散らない花は美しいか

07

「聖ガドリア王国第一王女………」

 カラフルな家具の置いてある丸い部屋。その中で一人、黒髪の少年は独り言を言いながら資料を捲っていた。その資料は手書きであったり、最先端の印刷技術とやらを使用したものだったり、そしてその共通点といえば彼が独自で調べ集めたということだけだ。中には捲るのを慎重にしなくてはいけないほど、脆い紙もある。
 彼女・と別れてから真っ先に自室に戻り、情報を照らし合わせることをしていた。

「あー!また仕事してるキュー!!ここの所ずっと仕事ばっかりだったんだから休まなきゃ駄目だキュ!」

「ジェイ!」そう呼ぶのは、ただ動物と呼ぶには知能が発達しすぎているし、獣と呼ぶには温厚すぎる生き物であった。遺跡船でまるで身を潜めるように生活するこの生き物はモフモフ族と呼ばれている。いや、ほとんどの文献では載っていない名前だから、自らをそう呼んでいるだけなのだが。
 そしてそのモフモフ族の一人は、家族である人間の少年、ジェイを呼んだのだ。

「違うよ、違う。これは仕事じゃないよ」
「じゃあどうしてずーっとそれを眺めてるキュ?」

 クネっと体を揺らした。情報屋ジェイは、外にいるより幾分も柔らかい笑みを浮かべ、それを眺めながら言った。
 ここにいるときのジェイは素だ。ただの物知りの少年でしかない。

「知りたいことが出来たんだ」
「……まだジェイの悪い癖キュー」
「大丈夫だよ、このくらいじゃまだ倒れない」
「倒れてからじゃ遅いキュー!」

 確かに正論だが、自分の体のことは誰よりも分かっている。それでも心配している生き物達に喜びと少しのうっとおしさを抱え、ジェイはようやく資料を置いた。ジェイが興味あって調べているということには、興味があるのかモフモフ族の一人は机に近づく。

「ガドリア?大陸にある王国がどうしたキュ?」
「うん。そこの第一王女様をこの前遺跡船で見たから、ちょっとね」
「王女様って、確か一番下の妹だキュ?」
「そうそう」

 遺跡船に住むモフモフ族はここの事しか知らなかったはずだが、どうやら自分があちこちの情報を集めているせいで、大陸のことまで知るようになったようだ。

「どうして彼女が今ここにいるのか……」

 あの時ヴァーツラフの名前を挙げて反応を見たが、それだけが目的なら単身で来るはずもない。それに、「今、なぜ」が重要だ。

 しかしこの資料だって、つい最近調べたのじゃなくて、前からこの家に置いてあったものだ。だから、今更見返しても新しい発見というよりは、見逃していたものを発見するだけ。モフモフ族の一人は、資料から目を離し、顔を上げジェイに聞いた。

「でも前に、王女の様は大病を患ってるんじゃなかったキュー?」

 それがここ近年公に姿を表さなかった、理由。



 水晶の森とは、そのままの通りの名前で、青色をした水晶があたり一面に広がっているところだった。そしてその水晶の色を反射してか、所々にある木々は皆、青色を帯びた灰色をしていた。そのキラキラとした水晶の輝きは、まるで海の中にいるように思える。

「ここが……水晶の森……」
「水晶の道が続いているが、何分ここは迷路のようになっていてな。はぐれないように気をつけろよ」

 ウィルは主に、を見て言っていたが、はこの見慣れない風景に夢中になっているようで、きょろきょろと彼女には珍しいほど忙しなく辺りを見回していた。
 元々、王国の外はおろか、屋敷の外に出たことさえも指折りだった。ただでさえ珍しい遺跡船の風景に夢中にならないわけがない。ずっと記憶に残しておきたいと思えるくらい、綺麗な景色だからこそ尚更だ。

「んぎゃあああああ!」

 突然、悲鳴と呼べる声が聞こえてさすがのも見ることをやめ、身構えた。その叫び声が聞こえたところからは一人の少女が走ってきて、こちらを見ると急に止まった。

「ああ、ねえ!ちょっとちょっと!」
「……?」
「助けてほ……おおーーーーっ!?」

 話の途中だったが、大きな蜘蛛のようなモンスターが現れたことにより、少女はまた明後日の方向へと逃げていった。そして、その蜘蛛はこちらを一瞥したのだが、その体は少女が消えた方を向き、どすんどすんと大きな音を立てて歩いていった。

「まあ……頭が良いのね」
「そ、そういう問題ですか!?」
「今のは……クリスタラチュラか。見た目は恐ろしいが性質は温和で、普通人を襲うことはない」
「襲っていたようにしか、見えなかったぞ」
「ただし、自分の巣に立ち入った者には容赦しない」

 光るものを集める習性があるというクリスタラチュラによくトレジャーハンターが痛い目に遭うという。つまり、先ほどの少女はクリスタラチュラの巣にうっかり立ち入ってしまったのだろう。足は遅いようだが、あれほどまでの図体だ。

「とにかく、後を追いかけよう。放ってはおけない」

 正義感の塊といえるクロエは、キッパリとそう言った。が、「なら、一緒に行くのはここまでだな」

「俺はシャーリィの方へ向かう。あの女には興味がない」
「興味の問題ではないだろう!何て器量の狭い男なんだ!」
「そうですわ。確かに急ぐのはそうですが……周りの事も少しは見たらよろしいのでは?」
「お前達がお節介すぎるんだ」

 クロエと同じくらい、キッパリとセネルは言いのけた。よく言えばシャーリィの事を第一に考えている発言だが、悪く言えばそれ以外はどうでもいいというようなセネルの態度にクロエとは二人してセネルを睨んだ。もちろん、セネルはセネルで自分の正しいと思うことを言っているのだがら、そうやって避難されるのは心外だ。3人でにらみ合っていると、ウィルの仲裁が入った。

「3人とも、やめないか」

 その言葉に、セネルとクロエは睨むのを止め、相手が視界に入らない方向へと顔を向けた。はまだ納得いかないようで、セネルの背中から視線を動かし、ウィルを見た。

「どうせ進む方向は一緒だ。シャーリィ救出を優先にしつつ、あの少女のことも、気にかけておこう」
「わたくしとクロエで先ほどの少女を助けに行きますわ」
「……勝手な行動は、」
「勝手ではございません!ちゃんと申したではありませんか!」
「やれやれ……」

 確かに、一人で勝手にモーゼスの元へ行ったには団体行動をしてる以上今度から前もって言うようにと言ったが、ここでそれを使うとは。

「俺達と別れるのはいいが……シャーリィ救出は出来なくなるぞ」
「どうして?わたくしは、あの少女も助けて、シャーリィ様も助けます!」
「あっちもこっちも出来る訳ないだろ」
「……セネル様はシャーリィ様の事しか考えておりませんのね」
「何だよその言い方。それが悪いってのか?」
「別に、何でもございませんわ」

 つんとは目線を逸らすが、セネルはまだ納得いかない顔をしている。そんな普段とは違う彼女の様子に、クロエは驚いていると、ウィルはクロエに小さく耳打ちした。

「彼女はいつもああなのか?」
「いや……普段はもっと大人しい方だったはずだが……」

「第一、セネル様はおかしいですわ!」
「はあ!?」
「シャーリィ様に向ける笑顔はとっても穏やかなのにどうして周りにはそれを見せないのです?貴方はあんな風に自然に笑える方なのに!」

 は常に思ったことをそのままいう。それは着飾りもしない言葉だ。だが、それは普段他者から褒められ慣れていない——これを褒めているというと少々疑問だが——セネルからすると、一気に怒りの熱は冷め、羞恥の意味で顔を染めた。

「お、お前は、何でそういう事言うんだよ!」
「……わたくし、おかしい事言ったかしら?」
「っ!も、もういい!」

「どうせ別れるにしたって途中まで一緒なんだろ?さっさと行くぞ!」とセネルは早口に言うと、誰よりも先に道を進んだ。
 そこに残るはどうして怒鳴られているか分かっていないと、噛みあっているんだかいないんだかよく分からない二人に対するため息をつくウィルとクロエだった。



「3人とも爪術士だなんて思わなかった。早く言ってよ、も〜!」

 そう言うのは先ほどまでクリスタラチュラに襲われていた少女で、怒りで我を忘れたクリタラチャラを彼女の代わりに倒す羽目になった一向は呆れた表情で彼女を見た。ちなみに、暴走しているモンスターということで、クロエから一切手を出すなと初めに言われたせいで、は端っこに立っているだけだった。足よりも手がでるにしては珍しく援助も何もなかったのは、このクリスタラチュラに襲われていた少女を診るのに精一杯だったのが一因だろう。お気楽そうにはしていたが、疲労はしていたのだ。

 そして少女はセネルに近づき、ボソボソと内緒話をするように続ける。

「やっぱさ、人は助け合わないと駄目だよね?誰かのために役立つのって最高だよね?」
「まあ!確かにその通りですわ!人は誰かのために何かを——」
「アンタは黙ってろ!……何の話だ」

 いつか言ったようなことをセネルは近づいてきた少女から離れてに言った。

「ほら、この子はよく分かってるじゃーん!ねえ、おねーさんは爪術士じゃないの?」
「っ様に気安く近づくな!!」
「クロエ……」先ほどはこの少女を助けると息を巻いていたクロエのこの変わり様に恵みは小さく肩をおろした。

「うん、決めた!あんたら、あたしの仲間にしたげるよ!」

 そう少女は言うと、の肩を抱き、ピースを作った。その突拍子のない彼女の言動にセネル、ウィルそしてクロエは一斉に指を刺して突っ込んだ。「何でそうなる!」

「使える爪術士を探してたの!3人一緒だなんて願ってもないわ」
「このお三方は素晴らしい爪術士だとは思いますが……」
「やっぱそうなのー!?きゃー素敵!仲間になってくれてありがとうね!」

 にくっ付いているせいで、彼女がバタバタ揺れるたびにの体も揺れる。ヒールを履いているより小さな身長をしているが、そのヒールのせいでバランスが取れないことになっているのを彼女はまだ知らないようだ。倒れそうになる前にウィルが彼女に質問した。

「……お前、名前は」
「あたし?ノーマ・ビアッティ!何を隠そう、凄腕!トレジャーハンターよ」
「そこまで聞いておらん。——ノーマ、空飛ぶ男を見なかったか?女の子も一緒のはずなんだが」
「空飛ぶ男?あんた馬鹿じゃないの。曲芸見たけりゃサーカス行きなって」
「それが本当にいらっしゃるのよ……」

 額に血管を浮かばせたウィルからは目を逸らしていると、案の定、ウィルは「誰が馬鹿だ」と言って、ノーマの頭を思いっきり殴った。

「のごっ!」
「こうしている場合ではないな」
「だから言っただろ。こんな女助けなくて良かったって」
「結果論だとしてもそれはひどいですわ、セネル様」
「先ほどのはトレジャーハンターを名乗った暗殺者という可能性は……」
「……クロエ、の心配をするのはいいが、あそこまでおちゃらけた暗殺者なんていないと俺は思うぞ」

 待てと叫ぶノーマの声を聞きながら一同はその場を去った。何度か後ろを振り返ろうとしたが、これ以上面倒ごとはごめんなのか、いちいちセネルはを前に向かせた。終いにはセネルがを引っ張って歩くようになっている時、ノーマはの横にぴったりと立ち、セネルの肩を叩いた。

「ね〜仲間になってよ〜。仲間になってってば〜」

 どうやら狙いをセネル一人に絞ったようだ。セネルは静かにの手を離し、ノーマを無視するように視界にいれないまま真っ直ぐ前を向いていた、が、

「何でならないんだよ!」
「お前がキレるなよ!」

 理不尽なノーマの逆切れに反応してしまった。うっかり反応してしまったセネルは慌てて視線を逸らしたが、もう遅い。だが、次のノーマが何か言う前に、先に何か見つけたウィルが走っていったのでそれについていくことにした。

「行き止まり……ではありませんわよね」
「ああ、本当なら梯子を使って行き来できるのだ。しかし、誰かが落としたようだな」

 一枚、少し薄くなっているであろう壁をセネルは叩いた。カンカンと高い音がするが、ちょっとやそっとでは割れないだろう。
 爪術では、とは考えたが、下手をすればその壮大な自然を破壊してしまうかもしれない。いや、下手をしなくとも、この壁を壊す、というだけで躊躇うものだ。

「ふ〜ん、ここを通りたいんだ」

 セネルの横で、ノーマは言った。

「ねえ、セネセネ」

 早くもあだ名で呼び始めたノーマにセネルとウィルとクロエは顔を引きつらせた。はというと、あだ名というものが分かっていないせいか、誰を呼んでいるか分からず頭に疑問符を浮かべている。

「クロエ、『セネセネ』とは何ですの?」
「あ、ああ……恐らくクーリッジのあだ名です」
「あだな……親しい間柄で使われる名称の事ですの?」
「……彼女がどんな意味で使ったのかは分かりませんけど……」

「あんたらもいいわね?えーと……」

 いつの間にか話は進んでいたようだ。ノーマがこちらを見て何か悩んでいるような顔をする。その表情の意味を理解したのか、セネルはノーマに向かって言った。

「ウィルにクロエに、だ」
「じゃあウィルっち!んでもって、クーに、ンだね!」

 突然決まったあだ名に、ウィルとクロエが突っ込んだが、は一人呼ばれた名前を心の中で繰り返した。
 クロエや周りからは常に様と呼ばれているし、呼び捨てに呼んでくれる者もいるがごく僅かだ。クロエに聞かなきゃ分からないほどに、あだ名というものをよく分かっていない。そんな自分があだ名で呼ばれたのだ。

「き〜まりっ!それじゃ、かる〜くぶっ飛ばしますか!」

 一人で感動に浸っていると突然、目の前で大きな音がした。初めはぽかんと、状況把握が出来ていなかったのだが、ノーマの爪が光っていること、そして、先ほどまであった壁がなくなったことを見て、ようやく場を理解した。確かに、先ほど扉を爪術でぶっ壊した女性がここにもう一人いるが、こんな自然物を大胆に壊してはない。
 出来上がった通路の前で誇らしく腰に手を置いているノーマを、再びウィルは力いっぱい殴った。

「大馬鹿者!貴重な自然景観を台無しにしおって!」
「だって〜」と、ノーマは頬を膨らました。
「一緒に来い!」

 ウィル曰く、ノーマを野放しにしていると何をしでかすか分からないから監視という名目で一緒に来させるということだ。は一緒に行く人物が増えるということに喜んでいたが、セネルは始終呆れ顔だった。

「ウス!」
「うす……?」
「よろしくって意味だよ〜〜ン!」
「まあ、そうなのですか」
「ノーマ!様に変な事を教えるな!!」


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