散らない花は美しいか

05

「そういえば、セネルの言っていた少女は彼女だったのか?」
「ああ、こんな所にいるとは思ってなかったがな」
「ミュゼットさんが気にしていらしたようだから、直ぐにでも街へ送り届けたいところだが……すまないが少々我々と行動してくれないだろうか。まだセネルの妹が助かってない以上、ここで戻れない」

 ウィルの提案に、は頷いた。

「ええ、構いませんわ」
「っ様は私が送ります!ですのでこのような所からは……」

 すかさずクロエがの前に立つが、は少し顔をしかめて言う。「クロエ。わたくしが構わないと言ったのです。口出しをしないで頂戴」

「それに、ここで帰ってしまってはわたくしがここに来た意味がなくなってしまいますわ!」
「〜〜〜!!身勝手な問題ではございますが、私が耐えられませんっ!」
「このくらい我慢なさい!女の子でしょう!」
「意味が分かりません!」

 一度決めた事は貫き通すクロエであったが、はそれ以上に頑固者だった。挙句の果てに、ツンとそっぽを向いてクロエの意見を無視する始末。それを男二人はポカンとした顔で見ていたが、ハッとしたセネルが口を挟んだ。

「喋っているだけだったら置いて行くぞ」
「そうですわね。さあ、行きましょう」
「……度胸のある娘だな」
様お願いです!考えなおして下さい!」

 ずんずんと進んでいくセネルの横をは歩いた。セネルの一歩との一歩では歩幅が違うために先ほどはずっとセネルがゆっくり歩くか立ち止まらなくてはは着いていく事ができなかったが、今はクロエに対してムキになっている為に、セネルとぴったりとくっつける程スピードは速くなっていた。

「……なあ、アンタは何でここに来たんだ」
「それは貴方と同じ理由です」
「シャーリィはアンタと無関係だろ」

 セネルにとって、シャーリィという少女は妹で、大事な存在だった。だが、からしたらどうだ。シャーリィという名前さえ知らないくせに、ただ攫われてカワイソウだというだけだ。騎士だなんだ言っているクロエならまだしも、彼女がこんな所にわざわざ来るとは思えなかったのだ。

「そう、無関係……、そうね、そうだからこそ来たのかしら」
「はあ?」
「おかしい事かしら?……いえ、おかしいわね、こんな事」
「……アンタはずっとおかしい、変だ」
「あら、そうかしら」
「………とりあえず、こんな最前線歩いてて何かあっても俺は知らないからな」

 ガシガシと頭をかいて、セネルは続ける。「さっさと無鉄砲女の隣にでも行ってろ」

 その後ろを歩いていたウィルは、同じく前の様子を見守り続けているクロエに話しかけた。「……クロエ、本当に、彼女はただの貴族なのか?」

「………」
「何かを隠しているように見えるぞ」
「………」
「もし今の俺の判断が間違っているのなら、君と彼女とで街に戻ってもいい」

 は上手く誤魔化そうとしているようだったが、この素直な少女なら口が滑って言うのでは、と思ったからだ。
 ウィルの予想通り、クロエは少し考え込んでいるようで、あーだの、えっと、だの口ごもらせているが、真相を話すようにも見えなかった。

「君の彼女への接し方を見ると、普通の貴族という事だけでは……」
「っ仕える方に!上も下もない!」
「……」

 今度はウィルが黙る番だった。上手い交わし方だと思った。騎士として、クロエが昔に仕えたからあそこまで心配しているのだ、とそういう事だ。それが成り上がりの貴族だとしても、王族だとしても、同じこと。

 それを前で聞いていたは、ふう、とため息をついて、振り返った。

「ねえ、クロエ。久しぶりに会ったのだからお話しましょう?」




「全く、どいつもこいつも。本当嘆かわしいわ」

 暫く歩いた時だった。ようやく見覚えのある地上へ戻ってきたと思ったら奥の方から少し前に聞いたような声が聞こえてきた。

「欲の皮引っ張らせて、いたいけな少女を奪いにくるたあの」

 モーゼスだ。という事は、無事正しい道を通ることが出来たのだろう。がほっと胸を撫で下ろしていると、セネルとクロエが仲良く「お前が言うな!」とモーゼスを指差し叫んでいた。それをモーゼスは楽しそうに笑うと、娘がいるのが最上階だと言ってまた闇に消えた。それを爪術で止めるべきか悩んだが、この建物にまで被害が及んだらここが崩れてしまうだろう。

「あの男、どういうつもりだ?」と、クロエは走り去ったモーゼルから目を逸らし聞く。
「来れるものなら来てみろ、だな。落ちた俺らをわざわざ出迎えてくれるほど余裕があるのだろう」
「余裕じゃなくて、油断しているように見えますわ」
「おや、は俺らを高く買っているようだな」
「ああいう風に油断してる方に強い人なんていません」
「か、買ってくださっているんじゃないんですね……」

 と話している横で、セネルはずっとモーゼルの消えた先を睨んでいた。

「あら?でもわたくしはクロエの強さは知っているつもりよ。それに、ウィル様やセネル様の戦い方を見ましたが、素晴らしいですわ」
「……あ?何か言ったか?」
「クーリッジ!様に何て言葉遣いなんだ!」
「……うるさい。さっさと先に行くぞ!」

 恐らく先ほどのモーゼスの挑発が相当頭にキているのだろう。周りをロクに見ないままセネルは先へと進んでいく。熱心と言えば聞こえがいいが、これでは周りを見てなさすぎだ。だが、急いだ方がいいというのは正論だ。

 セネルの後を追っていくと、正常に機能していないダクトが鎮座していた。パズルブースと呼ばれる場所のパズルを解き、意外にもあっけなく最上階へと辿りつくと、そこには小さな扉があった。「ここが最上階のようだが……」ウィルは呟いた。

「罠は……ないようですわね」
「……よく分かるな」
「一階にはあんなに分かりやすい罠がある所ですから、見た目は、ですけれど」

 黙ったままセネルはドアの前に立ち、そして引こうにも押そうにも開かない事に気付いた。鍵がかかっていたのだ。

「シャーリィ、中にいるのか?」と、ご丁寧にもノックをしてから話をかけるセネルには驚いていると、中からか細い声が聞こえてくる。

「お兄ちゃん……?」

 聞いたことのない声だ。だが、セネルが言っていた妹という言葉からすると、彼女がシャーリィなのだろう。先ほどまで険しい顔をしていたセネルの顔に光が差した。きっとこれが彼の笑顔なのだ。
 思わずは初めた彼の笑顔をまじまじと見てしまっていたが、それに気付かないのか、はたまた気にしてないのか、セネルは嬉しそうにまたシャーリィに話しかけた。

「よかった、やっと見つけた……!体の具合はどうだ?」
「わたしは大丈夫。お兄ちゃんこそ、ケガとかしてない?」
「何ともないさ。それより、遅くなってごめんな」
「セネル様……こんな性格でしたかしら?」
「あ?どうだっていいだろ」
「……?お兄ちゃん、他に誰かいるの?」
「あ、ああ……」
「貴女がシャーリィ様?わたくしはと申します」
「あ、え、っと、扉越しでごめんなさい!シャーリィ・フェンネスです!というか——」
「おい、アンタは少し黙ってろ」

 と、しゃしゃり出たを黙らせて、セネルはまた前を向いた。

「離れててくれ。扉をぶち破るから」

 もちろんこの心配の言葉はやウィルやクロエに言った訳ではない。妹のシャーリィだけに言った言葉だ。セネルの変わりように目を点にしているのはだけではないようで、クロエやウィルも口を出せないようだ。
 無論、久しぶりに再会した二人へ水を差したくない気持ちもあったのだろう。

 気合を入れて、セネルは扉を殴り始めるが、どうにも硬い素材のようで、中々いい音はしない。見かねたウィルやクロエ達が自身の武器を取り出すが、それをいち早くセネルは止めた。「いい、俺一人でやる。アンタ達は下がってろ」

「だが、無茶だ。ここまで叩いているのにまだ変化がないのだぞ」
「やってみなきゃ分からないだろ!」
「クーリッジ!」

 何はともあれ、ドアはそこまで大きいものではないので、もし援護するならば、一人ずつ行わなきゃいけない。セネルを無理やり引き剥がせば、次に誰か、という風に出来るかもしれないが、セネルは意地でもそこを避けないだろう。
 そんなセネルの様子に、はため息一つつくと、ウィルとクロエの後ろで、ひっそりと爪を光らせた。

「——チアリング」
「っ!だから……!」
「邪魔はしていません事よ」
「………」

 自分一人の力で助け出したかったせい、というよりは、ムキになってしまっているセネルからすれば、今の援助はとても迷惑なものだった。セネルはギッとを睨むが、はただ真っ直ぐといつもの顔でセネルを見ているだけだ。

「もたもたしておりますと、またあの人が来ますわよ」
「分かってる!」

 こんなに騒いでいるというのにまだモーゼスが来る気配がないというのがは気がかりだった。あんなに挑発していたのだから、扉の前にでもいるのかと思っていたのに。それならば。



 予想外だった。これほどまで扉が硬いものだと思っていなかった。のだろう。扉を殴るセネルをただ傍観していただけだったが、次第に表情は硬くなった。セネルの拳からは血が流れている。それなりに分厚いグローブをつけているというのに、そこへ染み込んだ黒い斑点がじわじわと拳全体へ染み渡っていた。

 あれから四半刻は経ったか。未だ扉を殴りつけようとしているセネルの前にウィルが立ちふさがる。

「よせ!これ以上やってもムダだ!」
「どけ!」

 と、セネルは吠えるが、威勢がいいのはもはや声だけで、もう体は限界だった。もう一度ドアの前まで行こうとするが、限界の来た体はいう事を聞かず、がくりと膝が折れた。それをクロエは心配の入り交ざった声で激怒する。

「全くどっちが無鉄砲だ!」

 それさえもセネルはうっとしいと言うように振り払うが、扉の向こうから、姿は見えないが周りの声により状況を察したであろうシャーリィの声により、セネルはようやく違う方法を見つけることに決めた。
 その方法とは、

「………おい、あの女はどこに行った」
「……!?様ああああ!?」





 モーゼスを見つけて鍵を奪う。それは冷静に考えれば一度は浮かぶアイディアだろう。あの4人の中で真っ先にそれを思ったのは恐らくウィル。だが、それを真っ先に実行したのはだった。
 あそこに居たってどうせセネルが一人で扉と格闘するだけだ。援助にも限界がある。それならば一人で鍵を探した方がいいのでは、と思ったのだ。

 鍵のありかを知っていると言えば、この山賊のアジトのトップであるモーゼスだ。あそこまで挑発するような態度を取るような男だ。おそらくは、自分の元へ取りに来させるのが目的だったのだろう。
 まあ、ここでドアが壊れてシャーリィが助け出せたのならそれはそれでだ。の行動は無意味な行動にはなるだろうが、決してマイナスにはならないだろう。

 輪を抜けて、左の方へ行くと、そこにもドアがあったのでは入る。

「ようやっと来たか……って、また嬢ちゃんかい」
「ええ。そもそも、貴方が来るように言っていたのではなくて?」
「……他の3人と分かれたんか?」
「自主的行動ね」
「……ほお……」

 モーゼスにとって、彼女はとても扱いづらい人間であった。セネルやクロエのように真っ直ぐ自分を悪と決め付けて向かってくるタイプでもないし、しいていうならばウィルのように冷静に物事を考えるが、出す結論は至ってマイペース。囚われの少女を助けようという気が本当にあるのかさえ謎だった。

「まあええわ。嬢ちゃんが来たって鍵は渡せん」
「先ほどからずっと思っていたのですが、わたくしは『嬢ちゃん』では御座いませんわ」
「……あー……姐ちゃん?」
「少し気になりますがあなたよりは年上のような気がしますし、それでいいです」
「ほうか……」
「ところで、」

「わたくしに鍵を渡せないとはどういう事ですか?」

 ああほら、こういう所だ。普通なら、真っ先にここに突っ込めばいいのに、先ほどは呼び方を気にしてしまったせいでこの順序だ。いや、いや、いや、普通なら、『敵』と認識している(はずの)人間からの呼び声なんてどうでもいいだろう。それが誹謗中傷の意味合いを込めたものならまだしも、モーゼスはの容姿から年齢を想定していっただけだ。嫌味でもなんでもない。

「鍵をとるちゅーことは、力ずくって事じゃ」
「力ずく」
「じゃから、姐ちゃんじゃ無理」
「……力ずくじゃなきゃ駄目、なのかしら?」
「…………あ?」

 手をパンと叩いて、は名案というように言う。「お願いです、そう、『お願い』!」

「お願いて……」
「おかしいですわ、何でもかんでも力ずくなんて!」
「ほがにおかしい事か?」
「わたくしはそう思います」
「じゃが……、お願いとゆーからには何してしてくれるんじゃ」
「そうですわね。お願いするには何かしなくてはいけませんね……」

 ふと考えるような仕草をした。が考えている間に、モーゼスは次に来る答えをなんとなしに考え始めた。いつも斜め上を行く彼女だから、何を答えるのだろうと。そういう好奇な考えだ。だが、モーゼスが想像しない答えをは出した。

「ガルド、ですか?」
「……」
「とは言えわたくしは今あまり手持ちはないので、少々待って頂くことに……」
「……ワイはガルドなんていらん」
「そうですか、それなら困りましたわ!」

 こんな真っ直ぐで濁りのない目をした彼女がそういう事を言うとは思っていなかった。ゆっくりとモーゼスは冷静になってくる。少しずつ親しみを持ち始めた彼女へ、これは一種の幻滅だ。よく知りもしないで勝手な想像で勝手に人物像を作り始めたのだから非難をしようとはしないが、ガッカリした。

「姐ちゃんのうちは金持ちか何かか?」
「それは……どんな定義でお金持ちと決まるのですか?」
「……そりゃ、こんなのに住みゃせん人間じゃ」
「あら、それなら」

 真っ直ぐと、濁りのない目で、は言う。

「ほとんどの方が当てはまるのですね」

 この少女はきっと世界を知らないのだ。

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