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 自分の子供の頃の事はよく覚えていない。気がつけばわたしがわたしをやっていて、何も飾り気も味気もないだろうけれど、これが等身大のわたしなんだと思う。それはわたしだけなんかじゃなく、きっと、皆そうで、きっと、特別なんかじゃない。
 あると言えばほんの些細な事情だ。どちらかと言えば世界のアンダーグラウンドな面をよく見てたのもあるから、そこのボーダーの緩さってのはあるかもしれないけれど、人ぞれぞれだってのはよく知ってる。親を殺された事があるだの、人を殺した事があるだの、関係なしに世の中は回っていく。

 人は歯車のようだけれど、そのパーツは世界を担当はしていない。自分の人生だけを歯車と例え、そこで出会った人をネジと思うのが一番だと思う。何かを経験する度に歯車が増えて、支えてくれるネジも増える。そのネジが取れたとき、ちょっとだけだとしてもぐらつくから、動揺をするのだ。それをしょうがないと受け止めてしまったらもうそれは、それだけで、軋みながらも歯車は回り続ける。
 部品というのは、意外にも一つかけても問題ないのだ。ただちょっと、どこかを止めてた程度の部品がなくなっても、気づかない。そんなものだ。

 わたしがいなくなった時も、世界は変わらないだろう。だけれど、わたしのネジが消えた時、誰かの動きが少しでもにぶればいいなと、自分勝手に思うのだ。



 思えばわたし達家族の風当たりなんていつも同じようなものだった。

 なんせこの世はハンター様様。あれもこれもハンター様がやってくれる・ハンターは素晴らしい職業だ、というのが人に聞いて一番最初に出てくる言葉だ。金さえ積めばどんな事でもやってくれる。代わりに死んでくれというのは勿論無理だけど、でも、大抵のことはやってくれる人たち。それがハンター。
 何でもかんでもやってくれるハンターのせいで他の職に影響が無いわけでもなかった。が、妬んでいても、この状況が変わるわけでもない。当たり前だ。それに、こんなわたしだって『ハンター様』に助けられたというか、協力してもらった事は何度もあった。

 例えば、とある森でしか生えていない、だけど喉から手が出る程欲しい木材の調達。普通の森ならまだしも、危険な動物が居る場合ではとても太刀打ちできない。だからその時依頼をすれば、素晴らしいハンター様は直ぐに取ってきてくれる。そりゃあ勿論、それ相応の代金を支払うけれど、でも並の人間じゃ絶対に無理な事を簡単にしてのけるのが、彼らだ。それなら自身の命をかけて、そこまで取りに行かなくてもいい。それにわたしでは、命をかけて、というより、単に命の無駄遣いだ。嫌な言い方。だけど一番ぴったり。

 だがそれは『生身』で行った場合だ。わたしの武器を持っていけばわたしでもどうかになる。体力に自慢はなくても知力にはある。無論、サンスウだがスウガクだかの知力ではない。機械に対してのだ。機械だったら誰にも負ける気はしない。あのハンター様でさえ負けさせられる自信が、わたしにはあるのだ。



「あのね、わたしハンターになるんですよ」

 窓から丁度良い程の夕日が差し込む中、まだ少女と呼べるだろうの容姿の娘・はきっぱりと言った。今日は久しぶりに雪のない日だ。春のような心地よい暖かな空気が入ってきている訳でもないが、我侭は言うものではない。その突拍子のない発言に、座って本を読んでいた青年は目を丸くさせた。
 そもそも、彼らは今まで会話と言う会話はしていなく、互いに自分の好きな事をしていただけだった。少女は機械弄りを、青年は読書を。

 男は本にしおりを挟み、顔を上げた。

「……ハンター試験に受けるって事なのか?」
「うん。それで、もう応募してて、で、試験日が来週の頭」
「それは急な……」

 男は苦く笑いながら本を置く。「でも、が受かるか?」

 その声は酷く呆れているようで、けれど様子を僅かながら伺う声だった。

「ひどいですよそれ!わたし、やれば出来る子なんです」
「……だがハンター試験は死者が出るほどだろ」
「あ、あれ?もしかして心配して下さって……?」

 は期待するように目をまばたかさせる。そして思わず、手に持っていたスパナを彼女は自身の足に落とした。その痛みに我に帰り、無駄に輝いていたと思われる顔を引っ込めようとするが、ニヤけそうになる口端の筋肉を強めることは出来ない。はぱ、と口元を手で覆った。
 その視線を知ってか知らずか、男は曖昧に笑って言う。「まあ…」

がいなくなったら、この店潰れるだろ?」
「………乙女としては複雑な理由なんですけど」
「ははっ、嘘だよ。凄く心配だって」
「そんな取って付けたように…」

 先ほどの赤面した顔を引っ込めて、そっぽを向いた。そして何事も無かったかの様にまた機械を弄り始める。でもどこか心なしか、まだ顔が赤い気がするのは気のせいだと、は自分自身に言いかけた。

 は完全に男を視界から外しながら機械を組み立てる。こっちがいくらと言うまでもなく金をつぎ込む金持ちから依頼をされたそれは『作品』と呼べるほど、完成度は高いものであった。それでもまだどこを直すというのか、彼女は道具箱を漁る。彼女の薄汚れた軍手からは、誰が作ったのかなんて不問と言える程の雰囲気を放っていた。着ているつなぎも、所々ではないほど黒ずんでいる。だけど、それを彼女は一度も汚いと思った事はなかった。

「ていうか、いつもそんな感じですもんね。もういいです、わたし諦めました」

 それでもまだぶつくさと言うに近づいて、男は優しく頭を撫でる。

「本当に、行くのか?」

 急に現れた青年に、は驚いて今度は重たい道具箱を手放し、足にぶつけた。それは彼女の長靴のようなブーツにぶつかり、ガツンと悲しくもいい音が響く。

「いっ…!……いきなりなんですか!」
は子供だからこうすればいいのかなって」
「わたしそこまで子供じゃないです!」

 ムキになって言う所が子供というもの、なのだが、は苛立ちを感じるほど興奮している事で全くそれに気付いていない。それにムキになり過ぎて、いつもより幾らか声の高さが上がっている。もはや喚いている状況だ。
 そんなを横目に、男は話を逸らした。

「でも、やっぱりこの店が潰れるのは俺は嫌だな」
「……。まあ、この辺りでこんな店が残っているのはここだけですしね」

 少々機嫌が戻ったのか、は先ほどより声のトーンを下げて言う。
 彼女の言うとおり、この辺りに曰く『こんな店』が残っているのは珍しかった。昔だったら、ここは機械製品を扱う店が多く、メッカと呼ばれる程だった。だがこの街はド田舎と言える程の地域。商品の運搬だけでも多額の金がかかった。そのせいか年と共にその様な店はもっと大きな街へと移転。その方が金儲けになるのだと、は重々分かっていたが、彼女はここを離れたくなかった。周りの人間は金に目が眩んでしまったせいか『もったいない』と、まるでが人外であるような目でこの街を去って行った。

「けどまあ、わたしじゃなくても、誰かが引き継いでくれますよ」
「俺にとってみれば、この店イコールだけど」
「…元々はわたしの店じゃないですってば」
「俺が知っているこの店は、しかいないし」

 その言葉を流すように、は軍手を取る。生身の手が久しぶりに外気に当たったからか、外の空気は酷く冷たく感じた。夢中になりすぎて、いつからやっていたのか分からない。少々汗ばんだ手のひらを、無意識に無意味に握る。必要以上に湿気を含んだその手は、気持ちが良いものでは勿論無かった。
 黙々と後片付けを始めたに、ようやく男はしまったと思った。彼女の機嫌の悪くなる時は、分かりやすいようで分かりにくい。先ほどのように、大声を上げる時はまだ良い方だ。冗談で通じる。だけど、無視をし始める程の機嫌が悪い時はとことんシカトを続ける。青年は、周りの人間が自分にどういう感情を持っていようが、どうでもよかったが、今の状況、場所を借りて本を読んでいる彼にとっては、ほっとける状態ではない。
 男は面倒と思いながらも、機嫌取りと声をかけた。

「別に今すぐじゃなくてもいいだろ?もう少し待ったらどうだ?」
「……」
「来年もあるんだ。それまで俺が訓練付けてあげるか?」
「……要らない」

 はぽつりと言った。

「力がなくても試験に受かるもん……」
「ああ…そういう事か」

 頭に『ハンター』という立場を思い描く。
 この世界の人間に取って、ハンターという職業を持つ人たちは便利屋と呼べるものだった。100パーセントに近い仕事の達成率。だがそれ故に、純粋にハンターを目指す者は馬鹿にされる事があった。『お前なんかハンターになれるはずがない。』そう、お前なんか、と馬鹿にされるのだ。だが、しょうがないと言えばそこまでの話だ。その言葉の通り、ハンター試験はとても難関で、試験会場まで辿りつけるかどうかも怪しい。それに試験中に命を落とす事だって珍しくない。人が死なない事なんて、未だかつてあっただろうか、という程だ。
 それに、受かる人数は特に決まっておらず。もしかしたら全員が落ちる可能性だってあるのだ。死ぬ覚悟を持って試験に臨まなければいけない。合格するかしないかと言うのは、生きるか死ぬかという二択ではないのだ。
 だからか、もしただの一大工であるが合格でもすれば、それは社会的に驚かれる事である。別には『ハンター』をなめている訳ではなかったが、力が無くとも慣れるという事を証明したかった。

「…分かったよ。じゃあ少しばかり協力させてもらおうかな」
「………え?だからわたし修行とか嫌ですよ」
「いや、知り合いにハッキングが得意な奴がいるから、試験会場を聞いてみるよ」
「…………………ハッキングですか…」

 は肩を落とす。「本当、あなたの知り合いは凄い人ばかりですね」

「クロロさん」
 黒い髪の青年、クロロ・ルシルフルは微笑んだ。

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