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一つ言おう。一つだけ言うとするならば、

「無理だ…」



「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 試験官と言うのは、プロハンターがハンター委員会に推薦され、有志として行うものだ。推薦されると言うのは勿論、生半可なハンターでは不可能。そうなると試験官の平均的な年齢は自然と高くなっていく。が、目の前にいるこの女性はどうみても20代前半、多く見積もっても25歳前後だろう。外見を若く見せる術があるのかもしれないけれど、何気ない仕草や口調は歳相応だ。

「スシ…?は分かるか?」
「うーん。ごめんレオリオ、分かんないや」

 ざわついている最中、試験官であるメンチが倉庫のような建物の扉を開けた。

「ヒントをあげるわ!中をごらんなさーい!」

 そこに揃えられていたのは調理器具の一から十まで、と言えるように数々の物。細長いテーブルではあるけれど、一つ一つに水道が用意されていた。まるで、学校の調理室がそのまま大きくなったようだ。

「そして最大のヒント!スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!」

 人差し指を上げながらそう言うと、彼女はまた、あの一人用のソファーにどかりと座った。どうやらこの建物の一番奥に設置しているようだ。後ろには先ほどの試験官ブラハが立っている。つまりは、出来上がったらそこに持ち込み、彼女に食べてもらえればいい。

「包丁があって…まな板があって…あ、コンロはないね」
「そうみてえだな。ライスはあって、それでいて『ニギリ』か…」
「まさかこれだけでは作れないよね…。クラピカは何か知ってる?」
「具体的な形は見たこと無いが、文献で読んだことがある」

 クラピカはしゃもじを持ち上げてライスの味を確認しながら小さく言う。「酢と調味料を混ぜた飯に、新鮮な魚肉を加えた料理、のはずだ」

「酢と調味料…?そのご飯おいしいの?!」
「魚ァ?!お前ここは森ン中だぜ!?」
「声がでかい!!」

 大切な情報だからと呟いたクラピカと違い、とレオリオは大声を上げた。大声を上げた内容の重要性の問題かそれとも違う理由でか、クラピカはレオリオのデコにしゃもじを力いっぱい投げた。
 もちろん、この会話は建物中に響き、一目散に他の受験者は外に出た。

「盗み聞きとは汚ねー奴らだぜ!」

 と、レオリオは半ばキレ気味で言うが、クラピカとは顔を合わせて苦笑した。ともあれ、制限時間が決まっているのだから早くしないと例え作れても意味がない。は荷物を持って走った。




「だから…無理…」
「諦めるな!!私もそう得意ではないが……だが…!!」

 食べなければ死ぬが、食べ物なんてちょこっとお金を出せば買える。電話をすれば届けてもらえる所だってあるだろう。美味しいものが好きかと言えば当たり前ではあった。だけど絶対的に美味しいものはない。トマトが嫌いな人物が、絶賛のトマトスープを飲んだって美味しいと思うものではない。けれどもしそのスープは、トマト本来の味を消していたら?その人はそのスープを美味しいと言うかもしれないけれど、トマトが好きな人からとってみれば、そのスープは『トマトスープ』ではないと言う。
 からすれば『料理をする』と言う行動はいつだって選択肢の一番下にあった。料理をする時間がないのは昔だった。忙しくて、忙しくて、作れないの前に食べれない日も数多くあった。

「わたし…料理できないもん…」

 とうとうフォローのしようが出来なくなり、クラピカは曖昧な笑顔でに話しかける。二次試験の内容は料理、そして『ニギリズシ』を作れと言われている問題に対して先ほどまでの暴走は続いていたいたのだ。
 ちょっと前に、自分で「コンロはないね」と言ったはずなのに、「きっと自分で焼くものを持ってくるんだよ!」と言った後に捕まえてきた魚を自身の機械を使って黒ずみにしてしまったり、クラピカの推測では大きさは卵大からそれ以下という事を聞かされたのに三歩歩いて忘れたのか、ロクに洗っても居ない生の魚の口に飯を詰め込んでいた。

「とにかく!は何か思いついたら私達に言う事!」
「え…?うん…」

 そうでもしなきゃ魚が減ってしまう、とクラピカとレオリオは思った。しかし、それでも不利ではある事は明らかだった。レオリオは最初に持って行ったけれど、これは食べられるものではないと投げられ、その次のゴン、それから自信があったクラピカは403番、つまりレオリオ並の発想だと食べてもらえずに投げられていた。

「あ、、だっけ」
「えーと、キルア?もう作らないの?」
「料理はした事ねーんだよ。ま、ゴンは頑張ってるみたいだけど」

 渋々、端に追いやられていたが顔を上げると、そこには先ほどの少年・キルアがいた。料理をしたことないから止めた、と言うわりには、飽きたから止めたという雰囲気のキルアは、の横に立つ。
 今まであまり二人を見ていなかったのは、建物に入る前に、キルアとゴンは前の方に移動していたために、入ってからはこっちに戻ってくること無く二人で行動していたからだった。「は、普段何してんの」

「……なんで?」
「いや、作業着だったから気になった。ふつーもうちょっと洒落っ気あっていいだろ」

 そう指摘されて、思わず自分の格好を確認した。確かに、お洒落さのない服装。しかも、新しくもないからボロボロだ。

「一番動きやすい服だしなあ、あんまり考えてなかったかも…」
「あーあ、その歳でもう枯れちゃったのかよ」
「…これから花咲くんだよー」

 前を見たまま、はボソっと言った。流行りの服を着たくないと思った事はない。流行に流されるのが嫌いです、とどこかで聞いた言い訳を強がって言った事だってあった。単純に似合わないと思っていた。ショッピングをして、オシャレカフェで過ごしてる。そんなありふれた休日を、工具箱片手に流し目し、それを自分に変換してみたりはしたが、お笑い種だ。定期的に開催されるたのしみのイベントと言えば新作発表会だけだし、金の使い道も決まっている。

「で、何してんの」
「……色々やってるから職業には分けにくいんだけど、物作ってるよ」
「へえー、どんな」
「自転車作ってるかもしれないし、明日は飛行艇かもしれないし」
「……それ規模違くね?」

 依頼されるのだから仕方ないのだけれど、確かに考えてみれば今まで作ったものはバラバラだ。作れ、と言われたから作っていただけで、きっと向こうからすればブランドが欲しいから、このブランドで揃えたいのだろう。ブランドに拘る富豪は全てではないが多い。

「じゃ、働いてんだ。ふーん」
「…キルアは、何してるの?」
「家出中だから関係なし」

 まるで脅すかのような口調だった。

「……それっぽい」
「何だ。怒るかビックリするかと思った」
「怒っていいの?」
「キレてもいいなら」

 それじゃあイヤだよ、とは心の中で言った。は家出をした事がない、と言う事ではなかった。しかしだから分かる訳でもない。キルアはキルアだからと言える訳でもない。は、キルアを知らないから言えなかった。知り合って何時間も経ってないし、恐らくキルアはをあまり好いてるようには見えない。嫌っても、いないだろうが。
 とにかくもしこれが知り合って何年の友人にならコメントは出来た。何で、や、よかった、など。事情を知っていれば言える。

「オレん家、結構どろどろしててね。そんな煩わい事を置いて逃げてきたってわけ」
「……大変だねー」
「あ、マジ他人ごとって感じだな?本当にやべえんだよ、うち」

 言わないのではない、言えないのだ。

「このままオレら、試験落ちるのかなー」
「それ思い出したらどうしようもない気分に…」
「もうどうしようもないだろ」

 そりゃあそうだけど、と言いかけて止める。

「てかアンタさ、何か機械持ってなかったっけ。調べられないの?」
「検索かけたよ。かけたけど、どうにもマイナー料理だからヒットしないんだ」
「そんなもん?調べりゃ出ると思うけど」
「まともに調べるなら時間がかかっちゃうんだよ。バッテリー、ヤバいし」

 充電出来るスポットの少なさを甘く見ていた。確かに、ソーラー電池を使用したものだってあるけれど、今までいた湿原に青空はなかった。今は建物の中だ。外に置いて放置は心配である。それに、ブーツの電池ももうそろそろで赤くなるだろう。

「はあーあ、落ちたら来年かー。それならもういいや」
「いいの?」
「うん、力試しだったし」

 来年もう一回か、と考えるより来年までどうしようと言う気持ちの方が強かった。最低限、ほとんど誰にも言わずにハンター試験を受けに来ただけど、情報と言うのは常にどこかから漏れているはずだ。
 落ちたら、落ちたら何を言われるのだろう?力不足だと言われるのだろうか。(ああだめだ被害妄想だ)

?」
「…え、何?」
「……いや、なーんか出来上がってる受験者多くね?」

 キルアの言う通り、ニギリズシらしきものを持っていっている人が多い。それも、形は皆同じのようだ。

「……話し込みすぎた?」
「そーみたいだ」

 もしかしたら今の間に、誰かがまた、レオリオのように大きな声でヒントを言ったかもしれない。それだったら納得だ。聞いとけば良かったと思いつつも、もう動きたいという気持ちもある。隣のキルアも同じようだ。

「握りが強すぎ!!シャリが硬くてほぐれてない!!…タネの切り方が──」
「判定、厳しいな」
「うん…。これじゃあわたし無理だ。料理できないもん」
「それっぽい」

 どっかで聞いた事あるような言葉をキルアはニヤりとした顔で言う。

「せーかく悪い」
「そんなの初めて言われた」

 そんな会話しながらが笑っていると、いつからか、周りが静かになっている事にようやく気付いた。そろそろ試験を再開しないとな、とキルアと一緒に前に向かうと、どうやら、メンチはお茶を飲んでいるようだ。
 そして、一息おいて、落ち着いてから彼女は笑顔で言った。

「ワリ!お腹いっぱいになっちった!」

「……え、誰か受かったの?」
「あ、にキルア。まだ誰もいないよ」
「まだ、ってか、今もう終わったみたいだけどな」

 ゴンの言うとおり、この状況では合格者はいなさそうだ。あちらこちらで不満の声が聞こえる。延長しろ、だの、不当、だの。
 だが、そんな雰囲気の中、メンチは平然の顔をして電話をかけた。恐らく、試験結果の報告だろう。合格者は、いないけれど。

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