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「悪いけどあんたとは戦う気はしないんでね」

 試験会場に戻ってきた時、キルアはこちらを見つつ言った。

「よ、、それにレオリオ」
「な、何してるのキルア……」
「何だよ。ちょーっとした時間稼ぎしてやったのに」

 レオリオとの二人で、ぽかんとしているとキルアはこちらに歩いてきた。その顔には『当然』と書いてあり、通常では考えられないキルアの行動に頭を抱えたくなった。きっとハンター試験の歴史の中で、戦いたくないからパスして次の人と、とか発言したのはきっとキルアくらいだろうなとは思った。

「だって、あんな奴戦いたくねーし、戦ったってレベル差がありすぎて間違って殺したら失格だろ?」というキルアの言い方はまるでゲームのようだ。殺さないようにHPを減らし、そして捕獲する。あながち間違っていない例えだが、それはあくまでゲームだ。現実ではない。

「クラピカは勝ったし、次の奴は時間がどうなるか分からないから、オレで時間稼ぎしようかなーとか思ってたら帰ってきたし、結果オーライじゃないの?」
「時間稼ぎ時間稼ぎって……何が?」
「レオリオの事だよ」
「俺?」
「だって誰かさんがどっかに行っちゃったせいで、それを律儀に追いかける奴がいたせいで、関係者のオレとクラピカは焦ったんだぜ?」
「そ、それは……えーと……すみませんでした」と、はわざとらしく恭しく、頭を下げた。「って、クラピカ勝った、の?誰に?」
「ヒソカだ」

 突然現れたクラピカに、は動揺したが、そんなを見、クラピカは苦笑を浮かべた。「おかえり、

「た、ただいま……クラピカ」
「何だよ。俺にはねーのか?てめーら新婚みてえな雰囲気だしてんじゃねえよ!」
「それじゃ尚更おっさんには言われないじゃん、バカだな」
「なんだと!!」
「ま、まあまあ……それで、えーとクラピカ……ヒソカに勝ったの……?」
「……そんなに信じられないような顔をしないでくれ。とは言え、本来なら私が負けていただろう。だが、ヒソカが負けを宣言したのだ」

 クラピカは思い出すように目を少しだけ伏せた。その顔には無数の切り傷のようなものが見える。少々時間が経っているのでもう血は出ていないようだが、痛々しくまだ赤くなっている。
 そうこう話しているうちに今度は第六試合ボドロ対ヒソカが始まるようだった。

「ヒソカはどうして棄権したの?」

 キルアのように、興味ないからという理由では棄権しなさそうな人物である。現に、クラピカは怪我を負っているし、棄権したとしても、彼のようにすぐではなく何度か攻撃のやり取りはしたのだろう。

「てかアンタさ、ヒソカに何か言われてなかった?」
「それは―――、後で話そう」と、クラピカは周りを見た。
「何か言われてそんで、棄権したって事か?」
「……えーと普通、逆だよね?」
「そう、だな……」

 クラピカの顔色はあまり優れない。下手なことを言ってしまったかと、は慌てた。「ご、ごめん!クラピカにも色々あるよね、うん!」

 思い出すのは先ほどレオリオが言っていた『クラピカの事情』だ。当然だがそれを言っていたレオリオは知っているだろう。キルアやゴンはどうか分からないが、そのせいでは疎外感を感じていた。全てを知れば仲良くなれるのか、と言う問題ではないし、だってあまり人にベラベラ喋りたい過去を持っている訳じゃない。だからきっと、これはのワガママだろう。

「いや、大丈夫だ」そう、クラピカが言ったと同時に、試合は終わった。

 ハッとして会場に目を向けると、そこにはボロボロになり倒れているボドロとほぼ無傷のまま立っているヒソカがいた。会場はどこかシーンとしていて、きっと、話していたのはここだけだっただろう。
 クラピカがこうならなくて良かった、と心のどこかで安心しただったが、次の試合内容を見、顔を青くさせた。

「そんじゃ次オレか、行ってくるよ」



『第七試合:キルア対ギタラクル』

 はじっくりと眺めるように、トーナメント表を見つめる。ギタラクル、その名前にあまりなじみはない。が、それは本名で無いからだ。彼の本当の名前が何で、本当の姿がどうなのかと言うのは既に第三試験では知っていた。

 イルミ・ゾルディック。キルアの、一番上の兄だ。母親譲りらしい黒髪に、完璧と言えるほど殺し屋らしくいつだって表情のない顔。いつだったか少し話した時に「これでもまだ多少の表情の変化はあるよ」と、一緒に紅茶を飲んでいる時に言われたときがあるが、その国で一番おいしいと言われている茶葉を使った紅茶を飲んでいる時でさえ無表情だった彼の言葉をあまり信じることはは出来なかった。思わず黙ってしまったのは記憶に新しい。

「え、えーと……キルア……」
「次の対戦者は一際変な奴だな……、キルア気をつけろよ」
「別に余裕ー!――って訳じゃないけど、楽しめそうで何よりだぜ」
「楽しむ、って……はあ……」とクラピカはため息。
「……で、どうした?」

 キルアがただずっとじっと見ているを怪訝そうに覗き込んだ。の方が年上だが、彼女の方が背が低いのでその格好はまるで小さい子の表情を見るかのようだった。だが、小さい子扱いだの、なんだの、そういう事に敏感なだが、今回は何も言わずに「あー」だの「えっと」だの、言葉にならない声を出しているだけだった。

「なんだよ。これからって時に調子狂うな」
「あー……ごめんね」
「……別に謝ってもらいたいとかじゃなくて」キルアはブツブツと目線を逸らした。
「まあまあ、も心配しているんだろう?」

 クラピカは苦笑するようにフォローを入れた。「ヒソカも異様だが……、レオリオの言うとおりあのギタラクルという人もまた別の意味で底が見えない」

 いっその事、ばらしてしまおうかと思ってしまった。そして、キルアには棄権してもらえればいい。ここでキルアとイルミが対面してしまっては、何だかどこか悪い予感がしたのだ。イルミと違って、キルアにはあまりにも表情がありすぎる。それは一緒にいて分かったことだ。感情豊かなのは人間として良いこと、だとは考えるが、殺し屋としては別だ。殺し屋は人間として幾ら不気味でも、無感情の方が、そうイルミのようであるのが理想だ。

『キルが受けてたから、俺顔変えたんだけどね』

 イルミは第三試験の時にそうは言っていた。それはただ、家出したらしいキルアがイルミの顔を見て逃げ出さないように変装し近づいて、いつか捕獲なりなんなりするためだと勝手に解釈していたが、そうではなくて、もし彼はずっとハンター試験を受けているキルアを観察していた、とすれば。おかしい話じゃない。いつだったか、イルミが『天才な弟』の戦闘面での教育係と聞いた事があった。思い返してみてもキルアはよく笑っていたと思う。達と楽しく談笑するキルア。本来兄ならばそんな弟の姿を見て喜ぶだろう。だけど。

「ンなしみったれた顔してオレのこといつまでも見ないでくれる?」
「あーえっと……ごめ」
「謝るなっつの!とりあえずオレは大丈夫だから!そんな顔されるとオレまで悪い予感してくるからやめろよな!」
「うん……」

 言ってしまおう、そう思っては顔を上げた。「あのさ、キルア―――」

「キルア選手、そろそろ前に」

「っと、こんなたらたらしてたらお呼び出しかかるよな」
「キ、キルア」
「後でゆっくり聞いてやるから!んじゃな!」

 ヘラりと笑って、キルアは前へ出る。本当によく笑う少年だ。そりゃあ、最初は不信感まるだしの顔しかこちらに向けていなかったけれど、今では歳相応の笑顔を見せてくれるくらいだ。それはうれしくて、そして、少し、かなしくて。
 ポケットに手を突っ込んだまま、キルアはゆっくりと自分のペースで前へと向かってはいたが、目線はずっとギタラクルに向かっており、まだ正確に測定することの出来ない技量を見ようとしていた。

「……、…?」
「え!あ、うん、何?クラピカ」
「――先ほどは何を言おうとしていたのだ?」
「あ、ああ……えっと……」
「おいおいバカだなークラピカ!そんなお前に言える事じゃないだろ?」
「………は?」
「大丈夫だぜ、。俺は分かってるつもりだ!」
「………なにを?」

 とクラピカは同じように眉を潜めた。

「とぼけなくていいんだぜ?まあお前とキルアは仲良かったしな〜」とレオリオは顎に手を置く。「話してないと思いきやいつのまにか急接近とかしてるし、俺は怪しいと踏んでいたぜ」

「……多分それ違うと思うな、わたし……」
「またくだらない事を……」
「そんな事じゃなくて、わたしが言いたかったのは―――」

「久しぶりだね、キル」

 ずっとカタカタと聞こえるギタラクルの音ではない。決して大声ではないイルミの声が会場に広がった。
 その親しげな口ぶりに、クラピカとレオリオだけでなく、受験生のほとんどが目を剥いた。だけど一番驚いているのは話しかけられたキルア本人だった。が、まだ状況を理解しておらず、ただ目を丸めているだけだった。

「お、おいおい……どういう事だよ」
「キルアの知り合いだったのか……?だがキルアはゾルディックだろう……」
「あの人は………」
、知っているのか!?」

 自然な流れでギタラクルは顔に刺さっているピンを一つ抜いた。あの時と同じように、筋肉が激しくうごめく音がする。呆気に取られた会場はあまりにも静かで、その音がよく耳に届いた。
 そして全てが終わった時、彼の長い黒髪が揺れた。

「兄、貴……!!」
「ゾルディック家の、長男だよ」
「キルアの兄貴……?!」レオリオが確認するかのように呟いた。
「彼もゾルディックだというのか……いや、だがしかし……」

 と、クラピカは目線だけに向けた。おそらく、ここで一人冷静に取り乱さないを不審がっているのだろう。
―――決して、言うなと言われた訳じゃない。
 ただがそれを言うタイミングを逸らしただけ、だ。だけどそれだけなはずなのにどこか暗黙の了解として『バラすな』と命じられていたような気がして、そしてそんな事を破らずただ守っていた自分自身に嫌気が差して唇を噛む。もしこの唇を噛み切ってやり直せるのならどうなろうと噛み切ろうというのに。

「イルミさん、とは、仕事でよく会っていた」どうして知っているのか、というクラピカの目線を感じ、は呟くように発言する。
「普段からあんな格好してるのかよ」
「いや……、変装が得意だとは聞いてたけど、見たのは初めて」
「じゃあ……」
「レオリオ。これ以上は、今はもういいだろう」
「クラピカ?」
「疑うような目をしてすまない……」

 クラピカが言ったのはそれっきりで、その後はすぐ目線を前の二人へと向けた。

「奇遇だね。まさかキルがハンターになりたいと思っていたなんてね」自分は次の仕事の関係上欲しかったんだと、イルミは続ける。
「……別になりたかった訳じゃないよ。ただなんとなく受けてみたかっただけさ」

 冷や汗をかきながらも、キルアはイルミから目を逸らさずに言った。その様子はまるで、逃げる好機を狙っているかのようだった。

「そうか安心したよ」

 キルアの返答が満足だったのか、あまり『安心』とは思えない表情でイルミは淡々と言った。「心置きなく忠告できる。お前はハンターには向かないよ」

 その一言に、はぴくりと反応した。『ハンターには向かない』それは仕事柄何度も言われた事だ。バカされている気がしてムカついて、昔父親にハンターになりたいといってみたことはあったけれど、それこそ冗談だと言う様に笑い飛ばされて終わったしまった事があった。もちろん、的にはもし行けというのなら行っただろう。バカにされたくなった。ごり押しでも行こうと思った。だがそれは間違いだったと後で知る事になるのだが、それは今は違う話。

「ハンターに向いてるとか向いてないだとか……おかしな話をしてやがるぜ」
「ああ、どんなに体力的に差があろうとそれを否定されるはずがない」
「そう、かなあ……」
?」
「………」

 何か言おうとしたのだが上手くまとまらず、紛らわすかのようには顔を下に向けた。いつの間にかかいていた冷や汗が頬を伝った。

「お前が何を求めてハンターになると?」
「確かに……ハンターにはなりたいと思っている訳じゃない」キルアは真っ直ぐイルミを見る。「だけど、オレにだって欲しいものはある」

「ないね」と、きっぱりと言うイルミに、とうとうキルアは感情を高ぶらせるように声を上げた。

「ある!今望んでいることだってある!」
「ふーん」

 イルミは興味がなさそうに相槌を打った。欲求なんて、彼からすればつまらない感情なのだろう。そんな様子にレオリオが目を釣りあがらせるが、隣にいるクラピカが彼の前に手を置いて抑える。

「言ってごらん、何が望みか?」

 冷たい口調だった。例えをあげるかのようなジェスチャーは、答えを優しく催促させるようなものだったが、彼が使うと強制的に言わされている、ようなそんな雰囲気がある。
 反対側のキルアは、とうとう目線を下に向けた。答えは決まっているのだろう。だけど、それが言えないのか、キルアはずっと黙ったままだった。

「どうした?本当は望みなんてないんだろ?」
「違う!」

 キルアはイルミに目を向けずに大声をあげた。「ゴンと……友達になりたい」

「もう人殺しなんてうんざりだ。普通に……、ゴンと………、とかと友達になって普通に遊びたい」

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