散らない花は美しいか

11

「モフモフ族みたいなのがいるなんて、あたし全然知らなかったよ」
「俺もだ。遺跡船に来て10年になるが、噂すら聞いたことなかったぞ」
「まあ、10年も!ウィル様はベテランなのですね」

 ゆっくりとハンバーガーを食べながらは頷いた。

 今は休憩中だった。今までほとんどノンストップでシャーリィを追って来たのもあり、皆少なからず疲れていたし、シャーリィ自身も振り回されて気疲れしているだろう。そこで、この村跡地で円陣を組むように座り、雑談が始まったのだ。

ーン!一口頂戴!」

 ノーマがの承諾を得る前にハンバーガーを食べた。「はしたないぞ、ノーマ!」とクロエは怒ったように言うが、それを軽くたしなめた。にとって、今の状態はまるで夢のようだった。何もないという事が素晴らしく珍しく、こうした時の流れがとても早く感じる。

「ピッポ達の方は、皆さんのこと昔からよく知ってたキュ!何度か皆さんの街まで行ったこともあるキュ」というピッポの言葉に一同が驚く。
「そ、そ〜だったの?」
「街の人に変な目で見られなかったか?」
「とんでもない!優しい人ばかりだったキュ!黙って立っているだけで、食べ物だってもらえたキュ」
「そうですわね。現に今も頂いたものを食べている訳ですし」
「もーン達見てたらお腹すいてきたよー」
「た、食べますか?」とシャーリィはまだほとんど食べていないパンを差し出した。
「いや、シャーリィが気にすることはない。……ノーマお前は先程グミを沢山食べてただろう」
「えーでもーあれじゃ根本的なお腹の空きは解消されないよー」
「……ほう、道理で個数がおかしいと思っていたが……」
「げ、ヤバ……」

 拳を握るウィルに、ノーマはの後ろに隠れた。
 旅人というのは便利性と持ち運びやすさから、グミを持ち歩く。それは即効性の回復薬で、効き目というのは色によって異なる。もちろんソレは安くはなく、割高になっている。小さいが1つでも十分に効果は出るものなので、そんなに一気に食べるものでもない。——が、クロエが言うには、ノーマはそれを大量に食べたのだろう。

 ウィルが鉄拳制裁を食らわせる前に、大地は揺れた。

「地震……?」
「遺跡船では地震があるのか?」
「……いや、ここまで大きいのは俺も初めてだ」
「凄いですわね!こんなに揺れるなんて!」
様……」

 大陸育ちのにとって、地震というのは初めての体験だった。地震に慣れないというのは恐らくここにいるメンバーのほとんどに当てはまる事だろうが、一人だけはしゃぐようにワクワクとした表情をした。

「この揺れ……もしかしたら危ないかもしれないキュ」
「危ない?ここは崩れるのか?」と、咄嗟にセネルはシャーリィに近づいた。
「長長悪魔が出るんだキュ!」
「………ながなが悪魔?」
「そのせいでキュッポ達は村を引越しする羽目になったんだキュ!」
「いや、だから長長悪魔って何ー?」

 不可解な名前に未だイメージできていないのはノーマだけじゃないだろう。頭をかきながらノーマは辺りを見回したが、誰もがみな、モフモフ族の彼らの返答を待っているように見えた。

「長長悪魔はとっても大きくて、とっても恐ろしい魔物だキュ!」
「そのような魔物がこんな近くにいるのですか?」
「すぐ近くとは分からないキュ……でも地震が起こってるってことは、この周辺にまだいるみたいキュ!」

 村を追われるほどのものだろうし、恐らくこのモフモフ族はあの少年・不可視のジェイと深い関わりがある。この遺跡船を一人で歩き回っているジェイは強いはず。そのジェイが倒せないほどのものなのだろうか。
 は一人思考してみるが、気がつけば皆立ち上がり、ここを出る準備をしていた。

「長長悪魔ってのがどんなのか分からないが……急ぐ事に越したことはないだろう」
「ああ、そうだな。……大丈夫か」
「?…………まあ、それはわたくしに言っているのですか?」
「お前以外の誰がいるんだよ」
「大丈夫に決まっておりますわ!わたくしだって、成長していますもの」

 そう、は胸を張って言うが、セネルからすれば不安でしかなかった。この中でだけが異端だった。冒険者のクロエやノーマ、それから大の大人の男であるウィルはともかく、シャーリィだって運動神経はいい。セネルが守るからと、頻繁に運動する機会があるわけではないが、今まで暮らしてきた中で追われることというのは少なくなかった。その為、自然と人並みよりやや上ほどの体力はついている。しかし、はそうではない。今まで見てきた彼女はいつだって皆より遅れをとっていたし、気がつけば疲れている様だった。その時折でセネルは彼女を庇ってはいたが、今はを優先する事は出来ない。彼が一番守りたいのはシャーリィだ。

「………俺は、その、」
「セネル様?」

 お前を守れない、と言おうとして、セネルは口ごもった。に守ってほしいと言われた訳でもないし、足手まといな彼女を勝手に引っ張ってきたのは自分だ。面倒ならその辺にほっぽって先に行けただろう。(無論、そんなことをしたらウィルやクロエには殴られそうだが。)
 無意味な宣言をしたってしょうがない。だが、どうして言おうとしたのか。その答えを探そうとしても、風船のようにふわふわとした感情は掴めなかった。

「………あの、」と、そこで声をかけてきたのはシャーリィだった。「お兄ちゃんとさんって……」
「あーさてはリッちゃんってば二人に嫉っ……もごっ」
「ノーマ、茶化すな。どうしたんだ?」
「い、いえ……なんでもありません」

 シャーリィからしても、このような兄は初めて見た。自分のせいで自由に生きられない彼に心苦しく思っていたが、その反面、それを嬉しく思ってしまう自分がいるのも事実だった。自分だけの彼であり、その逆も然り。
 その兄が仲良さ気に話している彼女を見て、思わず前に出てしまったが、彼にとって妹でしかない自分にとって、何も口出し出来ないことを自覚し、なんでもない、とシャーリィは自分を納得させる為に呟いた。

「……だが、クーリッジと様はどこで出会ったんだ?私達が地下で会った時には知っている風だったが……」
「灯台の街で、ですわ。道案内をしたのが始まりでした」
「ああ、そういえばそうだな」
「……様は遺跡船にいつ来たのですか?」
「昨日です」
「………昨日?」
「到着した日に俺を案内出来たていたのか……」
ンは遺跡船来たばっかなのにここにいるって事?旅の目的は?」
「——いえ、とくにある訳ではありませんわ」
「ま、あったらわざわざ首突っ込まないか。……ね、クーは?」
「っ私か?………まあ、人探しだな」
「……ノーマ様は目的があるのですか?」

 目線を下げ、言葉を濁したクロエを横目に、は話題を変えた。聞いて話してもらえる話題ではないだろうが、クロエからすれば、少しでも触れてほしくない話だろう。

「よくぞ聞いてくれました!あたしはエバーライトを探すために遺跡船に来たの!エバーライトとは、ずまり!何でも願いが叶う奇跡の宝!」
「何でも……?」とは聞き返す。
「そう!億万長者にでも病気でも、きっと何でも叶えてくれるやつ!」

 息荒げに説明するノーマとは裏腹に、一同はどこか冷めた目をしていた。

「胡散臭いな……。そんなもの、本当にあるのか?」
「ええいっお約束の反応しか出来ない奴め!あたしは何としても、エバーライトを見つけてやるんだから!
ねえン!」
「そ、そうですわね。……何でも叶うのでしたら、素敵……ですわね」
「ほらー!その胡散臭がる目をやめてンを見てよ!あんた達には夢やロマンがないのか!」
「……ええっと、形状はどのようなのですか?」
「おおー!リッちゃんも参加してくれる?えっとねー石らしいんだけど、色は……」

「ああ、石と言えば……」そう入ってきたのはセネルだった。そして、ポケットを漁ると、ブローチを取り出した。「シャーリィ、ブローチを落としただろ?」

「わあ……!お兄ちゃんが拾ってくれたんだ……私、もう見つからないのかと……——ありがとう」
「これはシャーリィの大切なお守りだからな」
「ね、そのブローチ、セネセネが水晶の森で拾ったってやつ?」
「何じろじろ見てるんだよ」
「いやーちょおーっとだけ見せてくれない?」
「駄目だ」
「なんでセネセネが答えるのさー!!」

「何でもいいが、さっさと行くぞ」と痺れを切らしたウィルが一同に言うのはそれからすぐだった。



 グラグラとする地震はこれで何度目か。揺れるたびにウキウキと嬉しそうにするだったが、周りの緊張は次第に高まっていった。長長悪魔、というのをいまいちイメージ出来ないではいたが、モフモフ族の二人の怯えている様子を見ると、油断はしない方がいいだろう。
 土の地面から、遺跡に変わり、随分歩きやすくなったおかげか、のペースもあまり落ちていなかった。もしかしたら時たま起こる地震のおかげで——というのも普通はおかしいが——、あまり疲れを感じていないのかもしれない。

「階段を登ったら地上に出るキュ」
「……モフモフ族の村はどこまで移転したのですの?」
「内海港から対岸の所だキュ!もしみなさんが来る機会があったらご馳走するキュ」
「まあ、海を超えたの……」
「仕方ないことだキュ〜」

 と、ピッポは笑った。

 仕方ない、そうやって納得する彼らをはいまいち理解出来ないでいた。モフモフ族は自然と共存しているからこそ、こういった災難はよくある事だった。長長悪魔が暴れたせいで村を越したのは事実だが、かといって、恨んでも仕方ない。長長悪魔は長長悪魔なりに生きているのだ。
 だが、そうやって諦めることを知っていたのならば、きっとはこの遺跡船には来なかっただろう。

「——さん、新しい村は海が近いんだキュ」
「……はい?」
「だから、美味しいホタテ料理がいっぱい作れるんだキュ!」

 の心情を読み取ってか、それともたまたまか、キュッポは利点を挙げた。確かに、この場所ではあまり海は近くないように思える。住む場所には様々なメリットとデメリットが重なりあっているものだ。

 と、ここで一際大きな地震が起こった。

「長長悪魔だキュ!こっちに気づいたキュ!」

 その声とともに、人の背丈の3倍以上もありそうな生物が現れた。「ぎゃー!ナニコレみみず!?でっかいみみず!?」
「逃げるキュー!!」

 そのあまりの大きさに、は呆然とし、クロエに引っ張られたまま足を進めた。紫と桃の縞々をしていて、確かにノーマの言うように大きなミミズのようだった。長長悪魔とやらには手足がなく、ジタバタと動くことによって、前進している。その関節毎には口がついていて、歯のような鋭いものも見えた。やセネルたちのようなヒトからしても、こんなに体格差があるのだから、これではさらに小さいモフモフ族からすれば生活を脅かす『悪魔』そのものだろう。

「どこまで追いかけてくる気だ!?」
「勘弁してよー!!」

 随分長い距離を走ったが、長長悪魔は狙いを定めたかのように迷いなくついてきた。

「階段出口についたキュ!」
「急いで扉を開けるんだ!」

 はもうヘトヘトだった。クロエに引っ張ってもらえたお陰で、遅れてはいなかったが、クロエのペースはにとっては未知のスピードだ。扉の存在にほっとしただったが、しかし、すぐそこまで長長悪魔が来ている事に気づいたクロエとセネルは、足止めの為に立ち向かった。

「しつこいんだよ!」
「魔物は私達で食い止める!ノーマとレイナードは扉を!」
「わ、わたくしも……」
さん!大丈夫ですか……?」

 シャーリィに支えられて、はギリギリ立っていた。シャーリィも疲れが見えているが、のように倒れそうではない。ノーマとウィルは爪を光らせ、扉に手を当てるが、何も変化はなかった。

「だ〜も〜二人じゃ無理だよー!あっン!お願い!ちょっとだけこっちきて扉に手を当てて!」
「あうっ!」

 クロエが魔物に飛ばされて、こちらまで転がってきた。細身ではあるが、こうも簡単に吹き飛ばしてしまえるほど、長長悪魔の力は強いのだろう。「っクロエ!」

「む、いかん!」セネル一人では長長悪魔の格好の的になってしまう事に気づいたウィルは、前に出て爪術を発動させた。「ライトニング!」

「クロエ……大丈夫……?——キュア!」
「ノーマ!今のうちになんとしてでも扉を開けろ!」
「一人でどうしろってのよ!!」

 回復術をかけてもらったクロエは「ありがとうございます」と口早に礼をいうと、即座に魔物の元へと戻っていった。は立ち上がり、扉に向かおうとしたが、それより前に、シャーリィがそちらに向かっている事に気づいた。

「リッちゃん……?」

 シャーリィが扉に手をかざすと、すぐに扉は消えた。ノーマとウィル二人では開かなかった扉がすぐにだ。それにノーマとが顔を見合わせ驚いたが、それよりもシャーリィ自身が驚いているようだった。自身の指を見つめて、シャーリィは少し震えている。「私は……何も……」

 扉が開いたことに気づいた前線の三人はすぐさまこちらに走ってきた。外に出ると、久しぶりのカッと眩しい光に目が眩んだが、そうも言っていられる雰囲気ではないようだ。やっと一息つけると全員は思ったが、長長悪魔は扉を壊して進んできた。飛び散った欠片があちらこちらに四散した。

「そんな……」

 だがしかし、どこか動きが遅くなっている。前にも後ろにも動けないようで、もがくようにジタバタしていた。「なんだが、苦しんでいるように見えるが……」

「もしかしたら陽の光に弱いのかもしれないぞ」
「そうか!ずっと土の中に住んでるし!」合点がいったノーマは嬉しそうに言った。

 けれど、まだこうやって大きな身体を動かせる元気はあるようで、まだまだ油断はならない。

「叩けるうちに叩いておかないと、追いかけっこは終わらない!」

 真っ先にセネルは走って行くと、殴りを入れた。それに続き、ウィルやクロエ、ノーマも駆け寄る。シャーリィはオロオロとしていたが、ピッポに連れられ、端のほうへ歩いて行った。

さんもこっちだキュ!」とキュッポはの手を引こうとするが、は静かに首を振った。

「大丈夫、です——わたくしも、戦わなきゃ……」

 歩いた距離は皆同じだ。今まで基礎体力の違いがよく分かった。こうして仲間として旅をしている以上は自分の居場所を確保しなければならない。ここでただ後ろで見ているだけなら、来た意味はない。足手まといだというのはとっくにわかっている。だが、まだ足掻きたい。光り輝く左指先を伸ばした。

「——イラプション!」
「うーわ、上級爪術を詠唱なしとかさっすがン!」
「ノーマよそ見をするな!」
「わーってるって!ファイアウォール!」

 一緒に戦える一体感を味わったことがなかったにとって、ようやく今、その感触を身に染みた気がした。

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