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「最終試験の不合格者は一人だったんです。トーナメント方式で、勝ち抜きで。……わたしは、……運良くすぐ勝てたからあんまり疲れなかったんです」
『それは凄いな。すぐ帰るのか?』
「多分。何もないと思いますし、仕事も溜まって来ましたし」
『そうか』
「クロロさんは、今何していたんですか?」
『ちょっと旅行をしていたんだ。もう少しで帰るけど』
「いいなあ。わたしが旅行したのって随分前だから羨ましいです。あ、でもこうしてハンター試験であちこち行けているから旅行って事になりますかね、あはは」

 喋らなければならないと無意識に思っていたのか、の口数がいつもより多い。二人に会話は多い方ではない。互いに喋り好きというものでもないし、何だかんだ話す話題というものは限られている。仕事仲間というわけでもないし、かと言って、友達同士遊びに行くような雰囲気でもない。例えるなら隣人で、顔を合わせる機会は多くとも、立ち話をしたとしても、少しだけ深く相手を知っていたとしても、それだけだ。

 クロロ・ルシルフルにとって、最大の武器は”信頼”だった。そんな事口にでもしてしまったら、きっと同僚の金髪は腹を抱えて笑うだろう。もし例えクロロがそれを言われる立場だとしてもきっと同じようにする。
 信頼や愛情など彼にとっては無関係どころか無意味に等しいものだ。自らが組織している団というものはあって、ある意味でそれは信頼関係の元成り立っているのかもしれないが、仲間だ何だという枠組みとはまた違う。必要ならば切り捨てる。そうするように団員には言っているし、自分が切り捨てられようとも構わない。

『なあ』

 だからこそ、隠す必要等無かった。

『どうして俺がストラップをプレゼントしたと思う?』

 悩み事や心配事は長く放置してもいい事なんてない。風化しなくなってしまうことなんてない。どうでもいい小さな事だとしても、その小さな欠片がどうかなってしまう可能性だってある。時たまにでも、「そういえば」と思い返した時を思えば、それはきっと生ごみと同じように早めに処理してしまうのが一番だろう。何も隠し立てする事などないと、こちらから先手を打つ。そして、ペースを持っていく。

「…………」

 頭から冷水をかけられたようだ。は思った。ちゃんと今自分は立っているだろうか。先ほど考えた答えを出そうか、それとも何と”言い訳”しようか、様々な言葉がぐるぐると脳裏を巡ったせいで考えが上手くまとまらない。

「……あの、」
『うん』
「………わたし」視線が自然と足元へ向かった。「嬉しかったんですよ。初めて、物貰って。……あ、や、別に、ずっと何かが欲しかったとかそういうんじゃないんですけど……」

 答えになっていない。それは頭のどこか隅っこで分かったが、それよりも自分の話を聞いてほしいと、続ける。

「なのに……何だか頭の中ごちゃごちゃです」
『怒っているか?』
「………わからないです」
『――俺はが心配だったんだ』

 ずるい問い方だし、ずるい答えだった。怒っていると言えば怒っているけれど、かといってそれ以上何をして欲しい訳ではない。は甘い人間だと、自身に対して深く思った。ここで声を上げて怒れたらきっと楽だっただろう。だけど、クロロのこの優しい声に彼女はほだされてしまっていた。まるでゆりかごに揺られているように、彼の声に安心し切っているのだ。

「っそ、そうですか……」

 若干照れたようなの声に、クロロはひっそりと笑った。
 なんともまあ、恐ろしく単純な性格だ。良く言えば純粋無垢、悪く言えば盲目的。これが向けられているのが自分だから良いが、他ならどう悪事に利用されるか分からない。実際、犯罪者というヒエラルキーがあるならばそのトップにはいるだろう彼がそんな事に使ってない事自体がおかしいのではある。そもそも盗聴器を仕掛けるなど、裁判を起こされてもおかしくないというのに。だが、これでこの問題はもう片付いただろう。

「ただ……あの、一つ聞いていいですか」
『ああ、何だ』恐る恐る、というに優しく快諾した。
「……クロロさんって、ヒソカ、さんとどんな繋がりがあるんですか…?」

 思わず滑り落ちそうになったケータイを握り直したのはクロロの方だ。それほど予想外だったこの質問に、知らず知らずのうちに左手は頭にやっていた。正しく答える為には自分の立場をはっきりと説明しなければならない。
 クロロの本質について、は驚くくらいに興味を持っていなかった。そもそも、そこまで話す仲ではなかったと言える。実際にこうやって電話で話せるのは物理的に遠く離れているからで、もしあの店にがいたのなら電話などしないで、直接会いに行っただろう。そのせいか、そのお陰か、はクロロ=ルシルフルという一般市民しか知らない。本質でどう思っていようが、からすればたまに来る人間であり、クロロからすれば暇潰しには丁度良いスペースでしかなかったのだ。ただ、仕事に追われている彼女からすればたまに訪れるクロロはただ唯一の定期的に訪れてくれる話し相手であり、それ故に依存してしまう。

『どうしても気になるのか』
「………さすがに」
『ただの顔見知り程度だ』
「そう、ですか」

 完全に疑いを向けるではあったがコレ以上問い詰める事は何となく辞めるべきか、と、思ったところで後ろからの衝撃には咄嗟の反射もできなく、そのまま倒れた。

「っい……!……あれ?キルア?どうしたの?」
『どうかしたのか?』
「ごめんなさい、クロロさん。ちょっとここで!後でまた連絡します!――ねえ、どこ行くのー!」



 しかしまあ、ヒソカに直接コンタクトを取られてしまってはこんな誤魔化しも水の泡だろう。面白い・面白くないで物事を片付ける奴なら大丈夫か?いや、いや、むしろ危うい関係を面白いと思われてしまうだろうか。というよりそもそもヒソカにがわざわざ話しかけなどしないだろう。そうだ、しない。
 この間はゆうに一分。ゆっくりと考えてようやくクロロはケータイを置いた。

「電話してる時の団長ってほんと面白いよね」
「なんでお前はこういうタイミングでいつも来るんだ」
「勘ってのは大事だろ?マチ程じゃないけどさ」と、シャルナークは言う。「てか聞かれたくないならアジトで電話するのやめようよ。ま、面白そうだからどこいっても見つけるけど」

 だから諦めてここで話しているというのはあった。ため息をつくとシャルナークはニヤニヤと笑う。

「そんな顔しないでよ。今日は一応予定あったんだし」
「それこそ電話すればいいだろ」
「だって旅団用のケータイ、電源落ちてるだろ?……かけてもかけても電波がウンたらって案内しか出ないとか持っている意味あるの?俺、その私用の番号知らないしね」
「教える気もないしな」仕事用のケータイでさえ人の事を考えず鳴らされ続けたことはまだ記憶に新しかった。「で、用は何だ」

「ヨークシンのオークションのカタログ、見つけちゃった」
「見つけた、か」
「そうそう、たまたま偶然関係者のPCを借りられて」

 ね、と言う先には小柄な男。黒い服を纏っている彼は丁度影と同化しているようだ。会話には入ってはいなかったが、先ほどからシャルナークの後ろにいたらしく、退屈そうにこちらを見ていた。「よく言うね。オークションに最低限しか関わてない人間探してたくせに」

「アハハ。でも俺はただ綺麗に殺してくれって言ったのに何もあそこまでする事なくない?」
「ワタシ連れていたの悪いね」
「そりゃそうか。まあこれ、まだアルファ版もいいとこな状態だけど」
「オークションは9月からだからな。データは?」
「俺のノートに全部写してる。送ろうか――って、団長まだPC持ってないんだっけ?」
「お前のPCから見ればいいだろ」

 まだ、とバカにするような口調ではあるが自身のPCを持っている団員など殆どいないだろう。インターネットに繋いでいる以上、自分の場所はここですよと主張しているようなもの。それを回避出来る能力を持っているのはこの男くらいではある。必要な時はその都度インターネットカフェを利用するくらいで事足りているのだ。

「買わなくてもの子に作ってって言えば作って貰えんじゃないの?」
「そうだろうな」
「……つーか俺が欲しい。これの報酬とトレードってどう?」

 見せないというように、ファイルを開きかけた手を止めシャルナークは開いたPCを抱えた。

?」と聞くのは小柄な男、フェイタンだ。
「そ、さっきの電話の相手。団長ってばその子をまるで我が子を可愛がるみたいでキモいんだよ?」
「それを言われてハイそうですか何て言う奴がいると思うか?」
「ごめん、思わず」

 笑ってみせるが、そんな大の大人の男の笑顔で誤魔化せるはずもないようで、クロロはまだ何も言わない。大事にしている風ではあったがまさかここまでとはとシャルナークは思う。いつ頃から知り合いかは知らないが、そんな大物と知り合いとここまで隠して来ていた。団員内でオフが全て筒抜けている訳ではないが、話している限りではいくらか向こうは心は許しているだろう。それこそやはり子供のようで、やはり、気持ち悪いなと彼は静かに思った。

「……あれか。この前盗てきたキーホルダーの」
「へーフェイタン現物見てたんだ」
「変なデザインだたから覚えてたね」

 少女向けの作りであったそれはフェイタンからすれば”変なデザイン”だったという。未だ会話に入りきれていないフェイタンのためにシャルナークはストラップをプレゼントと言ってあげた話からまだ説明していないはずだというのに壊されたという話をした。全く持って耳が早い男だ。
 説明を受けたフェイタンは少し考える素振りをした。

「けど団長」
「何だ」
「何故あげたね。電話出来るくらいならわざわざ盗聴器なんていらないよ」
「……それは『心配だったから』だろ?」

 その1秒後、シャルナークは腹を抱えて笑った。



 見た目はただの歩きだというのにキルアは中々に早かった。いつの間にか走る体勢になりつつあったはそれを追いかけながら何度も彼の名前を呼んだ。

「キルア―!キールーアー!別にぶつかった事は怒ってないよー!」

 ただ追いかけている理由と言えばなんとなく、何も言わずに歩いて行くキルアの様子が変なのだという一心だ。こんなに話しかけても無反応だし、顔は足元向いている。だから人にぶつかるんだとは呑気に考える。

 ついには会場の敷居をまたぐところまでやって来てしまっていたようだ。先ほどのギタラクル――イルミとの試合はキルアの負けではあったが、その後に彼は勝ったのだろうか?もし今が試合中だというのなら、不戦勝になるかもしれない。ダッシュでキルアの元まで走ると、その腕を掴んだ。

「キルア!」

 そこでようやくキルアは止まったが、視線はこちらに向かない。

「どうしたの?試合は?何かお腹すいた?」

 そんなはずはないだろうが、精一杯この場を和ませようと適当に上げたものだった。笑わなくてもいいからせめて、と願ったものの、キルアは未だ黙ったまま。
 ようやくは思い出した。先ほどの人形のようなキルアだ。電話をしていた事によりすっかり安心してしまっていたが、この問題は片付いてはいない。キルアはイルミに負けた。兄を超えるとか、そういう目標があった訳ではないだろうが、彼は兄の方針から逃れられなかった。それはただ操り人形のようで、キルアの意思なんてないままで。僅かでも逆らったことはもしかしたら彼の中で進歩だったかもしれないが、それでも簡単に破られてしまった。ガラスを割るように粉々になったのだ。

(それでも、それでも、)

 ハンター試験を受けているキルアは自由だったはずだ。もし100%支配したいのなら、試験の途中でも無理に中断させる事は出来たはず。それに遊ぶ約束だとしたのだ。ゴンと、3人で。自由の時間が減るかもしれないけれど、間を縫えばいいのじゃないだろうか。粉々にされて、落ち込んでいるのかもしれないが、全てが駄目になった訳じゃない。それをかき集めて積み上げればきっと。

 掴んでいる腕からさえもどこか冷たさを感じるようで、ほっそりとした腕が少しだけ動いた。目が動く。

「キル、」

 が覚えていると言えばそこまでだった。

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