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初めて会ったときのことを覚えているか?
「確か仕事でゾルディック家に行った時ですね。シルバ様、ゾルディック家の現当主の方とお約束してたんですけど、その日は急用ができたらしくて、不在で。そのときに対応してくれましたよね。え? 印象……? お客さんなので特に考えもしたことないですけど、仕事は仕事とはっきりしてくれるイメージですね。今もですけど。ほら、お客さんによっては打ち合わせの後に食事だなんだ言う人もいますし、休みに呼ばれたり……ん? いやあくまで一例ですし、今までそんな言われたことないですよ。ええ? いや誰かって……今どうでもよくないですか? 次の話しましょうよ」
初めて会ったときのこと覚えてる?
「………何年前でしたっけ? あの時は長期間――2週間くらいかな? 仕事で家をあけていた時、住み着いてましたよね。今でもあの衝撃は忘れてないですよ。まさか鍵をかけ忘れていたなんて……。工房も無駄に広いから、近所の人も侵入に全く気づかなかったみたいですし。金目のもの目当てじゃなかったんで示談で収めましたけど、下手すれば訴えられる事案なので気をつけてほしいです。え? うちの鍵ですか? その時は鍵をそれぞれの出口に5つくらいですかね。昔とはいえ、鍵の種類までは言えないですけど、防犯対策はしてたつもりでした。でも、かけ忘れたら意味ないですからねえ……」
交互に来た質問に答え終わると、は盛大にため息をついた。
「まだ互いを疑うんですか?」
「うん、怪しいってことは分かったよ」
「食事のことはこの事が終わったら詳しく聞かせてもらおう」
「お得意先とのただの会食ですって……」
朝一に宿泊先に押し寄せてきた男2人のせいで、1人でもやや手狭だった部屋がぎゅうぎゅうだ。がベッドに座り、1つしかない椅子にはクロロ、イルミは窓辺で立っている。
はここまでされてこちらがもてなすなんてと思いつつも、せめて備え付けのインスタントのコーヒーを淹れようとしたが、クロロからは「俺はそのメーカーは好きじゃない」と断れられ、イルミからは「いらない」と率直に返されたため、渋々と苦いコーヒーを1人飲む羽目になっていた。確かに味が悪く、ただ起きるためだけの泥水のように思えた。
「というか思ったんですけど」
半分以上残っているコーヒーを眺めながら、は言う。「わたしが狙われているっていうなら、ここで留まるのも問題ですか? 次はこの宿が焼かれでもしたら……」
「危ないとは思うけど、こんだけ警戒された状態で2回目を行うなんて、こっちとしては好都合だよ」
「ああ、しかもここはかなり開けた場所にもある。不審な者がいればすぐに対応できるさ」
「なんだかそれも申し訳ない気が……」
見知った宿を勝手に囮に使うというのだ。気が引けて当然、とは思うのだが、目の前の2人は違う。それはほどこの町に愛着もないのだろうから当然であり、あくまで目標は『今回の犯人を探す』ということに重きを置くのは最も早い事件解決に必要なことだ。邪念は捨てなければならない。
「……もう犯人はいなかったりして」
「まるでミステリー小説のような話だな」
「もう、そうであってほしいですよ。今もし、目の前に火を付けた人がいても、わたしはどうしたらいいか分からないです」
泣けばいいのか、怒ればいいのか。そのどちらの反応もできないような気がした。ただ、法の裁きを受けるその人を淡々と眺めるしかできないだろう。思い出が詰まった場所、だとは思っている。そんな居場所を壊されて、そんな反応しかできないのは心がないのだろうか。彼らのように、早く何とかしようという気持ちが湧いて来ないのは、客観的に見て変だろうと、本人も自負していた。
「君が今回のことを、どんな風に捉えているか知らないけど」
イルミは言う。
「俺は仕事を全うするだけ。もし本人が諦めたり、どうでもいいと思っていたとしても、それは俺に関係ない」
まるで止まらない時間と同じようだとは思った。嫌でも、辞めたくても、止める権利は自分自身に一切ないのだ。
*
「俺は、お前が今回動かなくてもいいと考えてる」
あの後、イルミはどこかに行ったので、クロロと共に元・家に行き、使えるものを物色している時、クロロはぽつりと言った。
家は全焼しているため、立ち入り禁止と言われてしまったのだが、まさかここでもハンターライセンスが使えたのだ。ダメ元で提示したライセンスを見せると「ハンターならいいか」と特別に許可をしてくれたのだ。その後ろにいたクロロはライセンスがなかったのだが、弱そうなが提示してきたために、不問になっていたのだろう。何事もなく入ることができた。
「でも、犯人探しを諦めたとして、どうすればいいんでしょう」
「他にやりたいことをやればいいだろ? が何もしなくても、他のことはあの男が全部やってくれる」
クロロが指す『あの男』というのはイルミのことだ。
「……違うんです」はすっかりボロボロになった工具を撫でた。「わたし、きっと、次のことを考えたくないから、先延ばしにしてここにいるんです」
「わたしが動いたって仕方ないし、イルミさんを待てばきっと、良い結果になる。そう分かっていても、適当な理由つけてここに残って、何もできないのに何かをやった気になってるんですよ」
「……そうか」
吐き出した言葉はずいぶんとしっくりきた。躍起にもなれない自分は、前にも進みたくはないのだ。今まで守ってきてくれた殻から簡単に脱することはできない。作ることに固執していたはずなのに、いざ居場所がなくなると、何も作れなくなるのだと、失笑がこぼれた。
モノ作りを好きでいたい。それでこそ=とようやく名乗れるはずなのに。
卑怯だ。今の自分をそう思ってしまうから、本腰も入れられず、中途半端のまま。
「わたしがいる時に燃えてくれたら、まだ、当事者みたいな顔ができたのかな」
――と、仕事用の携帯電話が音を鳴らした。またか、と番号を見ると、全く覚えのないものだった。基本的にこの番号は、取引を行った人にしか公表していないため、いたずら電話はほぼないはずなのだが、ここ最近のことを思い、恐る恐る電話に出た。
『ああ、良かった! つながった! ええと、あなたがさん?』
「っはい! =です」
『ごめんなさいね、忙しいときに! 一度もかけたことがなかったけどかかって良かったわぁ』
『昔はねえ、ほら男性だったじゃない? あなたのところってすごいからその時も全く電話したことなくて、今回は急にだったからねえ』と、そのまま世間話が始った妙齢の女性に、は考えを巡らせるが全くピンと来ない。
「お名前とご用件を伺ってもよろしいでしょうか……?」
『あら、ごめんなさい! 私ね、村を代表して電話をしているのだけれど、船の修理をお願いしたくて!』
――「あの船だけどんなに使ってもどこも壊れないんだ!凄い…!って、のだったんだね!」――
ふいに、ハンター試験中に聞いたゴンの声を思い出した。こんなこととはあるのだろうか。いや、しかし、自分の代で作ってない船なんて山程作っているはず。まるで運命だと言うように、女性はハッキリと言った。『くじら島ってご存知かしら?』
「は、い……」
『まあ! なんだか嬉しいわ。それでね、あなたのところで作ってもらった船なんだけど、ちょっとぶつけちゃって……もうサポートの期間なんてとっくに過ぎているだろうけど、いつか見てもらえるかしら?』
くじら島のあの船の設計や構築は10年は前のものだからは一切関わっていない。電話口の彼女が言う通り、その後一切の連絡は来たことがなかった。形は分かっていても、資料で見たきりだ。
今向かったとしても、ゴン達はまだキルアと再開はしてないのだから、約束していた島への旅行はまだ先。2人がいるはずがないと分かっていても、の口は自然と動いていた。
「今、からでも行けます! いえ、今がちょうど空いているのでよろしければ明日お伺いしてもよろしいでしょうか?」
『ええ!? 船がないとその分漁をお休みしなきゃいけないし、こちらとしては嬉しいけれど……大丈夫?』
「はい、問題ありません!」
そうして電話で聞ける範囲の詳細をメモにとると、電話を切った。
今までずっと仕事をしていたはずなのに、新鮮な感覚があった。今まで触れていなかった部分を見たかのよう。きちんと息をして立っているんだ、という当然の感覚さえ愛おしく感じた。
「はそうであって、お前だよ」
慌ただしく準備を初めた彼女を見て、クロロは笑った。
「ああ! でも、イルミさんに連絡しなきゃいけないのかな……」
「メールくらいで十分じゃないか。今だってどこにいるか分からないやつのことは気にするな。ずっとここにいなきゃいけない契約ではないだろ?」
「まあ……そう、ですかねえ……」
下手に言ってしまうとまた胸ぐらを掴まれるかもしれない。電車に乗っているときにでも連絡しようとは決心した。
「俺は俺なりに探ってみるよ」
「……クロロさんって何で生計立ててるんですか?」
「なんだ。知りたいのか?」
こうして連続して会う日はほぼなかった。この現状、言ってしまえば、暇そうなクロロを見て純粋な質問を投げたのだが、彼はニヤリと笑うだけだった。きっと、興味があると答えたって教えてはくれないだろう。心底思った。
「どこかの社長さんだと思ってました」
「いいな、それ。今度誰かに聞かれたらベンチャー企業の社長とでも言うよ」
「……案出しのつもりじゃないんですけど」
そういうと、また笑った。
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