散らない花は美しいか

13

「ねえ、しっておりますか」
「——ああ、また遺跡船の話か」
「またとはどういうことですか!くうぜんの——」
「大発見。考古学者もトレジャーハンターも、貴族も子供も大人も血眼なんだろう?」
「そう!そうです!わがくには、たいへんおくれていますわ!!これでは、くるざん——」
「さて、そろそろ子供は寝る時間だ」
「おにいさま!」
「………?」
「うう……もう、もうきょうはいいですわ。でも、……」
「分かった、眠るまで手を握ってるよ。ほら、右手を出して」



「……で、何となくここにいるさんの理由は分かりました」

 腕を組みながら、ため息を吐くようにジェイは言った。ここまで来るのには多少なりとも様々な事があった。

 片付けが終わったということで、土に還らない瓦礫などを運びながら新しい村までは一緒についていった。そこは発展途中ではあったが、ちゃんと組み立てられた足場があったりと、想像以上の出来だった。村の入口には、何か轟々と音を立てて動く歯車も見える。水を組み上げるものだと、キュッポは言っていた。洞窟内に作っている為に、ぼんやりとした光だけが頼りで、それはどこか優しげなネオンを放っている。秘密の地下道先の跡地よりも随分広く、恐らくここならば、ウェルテスと同等の広さだろう。

 村に訪れた客人というのはとても珍しいらしく、村の復興に手伝う気満々だったはすぐさま他のモフモフ族達らに座らさせられ、気がつくと皆作業を止めて宴の準備を始めた。持て成されて悪い気もしなかったはそのまま彼らの歓迎を受け入れた。彼らは本当に友好的な種族だった。彼ら自身ももっと人間と関わりを持って行きたいと思っているらしいが、それは彼らの『仲間』であり『家族』であるジェイによって止められているという。

 だからなのか、それともこれぞモフモフ流のもてなしなのか、テーブルの上に上がっている料理は全てホタテを使ったものだった。しかしそれでも一つひとつの味は違い、飽きの来ないものだ。
 宴の行われた所は今片付いているからと、キュッポやピッポ達の家の前で行われ、そしてそこはジェイの家でもあったようだ。

「村はいつ出来上がるんですの?」
「明後日キュ!」
「……明後日、ですか?」
「そうだキュ!モフモフ族の先鋭の力は凄まじいキュ〜」
「なるほど」

「何が”なるほど”なんです?」

 相槌を打ちながらホタテのバターソテーを口にした瞬間だった。村の入り口の側、と真正面の向きに小柄な少年、ジェイは現れた。その顔は呆れ顔だ。

「まあ、情報屋様。お邪魔しております」
「いえ、お構いなく、とでも言うと思いましたか?何をしてるんですか?」
「そんな所に立ってなくて、こちらにどうぞ。まだ料理も温かいですわ」
「あのですねえ……」
「お腹が空いていないのですか?」
「キュー!食べなきゃ駄目キュ!ジェイの為にまたいっぱい作るキュ!」
「あ、ああ——もう!そうじゃなくて!」

 そして食べながら、ゆっくりではあったが、の現状を伝え終わり、冒頭に戻る。伝えたと言っても、元々大きな理由があって一緒に来た訳でもないし、一言で言えば、ただ来たかったから、と、どこかで聞いたような気まぐれだ。突っ込みどころしかない。

「貴女って凄く楽観的な人ですよね」
「そうかしら」
「僕はさんのその間抜けさにびっくりしますよ」
「まあ、そんな事言われたことありませんわ」
「言える人がいなかっただけでしょうね」ジェイは飲み物を置いた。「言ってしまえば馬鹿ですよ。馬鹿」
「その言い草はあんまりではないでしょうか。わたくしだって考えて行動をしてます」
「じゃあ聞きますけど、何を最優先に考えて行動しているんですか?」

 考えている事と言えば。常に。

「僕は思うに、さん自身じゃないですか」ジェイは手に持つ料理を見る。「聞いといて、ですけど」
「さあ……それはどうかしら」
「いやあ、悪い事じゃないですよ。僕だって自分を優先に物事を考えてますし。基本的に誰だってそうですよ。根っから献身的に生きるというのは難しい」
「それでもどこか貴方から刺を感じるのはどうしてでしょうね」
「僕が僕の事を考えてるのは別に問題はないんですよ。でも、貴女となると話は違う」

 周りはすっかり片付けの雰囲気になっており、手伝おうとは立ち上がろうとしたが、それはやはりモフモフ族には許されず、それにジェイはまだ話足りないようで、座ったままを見上げた。

「まあよくそれで……セネルさんやウィルさんは兎も角、事情を知るクロエさんが納得しましたね」
「……クロエと一緒に旅をしている訳ではありませんわ」

 つんとは返した。その言い草にジェイは思わず顔を顰める。は座り直して、ジェイと向かい合った。

「貴女、自分の立場分かってますか?」
「ええ、分かっております」
「…………さん自身が自分をどれ程軽視するのはまあ、個人の自由ですし構いません。だけど、例えここで貴女が殺されたとして、それで国がどれ程荒れるか分かってるのですか?」
「………」
「ただ野垂れ死ぬだけならまだいいでしょう。死体も残さず、誰にも気づかれず、ね。けど、さん。ここにはクルザントの人間だっているんだ。そこの兵士に殺されたら?ガドリアとクルザントが冷戦状態とは行っても、いつ何の拍子で再び戦争が始まってもおかしくない。貴女の国がどんなに隠蔽しようとも、クルザントで晒し首にでもなったら——」
「ジェイ!」 

 いつの間にか作業の手を止め、皆不安そうにこちらを見ていた。

 ジェイの主張は正しい。しかし、黙るに更に追い打ちをかけようとするその姿を見かねたのか、長男であるキュッポは止めに入った。「ジェイ、悪いけど、こっちの片付け手伝ってほしいキュ。駄目キュ?」

「キュッポ……」
さんは、——ほら、お風呂の準備が出来たキュ!気が回らなくて申し訳ないキュ!」というのはピッポだ。
「わ、わたくしは」
「……話はまた今度にしましょう。では」

 すっかり冷めたのか、先ほどと打って変わって静かにジェイは言う。そしてキュッポの後に行った。それをはただ見ていた。少しずつ離れていく。急いでいるわけじゃないのだから、一瞬で見えなくはならない。それでも、にはどこかスローモーションに思えた。今、何かを言わなければ一生言えなくなる。そんな気がするのに、どうしても声が出ない。まるで忘れたようだ。何気ない動作を思い出すのは難しい。だけど、

「わたくしは!」

 久しぶりかのような声は想像以上に大きかった。けれどそれは遠ざかったジェイを呼び止めるのには充分だったようで、彼は静かに振り返った。

「分かっておりますわ!全て…全て、自分の愚鈍な考えだと言うことを!」

「……貴女は」ジェイは少し目を伏せた「自分に対してどうしてこうも自嘲的になれるのですか」



 願ったって空は飛べない様に、不可能な事は数多くある。それは明日早く起きるだとかはたまた金持ちになるだとか、そういったものとは違う夢物語の話だ。やれば出来るという根性論がどこまで通用するのかは置いといて、"普通の人間"が水中で呼吸するのが不可能だからこそ、シュノーケルは生まれた。

 妥協するというのは諦めに似ているが、考えを切り替えるという点では、前に進んでいる。にとってそれは自分自身だった。生まれた頃から家に縛られ、どこへも自由に行けなかったは誰に言われるまでもなく、出来る事・出来ない事にハッキリと色付けた。願っても出来ない事、それは大小問わず、山ほどあった。きっとそれらはやれば出来た。けれど、やったって無意味だった事が多かった。

 しかし、それはただの世を知らない姫君の我儘なだけで、体に傷を付けられるほど虐げられていた訳ではないし、食べるものに困っていた訳ではない。必要最低限以上の充分すぎる生活にはありつけていたのだから、決して世間一般的には不幸ではなかっただろう。

さん、大丈夫キュ?」

 髪を乾かしているとポッポ——キュッポ、ピッポの末の弟だ——が顔を覗きこんで言った。

「——ええ、至れり尽くせりで、本当にありがとうございます」その心配そうな表情の「大丈夫」は何を差していたのか敢えて聞かずに、当たり障りのない言葉を返した。
「それは良かったキュー」
「お料理もとても美味しかったです。村が完成する日が楽しみですわ」

 髪を手櫛で梳かしているとポッポはどこからかクシを取り出した。「さん用に作ってみたキュ!」一瞬、モフモフ族用のブラシかと思ってまじまじと見てしまったは、予想外の答えに驚いて、一人で少し笑った。そのままポッポは背伸びをし、の髪を梳かしながら続けた。

「村が完成したら、またきっとパーティをするから、きっとさんも参加して欲しいキュ」
「ええ、是非」
「普段はモフモフ族だけだから、今日も本当に楽しくて……」
「あまり他のヒトは来ないようですわね」
「……ジェイがあまり交流すべきじゃないって、でも、こうしてさんとも仲良くなれるのに不思議キュ」

 3男であるポッポは上二人に比べれば幼い。だからこその率直な疑問に、は考えた。

「……頭が良いから、様々な可能性を恐れているのでしょうね」

 とは言え、モフモフ族も決して愚かな種族ではなく、こうして言葉を有し、村を形成し、社会が成り立っているという点では人間と変わらない。人間同士でも争いが絶えないこの世界で彼らは純粋すぎる。
 ヒトと情報のやり取りをする際にも姿を見せない不可視のジェイが彼らをどう見ているのか、どう一緒にいたのか、には想像することしか出来ないが、不安な点は彼らの素直さだろう。必要とあらば、牙をむくのかもしれないが、ほとんどそんな事はしないのだろう。あの魔物、長長悪魔が出た時だって討伐することではなく、移住する事を選んだ。もちろんそれは敵わないから、というシンプルな理由かもしれないが、彼らは自然と調和し、有るがままに生きている。
 世界中、ヒト同士手と手を取り合って歩けるようなそんな世界を信じているのだ。

 黙ってしまったポッポへ少し目線を向けた。

「……ジェイの事、あまり怒らないで欲しいキュ」
「わたくしが、ですか?まさか、……彼の言った事は的確でした」
「そうかもしれないけど、ジェイは凄く心配してたんだキュ」
「え?」
「………ごめんなさい、押し付ける訳じゃないんだキュ。それにジェイの言い方も冷たかったキュ」

「でも」と大きな少年は言う。

「ジェイはその…不器用だから、ああ言ってしまったんだキュ」
「……大丈夫です。わたくしは彼に怒ってないです」
「本当キュ?」
「もちろんです」

 表情を緩めながらは言うと、ポッポは嬉しそうに梳かす手を少しだけ早めた。「お願いばかりで申し訳ないけど、それをジェイ自身にも言って欲しいんだキュ」

「……言わなければ、分からない事が多いですからね」
「本当に平気キュ?無理してないキュ?」
「もう、大丈夫ですと何度言えばいいのですか?」と笑いながら言う。「あなた方には感謝しきれません」
さんは本当に優しいお人だキュ」
「優しい?」
「優しいキュ!さんは太陽みたいに笑う人だキュ!」

 常に皆を照らすような、そんな存在。

「太陽、ですか……」

 はその言葉を喉で溶かすように呟いた。人前に出る時は必然的に笑わねばならない彼女にとって、褒め言葉として今まで言われた事があるような、そんなありふれた言葉だ。懐かしい、と少しでも感じるということは久々に言われた、という認識でいいのだろう。嫌な訳ではないが、郷愁を感じた。
 こちらに来てからはむしろ、自分勝手だと評価されたことの方が多いだろう。チヤホヤとする必要のない、ただストレートな言葉ばかりを受けた。それはとっては新鮮で、悲しむよりもその真新しい視点に興味が出た。自分が右と言えば、他が皆右という世界ではないのだ。

 だからこそ浮き彫られる自身の甘い考えに嫌気も差した。けれど今更迷ってはいけない。無理が通れば道理引っ込めるしかないのか。

 太陽。常に皆を照らさなきゃいけない、そんな存在。

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