散らない花は美しいか

03

さん、……ねえ、聞いてるんですか?」

 スタスタと歩く少年は、ゆっくりと後ろを振り返った。その距離はいつの間にか何メートルも空いていて、彼女の身体能力の低さに驚きを通り超えて呆れた。

「き…、聞いてますわ」
「……まさかもう疲れたんですか?………はあ」
「ため息は止めて下さいまし!貴方が早いだけです…っ」

 強気には言っているものの、上ずっている声に、らしくない焦り顔。明らかに疲れが出ている顔に、少年は記憶の中の聖ガドリア王国に疑いを持った。
 ガドリアと言えば、騎士の名家が多い。彼女はその上、その国の王族の者なのだから、こんなに騎士らしくないのはどうかと言えよう。だが、一番末っ子の娘はコルネア王国の学校を出たと聞く。そうなれば、彼女は騎士では無い。いや、元々腰に剣が無かった為に、騎士ではないと思っていたが、ここまで体力が無いとは予想外だった。彼女の兄である王は自ら戦場に赴くほどの人間だったはずだというのに。

「分かりました、貴女に合わせますよ。だからさっさと歩いて下さい」
「そんな事言われなくとも歩いております!」
「……早足でお願いします」

 しかし、一向に早くならないを見て、さらに憂鬱な気分へとなっていく。ああ、どうしてこうも遅いのだ。けれどそれより何故、自分は彼女に付き合ってしまったのだろう。無意味で無生産的すぎる。
 考え込んでいるジェイを横に、彼女は口を開いた。

「情報屋様…どうして貴方は此処に居るのです?」
「………それ、僕の事ですか」
「貴方の他に、誰が居りまして?」

 当然だと言うように、は言った。名前は名乗っていないし、名乗る必要性もないからこそ少年は黙っていたが、まさかそう呼ばれるとは思っていなかった。
 少年としては、様付けしなければならないをあえて、他の人と接する時と同じように「さん」と読んでいたが、そう言われてしまってはこちらの立場がない。そもそも、彼女は忍ぶ様子が全く見られないのだ。バレたくなければもっと変装などをするべきだというのに。最も、あまりここ近年公に出ることがなかった彼女だから、知ってるとすれば少年のような稀な存在しかいないだろうが、それでも存在する事が問題なのだ。

「……ところで、『どうして』って何を指してるんですか」
「どうして、遺跡船に滞在なさっているのですか?確かに、此処は未だ未開の地です。…ですが、貴方のような情報屋が長らく此処に滞在するような所でも…」

 そこでは口を閉ざす。言ってはいけない、と言うよりは言う事を考えているように、眉を寄せた。つまりは、つい口走ってしまった、という事で。

「だから、何ですか?貴女には関係の無い事でしょう?」
「ええ、そうですわね。…けれど、聞かれっぱなしでは腑に落ちません事よ。わたくしだって気になります」

 寄せていた眉が戻り、強気な顔で少年を見据えた。

 少年は少しだけ、表情に見せずに困った。ずっとここに滞在はしているけれど、その事が大陸の人間に疑問に思われているとは考えていなかったからだ。それは、にだって、「どうしてコルネアの学校を出た?」と聞けるようなものだ。誰がどこに居たって、良いものだろう。

「……質問の意図が読めません」
「読めなくて結構。わたくしの興味を引いただけですもの」
「そう、ですか」
「……だからこそ、」

 が小さく言う。

「だからこそ、遺跡船に来てみたかったの…、それほどの所なのか、と…」

 腹で絡ませていた指を強く握ると、そこは少し赤くなった。

 王族とは何だ。

 そう聞かれれば少年は簡単に答えられるけれど、王族とはどのようなものだ、と言われると言葉に詰まる。言葉は似ているけれど、簡単に頭にある言葉を並べてしまえばそれで終わりだけれど、100人王がいれば100通りの考え方がある。
 情報から王族の生活を想像することは出来るけれど、それに対して断定は出来ない。それは、目の前の彼女をも同じこと。末の我儘王女。稀代の天才王女。それらは全て他で得たものでしかないし、それに、実際に彼女に会って、そんな印象は全く見られない。まだデータは不十分。知るには、接触するのが一番だ。

「…さっさと行きますよ。まだ霧の山脈にさえついていないのですから」

 平然そうな顔をして、少年は言う。そしてそのまま、の真横に、クナイを投げた。

「っえ…」
「後方注意です。幾らなんでも貴女、戦えないって事はないでしょう?」
「………有難う、御座います…」

 は一気に心拍数の上がった心臓を押さえながら、一瞬で息絶えたリザードマンを見下ろす。そこには綺麗に彼の投げたクナイが差し込まれていて、まるでまだ生きているかのようだった。そして少し呼吸を整えると、どこか安心感が広まった。
 自身、少年の人間性を読めないでいたが、敵意は感じられない。やはり、信じていいのだ。

「……騎士の心は無くとも、わたくしは爪術士です」

 そう言うと、まっすぐ左手を伸ばした。「ファイヤーボール!」

 赤い炎が直線状に、だけど少年を避け向こうにぶつかる。並々ならぬその威力にジェイは目を見張ったが、すぐにまた口先をあげて少し嫌な笑い方をする。

「——まあ、その位出来れば上々ですよ」





 あれから少年とは、ややアンバランスながらもなんとかチームワークを組み、ここまでやってきた。あまり、と言うかほとんど町の中から出たことがないにとって、霧の山脈のような所は初めてだった。そのせいか、それとも遠回りと言う言葉が嫌いなせいか、カオティックゾーン──魔物の瘴気が渦巻いている場所──に思いっきり先頭を切って突っ込んだ事もあった。これはの暴走でもあるが、近道として入るべきか迷っていた少年にも少し罪悪感のようなものはあった。

「っきゃ、きゃあああ!!」
「!!あの馬鹿…!!」

 もちろん、少年のようにクナイを持っている訳でもなく、むしろ、刀一つさえ持っていないが文字通り無防備で、それも一人で我先にと言ってしまった為、無傷で済む訳がない。この道すがら、少年は彼女を王族としての考慮し、出来る限り盾になっていた。は守られる事に慣れていたからか、あまり違和感なくその少年の援護をしていたのだ。
 が、こうなってしまってはどうしようもない。

「いっ………」

 僅かのところで避けたのか、少年が入った時には頬に小さな切り傷をつけたがいた。少年が前に出、不意打ちをついているうちに、充分なほど間合いを取った。

さん!!余計な行動は謹んで下さい!」
「っ貴方が……!」
「ああもう、文句は後で聞きます!今はー…」

 つい、少年はの方へ振り返ってしまう。それは、少年が相手していた魔物、ピヨピヨヘッドが頭上を超え、彼女へと向かってしまったからでもあった。しかし同時に自分の愚かさに気付く。
 敵は、二匹だった。素早く体を戻し、残った一体を相手にしようとするが、後ろのがどうしても気になってしまう。彼女には、武器と言う武器を持っていない。
 チラチラと背後を確認するけれど、は目を瞑って集中して詠唱していた。きっと、魔物が来ている事に気づいていないだろう。彼女は一部が特化しすぎているせいで、他が、そう今なら注意力の欠如が見られる。

「……神速を極めし煌煌たる流転者よ……」

 少年は直ぐに方向を変え、向かおうとするが、その時が目を瞑ったまま叫んだ。

「情報屋様!どうか身を伏せて下さいまし!」
「は?!いいからさ——」
「旅路の果てに我の地を選べ!シューテングスター!!」

 天から星が落ちてきて、伏せろと言われた少年だったが、ここでようやく一蹴り地面を蹴って、一気に離れつつも砂嵐を立てつつ伏せた。幾らなんでもまだ、唱えられるはずがないと思っていた上級呪文。ここいらの魔物に使ったら、跡形もなく消えてしまうだろう。

 眩んだ目を少年はゆっくりと開けて見たものは、やはり一人だった。

「…唱えられるなら、さっさとやって下さいよ」
「………疲れますわ」

 そう、本当に疲れたかのようにペタりと腰を下ろす。
 これほどの上級呪文を唱えたら仕方ないだろう。一気に消すのなら中級ほどでも良かったのに。少年は頭が痛くなったが、何も感じない事に気付き、辺りを見回した。何も、感じないのだ。魔物の気配が。

「………?」
「…どうかなさいましたか?」

 座っていたは立ち上がり、少年を見る。

「ああ…なるほど。流石ですね」
「……わたくしが、ですか?」
「これで雑魚を相手にしなくて大丈夫になりましたよ」
「は、はあ…?」

 つまりは、魔物はが怖いのだ。今ので、相当の精神的苦痛を周りに与えただろう。この霧の山脈は、元々は急な道を無理に人が通れるようにしてある。そのため、同じところをグルグルと回っていくような形となっていた。だから、これでほとんど全範囲の魔物に、の実力を見せつめたのだろう。
 強いものには逆らわない、そんな自然界の暗黙の了承。

 初めは、足音を消して歩いていけば、と思っていたがそれを(少年の基準で)一般人のに出来るはずがない。だから、地道に進んでいくのかと思っていたらこの様だ。

「さて、情報屋様、そろそろ行きましょう」
「……ええ、…そうですね」

 ただ少し、どこか胸に残る違和感を、少年は拭えないでいた。




 ふう、とは息を吐く。ようやくここが、山賊のアジトだった。

 『山賊の』と付いていたので、はなんとなく屋外にキャンプの様にあるのか、と思っていたら、全くソレとは真逆のものだった。荒々しい工事ではあったのだろうが、ちゃんとこのアジトは建物の形になっていた。…いや、もしかしたら元々あった場所をアジトとして使っているかもしれない。武力でも見せ付けるように松明が、ごうごうと唸った。
 本来なら隣に、少年が居るはずだったのだが、「僕の役目はここまでです」と荷が下りたような笑顔をニッコリと、が止める隙なく去ってしまったのだ。しかも帰り際に「あんな汚そうな所、御免です」とボソっと言ったのをはちゃんと聞いた。
 恐い、と言えば恐いけれど、ここまで来たからには行くしかない。ここにはあの、銀髪の青年もいるのだろうから、きっと帰り道を送ってくれるだろう。道を覚えていても、途中で襲われてしまってはしょうがない。
 は、ゆっくりと大地を踏みしめた。

 内装は、あまり上品には見えない。照明はどうやら、入り口にもあったような松明だけで、明るくも無かった。
 暫くキョロキョロと、辺りを見回していると、奥から一人の男と魔物が来る。あまり明るいとは言えないこの場所でもよく映える赤い髪。山賊らしい、と言える露出の激しい服装。だけど隣の獣は、外で見るようなモンスターほどあまり、凶暴そうには見えなかった。

「よう来たのう!…って、また娘っ子かい……」
「……貴方が、此処のトップかしら?」
「おう!よう分かるなあ!」
「そう、ここに、銀髪の人、来なかったかしら?」
「?いんや。……つか嬢ちゃん、何しにきたんや?」

 あくまでマイペースには質問を繰り返していたのだが、この男・モーゼスからしてみればそう聞きたくなるのも頷ける。モーゼスが言っていた『また娘っ子かい』と言うのは、前にも女性が来ていたと言う事に聞いてなかったは気づいていなかった。その人は、彼の攫った女の子を目的としてきていた。しかしちょっと挑発しただけで落とし穴に落ちてしまっていた、が。
 だが、がした質問からすると、モーゼスに用なのか、その銀髪の人に対しての用なのかよく分からなかった。モーゼスは、子分の中に銀髪はいないと記憶している。そもそもは攫われた人を助けに来たはずだが、こうも明るく出向かくれたものだから、「攫ったのはこの人ではないのか」と考え直してしまっていたのだ。

「あら…まだ来ていらっしゃらなかったの…?」
「……」
「……どうしましょう…」

 は、もう既に銀髪の青年が来ている、と踏んでここに来ていたために、居なかったとき、の場合を考えていなかった。もしかしたら、あのジェイに案内してもらっているうちに追い抜いていたのかもしれない。
 目の前のモーゼスなんて見えないかのよう、は顎に手を置いた。

「本当に考えてなかったわ……だからと言ってわたくし一人では…」
「のう、ワイを置いてかないでもらいたいのぉ」
「……決めましたわ」

 す、とは手を下ろす。そして、わざわざ目の前の『落とし穴』を避けてモーゼスの元へと向かう。唖然としている彼を見つめると、笑顔を作った。

「わたくしを町まで送って下さいまし!」
「……いやいやいや!嬢ちゃんちょーっと待ちぃ、明らかにおかしいやろ!?」
「恥ずかしながら一人では戻れませんの」
「じゃあどかあして来たんじゃ!!」

 こうするしか無かった。
 一人では恐らく、ここに残ることも帰ることも出来ない。それに、もしかしたら銀髪の人は向かったといいつつ、向かってないのかもしれない。向かっていたとしても、いつくるか分からない人を待ち続けるのはの性格ではない。
 ついには、ぐいぐいと引っ張った。

「お礼なら差し上げます、送って下さいまし」
「そがあ問題じゃ……」
「さあ、急ぎましょう」
「……嬢ちゃんなあ」

 さすがに、何でもないにここまでされるのは癪に触ったのか、モーゼスは腕を掴むを振り払った。戻れないとは言っていたけれど、ここまで来たからには相当の腕前なのだろう、と見込んだ上での力で振り払ったのだ。やや強めに、触るなという意味合いを込めて。

 だけど、がここまで来れたのはほとんどジェイのおかげ。普通、一人旅をしているのであれば彼女のようなブレス系だって、多少は護身の上での前衛の技術も必要だが、にはそれが一切ない。彼女は今まで全て、ブレスにのみ力を注いでいた。肉弾戦はおろか接近戦さえ経験がないのだ。
 振り払われたは体制を直す事が出来ず、そのまま床に倒れこむ。ギリギリで落とし穴は回避できたものの、突然の事に驚いて動けずにいた。勿論、振り払ったモーゼスも目が点。隣にいたガルフのギートがどうしようもなさそうに「……クーン」と鳴いた。

「あ…?あー……悪かったのぅ」
「い、いえ…わたくしに、」

 非があったのです、と言う所で、何かが近づいてくる気配がした。

「モーゼス!!」

 ふいに聞こえた大きな声に、とモーゼスはそちらに目をやる。するとそこにはが探していた人物がいた。とくに親密な仲でもなかったが、は安心した。その隣には体格の良い男性がいたが、ともあれ、これで帰りの心配はなくなったのだ。
 目の前の山賊しか目に見えていないようだったが、近づくにつれてセネルは座るを見た。

「!お前は……!」
「……成程、山賊は二人も連れ去っていたと言うのか」
「………ちょ、ちょい待ちぃ」

 明らかに立場の悪くなったモーゼスは、とにかくこの状況の誤解を解こうとしてみるけれど、これは確かに疑われても仕方が無い。
 モーゼスはモーゼスで大変な事になっているが、も実際今はかなりピンチだった。どうやらこの落とし穴は少しでも重さがかかると直ぐに落ちてしまう仕組みらしく、それに落ちないために、はガタガタと両手を震わせながらバランスを取っている。それを回避するにはモーゼスに引っ張ってもらえればいいのだろうが、焦っている二人はそんな考えが浮かばない。
 そしてそのの姿は、これが落とし穴だと知らない人から見ればモーゼスから離れたくても体が震えて離れられない、と言った所か。

「確かにな、ワイはあの金髪の嬢ちゃんは……」
「黙れ!とにかくシャーリィを返せ!!」

 と、が探していた人物、セネルがモーゼスの元へと一目散に走った。

「あ」

 恐らく、とモーゼスの声が重なったのだろう。元々、この落とし穴はこういう侵入者用のものなのだから、セネルが落ちる事には万々歳、なのだが。

「……!」
「きゃ…!」

 セネルの足元が急に二つに別れる。そして、そのせいで、もセネルと一緒に地下へと落ちた。最後、なんとか抵抗したけど、もう足場は無い為立ち上がれなかった。ただ、少しだけモーゼスが手を伸ばしていたような気がしたけれど、全ては落ちていく暗闇に消えた。

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