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「最終試験は一対一のトーナメント方式で行う」

 そう言われたのは三時間程前だった。

 どうやら最終試験がタイマン勝負だと言うのはその一言ですぐに分かるだろう。が、それは勝ち抜きではなく、負け抜き、であった。
 トーナメントと言うのは普通、勝っていけば勝って行くほど上へ上へと上がっていくものだが、負け抜きという事ならば、負ければ負けるほど上がっていく。そして最後の1人となってしまったら?そうなった者はハンター試験不合格、なのだという。そしてこのトーナメント表と言うのは今までの成績を見た上での結果が現れているという。それはどう言う事か、と言うと、負け続けても5回試合、チャンスがある者、または2回しかない者がいる。
 勝つ方法はいたって簡単、相手に「まいった」と言わせればいい。その段階までに武器等の使用は許可されているが、殺してはいけない。殺してしまえば、その者は失格となり、他のもの全員が合格となる。そしてまた、気絶などさせたとしても、相手が「まいった」と言わない限り試合は続く。つまり、ごり押しでは出来ないのだ。上手く交渉をするか、力の差を見せ付けるしかないだろう。

 色々な意味で実に簡明な判定だが、とにかくこの試験では絶対に全員は合格する事は出来ない――と言う事を頭に入れ直し、は前を向いた。

 たった今第一試合は終わった。ゴン対ハンゾーだった。幾らゴンがこれまで鍛えていたから――というより、彼にとってはただ生活していただけなのだが――と言っても、ハンゾーという忍はプロの殺し屋だ。力の差は歴然。最初っから手刀を食らったゴンを見て、キルアは悔しそうに舌打ちをしていた。
 が、勝者はゴンだった。

「親父に、会いに行くんだ」

 ゴンが勝てたのはきっと、この試合の方式のおかげ、だろう。もし殺し・気絶もありのルールであったのなら、すぐにゴンは気絶させられ終わっていた。だが、それが通用しない試験であった。力の差がどんなにあろうと、勝てる、勝たなくてはという誰よりも強い気持ちを持っていたからこそ、「まいった」なんて言わなかった。ルールなんてなければ、すぐにゴンは負けていた。だがその頑固で聞かない性格を、試験会場に立ち会った者達は黙ってみていた。その者達の気持ちは、ハンゾーだって痛いほど分かっていたからこそ、彼は「まいった」を口にしたのだった。

「それでは、これより第二試合を開始します。両者、前へ!」

 色々あってゴンが救護室に運ばれ、ひと段落ついた所で、試験官は声を張り上げた。試験官の一言に、はピクりと動いた。そして縋るように、もう一度トーナメント表を見てみるが、確かに彼女の番号は第二試合だった。試合相手は、

「……よろしく頼む、
「ク、クラピカぁ……」
「………仕方ないさ…」

 クラピカは苦く笑った。
 そうか、戦いたくない相手、と言うのはこういう事だったのか。はあの時、44番だけではなく、99番403番404番405番とは無理です、と言っておけばよかったと今更ながらひどく後悔していた。それはクラピカも同じようで、まさか初めからと当たるとは予想していなかったようだ。
 の番号が第二試合目に来ているのも、きっとこれはビスケットがに好成績を付けたから…なのだが、そのせいで今こうなっているのだった。

「……正直、私は考えている。今ここで私が負けた方が…」
「な、何言ってるのクラピカ!ダメだよ!」

 そう2人が気にしているのは、これで負けた者は次に44番、ヒソカと戦う事になるからだ。(の場合、)即座に「まいった」と言えればいいだろうが、それよりも早く攻撃を仕掛けてきそうだ。ヒソカなら可能な気がした。

「むう…そういえばは飛び道具であったな…」

 ネテロが考えるように、手を顎に乗せた。考えてみれば、もし銃の狙いを外したら他の者達に当たってしまう――とそこまで考えたが、ここにいる人間ならば軽々避けるだろう。

「……なるべく、乱発しないようします」

 だが、避けたとしても、その人間との関係はあまりよろしくはならないだろう。ごめんで済む問題ではない。例えばそれがヒソカだったりしたら?恐らくはプレッシャーで死ぬ。
 それにまず、クラピカ相手に威嚇だとしても発砲するには躊躇うだろう。それならば無いほうがいい。銃をホルダーにしまうと、クラピカは怪訝そうに聞いた。

、銃を使わないのか?」
「ナイフがあるから平気だよ」
「………だがやはりここは…」
「……一応!一応試合しよ!無理だと思ったら止めるから」

 そう言うは精一杯の笑顔を作った。ここで負けたとして、次にヒソカと当たるのはとても嫌だが、その任をクラピカに押し付ける気にはなれない。かと言って、すぐに負けるもの、先ほどの試合を見た後では皆の興が冷めるだろう。エンターテイメント性を求めている訳ではないだろうが、変に茶を濁すのも癪だ。

 は深く息を吸って、吐いた。

「第二試合、始め!!」

 試験官の声を聞き、はすぐバックステップをした。クラピカが地面を蹴るのが見えたからだ。予想通り、クラピカはの首の後ろを狙ったが、それをしゃがんで交わす。元々、身長差が大きかったのもあって、首を捉える事は出来ずに髪を掠る程度だった。

「気絶ッさせても負けにならないよ…ッ?」
が倒れたらすぐに私が降参するつもりだ…!」

 クラピカも、の『一応試合』と言う言葉を聞き入れてくれているようだ。けれど、それでもは避け続けて好機を狙う。

「避けてばっかじゃ何も出来ねーぞー!」
「お、おいおいクラピカ!相手はだぞ!」

 外野が茶々を入れているようだ。クラピカが手加減していると知っているキルアはのんびりと、手加減していないと思っているレオリオは冷や汗を額に流しながら吼えた。
 それらを右から左へと流し、は少し距離を取った所で拳銃を向けた。これには鉛玉が入っているのではない。

「時間稼ぎくらいにしかならない――ッかな…!」

―――煙幕だ。
 ドンッと大きな音を立て、辺りは真っ白の煙に覆われた。まさか銃を使うとは思っていなかったクラピカは拳銃を向けられた事に驚き、次の行動への動作が少々遅れてしまった。こんな煙がなくとも、居場所は分かっていた。

、そろそろ…!」
「ッあっぶない!」

 煙が消えると、そこにはクラピカの拳との銃がぶつかっていた。咄嗟に煙玉の入っていた拳銃を構えたようで、が思っていたよりも時間稼ぎが出来なかったようだ。
 一先ず距離を置こうと、二人が離れようとした瞬間、何かが音を立てて落ちた。

「――あ!」
 の携帯電話であった。色々な物が入っていたためウェストポーチを付けながら戦っていたのだが、チャックでも開いていたのだろうか。
 思わずそちらに意識が向かってしまい、どうしようもない隙が出来てしまっていた。その失態に気付き、は手早くナイフを取り出したが、クラピカはの方には向かわなかった。向かった先は、その携帯電話。

「……クラピカ?」
「やはり、これは……」

 彼女はそれを貰った物だと言っていた。それも、どうも大切そうな人からの。そんな、贈り物にまさか、『盗聴器』がついている筈ないだろう。クラピカは再び笑って、少し感じた違和感を取り払った。

「…、これには盗聴器がついている」
「……え?クラピカ、いきなりどうしたの?」
「市販されている主流のものだ…もちろん、闇市でだが」

 クラピカが真剣な顔で、ブツブツと呟くと、そのストラップを携帯電話からちぎる様にして外した。その様子を見たは声を上げそうになるのを押さえた。だが心の中では冷静さが欠けてしまうほど、苛立っていた。

「な……!」
「その様子だと知らなかっただろう――だが、これで…」

 クラピカが笑顔で、に携帯電話だけを返した。

「…?」

 俯いているの顔を、クラピカは覗き込んだ。
 クラピカのした事は善意であった。例え何があろうと、何も知らない少女の携帯電話に盗聴器を仕掛けると言う卑劣な行為を許せなかった。嬉しそうにストラップを貰っていたという彼女。その裏では一体何を考えていたのか!
 正義感の強いクラピカからすれば、どんな理由であったとしても、このような行為を野放しには出来なった。まして、それが仲間なのだ。

「とるな……!!」

 忌々しく、はいつもより低い声を出した。大きく開いた目は殺気立っていて、その視線だけでクラピカは半歩下がってしまった。恐い、と思ったよりもそれ以上に違う事を考えてしまった。

「あたしは何もとってないのに…」

 怒気の孕んだ震える声はクラピカを刺すように見た。「ふざけんな!!!!!」

「お、おい!?」
「へえ……?」

 はクラピカの横腹を蹴り、よろめいた所で顔面を殴った。それがあまりの威力だったために、クラピカは地面に倒れたこんだ。
 避けようと思えば避けれるものだった、はずだったのだが、混乱しているクラピカには正しい行動と言うのが思いつかなく、ただされるがままだった。
 頭の中を整理しようとしても追いつかない。なぜ、こうなってしまったのか。人のものを勝手に捨てようとしまった事か?失礼な話だが、それにしては過剰反応をしすぎている。
 クラピカはクラクラする頭をどうにか我慢し、を見上げた。先ほどまでニコニコと笑っていた少女。だが、今の表情はまるで別人だ。

「外の奴はいつだって……!!」

 クラピカの上に乗ったはナイフを両手で持ち、そして振りかざした。

 ガキンッと金属音がした。

 ギリギリ、クラピカの耳の横にナイフは振り下ろされていたようだった。クラピカは息を飲みつつを見た。彼女の顔は今、髪の毛が邪魔をしてどのような表情をしているのかが分からない。
 ゆっくりと、クラピカはへと手を伸ばし、髪の毛を耳へとかけた。

……?」
「………あ………」

 その顔は、泣いていた。
 まるで怒られて真っ青になったかのようで、グラグラと黒目を動かして固まってしまっていた。ただただ瞳からは涙を流し、今まで癇癪を起こしていたのが嘘のように。ああ、ああ、これまでの事が嘘であったら。

「…力なんて、いらないのに…」

 吐き捨てるように言ったその声は、近くにいたクラピカにしか聞こえないほど震えていた。

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さん介入により、試合の順番が多少異なってます)