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 そこでは確か「おれ」は餓鬼の中では最年長で、おれはいつだってまとめ役だった。おれが物心ついた時には既にもうこんな口調で、多分、周りに影響されたんだと思う。そこにはご丁寧な言葉を喋る奴なんて虫一匹もいなかった。何年か経って、とある人物から「『おれ』って言ってるの、僕は方言か何かと思ってた」と言われたのはまるで昨日の事かのように覚えている。

 最年長と言うだけあって、おれが一番頭がよかったと思う、し、それに、周りに教えたりもしていた。ここで住むのは大変だと、おれより何倍も生きてるねーちゃんが言ってたけれど、ずっとここに住んでいればそんな事はない。朝起きて、食べるものやお金になるものを探して、夜になったら寝る。それだけだ。

「そうじゃなくて、君は自由を知らないんだ」

 毎日の廃材探しも、周りと競争とか言って、ルールを作ってまるで遊びのようにやってしまえば楽しいものだった。他の場所はよく知らないが、ここは妙な連帯感がある。だから、困っていれば少しだとしても助けてくれた。
 生きてはいけない、死んではいけない。
 とあるじいさんが言っていた。それがどういう意味なのかおれには分からないけれど、ずっと記憶に残っていた。説明しろと言われたら困ってしまう。けれども、どこか納得したのだ。生きてはいけない、だけど、死んではいけない。

「僕は君に生きて欲しい」

 この前、おれの友達が死んだ。だいしんゆう。彼女の様な人をおれからしたらそう呼ぶらしい。周りの大人からそう聞いた。とは言っても、そのだいしんゆうはおれの住んでいる所からちょっと遠い所に住んでいたから、聞いたのはつい最近。実は三ヶ月前には既に死んでいたらしい。病気だった。何とかかんとか、っていう感染病らしくて、そっちの地方では何十人、もしくは何びゃくもの人が(ちなみにおれは十までは数えられるがその次が無理なのだ)死んでいる、と変な力を持つにいちゃんから聞いた。そのにいちゃんは何かを探してあちこちを転々としてると、土だらけの黒髪を掻いた。そういえばそいつは身長も変わらないくらいの男だったけれどそいつは「おれの方が絶対年上だ」と言って、おれに『にいちゃん』と呼ばせることを強制した。おれは自分の本当の年齢を知らない。
「おれは多分7歳。周りから聞いた」「ふうん、じゃあおれは5歳だ。そんな気がする」
 そして身長の変わらないそいつはおれの事を『ちび』と呼んだ。

「そうだ、君は僕の事をこう呼んでいいんだよ!」

 死んだと報告を受けても、おれは何も思わなかった。それよりも最近子供がまた増えた事によって人手が足りない、と言う悩みがおれの頭にいっぱいいっぱい詰まってて、周りはそれを責めたりはしなかった。それが当たり前だった。
 子供というのは少々厄介なもので、人がいっぱいいても、そいつらは使えない。体力がないのだ。だから誰かが代わりにやらなくてはいけない。助け合い精神と言う奴が必要なのだ。だけどそれを面倒と思ってはいけない。だって、おれが小さいときもきっと周りの人の力を借りて生きてきたんだ。それならば今度はおれの番。

 おれたちは生きてはいけない。だからこそ、死んではいけない。




「………」

 二回戦は終わった。勝負には勝ち負けがあるのだから、勝敗がついた時、誰かが喜び、誰かが悲しむと言うのは当然の結果。だけどこの場にはそのどちらもなかった。
 あの後、ゆっくりとは立ち上がり、そしてどこかへ言ってしまう前、の退場によってクラピカが勝ってしまう前に、彼は「まいった」と、咄嗟に試験官を見て言った。じっと冷や汗をかきながらの方を向いていた試験官だったが、その言葉を聞き、直ぐにではなかったが、の勝利を宣言した。
 しばらく、沈黙が続いた。なにせ、先ほどまでヘラヘラと笑っていた子供がああなってしまっていたのだから。この場で楽しそうに笑っているのはただ一人。無表情のままでいるのは数名か。

「やーっぱりね……」と、キルアは壁によりかかりつつ発言した。

「や、やっぱりって何だよお前!は…は…!」
「こうなるとは思ってなかったけど、はクラピカより強いよ」
「はあ?!が強い?ま、まずあいつらの身長差……」
「力の差じゃが負けてる、でも、にはクラピカにないのがあるんだよ」

 キルアは眉を寄せた。「まだオレにはそれが何か知らねーけど」

 彼が思うのはトリックタワーでの。静かにバレないように、への警戒を強めた時だった。つい前までは心配そうに床の隠し扉が罠かどうか悩んでいるだった。だけど自分を落ち着かせるためか、深呼吸をした途端、空気が変わった。を纏う空気が変わったというか、あれはキルアの大嫌いな空気だった。

「…兄貴と、同じ気がしたんだ」

 とは言っても、キルアと比べたら圧倒的にの方が弱いだろう。だけど、訳の分からないその力を使われたら冷静に対処できるか分からない。

「兄貴って…お前何言って…」

 先ほどのキルアの発言を、もしかしたらキルアの兄貴=ゾルディック家と同レベルにを評価したとでも思ったのか、レオリオは青い顔をする。

「………」

 隣にいる二人の会話を右から左へと流すように聞いていたクラピカは、手に持っていたストラップを忌々しく見つめた。
 自分が、問題ある行動を起こしてしまったのだろうか。もしかしたらを心配してつけたのかもしれない。いや、だけど盗聴は犯罪だ。どんなに親しい仲にだって個人のプライバシーは守らなければいけない。

「……でも、これはクラピカが悪いぜ」
「ッ!な、なぜだ!!」

 ボソッと言ったレオリオの発言だけは妙に耳に残り、クラピカは顔を上げる。レオリオはと言うと、まさかそこまで反応されるとは思っていなかったとか、少しだけ顔を引きつらせながら、答える。

「そりゃあ、のものを断りもなく勝手に壊したんだ」
「だが……」

 正論を言われてしまってはクラピカも黙るしかなかった。こういう事だと説明がしたかったけれど、その説明も全て薄っぺらいものにしか思えなかった。

「そこはオレもレオリオと同意見。…つっても……」

 キルアは考えるように視線をずらした。

「何だよ」
「……いや、なんでも」
「ふーん?ま、ちゃんと謝ってこいよ。あそこまで暴れてんのは初めてみっけど、ずっと引きずってるほどの子じゃねーだろ」

 恐らく、そんな事言えるのはレオリオだけだった。元々怪しんでいたキルア、面と向かった当の本人クラピカはそれには何も言わなかった。
 今まで数日だが一緒にいた。進んで人道から逸れるような事をするような人間じゃないことはよく知っていた。だけど。

「でもよぉ、なんであそこまで怒ってたんだアイツ…」
「…何だ。お前もちゃんとそこまで考え付いていたんじゃないか」
「んだと!!」

 レオリオは声をあげたが、クラピカは涼しい顔をしているだけだった。




 繰り返し見る夢がある。

 いつの記憶か分からない。だけどその時の『自分』は今よりも随分小柄ではあったが周りも同じようなものだったから気にしていなかった。おぼろげで、不透明な記憶だった。昔の事を思い出そうとすると上手く言葉に出来ない気持ちになる。それを父に話したことがあるけれど、君は無理しなくていいと、わたしの5回目のバースディに頭をなでてくれた。暖かな手。今ではそれさえももうほとんど覚えていないいけれど、暖かさだけは知っていた。

 おぼろげで、不透明。その記憶は暖かいものじゃない。冷たくて、悲しくて。だけどわたしはは不思議と嫌いにはなれなかった。わたしは何も前が見えないのに、それでも進もうとしていた。
 前に進むことを目指していたから、わたしは左右の道に気付かなかったのだ。きっとこのまま進む一直線の道には寒く凍えるような道で、周りの道は暖かかった。だけど気付かなかった。気付けないのだ。しかし、わたしは気付いてしまった。一度満たされてしまった喉はもう一度水を求める。

 ああ、18歳のわたしは18歳のわたしと何も変わっていないじゃないか!



 追いかけてしまったのは、きっと偶然。変な仲間意識とか、そういうのに近いかもしれない。今まで一緒にいたから。きっと。

 レオリオは面倒な事になったとため息をつきながら、目当ての人間を探す。広い会場だったから、少し時間がかかるかもしれないと踏んでいたが探していた人物は階段に腰を下ろしていた。後姿だから、どのような表情をしているかは分からないが、ハンター試験に受かったと言う喜びの表情なんて浮かべていないだろう。むしろ、彼女は逃げ出したようなものなので、自分が受かったなどというのもまだ知らないのかもしれない。


「………」
「あー、えーと……ハンター試験、合格おめでとう」
「………」

 聞こえているのか、いないのか。いや、聞こえてはいるだろう。現に「合格おめでとう」と言った瞬間、僅かではあったがの肩は小さく揺れていた。
 そういえば、とレオリオは思い出す。第二試合が始まる前、クラピカとは言い争い――と言うと大げさなものに聞こえるが――をしていた。クラピカはを勝たせようと、そしてはクラピカを。そう考えるとはわざとクラピカを勝たせようと演技でもして会場外に出たのではないか。
「(……そんな訳はねえか……。現に今受かっているのはで、はクラピカの「まいった」を止めるどころかまず聞いていない。――まるでは、)」
 逃げるように。そう、逃げるように会場を飛び出した。だがこんな事、何今更分かったかのように考えているのだろう。明らかに誰が見たって、事情の知らない彼らから見たってあのの表現する言葉は『逃げ』だ。

 何も喋らないの横に、レオリオも座る。この行動も、彼女にとっては予想外だったのかまた少しだけ、動いた気がした。

「……今、多分クラピカが試合してる」
「………」
「ンで、その次はキルア。俺はあいつらみてーに優秀じゃねえし、正直助けてもらったばかりだしで成績悪かったし、まだまだ先なんだわ」

 説明しろと言われた訳ではないが、レオリオはペラペラと現状を話した。そう、自分しか来れなかった。幾ら知り合いのためとはいえ、「様子を見に行きたいので試合を延期して下さい」なんて言えないのだ。
 それに、がレオリオに何か聞きたげにしていた。きっとそれはレオリオの心配だろう。こんな所でいたら、試合結果が分からずいつの間にか不戦勝として終わっているかもしれない。

 だから、「(ゴンはまだ寝てるだろうし、キルアやクラピカは試合がある。――励ませるのは俺しかいないんだ)」

 思い返してみれば、と一対一で話したことはそうない。それに、がいつも話していると言えばゴンやクラピカ、最近よく話ている姿を見るのはキルアといったところか。別に彼女の事が嫌いなわけじゃない。ただなんとなく、ただなんとなく距離があった。

「……レオリオ」
「ん?なんだ?」
「……戻った方いいよ、試験がすぐ終わるかもしれないし」
「だーいじょうぶだっつの。俺の初試合が何回目か知ってるか?最後から二番目なんだっつの」と自分で言っておきながら悲しくもなる。
「でも……」
「そんなら、も一緒に戻れ」
「………」
「はあ……、ンな辛気臭い顔したのを見といて戻れねえだろ。察しろ」
「……レオリオに口説かれた」
「嫌そうな顔してんじゃねえよ!」

 そう言うと、は小さく笑い、その表情が見れたレオリオも、安心したように微笑む。「そんだけ笑えるなら大丈夫だろ」

「………うん……」
「クラピカの事、気にしてるのか?」

 はその言葉に肩を強張らせた。まるで、怯えるかのようなその目は、よく見ると赤くなっていて、もしかしたらレオリオが来る直前まで泣いていたのかもしれない。小さな体はさらに縮こまっているような印象を受けた。
 クラピカの事、とレオリオは当たり前のように口にしたが、未だなぜあんなにが暴れた訳は分からず終いであった。

「んーそりゃあ、まあ、クラピカからすれば背のひく……同い年くらいの女子に負けたんだからショボくれてるとかあるかもしれねーけどよ」
「………」
「でもハンターってのはそういうもんだし、ほら、二次試験のあのオネーチャンもよ、ほっそい体して強いみてえだし、うん……って俺何言ってんだ?」

 意見が纏まらず、適当に頭に浮かんだものをポンポンと発言したものの、あまりにもその言葉たちが纏まっておらず思わずレオリオは眉を潜めて至極真面目そうな顔をしてに問うた。そしていきなりの質問にはとっさに首を振る。

「それに、あれはクラピカが悪いぜ!いきなりのストラップを千切るんだもんな!クラピカがどんな考えしてようが俺はの味方だぜ!」
「み、かた……?」
「そんな聞き返すなよ。当たり前だろ?」ふう、と息をつくが、次の瞬間にはレオリオの顔は赤くなる。「つーか何か恥ずかしいからこの話終了!!」

 誰かが悪いだの、味方だの、柄にもなく語ってしまったことでか、自分で話題をふっておきながら一人で意見を言いまくり一人で赤面しているのはバカみたいだなとレオリオは自分でも思った。

「……レオリオ、は、気にしてないの?」
「あ?何をだよ」
「何って………」
「……そりゃ、があそこまでやれるとは思ってなかった」
「………」
「でも、まーキルアはこうなるって分かってたみたいだし、まあ、いいんじゃねーの?クラピカはともかくよ」
「キルアが?」
「そ、力では負けても、の方が何かが強いって」

 そう言いながら思い出すのはあの時のキルアの表情。
 淡々と事実を述べているようだったけれど、キルアの表情には冷や汗のようなものが浮かんでいたような気がした。

「だけど、がクラピカより上っつーんならそれはそれで終わりだろ。変えられねえよ。クラピカは……ああ、いや、まあクラピカにもハンターにならなきゃいけない事情があるんだけどよ。その事情の為に一生懸命鍛錬したとしても、それはの鍛錬には及ばなかった。それだけだ」
「事情……?……そっか……」
「あんまりお前が体鍛えてるとか想像できねえけど、でも、あそこまでやれるなら大したもんだよ」
「……いつの間にか、っていう感じかな……」
「整備士も力仕事だもんなあ」

 納得したようにレオリオはうんうんと頷いた。別に、そこまで力仕事が目立つものでもないのだがとは苦笑を零したが、否定はしないでそのままでいた。
 いつの間にか、そう、いつの間にかなのだ。誰でも彼でも生きる為に力をつけるのは当然だ。守るものがあれば尚更だろう。

「……くそー悔しいぜ」
「は?」
「いや、ゴンはあの通り目も鼻もいい野生児だろ?そんでクラピカは頭が冴えてるし、他医術もそこそこ。そんでキルアはゾルディック。俺とは普通中の普通だと思ってたのによ……」
「……うち、いちおーなんだけど……」
「ケッ俺だけ一般人じゃねーかよ」

 拗ねたように言うレオリオを笑い、は立ち上がった。1月と言うのはの住む地域では雪が降る。だけど、この地域では暖かく、まるで春のような心地だった。その空気を思いっきり吸い、そして吐いた。

「もう大丈夫。ほら、早くしないと危ないかもよ?」
「おい、いきなり元気になりやがってこいつは……」

 もう大丈夫。まるで、自分に言い聞かせる為に言ったかのようだった。

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