と幸せになって下さいよ。その隣に入れるのは私じゃないんだ。大人の男性には大人の女性がぴったりだ。ノボリは大人で、どんなに着飾ったって根っこの私は大人になりきれない子供なんだ。苦しいんだ。好きだから。私以外と楽しく喋ってほしい。こんな事実、気づきたくなかった。きっと恋心はパズルみたいなもので、近づいて分かったけど、私じゃあぴったりと当てはまらないのに、気付いてしまったんだ。

「……そういえばは最近、バトルサブウェイに来ているのですか?」
「行ってるよ。いつも負けてる」きっと集中力不足だ。私とポケモンを育ててくれたのはこのイッシュ地方の幼いチャンピオン君。立派に成長するポケモン達と私じゃ、アンバランスだったのだ。「なんだかんだノボリの所まで行けたのも数回だし、スーパーシングルじゃダメダメの成績しかないし、奇跡だったのかな」
「勝敗を奇跡という言葉だけで片付けてはいけません。それに至るまでの努力があったのですから」

 少し前、ノボリに最近(言うならばノボリに一目ぼれしてバトルサブウェイに挑むまで)ポケモンバトルを多分10年ぶりくらいにしたというのを言った。その時にすごく驚かれた。きっとこれは天からの才能なんだと、いつもは無表情なノボリが喜んでいたから、私もなんだか嬉しくなった。まあ、今はこうして停滞してるわけだし、その時教えてくれる人が良かっただけだと思うけれどね。
 子供の頃、世間様の流れに乗って、私もちょちょいっと捕まえて、戦ってというのは数回やったことはあるけれど、話題集めだ。なんだかんだポケモン中心のこの世界に、ちょびっとだけ寒気もしていた。所謂中2時代だ。自分だけポケモンなんてものに関わらず、浮世離れしているのが良い感じだった。

「ノボリはポケモンバトルしてる私は、好き?」
「ええ、好きですよ」
「どうして?」
「わたくしも、ポケモンバトルが好きですから、もしていると嬉しいですよ」

 カチャリと鎖が音を立てて、足枷が増えた気がした。あまり主張しないノボリが、その私が好きというのだから、ポケモンバトルは続けなきゃいけない。大人っぽく演じる私の次くらいに難しい足枷だ。実際のところ、ポケモンバトルは嫌いじゃないけれど、楽しいと思うけれど、こうやって考えてしまうとややこしくなる。思いやる気持ちが欠如してる訳じゃないけれど、でも、自らをもういっそ捧ぐように、献身的に生活というのはさすがに出来ない。

「あのね、」
「はい」
「私もポケモンバトルしてるノボリが好きだよ」

 こうやって嘘を塗り固めて大人の自分を演じている時に、素のことを言うのは違和感がある。でもね本当はね、と色んなことを喋りたくなるけれど、本当の私はもっともっと子供なんだけど。そんな姿を出せなくて、私はもどかしい気持ちを噛み締める。

「ありがとうございます」

 場違いな礼を言ったのはノボリの方で、そういうと私をぎゅうと抱きしめた。首筋に顔をうずめるようにされたから、私から全くノボリの表情が見れなくなった。

「わたくしも、すきですよ」
「……ポケモンバトルの話はもういいよ」
「それではありません」

 何だか仕事中のノボリのように、はっきりと素早く言った。いつも彼は私に遠慮するように、色々と考えて発言するから珍しいこともあるんだなってのんびりと思った。
 目の前のTVから聞こえる笑い声が遠くに聞こえた。二人だけの世界だ。ああ、いや、違う。最初から二人だけの世界だった。私が自覚してなかっただけで。私はいつもどこかで、知らない誰かとノボリさんの幸せを想像していた。私はそれを眺める係だった。いいなあって。でも、私はそこに立てないからこれでいいやって。けれど、未来はどうであれ、今現在そこにいたのは私だ。目の前に彼がいるのに、他の女性のことを考えるなんて(ちょっと色々と違うけれど)、なんてひどい。

は分かってないようなので一から説明するしかありませんが」ノボリの口が私の耳に近づいた。こうやって互いの顔が見れないのは逆に、大胆なことが出来るからいいのかもしれないって私は抱きつき返しながら思った。「わたくしはあなたの考えている以上に、あなたが大切です」

「………そう、なんだ」
「はい。ですから、わたくしはもどかしいのです」
「もどかしい?」
「あなたに相応しくない自分が、とても」

 どこかの誰かと一緒だなあと、私は抱きついていた手を強めた。今、もしかしたら私は鏡を見ていたのかもしれない。もしかしたら夢の中かもしれない。ぼんやりと、様々な可能性が浮かんだ。それくらい、今の状況はどこか不思議だった。大人のノボリはきっとそんな事で悩まないし、私なんかに苦労なんてしない。
 頭がぼうとするけれど、それでも私の口は開く。余計な事を言う、お喋りでどうしようもない口だ。

「私も同じだよ。ノボリのこと好きだけど、ノボリを幸せに出来ないの」
「そんな……」まさか、というように小さく言う。

 きっともしかしたら答えを考えて、続けるつもりだったかもしれないけれど、私はノボリの思考を妨ぐように素早く言った。

「ねえ、私って誰なんだろう、すごく、わからないの。ノボリが好きなのに、してもらいたい事は全部きっとノボリがしたくないことで、だから、がんばってる」嘘だ。心の中でつぶやいた。これで頑張ってるなんて言えない。「がんばって好かれる私作ってる。疲れたよ」

 これを取っ払ってしまえば、私はどうなるんだろう。元のただのに戻るのだろうか。夢から覚めるのだろうか。演じていた私も、ただの私の一つに過ぎなかったはずなのに。大げさにとらえて、頑張って、努力していたんだと苛立つ自分を落ち着かせて。何を考えてるか分からないのは、今までみたいに、おどおどと顔色伺って機嫌取りしていた私の方なのに。

「それでも、です」

 私の心を読み取ったようにノボリは言う。

「わたくしは、バトルサブウェイでわたくしからの挨拶をし終わった後、自己紹介も全て飛ばして告白をしてきて下さったあなたを、を、今もずっとずっと変わらず愛しています」
「………早く忘れてもらいたいです。そんなこと」
「では、がわたくしをふったとしましょう。疲れさせた。わたくしが悪い」

 淡々と続けてはいるが、どこかノボリの声が震えている気がして、私はうれしかった。少なからずどこか動揺しているようで、いつもの敬語も抜けている少し抜けてる。うれしかったけど、どこか泣きたくなった。私のせいでごめんね、と言う前に、それを脳がいち早く反応したのか、瞬きした瞬間、涙が落ちた。

「だけど、今もう一度、わたくしから告白させて頂きました」

 好きだから私と一緒にいてほしい。だから別れてほしい。こんな幸せな今でも私のどこか隅っこではそう思っている。でもきっとそれはノボリも同じで、じゃあ、ノボリの想像する理想の私の彼氏って誰なんだろう。私はノボリのことが好きだから、私の理想の彼氏はノボリなのに。どうしても矛盾が出来る。ああ、嫌いになってよ、こんな私のこと。そうすれば解決するでしょう?

「迷惑なんて、あるはずがないというのに」

「わたくしも、世界で一番あなたが好きなのです」

丸になった世界地図