散らない花は美しいか

06

 それから、セネル達が来たのは少し時間が過ぎてからのことだ。たった僅かな時間セネルを見てなかったはずだというのに、彼の手は幾分負傷しすぎている。

「こんな所にいた……!」と、セネルはを指差し叫んだ。
「?ドアは壊れなかったのですか?」
「……はい……。ですが……あの……」
、君には言いたい事がたっぷりあるがそれは後にしよう……」

 なんとも言えないウィルの威圧感や睨んでくるセネル、そしてチラチラと心配そうに見ているクロエ達には首をかしげていると、モーゼスはやっと面白くなったという顔をした。

「ワイもギートも待ちくたびれたわ」
「鍵をよこせ!」
「ほうかほうか、そがあにこの鍵が欲しいんか」

 モーゼスはわざとらしく鍵を高く持ち上げた。それを見たセネルは目の色を変える。そして即座に殴りにかかったが、どうしてもにはその行動の意味が分からなかった。

 どうしてそうやって挑発しようとするのか。どうして物事を穏便に片付けようとしないのか。そう考えてくると、そもそも、どうして攫ったのか、という疑問も浮かぶ。無意味に人を攫ったりはしない。先ほどのの『お願い』を断った様子からすると、ガルド目的ではないだろうし、それならば、それならばなんだ?

様は攻撃の当たらない所へ……!」
「クロエ……」
「早く!」

 クロエに押されて部屋の隅に背中がぶつかる。ここなら確かに何も当たらないだろう。

 モーゼスは恐らく好んで人を殺したりする人間ではない。それはなんとなく察していた。だからこそこの誘拐の意味が分からなかった。生活に困っているわけでも、なんでもない。だが、

「ブーイングダンス!——アンチシェルター!」
「っ!」
!その行動はありがたいが、君は決してそこから動くなよ!」

 こうして戦っている以上、彼は敵なのだから牙を見せるしかないだろう。

 ウィルの声の通り、はそこから動かなかったが、が動かずとも、危険にはなるのだ。モーゼスがこっちに走ってきた。非戦闘要員だと思ったから今まで存在を無視してはいたが、こうも援護をかけられては困るものだ。

様あああ———っ!」
「驚羽ッ!」

 槍が目前に迫る中、は瞬き一つしないで呪文を唱える。

「ッレイ!」

 それは無詠唱だったせいで幾らか効果が薄れたが、それでも無事に海属性爪術であるレイを発動することが出来た。刺すように空から振り落ちる熱光線はモーゼスの槍を焼いた。

「!?姐ちゃんワレ……」
様から離れ、ろっ!!散沙雨!」
「お前の相手は俺達だ!」

 また呼吸がおかしい。あんな目前まで槍が迫ってきたのだから仕方ない。いやもしかしたら、いや、いや、だけど、きっと気のせいだ。
 少し青くなっている気がする顔をふり、思考を止めようとする。そうやってあれこれ考えていると、外から声が聞こえてきた。

「アニキ!敵襲です!!」

 入ってきたのは緑色の髪をした男だった。セネル達は再び身構えるが、その男はセネル達を素通りし、モーゼスの元へ行った。

「敵襲!?」
「もうアジトの入り口まで来てます!」

 そう言うと、部屋の奥にある大きな窓の元へ走った。思わずそれについていくと、そこには何十とも言える軍隊が下で山賊たちと戦っていた。その中央には女のような姿が見え、何かを言っているようだったが遠すぎてよく聞こえない。
 だがしかし、あの赤は、あの紋章はクルザントのものだ。

「……!」
「あいつら……!」
「セネル、心当たりがあるのか?」

 あんな軍隊など遺跡船にいなかった、と断言したウィルは思わず声を上げたセネルに問うが、セネルは気まずそうに口ごもるだけだった。だが、心当たりがあるのは彼だけではなかった。

「……………」
「……様?何か仰いましたか?」
「い、いえ、何も……」

 そうこうしているうちにモーゼスは窓から離れていた。下で部下が戦っているのだからそちらに向うつもりなのだろう。不機嫌そうに部屋にある新しい槍を装備した。

「オウ、そこのワレ」と、セネルを指して、手に持っていたものを投げる。「その鍵が欲しいんじゃろ?拾っとけや」
「モーゼス……?」
「勘違いすんな。一時、預けとくだけじゃ。ワレとの決着は、いずれきっちりつけちゃる」

 そう言うと、男と獣を連れて一目散にこの部屋を出たので、それを慌てては追った。鍵を貰ってしまった以上、何かをせねばと思ったのだ。例えそれが今まさに刃を向けてきた人間だとしても。

「全く、殿方というものは急ぐのがお好きのですわね!——チアダンス!」

 廊下の端からの発動だったので、届くかどうか危うかったが、どうやら届いたようで、モーゼスがびっくりした顔をして振り返る。

「姐ちゃ———」
「鍵の『お願い』を聞いてくれたお礼です!さあ早く!」

 確かに結果的には無償で鍵を渡したことにはなったが、その前に戦ったりしていなかっただろうかという疑問がモーゼスが浮かんだが、急いでいる今はさっさと体を戻し背中を向けて腕を挙げて礼を言うだけにしておいた。ああ、やはり変な女だ、と。

 モーゼス達を見送り、は囚われているシャーリィの部屋の前に立った。セネルとウィルはまだ外の様子を伺っているようで、逃げ道の確保をしようとしているようだ。そして先ほどのセネルのようにノックをしてから、彼女に話かけた。「あなたのお兄様が鍵を手に入れましたわよ、シャーリィ様」

「わあ…!本当ですか?さん」
「ええ、今ここを……」
「………え?」
「シャーリィ様?」
「だ、誰……?」

 は首をかしげた。初めは自分に言われているのかと思ったが、そうではないようだ。扉越しに物音が聞こえる。恐らくシャーリィが扉の前まで来たのだろう。だがそれは扉を開けてもらうのを待っているのではない。彼女は逃げている。

「い、や……あなたは誰……?来ないで……」
「ねえ、どうしたのです?」
「っきゃあああ!!」
「!」

 シャーリィの叫び声が、走ってきたセネル達にも届いたようだ。セネルは持っていた鍵を時間短縮のため、その場にいたに投げたが、は上手くキャッチ出来ずに鍵を落としてしまった。

「おい!!」
「——ファイアーボール!!!」

 セネルの怒鳴り声と同時だった。建物の中だからと遠慮していた爪術を全力で発動させ、扉は全壊する。先程までセネルが殴り続けていたので壊れやすくもなっていたのだろう。ぐらりと一瞬、建物は揺れたように感じだが、上手く扉だけにぶつかったようでそれ以降揺れはなかった。どこかしらで見るであろう下級爪術のはずだが、その威力にウィルは目を見開いてはいたが、それどころではないと、急いで扉の中に入った。

「君は足よりも手がでるタイプなのだな…!」
「シャーリィ!」

 ギラギラと光るは数多くの財宝。一つ一つは美しいが、これほどまで宝石や金品を乱雑に床に敷き詰められているのは悪趣味だとは感じた。
 そしてその奥。ぐったりとしたシャーリィが紫色をした半透明の球体のようなものに入っていた。非現実的な有様だったが、それを見てしまったからには信じるしか他ないだろう。その横には白いターバンを巻いた男がいた。

「お前は!」

 セネルは忌々しいというように叫ぶ。その男は、ちらりとこちらを見るが、すぐに目を逸らした。

「お前は輝きの泉にいた空飛ぶ男!」

 どうやらセネルとウィルはこの人物に会った事があるようだ。だがそれは友人や知人などという関係ではないだろう。恐らく特徴を捉えたであろう『空飛ぶ男』という呼び方はとクロエには疑問点しか浮かばなかったが、次の瞬間、男より黒い羽が生えたことによりその意味をようやく理解した。
 そして男は浮かびあがり、紫色の球体が彼につられるように動いた。

「グレイブ!」
「っ待て!」

 再び、セネルと同時に叫んだ。だが、地面より岩の塊が発生するグレイブでは空を飛ぶ彼には届かなかった。それでも、邪魔されたという事でなのか、男はを睨んだ。

 二人の制止する言動もむなしく、男は窓より空へと消えてしまった。

「くそっ!あいつ、どこへ行く気だ!」
「ウィル様、このまま真っ直ぐだとどちらに着くのです?」
「……申し訳ないが俺には分からない」
「水晶の森だ!」

 急に、見知らぬ声が聞こえて4人は振り返った。

「あの空飛ぶ男は水晶の森へ向かったはずだ!」

 その人物は、先ほどモーゼスらと一緒に下へ向かったはずの緑髪の男だった。下ではまだ乱戦は続いているはずだ。その証拠にまだ騒がしい。
 走ってきたのか額には汗がにじみ出て、少々息切れ切れに彼は言う。

「アジトの裏口から行ける。ついてきてくれ!」

 一同は困惑したが、他にする術もなかったので、今は彼の言うとおりに裏口に行くことを決め、そしてまた走り出した。

「——アンタ、大丈夫か」
「え?ええ、このくらいのスピードには、な、慣れましたわ」
「……」

 スピードに慣れるというのには、それ相応の運動をしていれば、という話だ。のように今まで全く運動をしてこなかった人間が、着いて行ったからと言って、それじゃあ今度から大丈夫ですなんてことはない。その証拠に、もう既には走りながら喋ることに限界が来ている。セネルはため息をつくと、の腕を掴んだ。

「セ、ネル様?」
「その喋る余裕を足に回せ!」

 セネルは少なからず、を認めていた。何がどう認めた、と言う具体的なものはないが、今までの『正体不明な女』という印象から随分進化しただろう。どうしてこんな必死に一緒になってシャーリィを追っている理由は未だ分からないが、先ほどの爪術を思い返すと、セネルからすればそれは認めざるを得なかった。この女の力は信用していい、と。
 つまりは多少なりともセネルはに対して仲間との意識を持ったようで、そのいきなりの行動には目を丸くした。

「ここを出て真っ直ぐ行けば、水晶の森だ」

 木製のドアを開け、男は言った。いつの間にか裏口までたどり着いたようだ。は息を整えながらセネルから少し離れた。

「なぜ、俺達に協力する?」

 ウィルが当然の疑問を口に出した。それはクロエ、もちろんセネルやも同じで、ここまでずっと先頭に立っていた男を見た。身なりは若い男のようだが、どこか大人びている。その男は、少し口先を緩めて言った。

「アニキがあの場にいたら、きっとこうすると思ったのさ。——それに、お礼のお礼!」

 その言葉にクロエ達は目を合わせるが、は一人、緑髪の男を真っ直ぐと見て、そして小さく微笑んだ。「それじゃあまたお礼をしなくてはいけませんね」

 そんな笑顔を浮かべた二人と対象に、クロエは重々しく聞いた。

「——これとは関係ない話だが一つ聞きたい。腕に蛇の刺青をした剣士を知らないか?」
「!……クロエ……」
「蛇の刺青……?いや、心当たりはない」
「……そうか」

 クロエは目線を下にし、肩を下げた。

 蛇の刺青の剣士。その容姿の説明をは聞き覚えがあった。他でもない、クロエから聞いた言葉だ。『聞いた』というよりは目にしたもので、随分昔の話だったが、今でも昨日の事のように思い出せる。過去を語ったクロエの姿を。彼女はまだ追っていたのか、なんて言うつもりはない、が。

 緑髪の男と別れ、外へ出ると、何だか久方ぶりの太陽の光を浴びたように感じられた。

「さて……」

 一番前を歩いていたウィルが突然止まり、ぐるりと体を反転させた。その突然の行動に3人で目をパチパチさせていると、ウィルはの前まで歩いてきた。

 そして、力いっぱい、殴った。

「……っ!!!!」
「れっ、レイナアアアアアアドオオオオーーーーー!!!そこに直れ!!!私が首を斬ってやる!!」
「お、落ち着けクロエ」
「どうして落ち着いていられる、クーリッジ!あ、ああ、様大丈夫ですか…!?」
「え、ええ……」

 この頭の衝撃は久しぶりの事すぎて、初め何をされたか分からなかったが、ああ、そうか、今殴られたのかとようやくは実感した。頭が凹んだのではないのかと思えるほどの威力に思わず頭の形を確認したがちゃんと丸かった。そして生理的に涙があふれ出てくることに冷静に関心しながらいると、ますますクロエはわたわたと慌て出した。

「いいいいいい今すぐに私がレイナードを……っ!!」
「……クロエ、いいのですよ」
「………殴られた理由は分かっているのだな」

 は頭を抑えながらウィルを見た。

「君が、どんな理由でここに来たのかは分からない」
「わたくしは、シャーリィ様の救出のためですわ」
「……そうか。それは分かった。君がセネルと地下に落ちてしまったのはセネルのミスだ。そしてそのせいで一旦街へ戻る事が出来なくなったのも一応、こちらのミスだ」
「うるせえ」とセネルは小さく言った。
「だが、」

「今君は『団体行動』をしているんだ。無断で勝手にどこかに行かれては困る」

 壁を殴っているセネルの傍を離れ、一人でモーゼスの元へ行った事についてだと、は既に分かっていたし、先ほどウィルも言っていた。言われた言葉を飲み込みながら、は涙目になっている瞳を上げた。

「わたくしは……良かれと思ったのです」
「君の行動が全てが悪い訳じゃない。ただ、我々に一言言ってもらいたかった。——クロエなんて一度一階まで戻らんばかりの勢いだったしな」
「………し、心配したのですよ……」
「……ごめんなさい……」
「次からはそういう行動は慎むように」
「………次?」

 が返事をする前に、クロエが頭を傾げた。

「どうかして?クロエ」
「つぎ、って……様はこのまま私と街に帰るのでは……?」
「あら、どうして?」
「確かに俺もそうするつもりだったが、彼女がいる方が心強い」
「は、話が違うぞ!」
「クロエ、元々ウィル様は『少々我々と行動してくれないか』と仰ったのよ?違うもなにもないわ」
「で、ですが……!」

 ウィルは多少疑ってるにしても、をただの貴族の娘だと思っているからそう言えるのである。もちろん、『ただの』貴族だったとしても連れまわすのは良くないが、この少人数のメンバーから1人でも欠員を出すのは痛手だ。遺跡船に来たのはお忍びかなんかだろうが、それが本当に本物のお忍びなのだ。の正体を知っているクロエはもういっそ、の事情なんてそっちのけで、大声で彼女の肩書きを大声で言いたい気分だ。

「……だから、話してるだけなら置いていくぞ」
「クーリッジ!お前からも何か……!」

 一対二ではどうも分が悪い!という事でクロエはセネルに助けを求めるが、セネルはめんどくさそうな顔をして、「別にどっちでもいいだろ」とだけ言った。

「セネル様がそう仰るのなら私はついていきますわ!」
さ……」
「何、は後衛なんだからクロエが守ればいいさ」

 簡単に言いのけるウィルを横目に、クロエは渋々の前に立ち、「絶対に無理はしないで下さいね!」という言葉と眼力を発揮した。

 だってこの方は!

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