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『あの人』?『お気に入り』?

 全く、身に覚えの言葉だった。まず『あの人』と言うのはヒソカの知り合いだと憶測出来るが、それがも知っている人物なのだろうか。ヒソカと自分との接点が見つからない上、まずヒソカと言う人物は今日初めて知ったはずだ。客仕事をしている以上、その縁は無数にあるのでそこから辿るとなると途方もない。しかし、『お気に入り』として認められているほど、身近な客はそういないはずだ。

、」

 身震いするかのように肩を揺らし、は慌てて振り返る。そこにはクラピカがいて、隣には先ほどの少年がいた。野生児と言えそうな焼けた肌の色に、尖がっているような黒髪。確か名前は、ゴン。

「あ、…どうかした?」
「そろそろ再出発すべきかと思ってな」
「君がって言うの?オレはゴン、くじら島から来たんだ。よろしく!」
「う、うん、よろしく」

 身長が同じ程だから、目線はピッタリ。だけどどう見ても『ゴン』と言う人物はより年下であろうに、何だか、扱いがおかしい気がする。このくらいならきっと彼は10代前半だろう。それならちゃんとお姉さんとして扱ってもらいたい、のだが。

はどこから来たの?」
「わたしは…ここよりもっと北の…、元・鉄のメッカって知らない?」
「鉄?う、うーん……。ごめん、分かんないや」

 商売上、地理には詳しくなくてはいけない。だけどくじら島と言う名前を聞いたのはほんの僅かだった。とは言っても、場所は覚えている。確か、本当にくじらの様な形をした島だった。あそこはゆっくりとした島だったから、そこに居たのならきっと知る術などないだろう。まして、機械に詳しい人でもなければ。それにこの少年が今よりも幼い頃にはもう既に、古都となっていたのだ。
 ぼぅとしたしまったの顔を、ゴンは覗き込むようにみた。

?……ごめん、オレ、くじら島から出たことなかったから…」
「ううん、別に何も気にしてないよ!」
「……でもさ、それにしても、」

 ゴンがに笑いかけた。何かを察したクラピカは、即座に口を開いたが、マイペースなゴンは止まりはしない。

「さ、さてそろそろ出発……」
「キルアだけじゃなく…あ、キルアってのはオレの友達なんだけど、オレ達以外にも、まさか同い年くらいの女の子が受けてるなんて思ってなかったな〜!」




「皆さん、お疲れ様です。無事湿原をぬけました」

 第一次試験官・サトツの話を、大人数(試験開始よりは随分減っていたが)が聞いていながら、は一人ポツンと聞いていた。

 原因、と胸を張って言えるものではないと思うが、どう見ても年下のゴンに『同い年』と笑顔で言われたが、勝手に不機嫌になり、勝手に二次試験会場まで来ていたのだ。少し前に投げていた超小型発信機のおかげで迷いはしなかった。
 あのぬかるみをどう走ったのかというと、一次試験前半のように、ブーツの車輪だった。それでも、フルスピードで泥を掃くように通らなくてはいけない為に、今日これ以上走るものが無いと願った。
 もちろん、フルスピードのせいで泥を飛ばした時、いくらか真横に居たゴンの顔面にかかってしまっていた。その時はは内心いい気味だと思っていたが、こう一人二次会場に着いて冷静になってみると、愚かな事をしたと深く感じる。
 二人は大丈夫だろうか。ちゃんと着いただろか。でも、まだ姿は見えない。会場の看板には今日の正午にスタートすると書いてある。…あと、もう3分ほどでだ。

 はあ、と溜息をついて下を向くと、後ろの木に誰か、見覚えのありそうな誰かが寄りかかっている事に気付いた。思わず近づいて確認したけれど、これはどう見ても、

「レ…レオリオ…?」
「レオリオ!!それに、も!」

 振り返ると、先ほど別れたゴンとクラピカが、ホッとしたような顔つきでとレオリオを見ていた。そして、ゴンがに頭を勢いよく下げた。

、ごめん!!ミトさんにいつも女の人に年齢については禁句だって言われてたのにオレ…」
「い、いいよ、もう!」
「何はともあれ、二人とも無事で良かった」

 と、レオリオと一言二言会話したクラピカが言う。

「いつから気付いてたの?」
「あ?ああ。ついさっきな。…しかしなんで俺こんな怪我してんだ?」

 右頬と唇を真っ赤に腫らしたレオリオは不思議そうに聞いた。が、3人とも何だか可哀想に感じ、これは言わない方がいいのではと言う意見で一致したために、軽く流す事に決めた。
 そしてゴンはさり気ない仕草で、持っていたレオリオの白黒タイル柄の鞄を彼に渡した。が初めてレオリオに会った時には持ってはいなかったので、一次試験中ずっと持っていたのだろう。

「ところで、なんで皆建物の外にいるのかな」

 精一杯、ゴンが背伸びをしてみるけれど、大の大人が揃ったここでは全く前なんて見えない。回り込んで前に行くことも出来るけれど、それをほとんど誰もしないのは何が起こるか分からないからだろう。

「中に入れないんだよ」

 が見たこと無い人物が、まるで知り合いのようにゴン達に話しかける。声のかかった方を振り返ると、そこには銀髪での少年がいた。

「キルア!」

 そういえば先ほど、ゴンが『オレの友達』だかなんだか言っていたような気がした。それなら、この少年がキルアなのだろう。
 だが、まずはキルアが抱えているスケートボードに眼がいった。このボードには見覚えがある。それはともかくどうしてこの少年が持っているのだろう。なぜなら、これは有名なゾルディック家の三男だか四男の、遊び道具として提供したものだ。まさか、この子がゾルディックなのだろうか?今まで見たことあるのは長男・次男・五男だったけれど、みんな黒髪だった。いや、父親が銀なのだから、そこからの遺伝子か。
 そして、キルアがようやくに気付いたらしく、口を開いた。

「ん?お前は…」
って言うんだよ!オレらより年上だよ!」

 と、ゴンはの代わりに紹介してくれたが、その紹介はいかがなものか。

「は?あ、そう…。オレはキルア」

 じ、と探るようにキルアはを見ると、ゴンと一緒に前の方へ歩いて行く。ハンター試験を受けるようなレベル、いや、ここまで汗一つかかないでいられるレベルはゾルディックなのだからなのだろうか。それとも、普通なのか。
 しかし疑問は確信に変わった。キルアという名前には聞き覚えがある。将来安定と太鼓判を押されている期待の3男。だがどうしてその彼がここに?

(余計なお世話かなあ……)

 は考えを紛らわすために一度だけ頭を掻いた。



「…周りが緊張してきたな」

 服を着直しつつ、レオリオは言う。それにクラピカと一緒に頷いて前を向き直した。
 ゆっくりと時計の針は12時を音を共に告げた。今までずっとグオオオだの何だの、まるで獣のうめき声のようなものが会場から聞こえていたために、扉が開いた時は身構えたが、姿を現したものは獣ではなかった。
 大きな男の前で、女が一人用のソファーに座っている。どんどん女性が本当に小さく見えてくるのは見すぎのせいだろうか。
 思わず静まった中、女性は言った。

「どお?お腹は大分空いてきた?」
「聞いての通り、もーペコペコだよ」
「そんなわけで二次試験は、料理よ!!」

 今まで静かだった周りがざわめく。それはも同じだった。
 ハンター試験は二百何十回も行われているのだから、たまには似たような試験だってある。その『過去問』のようなデータを一通り見たときに、確かに美食ハンターが試験官のときは料理に関する試験だって出ていた。でも、まさか、まさかだ。
 残念ながらに料理のスキルは全く無い。

「俺のメニューは…、」

 ハラハラしながらはその続きを待つ。出来れば簡単なもの。いや、雑草とか。葉っぱとか野菜とか根モノとか。あんな体系してベジタリアン、とか、草とかが大好きだとこの上ない。

「豚の丸焼き!!俺の大好物」

 一瞬、思わずは失望したが、丸焼き、とは単に全部火あぶりにしてしまえばいいのではないだろうか、と切り替えた。それは周りも同じようで、次々に自身の得物を取り出す音が聞こえる。

「それじゃ、二次試験スタート!!」

「いやー正直ホッとしたぜ!簡単な料理でよ」
「豚捕まえて焼くだけだもんね」
「しかし早く捕まえねばな。あの体格とはいえ、食べる量には限界がある」

 思わず本音を漏らすレオリオとゴンだが、クラピカは冷静に言った。はというと、思わずこちらに着いて来てしまったために、今更引き返せなくなってしまった。

「ほらほら、もちゃんと走って!」
「う、うん…」

 そういえばキルアという少年はいつの間にかゴンから離れていたようだ。友達とは言っていたけれど、向こうは一人が好きなのかもしれない。複雑な年頃なんだな、と思いつつも豚を探していると、何かと眼が合った。

「グ、グレイトスタンプ!!」
「お!豚じゃねーか!」
、弱点か何かを知っているか?!」
「ごめんクラピカ!コイツの鼻の皮膚がたまに製造物に使用されることしか…」

 出っ張った犬歯でかみ殺すのではなく、大きく頑丈な鼻で人を押し殺すといわれているグレイトスタンプ。聞いたことはあっても見るのは初めてだ。

「うわぁ─────!!!」

 それらが押し寄せたせいで体は宙に舞う。その反動を使って、ゴンはグレイトスタンプの頭を釣竿で思いっきり殴った。すると、あんなに凶暴だった豚はその一発だけで倒れこんだ。

「ナイス、ゴン!!」

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