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 結果的には、は二次試験に受かっていた。その証拠に、ちゃんと次の試験会場に向かう飛行船に乗っている。ただこれまでの仮定に問題があった。

「ま、まあ、そんな日もあるって事よ!」
「そうだ。それに結果オーライと言う言葉もあるじゃないか!」
「そうそう!それに助けてもらったんだし!」
「馬鹿ゴン!!」

 レオリオ、クラピカ、ゴン、キルアの順にに話しかけるが、はずっと体育座りで顔を膝に埋めている。暗い、と言うより落ち込んでいるオーラは静まりそうには無かった。ゴンの一言で更に沈んでしまった事で、キルアはゴンを殴った。

 あの後、メンチがハンター試験委員に連絡した後、受験者が受験のやり直しを訴えて抗議をして、返り討ちにあった時だった。そこになんとハンター試験最高責任者ネテロ会長が飛行船に乗って登場したのだ。

『それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?]

 勿論、メンチも受験者も、会長自ら登場するとは思ってもいなく、辺りは騒然。それは達も同じで、互いに顔を合わせて唖然とした表情だった。
 そして、話し合い、と言うよりは頭の上がらない最高責任者の登場によりすっかりメンチの熱も冷め、反省したようで試験はやり直しと言う結果になった。

 そして、そのやり直した試験で事件が起こったのだ。
 飛行船に乗って着いた先は恐ろしく高い山、そしてその山を半分に切り裂くかのような谷があった。なんでも、試験官が言うにはこの谷の間にある卵を取って来いという話らしい。それはクモワシという鳥の卵で、このマフタツ山に生息している。

 この深い谷を見て、驚く者と、すぐに飛び込む者、一先ずは様子を見る者。その3つに別れ、は様子を見る側に回っていた。見ると言っても、そのまま人が落ちる様を見ていた。少し近寄って、深さを推測する。この谷に落ちて取る事を今までの受験者はしているが、落ちなくたって取る方法はある。ただその道具がないだけだ。そういえば、よじ登るだか何だかと言っていた気がするが、そんなものは知らない。落ちたら死ぬだけだ。哀しい話しながら、そうは確信していた。
 頑丈なロープを取り出し念のためベルトに引っ掛け、それに何を付ければ一番手っ取り早く取れるかと、正座の体勢で覗き込んでいた時だ。背中を強く押され、はバランスを崩した。

「ち、がう!!俺じゃない!!」

 後ろからはそんな声が聞こえる。知らない声。だけど、真後ろから聞こえるって事は、その人が、そいつが。落としたんだ。
 風を切り落ちていく。終わった。このまま落ちたら即死だろうか、とは目を瞑ると、急にガクンと体は浮いた。思わず目の前にあった掴まれるものを掴む。それは、先ほど自分で出したロープだった。確かに、ベルトには括りつけた。それも頑丈なものだからちょっとやそっとじゃちぎれない。だけど、どうしてこれが?
 呆然と辺りを見回していると、丁度止まったここは卵のところだったようで、同じに目を丸くしている受験者と目が合った。

「…ど、どうも……」
「…おう…」

 そして、帽子を被っている彼は何を思ったかそのままの顔で、手に持っていた卵をに投げる。はそれを、あまりロープから手を離さずに取り、胸ポケットに入れる。危ないが、手に持つよりは割れる心配もないだろう。
「あ…りがとうございます」
「いや…、大丈夫か?」
「たぶ」
 ん、と言おうとした所で強い力で引っ張られる。そして、いつの間にか先ほどの場所に戻っていた。ペタンと座ったまま、誰かに抱きとめられた。は顔を、ロープの先に向ける。
 一体、誰が、

「やあ」

「うわあああああああ!!」
、落ち着くんだ!むしろ君は悲しむより喜ぶべきだろう!」
「そ、そうだぜ。まあ助けられたのがヒソカってのが…」

 そこにいたのは現状、借りを作ったらダメな人間No.1の彼であった。
 これじゃあ落ちて死んだ方がいいのか?と考えてしまうが彼女からすればもう死んだも同然か。結局二次試験は『助けられて』受かったのだ。あのまま落ちなければ自力で取れたかもしれない。でも、絶対取れたとは断定できない。受かったと喜べるほど単純ではなく、これじゃあ死んだ方がマシとワガママ言う他なかったのだ。
 キルアは、喚くを見てから溜息をつき、腕を頭の後ろで組んだ。

「受かったんだからいーじゃねえか!!ほら、集収かかってんだから行こうぜ」



 先ほどでの集まりを簡潔に言うならば、会長から一言と、目的地到着時刻とそれまでについてだった。基本的に自由に過ごしていい言っていた。
 ゴンとキルアは、我先にと飛行艇の中を探検しに行った。もゴンに誘われたが、疲れていたし、キルアからの目線が気になったからやんわりと断った。多分キルアはゴンと仲良くなりたいのだ。彼の家庭事情の内部の内部までを、に想像する事は出来ないが、殺し屋家業を営んでいるゾルディックに生まれて、満足に友達との付き合いがあったと思えない。

 何をするか、と考えていると隣にレオリオとクラピカがいることに気付く。そしてそのままの流れで二人と一緒に過ごした。

 そして夜が次第に深まっていく中、は眠れずにいた。警戒心と言うのもあるかもしれない。だけど、ハンター試験一日目の事を思い出す度に止め処ないほど考えることがあった。
 力は要らないといった。でも結局は力に頼ったのは誰だ。その力が無ければ自分は死んでいたのだ。死んだ方がマシ?ふざけるな。暴言でも吐かれた言葉だが、金で命は買えない。それに、生きてくれと願ってくれた人だっている。まだ死ぬ訳にはいかない。
 今から鍛えたって意味はない。もう本番だ。このままでは死んでしまうかもしれない。今リタイアして帰って、また来年、再来年受けた方がいいのかもしれない。彼に修行でも依頼すればいい。帰った方が。

 自分は想像以上に平凡だった。ちょっとはいけると思っていた身体能力も、洞察力も。望んでいたことだ。だけど、スキルが平凡ならばの名が廃る。そこだけは一番でなくてはいけないのだ。何を犠牲にしても、例えハンター相手だとしても。

 は手に持っていたケータイを強く握った。ぎゅぅと握り締めたものは、ケータイと、ストラップ。
 その瞬間、ケータイが震えた。マナーモードにしてたものの、他の受験者が寝ている時にバイブはうるさいだろう。はビックリしてディスプレイを見た。

『クロロさん』



「はい…、です」
 既に消灯している為、最低限度の明かりがついているだけでほとんどの場所は真っ暗だった。は、その中でも人気のないところを探し、電話に出た。

『俺だ』
「……あ、はあ」
『今なら何の試験もしていない頃だと思ってな』
「で、でも時間考えて下さいよ」
『ああ、寝てたのか?』
「…ええ、ぐっすりでしたよ」
『じゃあ悪い事をしたな』
「……本当に」

 顔を上げると、大きな窓があった。そこからは大きな月と、沢山の星々がまるで降り注ぐかのように目の前いっぱいに広がっていた。夜景を落ち着いて見られたのは久しぶりのように感じた。思い出すは、あの豪雪の中の気球。あまりいい思い出でもないのだが、今はなんだか懐かしくて少し笑えた。
 はそこに取り付けられていた椅子に座り、テーブルに肘をついてケータイを持ち直した。

「クロロさん」
『なんだ』
「試験、めちゃくちゃ簡単でしたよ」
『それはよかったな。一次で落ちるかと思ったんだが』

 は力なく笑う。ふいに出た溜息を聞かれないようにマイク部分を押さえた。

『……今、眠いのか』
「逆に目が冴えちゃいましたね。クロロさんのせいで」
はどこでも寝れるだろ。安心しろ』
「えー?わたしデリケートですよ」
『いつだったか人のために作ったヘリの中で寝てたな』
「ッああーもうなんでそんな事ばっか覚えて……」

 クロロとの会話は、元々多くはない。今まで同じ場所と同じ時間を共有していたけれど、その活用法はお互いに違っていた。は機械を作り、クロロは本を読み。機械を作りながら喋りはしない。本を読みながら喋りはしない。はクロロと話せるのが良かったわけではなく、居てくれるのが、良かったのだ。

『そういえば、』と、沈黙を破ってクロロは言う。『は友達が出来たんだろうな』
「とも、だち…?」
『なんだ。出来てないのか?』

 ゴンやレオリオ、クラピカそれにキルアの存在をは何と言うか知らなかった。だけど、その人たちはいつの間にか自分の近くにいるし、移動するようなものなら「どこに行く?」と聞いてくる。うっとしいとは思っていなかった。だけど、どうしてだろうと思っていた。もしかして、これが。

「……ううん、出来ました。友達」
『そうか』

 幸せを噛み締めるように、は星を居ながら笑顔で言った。この笑顔はクロロには分からないだろう。だが声色は今までに聞いた事のない声、だっただろう。



「団長ー?どうしたんですか、電話片手に変な顔して」
「…お前はとっとと帰れ」
「あ、もしかして家の子と?」
「……シャル」

 咎めるようにクロロは言うが、シャルナークの性格からして、ここであっさり止まるはずがない。クロロの近くに腰をかけると、口を開いた。

「過保護すぎ。別にその子一人で寂しく試験受けてる訳じゃないんでしょ?」
「…ああ、友達が出来たと言っていた」
「じゃあ、その友達が全部相手してくれるよ。団長は帰り待っとけばいいじゃん」
「……」

 確かに、シャルナークの言うとおりだった。ここまで気にするのは思いやりではなく、変の域だ。ただ自分は帰りを待っていればいい。ストラップに盗聴器をつけなくたって、わざわざ電話をかけなくたっていい。こんな面倒な事。

「まさか団長……親馬鹿?」

 シャルナークは眉を顰めた。

「…娘を持つ父親だよコレ。そうじゃなきゃヒソカに特別任務とか言わないでしょ」
「ヒソカには、決して殺すなと言っただけだ」
「例えば俺が試験受けたとして、それと同じ事ヒソカ言う?」
「団員の争いは規則違反だ」
「そうじゃなくて…」

 友達が出来た。ただ、ただ何気のない一言。それもほどの年頃だったら当たり前すぎて言わない言葉だろう。だけど、から聞いたのは初めてだった。仕事用の携帯電話の電話帳は埋まっているのに、プライベート用の電話帳は全くだ。それも、お得意様を入れる程度。一緒に並べてどっちが多く鳴るかなんて分かりきったことだ。激しく震える片方。まるで故障したかのように動かない片方。
 父親の気分、というのはあながち間違いではないかもしれない。こんなにも、の初めての友達について考えているのだから。

「なんか、初々しくて、なんか、なんか……団長キモい」
「ほっとけ」

 だがしかし、この感情はただ父親心というにはひん曲がりすぎて、ただその言葉だけでは形容しがたいものだった。

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