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「あたしの名前はビスケット・クルーガー!まあ長いし、アンタは特別にビスケちゃんって可愛らしく呼びなさい!――それにしてもさっきの奴は本当にありえない奴だわさ!うら若き乙女の裸をずぅーっと覗きなんてね!――あ、そこの監視員!本当ならあたしが接触しちゃ駄目だけど、しょうがないわよね?……何?監視していたとは言えアンタも見たんでしょ?まず謝りなさいよ」

 金髪で、リボンで結ばれたツインテール、そして極めつけはゴシックロリータと言えるであろう洋服だ。パッと見は少女のその彼女は、仁王立ちで、あちらこちらを睨み付けていた。今までずっと監視している人は出てこなったのだから、彼女の言うとおり『接触は禁止』なはずだったろうに、の目の前には、彼女と、もう1人、先ほど飛ばされた彼を監視していた人が居た。

「す、すみませんでした……」
「え……あの、ずっと、…って…?」
「やだ、やっぱり気付いてなかったの?アンタが風呂に入り始めることからずっといたわよ!」と、ビスケットは早口で言った。

「本当に最ッ低!あたしに権限があるならアイツを落としたいんだわさ!」
「え、あ…あはは…」
「アンタも!何ヘラヘラ電話してるんだわさ!少しは気付きなさい!」
「ひいぃ!ご、ごめんなさい……」
「あたしの事も気付けるレベルなんだから…全く…」

 そうこうしている間に彼女に言い負かされて謝っていた試験官は、何が何だか分からないうちに消えていた。恐らく、さっきの彼を探しに行ったのだろう。
 残ったは、ビスケットの顔色を窺いつつ、話しかける。

「ビ…ビスケちゃんはプロハンターなんですか?」
「そうよ!これでもハンター歴は長いんだわさ!ちなみに!こっちも色々配慮してあんたに気配を気づかせたんだからね?変に危険なことするなってことでね!――ああ〜やっぱりずっと思ってたけど良いお湯ねえ、あたしも入ってもいい?」

 ビスケットのマシンガントークに負けそうになっているはコクコクと頷いた。人の事を言える義理ではないが、きっとこのビスケットは自分より上の年齢なはずだ。先ほど、彼を吹っ飛ばしたような筋肉もそうだが、自分でハンター歴が長いという事は、そこそこだろう。

「はあ〜もー試験官って自由が奪われるからヤなのよね〜。全く、じーさんから久々に連絡があるからって来なきゃ良かったわ!」

「せっかくの原石が見つけられても、言っちゃいけないからウズウズするだけで終わっちゃうのも考えもんよ!」いつの間にかビスケットは服を脱ぎ、お湯に浸かっていた。その一瞬の出来事には絶句していると、彼女はこちらに振り返った。

「今日くらいはいいわよね。良い成績付けてあげるから黙ってなさいよ!」
「成績…?」
「あら、口が滑っちゃった」

 滑ったわりには、罪悪感も何もない顔だった。

「次の試験に必要な事なの。まーアンタは普通にしてればいいわ」
「あ…はい…」

 押しに負け、は頷いた。やはりハンターとなると一筋縄ではいかないような人が多そうだ。は風呂から上がったはずなのに、どこか冷えを感じた。それはきっと、服を着ていないからかな、と服を着ている最中、そういえば名前を名乗っていない事に気がついた。

「あ、そうだ。あの、わたしって言います」
……?アンタまさか……」

 前を向いていたビスケットが、再び、今度は勢いよくの方へと振り返った。

「なるほど!あたしが任されたのはそーゆう事だったんだわさ!」
「は、はい?」

 1人納得し始めているビスケットは声を高らめた。そういう事、とうんうん考えていた。そして、作業着を来たを見、目を細め、微笑んだ。

「へえ、、ねえ…。………今度、墓参りさせて頂戴な」

 ビスケットの口から訳はないと思っていた言葉に、は動揺したが、すぐにゆっくりと首を縦に振った。きっとこれは、彼女が押しに強い人だからだ。そう、考えよう。

「是非。そうして下されば、喜びます」

と話せてよかったわ。これからはさすがに干渉出来ないけど、どっかでちゃーんと見守ってあげるんだわさ―――もちろん試験官として、ね」

 そう、ビスケットが言ったように、アレ以来彼女がの前に姿を現すことはなかった。話は長いし、ちょっと乱暴だし、のにとってあまり関わった事のない人種であったが、彼女の優しげな雰囲気には惹かれていたので、それは少し残念な事だった。だが、、次を面と向かって会うときはプロハンターになってなさいよ、と脅すように言われた時は、やっぱり気が合わないかも、とヒヤリとした。
 何はともあれ、こんな広い所で1人、なのも実際は寂しいものだったが、ビスケットが近くにいると思えば心強いものだ。けれどビスケットは余程の熟練者なのか、近くにいる気はするけれど、正確にどこにいるかは分からなかった。そこで、は近くにあった石で、合図を送るように木を叩いてみた時があった。――すると、三秒後には同じような音がにまで届いた。それだけの繋がりだったが、にとっては嬉しいものだった。

 あれこれしているうちに、もう丸六日が過ぎ、後一日となった。そろそろこの温泉を作った場所から移動しようかと、は荷物をまとめた。そういえば、持ってきた木板はテーブルへと変化してしまったので、ここに置いておくが、ならば何か代わりに持って行こうと、適当な太さの枝を数本取った。何にも使えなかったとしても、創作意欲というのは突然湧いてくるものだ。ないよりはあった方がいい。
 それらを束ね、立ち上がったところで、

―――コン、コン

 音が聞こえた。は振り返るが何もいない。だが、この合図は間違いなくビスケットがしたのだろう。意味はあるのだと考え、はもう一度先ほどまでいた場所に戻ると、そこには携帯電話が落ちていた。

「え」

 ポーチを開け、自分のがあるかどうか確認する。1つはある。プライベート用の携帯電話だ。だが、もう1つ、丁度ここに落ちているのと同じ型の仕事用の携帯電話が見つからない。そこでようやくビスケットがなぜ合図してくれたのかが分かった。落し物をしていたのだ。
 は携帯電話をあちらこちらに見せびらかすように掲げ、そしてポーチへとしまった。ビスケットは近くに、ちゃんといるようだ。



 時刻はもう昼を過ぎているだろうか。は途中生っていた果物を食べながら、歩いていた。行き先は決まってはいないが、後一日となればスタート地点付近に戻っておいた方が利口だろう。
 本当にコレ食べて大丈夫だったかなとは果物をもう一口食べた。赤くて、林檎のような果物。味は悪くはないが、大丈夫かどうかを確認していないため、何だか苦く感じてきた。いや、これは気の持ちようなのだ。これは大丈夫と思っていればまた美味しく感じるだろう。大丈夫、大丈夫……。

「お、お腹が…………」

 きっとここにビスケットがいたのなら、ばか、と言ってくれるだろう。本当に腹痛を起こしているのか起こしていないのか分からない。
 は水をいっきに口へと流し込み、飲み込む。大丈夫。大丈夫!

 そんな念じも通じてきたのか、ようやく落ち着いてきた頃、は洞窟のような洞穴を見つけた。明らかに怪しいが、これを受験生が作った訳ではないだろう。だが、受験生がここに入り、罠を仕掛けるには打って付けの場所に思えた。一応様子だけみよう、と近づいてみると匂いを感じた。鼻を通り抜けていくような甘い匂い。匂いはわずかであったが、は少しだけ足元がおぼついた。
 これは、催眠ガス?

「きゃああああ!!」

 甲高い女性の叫び声が聞こえ、はとっさに洞穴の中へと滑り込んだ。
 中では蛇が女性に襲いかかろうとしている。危ない、とすぐには拳銃を構え、蛇へと撃った。その弾は見事に蛇の頭へと命中し、女性は尻餅をついただけで終わった。が、気がつくと虫が目の前に迫っていることに気付いた。
 蜂だ!

「ダメ、戻って!」

 と、女性がの方へ、蜂に向かって叫ぶと、蜂は寸での所で折り返した。は再び構えてしまった銃を降ろし、その女性へと向きなおす。昼間だというのに、この洞穴には日が入らないので暗い。その為、近づかないと誰なのか分からなかったが、女性の受験生は少なかったおかげで誰かは分かった。

「助けてくれて、ありがとう。私はポンズ。えーと…あなたは50番だったかしら」
「は、はい。です。…あ、わたしのターゲットはあなたじゃないですよ」
「ふーん…、そう。まあいいわ、早くこんな所……」

 ターゲットではないと口先だけで言えても、やはり信じてはもらえないようだ。ポンズは、目の前の彼から離れ入り口に向かおうとする。

「え……?彼は……」
「触ったら分かるわ。―――って、本当に触ろうとしないの!!」
「え、ええ!?」
「……さっきの蛇、見たでしょ?この男…バーボンに触ると蛇が出てくるの。あーあ、この人が私のターゲットだったのに…」
「そ、そうなんですか?」

 と、はバーボンを見て、言った。
 だが、バーボンはの事が聞こえないかのように、呆然と目の前をただ見つめている。耳が聞こえないのか、とはバーボンの顔を覗き込もうとしたが、その瞬間蛇が出てきてしまったので身を引いた。

「……彼、死んでるわよ」

 ポンズはさも当たり前かのように言った。

「蛇の次に蜂を見たでしょ?あの子達は私のなんだけど、どうやら彼を刺しちゃったみたいなの」
「アナフィラキシーショック…?」
「そう。まさか一度刺されているとは思ってなかったわ」

 目の前に死体があるというのに、ポンズはプレートを取れない事を残念がっていた。
「さ、早くこんな所から出ましょ」
「―――、あなたはもう集まったの?」
「え、あ、はい…。一応…」
「じゃあ出たら手伝ってもらおうかしら」
「……は、はい?」
「私は後3点分集めなきゃいけないのよ?つまりは3人分」

 それは大変でしょ?という目線をポンズは送る。
 は出たらすぐに逃げよう、とも考えたがここは大人しく従っておいた方がいいかもしれない。だってポンズには蜂がいる。蛇ならまだ、銃が当たるような大きさだったけれど、蜂を狙えと言われたら相当集中力が必要だ。

「まあ今だったら6点集まってる人たちがこの辺りにいるでしょうし、簡単でしょ」と張り切ったようにポンズは歩いていたが、急にピタリと止まった。

「………どうしたの?」
「…………やられたわ。これじゃあ出られないじゃない…」

 溜息をつくようなポンズの一言に、は目を見開いた。初めは土砂崩れでも起きて出られないのかと思っていたけれど、違う。入り口にも蛇がいるのだ。それも一匹や二匹、いや十匹や四十匹なんていうものではない。

「うそ……」

 地面が埋め尽くされたように、そこには蛇しかいなかった。

「諦めるしかないわね」

 ポンズは、バーボンから離れた場所に座って、言った。

「また来年受けるしかないわね」
「で、でも……」
「しょうがないじゃない。命が惜しいでしょう?」
「…………」
「……私を助けてくれたのはすっごく嬉しかったわ。ありがとう、

 落ち込んでいるに向かって、彼女は微笑んだ。そう改めて言われると、気恥ずかしい面もあったが、それよりもまだ諦め切れていない面があった。もし今が、最終日で、集合まであと10分、だったら諦めがついたかもしれないけれど、今はまだ十分に時間はある。なんとかなるんじゃないか、と思ってしまうと止まらなかった。どうにか、どうにか方法があるのではないか?

「さ、催眠ガスを使うとか!ポンズは持ってるよね?」
「持ってるけど…。馬鹿ね、私達も眠っちゃうわよ?」
「また違う出口を掘るとか!」
「そんな道具を持っているようには見えないけど。まさか素手?」
「銃で……」
「何十…いや、何百匹いると思ってるの?」

 ポンズは決してを突き放すために言っている訳ではない。全て正論を言っているのだが、それはにとってはグサリと来たようだ。黙ってしまったを見、ポンズは静かに言った。

「ああ、私ってばに謝ってなかったわね。――本当に、ごめんなさい。私なんかを助けようとしなければ、は受かってたでしょうに…」
「ち、違うよ!わたしはそう思っては……」
「そう言わないで。来年は、私がを助けて―――」

 そこまで言った所で、洞穴の外から聞こえてきた足音に、2人とも気付き、動きを止めた。来るな、と言いたかったが、もう遅いだろう。

「――じゃねーか」
「レ、レオリオ!」
「……っと、そいつらは……」

 ライターを持って入ってきたのはレオリオだった。久しぶり、ほぼ一週間ぶりの顔には嬉々として近づこうとしたがそれを阻止したのはレオリオだった。どうしたものかとは状況を確認する為にぐるりと見回してみたけれど、確かにこの状況はおかしいと言える。レオリオの知らないであろうポンズと、そして死んでいるバーボン。様々な考えが頭をめぐっても、仕方のない事だ。

「でもまあ、そこの女がいたって事で……」
「レ、レオリオ戻っちゃダメだ!!」

 踵を返し、戻ろうとしたレオリオとは止めたが、彼はすぐには止まらなかった。そのせいで、罠として仕掛けられていた蛇がレオリオの足元に広がる。

「な、なんだこりゃ……」
「彼の罠なんだ!出ようとすると蛇が出るの!」
の言うとおりよ。あなたも、ここで大人しくしてるしかないわ」
「……なるほどな、だからがここにいるのか…」

 レオリオはそう呟くと、すぐさま入り口に近いところまで走った。

「レ、レオリオ?!」

「クラピカ!!ゴン!!来るな、蛇だ!!」

 蛇はレオリオを容赦なく襲った。は、まさか注意した後すぐに飛び込むとは考えていなかった為驚いてしまい、反応が遅くなってしまったがすぐに銃を構えたが、どうにも撃てそうにない。撃ってしまえば、レオリオにも当たってしまう。こうなったら、とレオリオの体を出来うる限り入り口から遠ざけるしかないと、はもがいていた腕を引っ張って、レオリオを倒した。その過程の間に、にも蛇が噛み付いた。

「いっ……!」
、あなた………!」

 痛かったが、レオリオはもっと噛まれているだろう。様子を見ようと噛まれた腕を押さえ、彼に近づこうとすると、また足音が聞こえた。

「レオリオ!!……も!?」
「ゴンに……クラピカ……?」

 クラクラと意識が遠のく中、見慣れた2人がいた気がした。

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