青く澄んだ晴天を、彼女は睨むように見てしまっていた。そして溜息を一つついてからずんずんと歩き進める。小春日和のような暖かな空気。今日みたいな日は外でお昼寝、だったらなんて素敵な一日になったのだろう。船というから木製にものを想像していたのに、足音はカツンカツンとコーティングされた床に響く。
 今の彼女の感情を一言で表すなら、不機嫌、である。それはこの船の人らが悪い訳ではないのだが、彼女はどうしてもこの不快感を脱ぎ捨てたく、俗に言う八つ当たりのような行動をしていた。

「また村に魔物が出たんです!!やっつけてくれたんじゃないんですか!?」

 自動ドアを抜け、えらくハイテクな作りのホールを素通りし、彼女、はすぐさま機関室へ向かった。挨拶もなくいきなり入ってきた彼女に、そこにいたこの船の船長である少女は驚き目を丸くさせたが、それがであると確認した後は『またか』と言う呆れ顔に変わる。

 ここはバンエルティア号。
 そこにあるのはアドリビトムというギルドがあり、これは魔物の討伐から食材集めまで依頼されたクエストをこなしていく所謂何でも屋のようなものだ。依頼をされるからにはその依頼をする、依頼者がいるのは当たり前なのだが、人対人のこの仕事は信頼が一番だ。だから、どんなに自分勝手な人がいようが邪険に扱うことはできない。下手な扱いをすれば嫌な噂を広められてしまう。
 穏便に穏便に、という言葉が少女の頭をめぐった。

「それでは討伐依頼ですか?」
「もう絶ーッ対!絶ぇーッッ対に魔物が来ないくらいお願いします!」
「………残念ですが、それは無理です」

 船長、チャットは大きな青い目を伏せ、静かに言った。

 魔物、それは愛玩動物のような小さなものから大の大人の身長の倍もあるようなものまで、人に危害を加えるものを一まとめにした名詞だ。
 魔物がいなければ、と考えた事がある人も多いだろうが、その魔物から取れるものが食料になったり、物の素材になったりする。だが、元は人に害を与えるもの。勿論、近づかなければ何もしてこないものも多いのだが、まれに食料不足で人里に下りてくるのだ。それが一匹二匹ならまだしも、多くの場合が群れを成して来るものだから住民は困るどころの問題ではなくなってしまう。作物は食べ荒され、住居は壊される。

 たった今来ているも、そのことで頭を悩まし、何度も何度もこのギルドに依頼をしているのだが、それは一時的に来なくなるだけで魔物の数は簡単に減るものではない。貴重な素材を持っているかもしれない魔物を狩りすぎても駄目なのだ。

「何でですか!?あんなの全部殺しちゃって下さい!」
「お気持ちは分かりますが…………今回も20体程の討伐でよろしいでしょうか?」
「い・やです!」

 彼女の大声を聞いてか、コソコソと除き見をしている者が出てきた。からは見えないが、チャットからは丸見えである。さすがにこんな野次馬がわらわらと集まっているのは依頼者に失礼だとチャットは目でどっか行けと合図をするが、あまり意味はない。
 と、チャットは野次馬の中に一人の男を発見した。彼ならば、この状態をどうにか言い包めることができる!と、今度は男に小さく手招きしたが、その男、ジェイド・カーティスはニコニコとこちらに手を振り替えしてくるだけだった。

「(あの眼鏡…!)」
「ちょっと、聞いてるんですか?!」
「え?え、ええ、聞いておりますよ」
「じゃあ依頼は受理されたって事でいいんですね」
「ちが…!――あのですねぇ!」

「……どうかしたんですか?」

 とうとう堪忍袋の緒が切れかけたチャットは大声を上げた、ところに、丁度よく人が割り込んできた。今お話中!と言うように、チャットとが勢いよく『彼』の方へと振り返り、睨んだ。その息がぴったりな様子とその形相に彼はビクりと後ろに下がった。彼の後ろにいた少女はきょとんとした顔で彼と彼女らを交互に見た。

「……さんじゃないですか…、何の用ですか」と、チャットは腕を組んで彼を見上げた。声はいつもより低く、なるべく早くしろというような言い方だった。
「あ、…えっと…生命の水、採取してきました」
「…これでクエスト完了ですね。ご苦労様です」

 そういえばこの人達、とカノンノにクエストを依頼していたんだっけ、とチャットは思い出した。少しだけ早口で言葉をかけると、生命の水を受け取る。
 早くどこかへ行ってくれないかなとチャットは横目でを見ていたが、なかなか彼はどこにも行こうとしない。そして、

「依頼、ですか」

 さっさと出てけという空気を出していたのに!
 チャットはに対して噛み付きそうな表情になったが、それを間近で見ている人はいなかった。は、ターゲットをチャットからに移動させたのである。

「そうです、依頼です。うちの村に魔物が度々襲ってくるので全滅して下さい!」
「…………全滅?」
「そうです」

 は力強く頷く。は考えるような素振りを見せてから数秒後、「それはできません」ときっぱり、はっきりと断った。

「俺らが勝手に全て殺してしまうと、食物連鎖の輪が壊れてしまいます」
「そんなの、魔物のでしょ!?私達人間には関係ないじゃない!」
「殺した種の魔物を食べていた、それより大きな魔物が食料不足になります。…そうなれば、今度はその魔物らが村を襲ってしまうんです」
「だ、だったら、そいつも殺してよ!」
「…そうしたら、今度はヒトが死にます」

 あまり表情を変えずに話すのは、彼の特徴だ。その淡々として冷静なの言葉に、は思わず押し黙る。返す言葉がない。正にその通りだ。
 黙った彼女を見、チャットは思わず心の中で拍手をした。これで解決だ。そして「では前と同じ依頼で、」と、嬉々とチャットが言ったところだった。

「この依頼は俺がすぐ受けます。――あなたの悲しむ顔を、見たくないから」

 の手を取り、はそう言葉を紡いだ。は驚いたが、あまりの衝撃にロジィの目を見たまま顔を赤らめ、そしてゆっくりと下を向く。今までクレームを叫んでいた少女とは思えないほどのしおらしさだった。

?!」「さん!?」
「……はい?」

 時が止まった気がした。

 彼らしくない行動に、今まで傍観していたカノンノとチャットは彼の名前を大きな声で呼ぶ。呼ばれた本人は、むしろ周りがおかしいのではというくらい、普通の顔をして、大声で呼ばれたことを不思議に思っていた。

「あ、あのね、…その依頼はわたしが受けるよ!」
「どうして?」
さんはたった今依頼が終わった所ですしね!ゆっくりお休み下さい!」
「それだったらカノンノも同じだ」
「でも……」

 熱でもあるのじゃないかというカノンノとチャットの視線を感じつつ、は今でも頭に疑問視を浮かべている。
 どうした事かとなぜかチャットが慌てていると、まだいる野次馬の中に、一際ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている人間を見つけた。

「ゼロスさん!!あなたですね!」
「でっひゃっひゃっひゃっひゃ!いーい口説き方だったよぉーー!」


 なんやかんや話し合っているうちに太陽は真上に来ていたようだ。少しだけ暑くなった空気を、は静かに吸い込む。額に手を当てると汗をかいていた。

「大丈夫ですか?そこ、足場が…」
「わ、分かってるわよ!」
「そうですか」
「……敬語やめて、同じくらいでしょ」

 どうしてこうなったのか、をは考えた。依頼をして、そしてそのまま帰るはずだったのだけど、が送ると言い出したのだ。

 本来、ギルドへの依頼は手紙や言伝が多い。その理由は、ギルドへ来るまでの道が危ないからだ。今現在、バンエルティア号は大陸内も移動できるようになっているが、基本的にはどこかに泊めている。一人一人のために村まで町まで行ったりはしない。たまに、ギルドへ直接やってくる依頼者は、余程大事な依頼だったり、急を要するものだったりの依頼を抱えてくる。

 ではは。村が魔物に襲われるというのは確かに問題ではあるが、彼女のような少女が命をかけてくるほどだろうか。他の大人に頼めばいいだろうし、それに、彼女は船まで歩きで来ていた。今船が泊まっているところから村まで急いで歩けば日が暮れる前には辿り着けるだろうが、その道中危険な魔物だっている。

さんはどうして、」
、でいい」
「……はどうして、一人でここまできたの?」
「………私が、やらなきゃ駄目なんだ」

 黙々と歩くを、はじっと見る。

「っきゃ!」

 ずっと足元を見て歩いていたのだが、踏んだ場所がぐらぐらと揺れ、は転びかけるが、が腕を引いたことにより、なんとか踏みとどまった。助けられたことに対する例よりまず先に、先ほどのことを思い出しは再び赤くなった。

「あ、ありがとう。……離して」
「危ないから、手を繋いで歩こっか」
「………あなたって、そういう人なの?」
「…そういう?」

 これが天然と言うやつか、とは赤らんだ顔を逸らした。

「今日は、暖かいね」
「…そうね。最近、雨が続いていたから晴れて良かった」
「雨が多い場所なの?」
「うん、この時期は。全く大変よ、大雨のせいで作物は枯れるし、その上魔物なんて」

 溜息交じりにそう言うと、「じゃあ俺がんばんなきゃね」と笑った。
 その赤の他人だから言える能天気な発言に、は文句を言おうとしていたがいつの間にか口を閉ざしていた。

「あなたは、強いの?」
「どうだろうね。でも、依頼されたものは絶対こなすよ」

 安心して、と、は言う。

 日は傾いてきた。この様子だと今日はもう雨が降らないだろう。
やらなきゃ行けない事があるから、早く村に着きたいけれど、今はまだ、このままで。

(時間が、止まってしまえばいいのに)


「村長ぉ?」

 機関室には、先ほどよりは人はいないが、何人かはちらほらといる。行動を制限しているわけではないし、この船がギルド・アドリビトムなのだから、よっぽどの事がない限り誰がどこにいようが誰も咎めはしない。

 チャットは頬杖をついたまま素っ頓狂な声を上げたスパーダ・ベルフォルマを見た。

「そうなんです。さんは、この近くのジスト村の村長ですよ」
「でも、彼女はまだ…」と、リアラは深刻そうに呟く。
「俺らと変わらない歳だ」セネルは腕を組んだ。
「凄いな…」
「カイウスは20年経っても無理だもんね〜」

「なんだよルビア!」と、カイウスとルビアのいつもの掛け合いが始まった。

 やはり、騒ぎすぎてしまったか、とチャットは反省をする。あそこまでクレームをつけてくる人は、このギルドの依頼者の中では彼女だけだ。一旦村に帰ると、が出て行った後に興味を持った人たちがチャットの周りに集まった。何でもかんでも依頼者の素性を話すのは気が引けるが、が村長だという、そのくらいの事は話しておくべきだと考え、ギルドメンバー(チャット曰く、『子分』)に簡単に説明していたのだ。

「……先代がご不幸に合われた、ようで」

 チャットがそう言うと、周りはシンとした。さすがにこれは言わなくても、勝手に自分達で察してくれた方が良かったのだろうか、と考えていると、ジェイドがタイミングを見計らったかのように、機関室へ入ってきた。

「まあまあ、どんな方の依頼でもいいじゃないですか」
「…俺らが可哀想可哀想って思ってても、何もなんねーしな」と、リッド。
「その通りです。ほら、こんな所で屯っているなら仕事して下さいねー」

 ジェイドが来たことにより、集っていた人たちはあちらこちらへとバラけた。

「ジスト村、ねえ…」
「どうしたんだ?ルーティ」
「いや、ほらあそこ降水量の多いところじゃない。、帰ってこれるかなって」


 ジスト村は、が思っていたよりはずっと活気がある村だった。
 今までほとんどの時間を船で過ごしていたし、船から降りるのは専らダンジョンへ行くときぐらいだったから、こう感じるのはおかしいかもしれない。だけど、人々の元気そうな声、走る回る子供。

「素敵なところだね」
「…ありがと」

 飾らない素直なほめ言葉に、も、素直に笑った。

「送ってくれてありがとう。依頼は…明日でも明後日でもいいわ」
「今日じゃなくてもいいの?」
「…文句言ってた私が言うのもおかしいかもしれないけど、今日はもう危ないわよ」
はやさしいね」
「………なんかもう呆れてきたわ」

 ふう、と息をつくに「何で?」とは首を傾げ聞くが、は答える気はないようだ。

 空を見上げると、もう夕暮れが近づいてきている。のお陰で、一人で来るよりは随分早く村に着く事ができただろうが、このままモタモタしていたら夜になってしまう。夜は魔物が活発に活動する時間だ。

「じゃあね」
「うん、……討伐、よろしくね」
「大丈夫だよ」

 そして去ろうとしたの服の袖を、は無意識に引っ張った。は自分のその行動に驚き、すぐに離したが、彼がこれを気付かないわけがなく、は振り返り、を不思議そうに見つめた。えっとだの、あーだの、しどろもどろになっていると、村の奥から叫び声が聞こえた。若い女性の声のようだ。

「キャアアアアアアア!!」
「ま、魔物だ!!」

 その声に、は急いでそちらに向かおうとすると、それより先にが走り出していた。今まではゆっくり村に来ていたのだろうと思うくらい、速い。

 何かが壊れる音がする。叫び声が聞こえる。赤ん坊が泣いている声も聞こえる。様々な嫌な音が耳に入っていく。耳をふさぎそうになったけれど、きっとこれは耳をふさいでも聞こえてくるのだろう。完全にはふさげない。

「ま、待って……」

 は誰にその言葉を言ったのだろう。足がもつれそうになりながら、泣きそうになりながら、はようやくその場所についた。

「散沙雨ッ!!」

 そこにいた魔物の動きは速い、よく見れなかったけれど、ウルフのような魔物だ。速い、けれど、も、速い。

「秋沙雨!」

 辺りを見回してみると、壊れている小屋があったり、そして、何人かの人が倒れていた。急いでそちらに向かうと、腕から、足から、血を流している。命には別状はなさそうだが、ひどい有様だ。は目を閉じ、詠唱を始めた。
 心臓がどくどくと、まるで外に出てしまったかのように感じる。落ち着いて、唱えなければ失敗してしまう。落ち着かなければ。

「鳳凰天駆!!」
「…リザレクション」


「ごめんなさいね、泊まる事になっちゃうなんて」
「いいよ。ギルドの人たちも分かってくれるから」

 縁側で座ってゆっくりしていたに、はお茶を出した。そして、隣に座る。「あの、今日……ありがとう」

「え?ああ、そんな改まってお礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも、あなたのお陰で村は助かったの。…ありがとう、本当に、ありがとう…」

 がいなかったら、とは少しだけ思考したが、どう考えても最悪の結果にしかならず、顔を青く染めた。いなかったら、もっと怪我人も増えただろう。もっと色々なものも壊れただろう。きっと、死人も出ただろう。

 縁側にぶら下げ座っていた足を持ち上げ、膝を抱えた。先代の村長は、の父親は魔物に殺された。その頃のはまだ蘇生術も使えなく、それは村のみなも同じだった。とんとん拍子でいつの間にか事は進み、村長を任されていた。この村は平和な村だったから、を利用して、なんて考える人なんていなかった。みながの実力を信じ、村長に任命した。が、それが問題だった。人一倍責任感が強いが、他に頼れるような逃げ道を封じてしまったのだ。

 ぎゅ、と膝を抱える腕を強くすると、ポンと頭に何かが乗っかった。その『腕』が伸びている方へ顔を向け、ようやくの頭を撫でている事に気付いた。

「え…」
「村の事とか、よく、分かんないけど、でもは凄いよ」
「な、なにが…」
「よく分かんないけど、」

 は、にっこりと笑った。「後それからはやさしいしね」

「…あなたって本当に……」
「てか、俺の名前覚えてる?呼ばれてない気がするんだけど…」

 折角感動しかけていたのに、とはこっそりと苦笑を零した。

(ばか、おぼえてるよ)


 久しぶりに、彼女はこの場所に訪れた。たまに、このギルドに依頼をすることがあったけれど、それは全て手紙で済ませていた。

 なぜかあの時以降、村が魔物に襲われることがなくなった。まだあまり月日が経っていないから、『なくなった』と断言できるものではないかもしれないけれど、本当にパッタリとなくなったのだ。
 村の人々は凄い事だと、なぜかを褒めていたが、彼女は微妙な気持ちだった。もう急いでギルドに頼むこともないだろう。

 波の音がよく聞こえる、甲板。そこに立っていると、見覚えのある顔がやってきた。

「あ、。久しぶり」
「…久しぶり」
「今日はどうしたの?依頼?」
「うん。…でもその前に、話ししたいな、あなたと」
「俺と?」

 は少しびっくりしたような顔をしたが、すぐに笑顔に変わり、「何?」とに聞いた。


 最近、ギルドの中には重々しい空気が流れている。

 もう少しで世界は救われる。今までしてきた小さな事が、いつの間にか大きな事に関わっていたなんて、考えてみれば笑ってしまうほど壮大な話だ。最初のうちは小麦粉を探してこいだの言われていたギルドなのに。

 ネガティブ・ネストを討てば世界は救われる。一人が、世界に変わって消えれば。

「ねえ、あなたってディセンダーなの?」
「うん、そうだよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ…」

 はふう、と溜息をついた。黙ってしまえば、聞こえてくるのは壮大な海の音だけだ。

「私のところ、田舎なのよ」
「…ジスト村のこと?」
「そう。だから今世界でどうなっているのかがすごーく疎いの」

「あなたがディセンダーって、有名な話っぽいしね」と彼女は付け足す。

 今世界はどうなっているのか。いつの間にか、これがマナに変わるものだ!と変なものを進められるし、それを断れば怒られるし、いつの間にかディセンダーがいるし、しかも目の前の彼だし、黒いもやの様なものが空に浮いているし。きっと、他にももっともっと知らない事がいっぱいあるだろう。

「私が聞いた話によると、あのもやの中に、悪の根源がいて、それを倒すんだって」
「うん、大体当たってる」
「……そっか」

 は俯いた。

「世間には疎いけど、でも、ディセンダーの話なら知ってるんだ」

 色々なパターンがあるけれど、でも本筋は同じ。最初と最後はみんな全部同じ。世界がピンチになると現れて、そして最後は、世界樹へ還る。始め読んだ時は夢のある話だと思った。素敵な終わり方だと。

「あなたは、ディセンダーなんでしょ?」
「うん」
「…消えちゃうの?」
「……消えないよ、還るだけ。世界樹に、還るだけ」

 一つ一つ区切って、丁寧に説明するようには言った。

「怖くないの?」
「え?」
「還るとしても……どこか違う場所へ行くんだよ?ここの人たちには会えないんだよ?」
「…怖くないよ。だって、それが俺の使命だから」

 いつかみたいに、きっぱりと、はっきりと、は言った。その彼の様子に、は黙ってしまう。いつか、みたいに。

「それに、戻ってくるよ。俺」
「……戻ってこれるの…?」
「うん。やり残したことばっかだから」

 彼の言う事は変に説得力があるというか、きっと、何でもかんでも叶えてしまいそうな雰囲気がある。これが、ディセンダーなのかなあと思ったけれど、そうでもなさそうな気もする。初め、手を取ったときに暖かかった。その次も、そして、頭を撫でてもらったときも。淡々として、そして天然の入った不思議な性格だったからちょっとだけ距離を取ろうとした。でも、暖かさを感じて、生きているんだなって思った。

「私さ、あなたのこと全然知らないのよ」
「うん」
「だから、正直あなたが消えちゃっても、私には無関係なことだと思ってる」
「…うん」
「知らないんだ。今あなたが消えても、記憶に残ることが少ないんだ」

「だから、」とは繰り返した。





「クエストを依頼します。戻ってきたら、私といっぱい話して下さい」
からの依頼かぁ、がんばんなきゃな」
「出来なかったら、クレームつけるからね。