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 自分の名前が挙がった事に対して、は思わず顔を上げた。だけどキルアは下を向いているため表情は読めない。確かに、最初よりは随分仲良くなっていたと思ったけれど、こんなところで名前が挙がるとは思ってもいなかったのだ。
 キルアはゆっくりと、兄の顔色を伺うように目線を上げた。が、

「無理だね」

 イルミははっきりと言った。「お前に友達なんて出来っこないよ」
 殺し屋は、目の前を人間を殺せるか、殺せないかで判断するだけで、そこに友情なんて芽生えるはずがない、そう教えたと彼は言う。

「彼らの傍にいれば、いつかお前は殺したくなるよ」
「………」キルアは震えているだけで、何も言わない。
「なぜなら、お前は根っからの殺し屋だから」

 その一言にレオリオは何も言わずにクラピカの腕を押しのけ、一歩前に出た。即座に黒服の男の忠告が入ったが、手は出さないと声を荒げる。

「キルア!!お前の兄貴か何か知らねーが言わせてもらうぜ!そいつはバカ野郎でクソ野郎だ!聞く耳を持つな!いつもの調子でさっさとぶっとばして合格しちまえ!!」

 まるでいちゃもんをつける不良のような乱暴な言葉だったが、それをイルミは静かに聞く。だがキルアは目線を下から動かす事が出来ないようだった。

「友達になりたいだと?寝ぼけんな!!とっくにお前らはダチ同士だろうがよ!」

 ずっと黙って聞いていたイルミだったが、最後に聞いたその一言に「え?そうなの?」と疑問視を浮かべた。ソレに対して当たり前だとレオリオはさらに目を吊り上げさせるがイルミはいまだ涼しい顔だ。

「そうかまいったな、あっちはもう友達のつもりなのか」

 相変わらず困ったと言っても表情を変えないなとは場違いな事を思った。

「――よし、じゃあ、殺そう。まずは近いから」

 その発言が何を意味しているのか、誰を指しているのか、それを理解するのに時間を必要とする者はいなかった。それはあまりにも突発で、あまりにも非日常的ではあったものだったが。

「殺し屋に友達はいらない。邪魔なだけだから」

 ゆっくりとイルミがに近づく。目の前にいるというのにキルアは止めようともせずに、いや、出来ずに、地面とのにらみ合いを続けていた。

「優秀なクリエイターだし、は殺したくないんだけど……でもしょうがないよね。友達のつもりでいるなんて初耳だし。まあ、いくつか仕事依頼した事あるから、一気に殺してあげるよ。動かないでね」

 イルミの視線には思わず固まった。今自分が何をするべきか、手を出してしまっていいものか、そんな事をグルグルと考えていると、影が出来ていることに気付いた。クラピカ、レオリオ、そして他の者達がの前に集まっていたのだ。
 その様子に、一度、彼の足は止まる。

「まいったなあ……ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて、自動的にキルが合格しちゃうね―――あ、いけない。それはを殺っても一緒か」うーん、とまるで何でもない事を悩むかのようにイルミは考えるそぶりをする。

「そうだ!まず合格してから、達を殺そう」

 まるで名案、というような言い方だ。

……何が何でも逃げろよ」
「どうなるか分からないが……後ろは私達が守る」

 はパッと顔を上げて二人を見た。二人の優しいが、ひどく今の現実を感じさせる言葉に返すものが見つからず、首を振るしか出来なかった。

「それなら仮にここの全員を殺しても、俺の合格は取り消されることはないよね」
「うむ、ルール上は問題ない」会長のネテロは取り乱す事無く、それだけ言った。
「――聞いたかい、キル」と、イルミは振り返って、キルアを見た。「俺と戦って勝たないと、彼らを助けられない」

 友達の為に戦えるか、とイルミは問う。そしてその後直ぐに、キルアが答えるべき回答をイルミが答えた。出来ない、と。そのイルミの言葉の数々に、キルアは目を見開いたまま固まった。同意するわけでも反論することもなく。だが、その様子ではまるでその言葉を肯定してるかのようだった。

「勝ち目のない敵とは戦うな。俺が口をすっぱくして教えたよね」

 怯えるように、キルアは下がろうとする、が、「動くな」

「少しでも動いたら戦いの合図とみなす。同じくお前と俺の身体が触れた瞬間から戦い開始とする。――止める方法は一つだけ。わかるな?」
「やっちまえキルア!!お前もこいつらも殺させやしねえ!!」

 だから好きにやれと、レオリオは先ほどのように声を張るが、それはキルアに届いていないのか、焦点の定まっていない瞳がぐらぐらと揺れているだけだった。

「………まいった……」
「まいった……。オレの……負けだよ」

 キルアは地面に目を向けたままだった。先ほどまで声を上げていたレオリオ、そして隣にいたクラピカは驚いて声が出ないようだ。

「あーよかった、これで戦闘解除だね」

 イルミは手を叩いて、一件落着というように言う。

「はっはっは。嘘だよ、キル。殺すなんて嘘さ。まずは二人といないのクリエイターだしね。お前を試してみたかっただけだよ」
「う、そ……」
「あれ?もしかしても本気にしてたの?これでも腕を買っていたつもりなんだけどなあ」

 プロの殺し屋というものは、その辺の人間やチンピラとは違う。まず殺気の出し方が違うもので、普通、人が怒ったときなどは、傍見ても、ああこいつは怒っているんだな、というオーラを出しているが、プロの殺気はそうではない。その人物だけに、まるで実際に刃物を向けているかのような殺気を当てるのだ。
 顔見知りの自分を殺すはずがない、とも勿論考えはした。だがそれが淡い期待だということも十二分に理解している。金を積まれれば、いつ首を狩られてもおかしくないのだ。

「キルア、お前に友達を作る資格はない。必要もない」

 イルミはまるで、子供をあやすようにキルアの頭を撫でた。だがその口から出る言葉は到底理解できないもので、お前は自分や父親のいう事を聞いていればいいのだと、今はハンター試験に受けなくていいんだと。まるで暗示をかけているようにイルミはキルアに言った。

「……キルア……」

 レオリオは戻ってきたキルアに、やるせない声で呼んだ。

「ま、まあこういう時もあるってことよ!兄貴っつーのは弟にとって一生超えられねえ壁でもあるんだしよ!ああいや、あいつはやっぱ頭でっかちのバカ野郎で……」
「……レオリオ、話が逸れているぞ」
「うるせえ!な、なあ、……?」

 キルアと同様、遠くを見ているような目をしているがそこにいた。どうやらこっちも重症だったか、とレオリオとクラピカは目を合わせ、こっそりと耳打ちした。

「まあ超人染みたこいつも一応女だしな……」
「性別は関係ないだろう」

 はあ、とクラピカは息をつく。幼く見える外見のせいで年齢やなんやを気にしている彼女だが、ゴンよりは上で、レオリオよりは下、おそらく、クラピカと同じくらいかそこらだろう。いくら表立って働いているとはいえ、まだ全てが成熟しているはずがない。何かからかえばムキになって反論してくるし、彼女はまだ子供なのだ。
 未だ反応がないの頭をクラピカは撫でた。するとようやくハッと顔をあげ、クラピカの腕と顔を交互に見た。

「えっ、あ……ごめん、どうかした?」
「……いいや、なんでもない」
「まーたクラピカがの事、子供扱いしてるぞー」
「れ、レオリオ!」

 変に茶化したレオリオを怒鳴るが、からの反応はない。おかしい、と思いながら振り返ると、彼女は苦笑気味に笑っているだけだった。怒るような元気もないようなその様子に、さすがにレオリオも口を閉じ、気まずそうに頭を掻いた。その空気を察してか、それとも本心なのか、「外の空気を吸ってくる」とだけは言い、逃げるように会場を出た。




 ため息をつくと幸せが逃げるだの、寿命が縮むだのというが、それならば今日でどのくらい不幸せになって、どれほど寿命が縮んだのだろう。
「はあ……」
 そうは言うものの、考えれば考えるほど出てくるのはため息ばかりで、もし神とやらに会えるのであればこれは深呼吸ですといい訳したいものだ。
 会場を抜けるのはこれで二回目だ。どっちも走ってここまで逃げた。誰が一番悲しい、だとかそういうのは決め付けられるものじゃないけれど、逃げるべきだったのは自分ではない、とは感じていた。
 先ほどの「殺す」発言は嘘だったといえ、脅しだ。ゾルディックの教育方針は知っている。キルアが今までどんな環境で育っていたのかだって、想像は出来る。ずっと嫌だなんて言わずにいたんだろう。その不満が爆発して家を出たのだろう。もちろん、それが出来たのは絶対に逆らえない長男と父親がいなかったからだった。だが、その兄に今日初めてキルアは反抗した。そうだねと頷いてくれるなんて、万が一の可能性にかけたのだ。

 まるで置物の人形のように黙ってしまったキルアを思い出してしまい、忘れたくなったは首を思いきり振り、勢いよく地面に座った。
 キルアとは(もちろん他ともそうだが)たった一週間程度の付き合いだ。歳の近いゴンならまだしも、まさか自分も友達としてカウントされていることには驚いたし、そしてそのことに素直に喜べない自分に絶望していた。
 思えば友達と呼べる人間があまりいないという事もあったので不慣れだといえばそうかもしれない。この歳までなってくると、友達になろう!なんて言うはずがないし、だって、彼らを友達と思っていた。
 タイミングが悪かったのだ。イルミはキルアを完璧な殺し屋として育てようとしている。結果として自分が可愛いもので、人の顔を伺ってばかりなのだ。
 今この場で床に頭でも叩きつけようかと自棄になっていると、音が聞こえた。

 プルルルルル プルルルルル……

 よく耳に慣れたその音に、は一瞬きょとんとなったが、次の瞬間にようやくこの音が何を意味しているのかと瞬時に理解し――恐らく勢いよく座った瞬間に尻ポケットに入っていたケータイのボタンが押されてしまっていたのだろう――ー、すぐさまケータイ電話を取り出した。

『もしも、』 ブツッ。

 声が聞こえた気がした。通話時間1秒と出る画面を消し、恐る恐る発信履歴を見てみる。いや、それより先に折り返しの電話の登場だ。

「………え、えっと、こんにちは、あは……」
『急に電話してきたと思ったら、イタズラか?』
「ち、違います!ちょっと間違えて……」
 電話の相手、クロロ=ルシルフルは呆れたような声だった。プライベート用のケータイが鳴っていたので予想通りと言えば予想通りで、もしこれが仕事用のだったら、とゾッとしたが、ハンター試験の初めにクロロからかかったっきりだった事を思い出す。
(多分、着信履歴がいつの間にか開いてて、そこからクロロさんにかかったんだから、あっちでも同じだったかな……いやいやいや問題はそこじゃないんだけど)

『で、』
「はい?」
『試験は受かったのか』

 確信めいたような言葉に、は言葉に詰まった。

「あ、はい、う、受かりましたよ!褒めてください!」
が受かるなんて、今年は偉く簡単だったんだな』
「褒めてはくれないんですね……」

 クロロと話していると、自然に笑顔になっている自分に気付いた。そうだ、この顔だ。ずっとずっと落ち込んだり凹んだりしているせいで忘れかけていたいつもの自分。

「難しかったんですよ、最初の持久走が特に!この靴がなければ即リタイアだったと思います!」
『そうやって発明の勝利だというのか?』
「もちろんです!」

「…、これには盗聴器がついている」

 フ、と、クラピカに言われた事を思い出した。

『それじゃあ他にご自慢の発明品を使ってよかったことあったのか?』
「………」
『……?』
「あ、え、ええ当然ですよ!例えば、えーと、例えば……」

 だけど、きっとそれは彼の考えたことだ。きっと何か意味があるのだとは考えるのをやめた。盲目だったのだ。彼のこと全てに。きっと彼が考えることならば正しいはずだと、大げさに言えばこうなるが、その通りだった。しかし例えば誰かを殺したとか、そういうのであればさすがにも疑問に感じるだろうが、まだにとって、きっと心配だったんだ、とか、そういうように考える事が出来る。

『――

 色んなことを考えっぱなしですっかり話すことが抜けてしまったの名前を、クロロはいつもの通りに呼んだ。まるで落ち着けといわれているようで、はよくしつけられた飼い犬のように待てをする。

『よく頑張ったな』

 そうして彼女はいつだって彼の言葉を麻薬のように欲する。

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