想像以上に、セネル達の到着は遅かった。道はこっちに続いていたのだから、こっちに来るはずだが、もし道を引き返していたのなら。
「やはり、帰ってしまったのでしょうか……」
待ちぼうけを食らったは少し頬を膨らませた。置き去りにされたことを怒っているのではなく、キュッポが「セネルさんが来るまで一緒にいるキュ!」というので、身動きが出来ないことだ。戻ってシャーリィや、ワルターの様子を伺いたいが、それも叶わなかった。どうやらキュッポはが元気だとは納得したようだが、過保護扱いするのをやめないらしい。
「そんな事はきっとないキュ!さんを置いてくはずないキュ!」
「……セネル様たちと会ったことが?」
「ないキュ!でも、ジェイが待ってろって言うなら、きっと来るはずキュ」
両手を上げて高らかにキュッポは言った。「それに、さっきピッポが様子を見に行ったみたいだから、そろそろ戻ってくるキュ!」
ピッポというのはこのキュッポの弟で(ついでにもう一人弟がいるらしいが、今はいないらしい)、彼らはこの村の跡地の片付けをしていたらしい。丁度手が空いたときに、とジェイが来たようで、暇になったとのことで、キュッポはの傍に、ぶつくさ言うのために弟のピッポは先ほどの道を戻ってくれていたのだ。
そろそろ、とは言うが、キュッポはさっきからそればかりだ。は仕方なしに、ただ顔だけを動かし、とくに見る風景でもないこの景色を見ていると、フと、崖の下に影を見た。鮮やかな髪色に帽子のようなもの。人だ。
「あっ!」
その人はたちに気付くと、慌ただしく走りだした。どこへ向かうのかととキュッポは顔を見合わせたが、いつの間にか彼女は崖を上ってきていた。
「よう、ようやく人に会え……じゃない!小生こそ28代目ワンダーパン職人だパン!」
「……ワンダー……?」
「パン、だキュ?」
「ワンダーパン職人流パン術を免許皆伝してるんだパン!今日は二人……?あれ?——一人と一匹にこの至高のパン術を教えにきたパン!決して迷ったりとか、迷って本当に悲しくなってちょっと泣いたとかないパン!」
「まあ、迷ったんですか」
「違うと言っているパン!小生は強い子だパン!」
おそらく、道に迷ったこの自称ワンダーパン職人は人がいると否や駆け寄ってきたのだろう。そこで自身のプライドが邪魔をし、ここにいる意味はパン術とやらを教えるためだと言い訳をしたのか。
「道に迷ったのなら大変ね……わたくしもあまりここの地理に詳しくないのですが、きっとキュッポなら送ってくれるわ」
「どーんと任せてくれだキュ!」
「だ、だから違……っ!」
ワンダーパン職人はじたばたと文字通り地団太を踏むと、悔しそうに「これを食らうパン!」とバッグから取り出したものをとキュッポに投げた。それは紙に包まれていて、どこか暖かい。例えばもしここにセネルがいたのなら得体の知れないその二つをたたき落とすかもしれないが、ここにはとキュッポしかいない。二人そろってしげしげとそのものを見ていた。
「ハンバーガーだパン!」
「ハン………?」
「これを食べてワンダーパン職人の恐ろしさを噛み締めるパン!字の通り!」
キリッとしていう職人は置いといて、ともあれ、食べるものをくれたらしい。覚えば食事をしたのはそれなりに前だ。少しお腹がすいた気もする。包みを開けてみると、パンとパンに肉と野菜が挟まっている食べ物が見えた。
「あっ!そこのセレブ女子!間違ってもパンと具をバラバラにするとか、フォークを使うなんてありふれたギャグなんてするんじゃないパン!」
「ではどうやって食べるんですか?」
「その紙を少し捲って食べれば手を汚すこともないパン!」
もちろん、からすれば初めて見る食べ物だった。職人の言うとおり、捲ってみると、確かに手を汚すことはないだろう。それに感動していると、職人はさらに誇らしそうな顔をした。
「これがワンダーパン職人の——」
「ありがとうございます、丁度、食事を摂りたいなと思っていたところだったので」
「美味しいキュー!」
にっこりと、笑顔を向けると、職人はまるでまぶしいものを見たかのように、目を覆った。肩を震わせて、まるで泣いているようだ。
「う………うう……!その笑顔だパン……!だからこそ小生はこの道で生きるって決めたパン……!!」
これまで、とある銀髪やとあるマリントルーパーや某兄貴などからは冷たいあしらいしかされなかった彼女にとって、この待遇は願ってもないことだった。元は人の笑顔が見たくてパンを作り続けたのだ。
「っま、また会おうパン!」
感極まったワンダーパン職人は、その涙を隠すためか、たちの傍から駆け足で去った、が、すぐ近くに崖があることをすっかり忘れていたのか、足を滑らせそのまま滑り台のように全身で滑っていった。
驚いたたちが駆け寄ろうとする前に、そのの腕を誰かが止めた。
「あ、あんた何やってんだよ!」
「………セ、ネル様?」
「ここは足場が悪いんだぞ!?」
それはも知っていた。
怒鳴られてポカンとしたまま、振り返ると、そこには見慣れたメンバーの面々がいた。ハラハラとした表情のクロエに、呆れ顔のウィル、そして「〜ン!会いたかったー!」とセネルごと抱きついてきたノーマ。それをセネルが冷たく払って距離を置いた。
「どうして崖なんかに向かおうと……!?」というのはクロエで、曰く、傍からみた様子だと、とついでにキュッポはまるで暴走して崖に飛び降りようとしているように見えたらしい。
それを否定し、は崖の下で蹲っている職人を説明した。
「ああ……あいつはほっといていいだろ」
「……まあ……彼女なら……」
「クロエまで!どうしてですか!?」
「俺たちはちょっとした顔見知りなんだ」
と、は後ろから歩いてくる2人に目が言った。片方は先ほど少し見た、ピッポ、そして、もう一人は——。
「あ、ほら、セネセネの妹さんだよ!リッちゃんだよ!」
「リッちゃんじゃなくて、シャーリィと言ってあげないか」
人見知りのけがあるのだろうか。シャーリィは顔を下げ、目だけでの様子を伺うように見ていた。そこでは、少し早目の足取りでシャーリィの前まで立った。実際の身長では同じくらいかもしれないが、ヒールのある靴を履いている分、の方がいくらか大きい。意識はしてないだろうがどこか少し見下げるようなの視線に、シャーリィは少し縮こまった。
「おい」と声をかけたのはセネルだ。何もしてはいないが、まるでシャーリィが苛められているような絵を見ているのは耐えられないのだろう。
そんなセネルを少しだけ見、は口を開く。
「わたくしはです。こうやって顔をみて挨拶するのならば、初めましてですわね」
「は、はい。えっと、シャーリィです」
おどおどとした表情。シャーリィにとってのような存在は初めてだった。どう接すればいいのか分からないようで、視線を何度か下にずらした。だが、そういう感情の変化に鈍いからすれば「どうしたのだろう」と心の隅で思うくらいで、シャーリィが困っているなんて夢にも思っていない。
「そうですわ」と言ったのは無論だ。「きっと、シャーリィ様もお腹すいていらっしゃるわよね?先ほどこれを頂いたのではんぶんこしましょう」
そういって自慢げに取り出したのは先ほどワンダーパン職人からもらったパンだ。
「ハンバーガー……ですか?」
「あら、もう存じてたのですね。わたくしばかり何も知らないみたいですわ」
「えっ!?……き、きっとそんなことないです、……よ?」
そこまでオーソドックスな食べ物だったのか、とは不器用ながらハンバーガーを半分にした。「どこで貰ったんだよそんなの」とセネルは突っ込むが、シャーリィは黙って受け取った。そしての顔を見上げると、もまっすぐにこっちを見ていたので、慌てて視線をパンに戻した。
食べないのか?というの目につられて、シャーリィはゆっくりとパンを口にする。食事をすることは当たり前のことだというのに、なんだか嬉しくて、今までのこと、突然連れ去られたことを思い出して、気が付けば涙を一筋流していた。
「シャ、シャーリィ!どこか痛むのか?」
「っ違うの……」
「そのパンが傷んでたのか?」
「え゙!様大丈夫ですか!?」
「もー二人共落ち着きなよー」
「小生のパンが腐ってるはずないパンーー!!」
「が、崖の下から必死にアピールしてる……」
「ハンバーガーはちゃんと美味しいキュ〜」
「そんならあたしにもくれるキュー!」とノーマがマネをしたところで、「って、あれ?」合流してからようやく、キュッポの存在に気づいた。一同はピッポとキュッポを見比べた。
「……モフモフ族は分裂するのか?」
「しないキュー!こっちはキュッポ兄さんだキュ」
「兄さん!?」
「キュッポ兄さんはモフモフ族一の武闘家なんだキュ!」
「押忍!だキュ!」と、キュッポが拳を出す素振りをするので、つられても同じようなポーズを取った。「押忍!ですわね!」
「様どうされたんですか!?」
「わたくしもノーマや彼のようにこういった事もしてみたくて……」
「まさか前の『ウス』ですか……?ノーマみたいにならなくていいんです!」
「ちょっとクー!それどういう意味ー!?」
気がつくと、輪の中のシャーリィも笑えている事に気づき、は静かに微笑んだ。
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