13
 なぜいきなり起きたのかというと、揺れを感じたからだ。ぐっすりと寝ている時なら気付かなかったであろう揺れだったかもしれないが、浅い眠り――これをレム睡眠と言うのだろうか――の時であったから、としてはとても大きな揺れに感じてしまい、飛び上がってしまうほどビクりと体を起こしてしまった。

「……びっくりした…。なんだよ、起きたのか」

 そう言っているのはこっちを見ている少年、そう名前はキルアで、彼は今までこんなの近かったか?と言えるほど近くにいた。ふと気がつくとの腕はキルアの肩に回され、視線はいつもより高かった、気がした。ゆっくりとゆっくりと考えてみるとは所謂、おんぶをされていたのだ。

「………………あれ?え?キルア?」
「あ!起きたんだ!おはよう、具合大丈夫?」
「うん?何ともないよ……」

 と、はキルアの背に乗ったまま言った。

「ところで何でわたし、背負われてるの?」
「そりゃこれから飛行船乗るってのにが寝てるからだっつの」
「…飛行船…?第四試験は…?」
「たった今終わったとこだよ!」

もちゃんと受かってるから安心してね!」と(恐らく)朝だろうに、ゴンは元気そうに言った。それには頷いて、そして今までを振り返った。

(ああ、蛇に噛まれてから気を失っていたのか……)

 あの時、蛇に噛まれたと言っても、そこまで対した程ではないだろうが、『蛇に噛まれた』という事に驚き気絶してしまったのだろう。不覚だ。
 そういえば、一緒にいたポンズはどこだろう、と負ぶされたままは辺りを見回した。…だが、いない。どうやって洞穴から出たかは分からないが、あのメンバーであったら彼女だけを置いていくはずはないはずだと考えてはみたが、姿が見えないとなると不安である。もしかしたら隠れているかも、とが思案しているとキルアは呟いた。

「……てかこーやってるとやっとが年上って何となく分かる」
「…え?『軽いな…』みたいな?」
「いや、全く軽くねえ」

 キルアの歯に衣着せず発言に、はむっとし自由になっている両腕でキルアの頭を何度も叩いた。本気である。

「た、叩くなって!」痛がって、止めろと言っているキルアだったが、それでもを落とさないだけ優しさがあるというものであっただろう。

「――は、彼女自身が重いのではなく、持ち物が重いのではないか?」

 まるで神の声のように、傍にいたクラピカは発言した。

「そう!そうだよ、クラピカ!さすが分かってる!」
「なんだよ。重い事には変わりねーじゃん」
「変わりあるってば!」

 へそを曲げたは、フンとキルアから顔を背けた。そして、「おろして!」と大声を上げるものだから、キルアはゆっくりとをおろした。

「………うーん…」
?どうかしたのか?」

 先ほどは少しだけ不自由だったから、きっと目の届かないところがあったのだと思っていたが、こうして見回してみても、ポンズの姿は一切見えなかった。

「…あのさ、クラピカ。…えーと…ポンズって、子、どこ?」
「……彼女は…」

 クラピカはハッとした顔をしたのだが、すぐに目線を下に向けた。ポンズは本来、レオリオのターゲットだった。そしてなんやかんやで、ポンズのナンバープレートをレオリオは持っている。これで、レオリオは6点集まり、晴れて試験に合格、なのだが、それをにそのままいう気にはなれなかった。

「クラピカ?」

 はクラピカの顔を覗き込むように見た。
 彼女の交友関係をクラピカは知らないが、気にしているという事はそれなりなのだろう。クラピカは意を決して、出来る限り非道そうに言った。「…レオリオのターゲットが彼女だった。…それだけだ」

 それを聞いたは目をパチクリさせたが、すぐにその意味を理解し、逆に申し訳なさそうな顔をした。

「そ、そっか!しょうがないよね、うん!ポンズも、あのバーボンって人のナンバープレート取れなかったみたいだし!」

 とある事情でその『ナンバープレートをゴンが取り彼女に渡していた』という事実をクラピカは言わなかった。言えなかった。
 なに、何も言わなければ、嘘にはならないのだ。



「面、談?」

 は独り言のように呟いたのだが、その言葉をレオリオは拾った。

「そーみてえだな。……ったく、いきなり面談って何だよ…」

 考え込むようにレオリオは言うものだから、もつられて考えた。会長による面談。大方、これが最終試験ではないと推測できるが、

「…常識テストとか?」
「げっ!テストなんてあるのか?!」
「ええー!?そんな事言われたらオレ、絶対受からないよ!」
「はあー?いきなりそんなのある訳無い無い」
「そうだな。もしテストなら面談ではなく全員一斉に行う方が効率的だろう」

 、レオリオ、ゴンは来るであろうテスト(勿論の勝手な妄想であるが)に身構えてしまっていたが、それをキルア、クラピカの冷静沈着コンビが止めた。とくに、クラピカの動じない論理的な発言を聞き、安心したようだ。

「ああ〜よかった…オレ、筆記があったなら絶対無理だもん…」
「……ゴンって自分の名前書ける?」
「そ、そこまで言うの!?オレだって名前は書けるよ!」
「……あー、なんかオレ、の言う事ちょっと分かった」

 どう考えても失礼な発言だが、意見が一致したとキルアはうんうんと頷き合った。それに対してゴンは珍しく怒ったように声を上げるが、クラピカとレオリオはその様を止めようとは思っていなかった。満場一致であった。

『次に受験番号50番の方、50番の方はおこし下さい』

「………あ、わたしか」
!俺達より先に行くからには何言われるのか教えろよ?!」
「…そんなに身構えなくてもいいものだと思うのだが…」



「ふむ……の娘が大きくなったのぅ…」

 面談室に入ると、そこは座敷の敷かれた部屋だった。不慣れなカーペットに、は戸惑いながら座ると、そこにいた会長はポツりと言った。

「ああ……会長も父をご存知でしたか…」
「…まあ面と向かって話した事は指折りじゃったがのう」
「そう、なんですか…」
「あやつがもしハンターライセンスを取れるほどの者だったら、と思った時があったんじゃが」と、会長であるネテロは茶を啜った。「あいつには、体力がない」
「…父は初め、学校の体育で走りたくないからと靴に改造を始めた人ですから…」
「そう!そうだったな。その点―――、いや、無駄話はこの辺にしておこうかの」

 ネテロは言葉を濁すのではなく誤魔化すのではなく、これまでの話はなかったんだと言う様に、素早く話題を変えた。そのネテロをはじっと見ているが、ネテロは全くの思い通りには動かないだろう。
 老いてはいるが、ネテロの鋭い眼光はを見据えた。

「まずなぜ、お主はハンターになりたいのかな?」
「……技術者でも、ハンターになれると思いたかったからです」
「ほう。では別にハンターならではの特典に興味は?」
「全く、と言えば嘘になるかもしれませんが、ほとんどありません」

 恐らく、がハンターライセンスを取れたってそれを十二分に活用する事は出来ないだろう。基本的に引きこもって作業している身分だ。旅行という訳にもいかないし、行きたくはない。

「なるほど。変わってはおるが、まあ、らしいの」

 ネテロは静かに頷くと、続けた。

「では以外の9人の中で一番注目しているのは?」
「…注目、ですか?」
「そう、別にどんな意味でもいい」
「―――では、405番。ゴンっていう男の子です」

 は、目線を下にして、小さく呟いた。「まだあんまり話してはいないけれど、不思議な子です。…持ってるもの全部私とは、違うようで」

「ふむ…、では最後の質問だ。9人の中で一番戦いたくないのは?」
「……………えーと…」
「そんな深く考えんでも、直感でいい」
「……いや、それってあの、まさか次の試験は……」
「深く考えんでも」

 ネテロは、を急かすように繰り返した。

「……うう…、あげろって言うのなら44番です…」



 の予想があっていれば、次の試験…第五試験、いや最終試験は直接試験者同士で戦う事になるだろう。これはの予想、というよりは勘の良い者なら想像できているだろう。現に、この飛行艇内の雰囲気はいいものではない。

「3日か……」
「3日?ああ、試験会場までの日にち?」

 キルアが話したように飛行艇で最終試験会場までは3日、かかるのだと乗る前に説明を受けていた。昨日は面談があったり、など、試験が終わって自由になったものだから何らかはやらなきゃいけない事、しておきたい事があったが、一日過ぎた今日はほとんどする事がなかった。第四試験は神経を使った試験だったからか、それとも最終試験に備えてか、自室でゆっくりとしている受験生も多いのだが、はどうも自室でゆっくり出来るタイプではないようで、早々と出てきてしまったのだ。そして、窓辺の手すりに肘をついて風景を眺めているところに、キルアがやってきた。

「3日、って長いよ。3日あれば何が出来ると思う?」
「そうだな…、何人殺せっかな」
「………もういっその事ここで最終試験やればいいのに」
「飛行船で?どうせ次の試験は殺し合いだろ?」

 縁起の悪い事をキルアは更に続けた。「暴れすぎて墜落したらどーすんだよ」

「…殺し合いは、ないんじゃないかなあ…」
「でも、お前も面談で聞かれただろ?」
「…あのねえ、ハンター試験では死に直接関わる事はダメなんだよ」
「……それは、試験官が見てる所で、って事か?」
「多分ね。ほら、ヒソカって人が去年試験官殺して失格になったでしょ?」

 はそう言っているが、別にこの理屈は元から思っていた事ではなかった。そういえば、と今考えながら言った事だった。第三試験…トリックタワーで、は殺したという確信はないが人を撃っているし、イルミは確実に殺している。
 だが、考えてみればそれならばなぜ去年ヒソカが人一人を殺しただけで失格になったのか。『試験官の見てる所』なんてひどく曖昧な定義だったが、そう考えると確かにそうだった。第四試験では試験官、と言うより審査委員が見ていただけだ。「ふーん…じゃ、間違って殺したらオレ、失格って事か」

「……うわ、かっこわるいっスね、キルア先輩」
「な、なんだよその言い方!!殺さねーっつの!」

 見てろよオレのテクニック!とキルアは恥ずかしそうに叫んでいるが、それをは笑って受け流していた。すると、

「おーい!キルアー!」
「…ゴン。わたしは?」
「あ、ごめん!ちょっとキルアに用事でさ」

 キルアを呼びながら走ってきたゴンに、少し寂しい思いを抱きつつは黙った。が、キルアに用があったのなら致し方ないだろう。
 何かあったっけ、と言う顔をしながら、キルアはゴンの方へと向いた。

「あのさ、スケボー貸してよ!今ならいいでしょ?」
「あー、別にいいぜ」
「こ、ここで?!」

 いつだったかの約束をずっと覚えてたのか、とキルアは適当に頷いたが、はそれを阻止しようと立ち上がった。ゴンの言うスケボーとは、あの時、第四試験の途中で直したスケートボードだろう。あのボードはもうキルアのものなのだから、どう扱われてもキルアの勝手なのだが、目の前で乱暴にされてしまってはも納得いかない所がある。どうして乱暴、なのかと言うと、この狭いフロアでするというからだ。

「そっか、ここじゃちょっと狭いかな…?」
「別にいーだろ、ここで」
「キ、キルア!あのねえ…物を大切にって…」
「オレ専属の整備士がここにいるんだぜ!」

 と、キルアはの肩を叩いた。

「ほらこれのスケボつったじゃん?で、そのがここにいるんだ!」
…?」
「そ。こいつの本名は!」

 まるで自分の偉業を自慢するかのようにキルアは言うものだから、も悪い気はしなかった。それを聞いたゴンは目を丸くさせた。

…て、オレ、船の名前しか知らないよ?」
「は?……はあ?!」

 まるで風が流れたようだった。今まで胸を張っているように、堂々としていたキルアだったのだが、ゴンの一言を聞き、目をむき大声をあげた。それでさえもまだゴンはきょとんとした顔のまま、言う。

「うん。号っていうのがオレの住んでる島にあるんだよ」と、淡々と続けるゴンだったが、キルアは思いっきり絶句している。なんでこいつはあの有名な家ではなく、船の話をしているのだと。

「あ。ああ……なるほど。、号か…」

 閲覧者側に回っていたは、ようやくどういう意味か合点がいったようだ。そして、手を使ってジェスチャーをした。

「それって、こういう形?」

 その手の動きを見守っていたキルアは、「わからねえよ」とボソッと言ったが、すぐにゴンは「うん!!」と首を縦に振った。

「やっぱり。それ、うちで作ったやつだよ」
「え」

 ゴンはまた、目を丸くさせた。

「ええ――――ッ!?本当なの!?」
「うん。まあ、わたしが設計したんじゃないけど…」
「あの船だけどんなに使ってもどこも壊れないんだ!凄い…!って、だったんだね!」

 と、まるでに握手を求めるように凄むゴンをキルアはつまらなそうに見ていた。そりゃあそうである。自分が言ったときはあんなに無関心だったのに、この食いつきよう。少しも面白くは無い。

「納ッ得いかねー…」
「でもそっかー。キルアのスケボをが作ったのかあ」
「派手に壊さない限りは直せると思うよ。キルアはさっきネジ外れさせてたけど」
「まーまーいいじゃんいいじゃん」

 使っているうちに壊れてしまうのはもちろんどうしようもない事だとも思う。そのためにも丈夫に出来る部分は頑丈に作る。しかし、無理に使って無理に壊されるのは冗談では済まされない。そんな事をして欲しくて作った訳じゃない。ただでさえ、オーダーメイドで、どの作品もが0から全て作っている。作品を我が子と例えるのにはいささか違和感はあるが、似たようなものだ。出来上がったものは自分自身であり、それを痛めつけられて喜ぶなんて事がありえようか。

「あ!ってことはオレも頼んだらスケボ作ってくれるの?」
「やめとけよ、ゴン。こいつの料金高いぞ」
「ちょっと!なんかそれうちが悪徳商法してるみたいじゃん!」確かに値段が高いことを否定しきれないはなんとか取り繕うと続ける。「仕方ないんだよ!受注生産っていうのは!さ!」
「ってことでビンボー人には用はないってさ」

 「そっかあ……」突き放すように言うキルアに、ゴンはしょんぼりしたように肩を落とした。だがしかし、自身はそんな事を言ってはない。

「作らないとは言ってないって!……ただ、今車輪がないからスケボは作れないけど……」
「そういえばってずっと木板持ってたよね?何に使うの?」
「いやー何を使うってわけじゃなくてただ何となくだったんだよ。今は枝しかな……」と、そこでゴンの顔を見、思いついたように手を叩いた。「釣竿!釣竿作るよ!ゴン、釣り糸ある?」
「え、本当!?あるよあるよ!……あ、でも、オレ、に何も払えないや……」
「あーそこはいいよ。趣味で作ってるのもあるんだし」

「それより私、釣竿ってあんまり見たことないから見本が欲しいんだよね」と何気なしに呟いた言葉に驚いたのは傍らにいたキルアのみで、ゴンは一先ず釣竿と糸を取りに自室へ戻っていった。

「……例え趣味だとしても、そんな軽々しくブランド語っていいもんなの?」キルアはどこか冷たく言う。
「うーん……、ややこしいよね。その辺って」
「は、そんなんでいいの?」
「やっぱり駄目かなあ」

 のブランドが高いのは、昔からだ。父より上の代の事をはよく知らないが、ここまでの価格になったのは仕方のないことだ聞いたことがある。父親も金に執着あった訳ではないが、維持するためには仕方ないことだと言っていた。レオリオが以前、金さえあれば何でも手に入ると言っていたが、の日常においてそれを否定する事は出来ないだろう。

「あ!じゃあくじら島案内してもらおうかなあ」
「くじら島?」
「ゴンが育ったところなんだってさ」

 キルアは返事をしなかった。がキルアに再度話しかける前に、ゴンが手を振りながらこちらに戻ってきた。

「持ってきたよー!」
「ありがとう」

 手に入れた枝はゴンの持っている釣竿より大きく、作成するのには丁度良かった。こうしたものを継ぎ接ぎして作れば脆くなってしまうものだ。メモ帳を取り出し、ラフスケッチを書き出す。派手なデザインにする訳ではないが、参考にしたゴンの釣竿の特徴も書きだすのもあったし、いつか見返した時にこんな事もあったといういい思い出にもなる。

「そのゴンの釣竿って、昔から使ってたの?」
「うん!良い釣り場があってね、よくそこで遊んでたんだ」
「……じゃあさ、試験が終わったらコレ使ってくじら島行っていい?」
「来てくれるの!?もちろんいいよ!ライセンス取れたら報告しに行くつもりだったし……えへへ、楽しみだなあ」
「あ、キルアも終わった後で大丈夫?何か予定とかあるかな?」

 何気なしに作業を止め、はキルアの方に向いた。そっぽを向いてやや二人から離れていたキルアは驚いたように声をあげた。「は?オレ?」

「……キルアは来ないの?」
「皆で釣り出来るように3つ作ろうと思ってたんだけど……」
「――べっ別に行きたくねーって行ってねーよ!」
「じゃあ皆一緒だね!」

 そういえば、他にレオリオやクラピカも、とは挙げたが、二人は忙しいだろうとキルアに否定された。キルアやゴン、それにはハンター試験は何らかの通過点でしか思っていないが、レオリオとクラピカは何かやることがあるという。

「楽しみだなあ」ボソっとは呟いた。

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