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 が胸にプレートをつけている意味は、1つだけだった。その1つとは、勿論『私はあなたのターゲットじゃないですよ』と告げたい一心だ。どの人物がどの番号か分からない状態で、下手に狙われてしまうなんて事は出来うる限り避けたい事だった。だから、なるべく船に居る時は色々な所を歩いた。私は50番です、と、見せびらかすようにだ。廊下にさえ誰も出ていなかったが、きっとどこかで誰かは見ているだろう。少なからず、わずかな視線をは感じていた。

 が、今はもうプレートをつけていない。その意味もまた、1つだ。

「あれ、じゃん」
「キルア!」
「……なんだ。お前も、もープレート外してんのか」

 試験開始から2日目、ようやく知っている顔に会えた事に喜びが隠し切れない。
 木から下りてきたキルアと言う少年は、がなぜずっとプレートを付けてるのかをどう思索していたのだろう。からすれば今も前も、全て自分を守るためにしていた行動のために、キルアの少々がっかりしたような一言には首を傾げた。
 船の中で付けているならまだしも、今、試験の最中にプレートを見せびらかすように付けていたのなら、それこそ狙って下さいと言っている。例え1点でも、欲しがる者はいる。そう、今プレートをつけていない理由は、『私は1点分のプレートも持ってないかもしれません』と言いたいだけだ。船にいる間、全員がの番号を見たとは言えないだろうが、今はこうしていなければ危ないだろう。

「さすがに、今つけてるのはキルアくらいだよ」
「そーか?他にもいっぱいいるだろうと思うけど」
「…そうかなあ」

 今までの過酷な試験を残っている者達だ。神経が普通の人と違うかもしれない。そう考えて思い描いたのは44番だったが、確かに彼だったら番号札を胸につけたまま行動してそうだ。

「そーそー」と、キルアはいい加減に頷いた。そしてはフと目に付いた。キルアの持っているスケートボードにだ。

「キルア、それ……」
「ああーコレ?さっきさ、木にぶつけて壊しちゃったんだよ。あーミスった」
「き、木に………」

 は嘆くように呟いた。「絶対軽くぶつけたって騒ぎじゃない…」

「ん?なんだよ」
「……ちょっとそれ貸して」
「はあ?やだよ!何かお前、もっと壊しそうだし」

 眉をひそめ、明らかに嫌がった顔をしたキルアの腕から、スケートボードを奪うと、は腰のポーチから工具を取り出した。作業を始めるために座り込むをキルアは止めようとしたのだが、の有無を言わせない行動に、手を引っ込めた。

「それ、どこのやつか知ってんのかよ」
「――製造年度は'00年の7月、子供が乗ると言うのでサイズは小さめの18.7cm×76.5cm。主な材料はターナの木……ああ、ネジが外れてるだけか…よかった…」

 「あ、ここ、ヤスリかけちゃうね」キルアがどんな表情で見ているかというもの気にせず、はスケートボードを見下ろしていた。「……で、製造元は、。でしょ?当然知ってるよ」

「よーし!直った!」
「ちょっと待てよ!なんで、なんでお前がそんなに知ってんだよ」

 刺すような視線をキルアはに向ける。誰だ、と聞いているような質問に、彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。なんで、も何も、自分が作ったのだが知っているのも当然だ。見間違えるはずもない。

「………あれ?」
「あれ?じゃねーよ!」
「…あ、ああ!そっか!キルアには言ってなかったんだ!」

 そういえば、自分の名前をフルネームで言ったのはレオリオとクラピカだけだ。いつの間にか勝手に皆知っているものだと、は勘違いを起こしていたらしく失笑をもらした。だからあんなに不審がっていたのか、と彼女は1人納得する。
 直ったスケートボードをキルアに返し、彼女は一礼をした。

「えー…改めましてどうも、です!いつもご利用ありがとうございます。えっと、キルア=ゾルディック様?」



「なんだよー!そーゆう事ならもっと先に言えよな!」

 そう言うキルアは少々嬉しそうな顔だった。それまでのキルアというのは、いつも裏に何かを隠しているような目でを見ていたが、それが完璧ではないにしろ、剥がれ、まるでゴンと接するときのように純粋な目を向けるようになった。

「じゃあ最初っからオレがゾルディックだって知ってたって事?」
「や、確信はなかったよ。でも、それ作ったのはわたしだし、一個だけだしね」

 へえーと頷くキルアは歳相応の顔だ。今まで少しだけ感じられた警戒心が全くなくなったような気がする。もしかしたら1パーセントくらいはあったのかもしれないが、それでも、先ほどよりは全然よかったと言えよう。柔らかな少年らしい笑みだ。
 どこか認められたような雰囲気に、も自然と笑顔になれた。

「はー、警戒して損した!まじって正体不明だったし」
「……あれ?二次試験辺りで言わなかったっけ?」
「自転車とか飛行艇造ってます、っていう女を信じられるかってーの」
「ハハ…、そーゆう……」

 キルアの言うとおり、ロクに名乗りもせずにそう言われてしまっては簡単に信じる事は難しいだろう。いや、信じる事は出来ても、信用は出来ない。

「でも、なんで今は信じたの?わたし、名前言っただけだよ」
「そこは勘だな。オレの」
「勘………」

「それにしても、警戒解きすぎだってば…」とは苦笑いした。

 想像以上に、キルアは子供だったのだ。同じ年頃であろうゴンと比べると、どうしても現実的で冷静な少年に見えるが、ゴンとは違った意味で純粋で、揺るがない。興味を持ったならそれに真っ直ぐになるし、考え方もまだまだ子供だ。

「まあー、それに親父からよくのこと聞いてたし」
「シルバ様が?」
「そ。」
「大抵造るものはよりでかいから、余計小さく見えるって」

 その言葉に、は飲んでいた水を吹き出しかけた。

「ふ、ふーん……シルバ様が……そう……」
「なんだよ。お前ってそんな小さい事気にしてるのか?別にそんなの考えるもんじゃないと思うけど」
「……キルアはこれから大きくなりそうな伸びしろがありそうだから腹立つ」

 キルアの父親であるジルバは2m近い体格であるし、母親のキキョウも確か170cmほどのスラリとした女性だ。3男であるキルアだが、その上の長男次男共に180cmを超えているし、まずキルアの年齢から、160cm近い身長というのはまだまだ高い部類に入るだろう。

「はー、キルアから年々1cmずつ身長がもらえますように」
「……手を叩いてオレを拝むなよ」



 キルアとの和解から、あっという間に時は流れた。あの時、キルアに一緒に来るかと誘われたが、はやんわり断っていた。理由はとくにないが、1つ言えばちょっと気恥ずかしいところがあった。別に異性として意識している訳ではないが、そろそろ水浴びをしたいと主張をしたくなかったのだ。それまでは、たまに見かける川の水でタオルを濡らし、身体を拭いたりしていたが、それだけでは物足りない。

 幾ら不眠で物を作り続けていようと、さすがに自分からする臭いと言うのはすぐに気がつくものだ。このまま放っといてしまうと、この臭いに慣れ、普通の臭いだと勘違いしてしまうのは避けたい。だがまさかこんな所にお湯が沸いている訳でもなく、かと言って冷水での水浴びも…、という所だった。昼に入るならまだしも、は絶対に夜、と思っていただった。もちろん昼間のほうが動きやすく、周りも確認しやすいのはあるが、その分みつかりやすい危険性もある。

 都合よく湧き出ている所…と探しては見たものの、当然あるわけがない。と言う訳で、仕方なしにお湯を沸かせる事にした。ライターは持っている。…言うまでもないだろうが、このライターは100ジェニーで買えるようなものではない。もっと取り扱いに注意をしなければいけないようなものだ。

 お湯を沸かすには大変だった。
 まずお湯を温めるべきなのか、それとも周りの石を暖めるべきか。初めに箱のようなものを作って、その中に水を、とも思ったのだがそれではお湯が注ぎ足せない。どうせ作るならここら一帯をお湯にしてやろうと考えていたのだ。どうせ暇だ。そろそろ使い道がなくなってきてどうしようもなくなってきた木板で簡素なテーブルを造り、それに物などを置く。

 そうして四苦八苦した結果、ようやく作れたのがこの温泉だった。

「あー…やっぱお湯がいいよ……」

 朝に作り始めたはずなのに、今はもう日が暮れ始めていた。むしろ逆に丁度よく作れたかもしれない。水が流れてくる上流に、火をセットしているため流れてくるのはお湯、そしてこのまま水が下って海に着く頃はきっと水になって冷めているだろう。久しぶりにお湯に漬かれて気分はもう最高状態だった。いっそもうこのままここに住む、と言い始めきそうになっている中、の携帯電話が鳴った。

「はーい、ですー……」
『……今、大丈夫か?]
「あ!ク、ロロさん!大丈夫です!全然平気です!!」
『―――そうか]
「えっと、お久しぶりです」

 何も考えずに出てしまった為、随分と間抜けた声で出てしまっていただろう。は顔が赤いのは、少しテンパっているのはお湯が熱いせいだと言う事にした。

『試験は、今どうなってる?]
「今は第四試験中です。えーと、残ってる受験生は25人で…。まあ今もそうかは分かりませんけど…」
『…どういう事だ?]
「試験の内容が、ですね…」

 と、は試験の中身をクロロに説明した。一週間この島でサバイバル状態で、狩る者と狩られる者に分けられていて、そしてもう自分は初めからもう6点分集まっている事。全てを話し終わった所で、クロロは口を開いた。

『よかったな。運がよくて]
「……そうですよねー…。もしそうじゃなかったら多分今頃…」
『でもも、案外サバイバルに向いているから大丈夫そうだけどな]
「えー?そんな事ないですよ!か弱いですよ!」
『そのか弱い少女が今何してるんだ?大方どうせ風呂でも作ったんだろ?]
「う……」

 お湯を何とか作ろうとしている時のボロボロ具合と言ったら、確かに『か弱い』感じなど皆無だ。まさか声だけで風呂に入っていると分かるとは思っていなかった。

「そういえば、次で最終試験らしいぞ」
「ええ!本当ですか!」

 と、思わずお湯から上がり、喜びから立ち上がった瞬間近くの草むらから「おお!」と言う声がした。誰かいる事にようやく気付いたは一先ずお湯の中で体育座りの体制で身を隠し、拳銃を2・3発放った。姿を見た訳ではないので、完璧には狙えないと考え、威嚇のためだ。

「だ、誰かいるんですか…?!」

 近くにあった体を拭くためのタオル――これは船から持ち出していた――を巻き、は銃を構え草むらを見つめた。片手に持っていた携帯電話を地面に置く。どうやら知らず知らずのうちに、電話は切っていたらしい。

「し、試験官の人じゃないですよね?!」

 島に入ってからずっと、1人誰かがついている事には気付いていた。そしてそれが恐らく女性である事も。初めは、自分だけが既に6点集まっているという異例であるから何かしらの処置のためかと思いきや、キルアにもついている事を知り、4次試験には全員についている事を理解した。お風呂を作ったのも、実はその女性の事も考慮していたのだが、きっとそこにいる人物は試験官ではない。がもう一発撃った所で、草むらは揺れた。

「ま、待ってくれ!俺は温泉があるから『おおっ』と言ってしまっただけで……!」
「!!」

 出てきた受験生に思わずトリガーを引きかけた。恥ずかしさからいっその事死ねと。
 狙いを頭に向け、人差し指に力を入れそうになったとき、受験生の体はどこかへ飛んでいった。逃げた、いや、違う、飛ばされたんだ。あまりの一瞬の出来事に、動きは見逃してしまっていたが、声だけが彼女の耳に反響するように残った。

「嘘つけ――――!!!」

 そこにいたのは、少女だった。

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