散らない花は美しいか

12

 陽の光で弱まっていても、長長悪魔は耐久力を持っていた。なんとか倒した、と様子で、皆息絶え絶えになりながらも、最低限の警戒心を残していた。はほとんど後ろでブレス系爪術を唱えていただけだが、精神力をかなり使ったようだ。元々体力がギリギリだったにとって、これはかなり答えるものだったのか、とてもバテた様子だった。

様っ!大丈夫ですか?」
「つ、疲れているのはわたくしだけではないわ……クロエも、大丈夫?」
「もちろんです!様がいて下さったおかげで、堂々戦えました!」
「それにしても、本当にの爪術は桁違いだな……」
「才能ってやつ?すっごいな〜」

 言葉で返す元気が余りないのか、はそれに対して笑みを浮かべるだけでいると、セネルを見たシャーリィが一目散に彼の元へ走っていった。遺跡内でも長長悪魔を止めるためにずっと戦っていたセネルの身体は、治癒術では簡単に治らないような傷がついていたのだ。「お兄ちゃん!」

「腕から血が……」
「ほんのかすり傷だよ」そういうと、セネルは元気に動いてみせた。

 その二人の柔らかな雰囲気に、どこか緊張の糸がほぐれた。と、そこにモフモフ族の二人が彼らの前に立った。

「やっぱりセネルさんは本物の戦士だキュ!勝利のダンス、開始だキュ!」そうキュッポがいうと、ピッポと共に歌いながら踊り出した。

 それに対し、初めは呆れ顔をしていたセネルだったが、嬉しそうにダンスを見るシャーリィを見ると、「二人共上手だな」と表情を改めた。

「あたしらも頑張ったんだけどな〜。な〜んでセネセネばっか褒められっかな〜」と不満を漏らすのはノーマだった。「ねえ、クー。そう思わない?」
 だが、ダンスを見て機嫌がよくなっているクロエは「まあいいんじゃないか?」と返すと、またじっくりと二人のダンスを見ているようだった。

「まーダンス自体は面白いけどさー。……ン、どったの?」
「……セネル様とシャーリィ様は仲が良いようですね」
「そだねー。セネセネも大概だけど、リッちゃんもリッちゃんで相当キてるね」
「『キてる』?」
「んー……、ブラコンっていうか、ちょっと過剰っていうか」ノーマは少し言いづらそうだった。「ま、あたしは兄弟とかいないからどうか分かんないけど、依存してる感じはあるよね」
「………」
「二人の事情はよく分かんないし、仕方ない状況だったかもしれないけどさ」

 ノーマも、もなぜシャーリィが攫われ狙われているかを知らない。ただ何となくついてきた二人組なのだ。きっと本当の理由を聞いても教えてはくれないだろう。

「けれど、」
「ん?」
「セネル様がああやって心を許せる人がいるというのは嬉しいですわ」
「………んん?何で?」
「心から笑うのって、難しいことだと思いませんか?」
「うーん……ま、こーして笑ってるセネセネを知らなかったら確かに誤解はしそうかも」

 だって最初はそうだった。怒鳴られたり怒られたりした訳ではないが、無愛想なセネルを見たときはそのままの印象を持った。しかし、山賊のアジトにて、優しく笑うセネルを見、考えは変わる。こうやって笑える人なのだと。それなのに周りにはつんつんと当たっていては勿体無いとまで思った。

「大事な妹を攫われてここまで必死になれるんだから、いいお兄ちゃんなんだろうね」

 は祖国を思った。そこには兄が二人いる。上の兄が現国王ではあるが、騎士として育った彼は実際に戦場に立つことも少なくない。歳が離れていたが、親よりも誰よりもを大切にしてくれた人だった。2番目の兄とは小さい頃しか関わりがなく、彼は好戦的でいつだって戦場を欲していた。だがどちらも祖国の為にという意識が強いことには変わりない。国民の為に満足な暮らしが出来るようにと願っている。そう、彼女と違って。



「この先はどこに通じているんだ?」
「ずーっと行くと、みなさんの街の近くまで行けるキュ」

 それを聞いてはハッとした。街についてしまっては恐らくクロエがガドリアへ帰ろうと言ってくるだろう。それに、当初の目的だったシャーリィの救出も終わっている今では、もう断る理由もない。眉を潜め悩んでいると、ピッポがゆっくりと近づいてきた。

さん、どうしたんだキュ?悩み事キュ?」
「……わたくし、まだ街に帰る訳にはいかないのです」
「キュ?」
「ああ、そうだ!お二人はこれからどうするのですの?わたくしもついて行っていいですか?」
「構わないキュ!」
「でも、ピッポ達は村跡地の片付けだキュー面白くないけど大丈夫キュ?」
「ええ、わたくしにも出来ることあるかしら」

 ウィルやセネル達が話している間にコソコソと済ませたせいで、こちらを不審がる目はないようだ。元々自分がしたい事をしたいようにする旅なのだから、に大きな目的はない。なんだか楽しくなってきた気がした。宛のない先の見えない事がこんなにも面白い。

 彼らの会話が一段落をついた所で、キュッポは皆に話しかけた。

「皆さん、本当にお世話になったキュ」
「こちらこそ、地上へ案内してもらって助かった」

 跡地での作業がまだ残っているが、不安の種だった長長悪魔ももういないということでスムーズに進むだろう。キュッポもピッポも身体を大きく揺らして手を降る。

「それじゃバイバイだキュ〜!」

 そのピッポの片手はにつながっていて、それに対して微笑ましく送ろうとしていたクロエの笑顔が固まった。「様……?あ、あれ……?どういう事ですか?」

「えっと……、さんにはちょっと手伝ってもらいことがあるんだキュ!」
「クロエ……それに皆様。わたくしもここでお別れですわ」
「え!?何で何で!?……ンってまさかモフモフ族だったの?」
「ええ!そうだったんですか?」
「……信じるな、シャーリィ」
「まあ、君も無理に付き合ってもらったからな……」

 やはり反対しそうなのはクロエのみで、他は個々で納得するように頷いていた。

「街までご一緒出来なくて申し訳ありません。……お二人はもう遺跡船を出てしまうのですか?」
「えーと……どうかな、お兄ちゃん」
「……いや、出て行くのにも船がない。船を調達してからになる」
「そうですか!ではその時までには会いに行きますわね」
「っ様!あの……」
「クロエ、わたくしの事は気にしないで」

 一国の姫なのだから、クロエがここまで必死になるのは分かる。だからこそにとって辛いのだ。「どうせ、飾りです」その小さな声は本当に声として出たのか、出てないのか。自身も分からなかった。
 どうせ自分は飾りなのだ。騎士として前線に出る兄とも違う。籠の中で育った出来そこないで、世間知らず。本来そうなるべくして育ってきた訳ではないが、結果論としてはそうだ。覆せやしない。ただ散らない造花を形式的に水に挿しているだけで、その行動にとくに意味は無い。それに甘んじて生きている自分に、意味は無いのだ。

「本当に大丈夫か?」
「はい、わたくしは。……ただ彼らがまた遺跡の中へ帰っていくのも不安ですので」と、とってつけた様な理由を吐いた。
「………確かにな。護衛を頼んだぞ」

 ウィル自身、セネルには先程、これからセネルとシャーリィの二人では襲われたときにどうするのかと説教したが、別れるというを止めることは難しかった。先ほど言ったが、元々は帰す予定だった彼女をここまで連れ回したのは自分だ。
 それには体力がない。ウィルは不意に遠い日の『彼女』の姿を思い出した。その人はと違い、大人しい女性で、身体が弱く、ほとんど外に出たことがなかった。疲れて倒れているを見ると、その姿にどこか彼女を思い出していたし、恐らくこちら側にいる方がからすれば体力的に辛いだろう。

「……会いに来るって言っても、俺達は街にはいない」そうボソっと言ったのはセネルだ。「目立つ所にはいられる訳ないだろ。それまでは身を隠しているだろうし」
「そうですか。——では港にいますわ」
「港って……いつ出るか分からないぞ」
「それでも確実に会えるのは港なのでしょう?それならば、いつまでも待ちます」
「………勝手にしろ」

 セネルはどこか笑った気がした。

「あ!あたしは暫く遺跡船にいるからいつでも会えるよー!」
「ノーマはエバーライトを探していらっしゃるのですよね」
「そそ!気が向いたら一緒に探そうよ!一人じゃけっこー辛いの多くてさ」

 ここでもしかしたらクロエからの叱咤が入るかなとノーマは踏んでいたが、中々それは来なかった。目だけをクロエの方向へ向けると、彼女はを真っ直ぐと見ていた。その目は何か言いたいことを抑えているようで、まるで幼い少女のような目だった。

様……」
「……大きくなったクロエが見られて、本当に良かったわ」

 の中でのクロエは5年前で止まっていた。その頃のクロエと比べると、彼女は色んな意味でも、成長した。変わったのだ。あの頃の純粋な少女はおらず、今は『人探し』に明け暮れる騎士になった。その呪縛をには解けないだろうし、簡単にどうにかなるものでもない。12歳と17歳では世の中を見る目も変わっている。
 それでも、クロエの中でのも、5年前のままのようだった。あの頃と変わらない無垢な瞳でクロエはを見る。ああ、その目を返すことを出来ないほどに変わってしまったのは自分の方なのだろうか。

「また、手紙を書きますわ」

 別れの言葉にしてはチープだったかもしれない。



 跡地に戻って片付けを手伝っていると、目についたのは白い布だった。初めはただ村にあったものかと思ったが、どこか真新しく見えるそれはどこか見覚えがある。

「ねえ、これは何でしょう」
「キュキュ?……多分モフモフ族のではないキュ」
「でも、ここに来た誰かというとさん達以外にはいないキュ!」
「そう、ですか……」

 この辺りにいた人、と思い巡らせると、あのパン職人の女性を思い出した。確か彼女は首に何かを巻いていたが——それは確かオレンジだ。しかし彼女ではないにしろ、どこか新しいこの布の持ち主はもしかしたらまだこの辺りにいるのかもしれない。

「モフモフ族の村は広いのですね。新しく越した場所以外に村はないのですか?」
「ないキュ!遺跡船のモフモフ族はみーんなそこにいるキュ」

 もちろん、ウェルテスと比べてしまっては、こちらが小さくなるが、それでも、何もない今だからこそ見渡せるが、ここに建物など色々あったら端など見えなくなるだろう。その広さの村を今まで維持出来ている彼らの文化はとても興味深い。

さん。この後もし予定がないのなら、これが終わったら村にご案内するキュ!」
「まあ、いいのですか?」
「お手伝いしてもらったお礼もしたいキュ!是非是非来て下さいだキュ!」
「それでは、喜んで」

 そしてキュッポとピッポはいつもどおりの踊りを踊った。その愛らしい様子に、思わず笑みが零れた。旅とはこういうものなのだと、は感じた。気がつけば次の予定が決まっていて、そこに向かう。なんとも自由で途方もない。

 と、そこで、物陰から音が聞こえた。

「キュ?」

 今までこのあたりは魔物一匹いなかった為に、ピッポは不安げに辺りを見回した。

「何かしら……?」

 警戒心より好奇心が勝ったはゆっくりとその影に近づく。魔物独特の悪い気配も感じない。そろりそろりと接近するが、その途中、は自分の足に引っかかってふらついた。「あっ……わっ」

「——馬鹿か、貴様は」

 ふらふらと物陰に寄り添うと、そこには青年の姿があった。変わらず不機嫌そうな顔をしていたが、変わっているといえば——ああ、先ほどの白い布は彼のものだったのか——装飾品が足りなかった。

「あら、ワルター様?こんな所でどうしたのですか?」
「………」

 が親しげに話しているためか、キュッポとピッポも近寄って来た。「お兄さん、怪我してるキュ!痛いキュ?」

 キュッポの言うとおり、彼は見れば至る所に怪我をしていた。致命傷には及ばないだろうが、いち早く治療しなきゃいけないほどだ。は思わず絶句をするが、この怪我は人為的なものには見えなかった。

「な、何があったのですか!?こんな傷……」
「…………瓦礫に埋まったくらいだ」ワルターは答える気がなかったが、意地でも聴き出しそうなの雰囲気に、いい加減に吐いた。
「っくらいじゃありませんわ!——二人共、申し訳ありませんが治療具を持ってきて下さいますか?」

 二人に指示すると、は詠唱の体制に入った。それをワルターはジッと見ていたが、止める気はないようで、されるがままになっていた。爪術である程度回復が出来ても、完全には不可能だ。一先ずの爪術を終え、腕を下げると、ワルターは目線を寄越さずに口を開いた。

「………メルネスは、」
「……メルネス?」
「——髪の長い少女だ。彼女はどこだ」
「シャーリィ様のことかしら?彼女はセネル様と一緒にいらっしゃいますわ」
「…………」

 ワルターは苦痛の表情を浮かべた。

「……あ、そういえば先ほどこちらを拾ったのですが、これは貴方のですか?」

 黙って白い布を受け取った。だがすぐにそれを付ける様子はないようで、それをダランとした手で持っているだけだった。
 今までその布をつけていたせいで、あまり彼の髪の毛を見る機会はなかった。ここぞとばかりには眺めた。初めは何も言わなかったワルターだったが次第にうっとおしくなって来たのか、とうとう口を開いた。「何だ」

「いえ、珍しい髪の色ですわね」
「………」
「シャーリィ様も、同じ色でした」そう言っても、ワルターは反応しなかった。「ねえ、ワルター様、」
「……様」
「………どうかなさいましたか?」
「様なんて付けるなと言っただろ」

 そういえば別れ際にそんな事を言われた。覚えてはいたが、実際にこうして会った時に、唐突に様を抜かして呼ぶなど、タイミングが掴めず出来ずにいたのだ。

「ええと、ワルターさん?」
「……それもいらない」
「ワルター、君?」
「不愉快だ」
「………」
「……貴様にはプライドがないのか?使えている訳でもないのに諂うなど考えられん」

 セネルとも違う、ウィルとも、クロエとも、ノーマとも違うハッキリとした言い方に、は少し思考を巡らせた。が様を付けて人を呼ぶのには、失礼がないようにという意味合いを込めてだ。親しいクロエは呼び捨てで呼んではいるが、他の者はまだ昨日今日出会っただけで、親密と勝手に呼んでいいのか分からない。
 だが、呼称に疑問を抱いていたのはワルターだけではない。ノーマにも敬語やその呼称はおかしいと指摘はされていた。あの時は軽く流れてしまったので、あまり気にすることもなかったが、こうして本題として出されては逃げ場はない。

「貴方は、そう思うのですね」は静かに言った。「わたくしには分かりません。正しいと思っていたのをこうも簡単に否定されてしまっては……その、」少し溜めた。「困ります」
「貴様が困ろうが俺には関係ない」
「わたくしもそう思います。ですが、では、貴方を呼ぶ時はどうすればいいのでしょう?」

 ワルターは、ああ、またこの流れだと、甘受した。

「ハ、そうやって簡単に人に聞くのがプライドのない証拠だ」
「このくらいの事も聞けないようなプライドなら、捨ててもいいですわ」

 吹っ切れたような、晴れ晴れとした一言だった。今までワルターに言い負かされていたが、という人間はこういうもの。ああ言えばこう言う。お世辞にも口が上手い訳ではないが、それでも曲げない我を通す。

「呼び捨てでいい」そう言うと、ワルターは立ち上がり、黒い羽を出した。「貴様は単純なことに悩みすぎなんだ」

 ワルターが飛び立った後、救急箱を持ったキュッポがようやく駆けてきたが、今はいない人の姿に察したように、を見上げた。


(In Pursuit fin)
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