散らない花は美しいか

18

「は……?」

 の突然の告白に、初めに声をあげられたのはセネルだった。周りを見渡すと、彼女の顔見知りであったクロエやあの小さな情報屋が冷静な顔――とはいえ彼は幾らか冷や汗をかいているようだが――をしているはともかく、仲間であったノーマでさえ、蚊帳の外のような顔をしているのはどういうことだ。と、そこでウィルを見ると、同じくぽかんとした表情を浮かべていたので、ホッとしたような、不思議な安堵が生まれる。

(ああ、だから、見たことがあったんだ)

 黙っていた彼女に対して、怒りはほとんど消えていた。嘘ということで身構えてしまっていたが、そんなことかと。セネルが想像する最悪の事態は回避しているのだから、それ以外どうでもいい話だ。

「………君、は、本当に、ガドレアの王女なのか?」

 セネルと違って、未だ整理出来ないでいるウィルは恐る恐るというように、口を開いた。その質問はただのおうむ返しであり、普段のウィルらしくない何も考えなしで出たような言葉だった。

「はい。……今まで黙っており、申し訳ございません」
「い、いや、頭を下げないで欲しい。き、君も立ってないで座ってくれないか」
「……どーする、不可視のジェイ……んーと、ジェージェー!ウィルっちが完全に委縮しちゃったし、話ごちゃついちゃったよー」
「はあ…、変な呼び方しないで下さい。そうですね、とりあえずさんはウィルさんの言うとおり、案山子みたいに突っ立ってないで座って下さい。……それから、セネルさん」

 ジェイは、もしこの場に誰もいなかったら頭を抱えたくて仕方なかった。いつだって破天荒な行動をしていた彼女だが、今回は今までの行動のどれにも当てはまらない。

 この場では、もし聞き耳を立てていたとしてもモフモフ族しかいないだろうし(無論そんな真似をするようなヒトはいないが)、確実にこのメンバーにしか暴露していない話にはなるのだが、は人を信用しすぎなのだ。
 今いるメンバーについて、ジェイなりに調べられるところまでは調べては見たが、過去が白でも、これからどうなるかなんて分かるはずない。

 それに、元の話題の中心であるはずの「シャーリィ」の「兄」のセネルに関しては、上手く隠された情報を探し当てられていなかった。どこで生まれ、どこで育った。そんな簡単な情報さえ出てこないのだ。国同士の交戦が盛んである現代において、村ごとなくなるだとか、そのせいで情報が不足することは多々あるが、そんな適当な優しさを見せる必要はない。白か黒か。それだけだ。そもそも、彼が怪しいと感じる証拠として、現に、今のこの場において、ウィルのような反応が正しいのである。だというのに、セネルは誰よりも落ち着いていて、そしてどこか考えているような表情しているのは異常であるはずだ、とジェイは考えていた。彼はここにいる誰よりも感情的な人間だというのに。

「…………俺がどうかしたか?」

 ジェイに呼ばれたセネルは訝しげにジェイを見た。

「いえ、あなたの冷静な表情が気になったもので……まさか、さんのこと、知っていました?」
「知っている訳ないだろ、俺だって今初めて聞いたんだ」
「………そうですか」
「ただ、………」と、セネルはを見た。「お前、普段顔を出して行動してないはずだよな」
「え、ええ……わたくしは………社交界のみです」
「顔が割れてないからって一人でこんな所来ても問題ないと思ったかもしれないが、俺はアンタの写真を見たことがある」
「な、何……!?クーリッジ、どういう事だ!?」

 クロエが掴みかかる勢いでセネルに喰いかかった。そんなはずがないだろう、と。もしそんな事なっていたのなら、城の中に内通者がいるとしか思えない。そんなクロエをセネルは面倒そうに手でたしなめると、がポツリとつぶやいた。「……それはいつ頃のものでしょうか」

「小さい頃の写真だと思う。……俺は子供の時から雇われて生きてきたんだが、その時に見たことがある程度だから、10年は前のものだ」
「へえ!情報ほぼが非公開の王女様の写真を見るような機会のあるお仕事、とても気になりますね」
「………お前な……」
「…………そう、ですのね……小さい頃……」
、俺は警戒しろと言いたいだけだ。俺だって言われなければ思い出さなかった話だったし、その時のお前の写真も参考資料程度であっただけで、重要だった訳じゃない」

 セネルにとって、この話をするのは個人的に歓迎できるものではなかったが、どうして今言っておかないとこの目の前の女が無茶な行動をするようで、おそろしかった。少し前に彼女に伝えた通り、彼女のことを信用している訳ではないが、彼女が一生懸命、力になろうとしている手を払えるほど非情には成りきれない。

 10年ほど前のことを思い返してみようとするが、その頃からずっと勉強漬けで、何か目立ったことをしていたとは思えない。髪くらい、染めた方が良かったのだろうかとは自身の髪を撫ぜた。

「……彼女に何かあったらそれこそ国家問題ものだぞ」

 ウィルは極めて冷静な声で言った。この中で、頭の中に有る情報量であれば情報屋に並ぶものはいないが、誰よりも年上の彼だからこそ、多面の可能性を上げる。もちろんそれは、自身分かっていることではあったが、他人から指摘されるほど深く胸に刺さるものはない。

「でもそれって、もう分かりきってることだよね。あたし達、クルザンドに喧嘩売るんでしょ?」
「俺達がどんなにしようとも、彼女だけが、『ガドリアの王女』がクルザンドに攻撃を仕掛けたことにされる可能性があるだろう」
「そうでしょうね。その方が盛り上がる話題になりそうですし」
「………様は一度ご帰国された方が……」
「帰れといって頷くような女じゃないだろ」

 がやがやと、場が濁るような音を立てる。

 分かっていたつもりだ。自分という存在が邪魔になる可能性くらい。そんなことがないように、黙っていたのだが、そんな建前でなんとかなるはずがない。だが、相手が国家でなければ、クルザントでなければずっと黙っていられたのだろうか。クルザンドでなければ、歓迎してくれたのだろうか。

 否、いつだって、荷物なのだ。だが、邪見に扱われ、頑丈な扉の奥でひっそりと生きるには生憎、足は立派に生えているし、思考することが出来る。生憎と地に根を張り水を待つ植物ではないのだ。

 は再度、辺りを見回した。そして、深呼吸。

「我儘だと、自覚はしております。わたくしがどれほど、注意していようとも、わたくしの身分が邪魔するときが来るときがあるかもしれません、ですが、」自分を心配する顔、呆れたような顔、様々な表情がこぼれている。「それは……その時考えさせて下さい」

「もちろん、この行動自体が、王族としての私の使命と相反していることは理解しております。わたくしが何も出来ないというのであればどうぞ見捨てて下さっても構いません!」
「……さん、もういいです。さて、皆さん、彼女はこのように主張しておりますが、どうされますか?話を続けていいですか?」
「…………」
「最も、今回依頼を頂いたのはウィルさんとクロエさんですので、お二人に決定権があるかと存じ上げますが……二人とも難色を示しているようですね。まあ、でも、」

 進行役のように進めるジェイは今回話題に挙げた2人を見た。どちらかといえば現在、の肩を持つ流れになっているからこそ、また、ウィルからすれば相手が王女だからこそあまり断定した意見を出せないような表情だというのは火を見るより明らかだった。
 とはいえ、ジェイ個人としては、どちらの意見が出ようとも言うことはない。

「あなた方が下せる決断は、彼女を見放すか、彼女を監視出来る状況に置くか、そのどちらかですからね」

 こういってしまえば答えは一つにまとまるからだ。



 ジェイの作戦は極めてシンプルだった。ヴァーツラフの本隊と合流するため、現在シャーリィを連れた別働隊は雪花の遺跡へ向かっている。雪花の遺跡に行くためには、必ず通るであろう毛細水道手前で待ち伏せし、奇襲をかける、と。

 毛細水道を過ぎたらこの作戦は使えなくなると、ジェイは早々に準備を終わらせ、みなに先へ行くと声をかけた。そもそも、このようになると最初から考えていたようで、あとはちょっとした用意だけだったようだ。一人で現場に入り、時間はわずかしかないが、本当に問題ないかの下見を行くと出ようとしたとき、彼と同様に、既に荷物の整理を終えてる人物が、彼の後を追った。

「わたくしも、もう準備は終わっておりますの」

 奇襲をかける場所は、ジェイの言うとおり死角が多々ある崖だった。ここならばブレス系の爪術を顔を見られることもなくかけることも出来る。
 崖上は風が強く、結びもせず、下しているだけのの髪の毛は時たま顔を覆ってしまうほど、暴れていた。そんなの様子も気にせず、ジェイは辺りを見回す。時たま、崖のギリギリに立ってみたり、岩の様子を見たり。やはり目測通り、ここなら大丈夫だろう、と安堵をついたところで未だ静かにしているへ目を向けた。

「随分大人しいですね。さっきまであれほど喋っていたのに。……高い所、苦手だったりしますか?」
「………情報屋様は」
「………それ、辞めませんか。もう僕はあなた方に名乗りましたよね。別に変な気を回さなくてもいいです。珍しい名前でもないですし」
「――ジェイ様」
「………はい、なんですか」

 かしこまって呼ばれるとどうもむず痒い。そろそろ土地の確認はいいのだが、どこか落ち着かず、近場の岩に手を置いた。

「本当に、ありがとうございます」
「……はい?僕、さんに何かしましたか?」
「情ほ……ジェイ様のおかげで、ここにいられます。あなたがいなかったら、わたくしはきっと帰るしかなかったでしょう」

 は風でぐしゃぐしゃになった髪を、手で梳かしながら笑った。あまり上品ではないその姿は、彼女がまるでどこにでもいる、何でもない一人の女性のように見えた。そんな事は、ありえないのだが。

 ジェイは考える。確かにあの場でジェイが頭ごなしに否定していれば、もっと結果は変わっただろう。この女性はついてくるだろうという考えは本心であったし、一番平和な答えを導き出しただけだ。この少ない戦力に置いて、の爪術は役に立つ。同様にブレス系であるノーマやウィルとは性質が違う。生まれ持っての才能なのだろうか。

「そんな風に感謝して、後で後悔しても知りませんよ」
「後悔なんてするはずないじゃないですか。どうしてですの?」
「……僕はあなたは『使える』と判断した結果がコレです。言わばあなたは駒なんです」

 極めて冷たい声を出したつもりだった。彼女が少しでも意識してくれるよう、ちょっとくらい、緊張感を持ってもらえればいい、つもりだったのだが、顔を上げると、はジェイの想像とは全く違った表情をしていたものだから、ジェイは呼吸をするのを、少しだけ忘れた。

 息をのむような光景。

「………わたくしはここにいて、良いのですね」

 どうして泣きそうな顔をして、笑えるのだろう。
 

 彼女は、役立たずと言われた訳じゃない。ただ、無き者として在るだけだった。騎士になるのは致命的なほどひ弱な体、「不完全な」爪術使い。彼女が生まれ持って渡されたカードはあまりに貧相なものだった。王族の名に置いて、半端なものを前に出してはいけないと、は奥へ奥へとしまわれていった。下手に表に出てはいけない。ただの病弱な姫君としてならば、メディアには丁度いい話題になれる。コルネアの学校にいたころも、彼女のために常に特別教室での授業だった。名前だけが広がり、誰も彼女を知らない。ここ半年はよく外出をしていたが、振り向かれることはなかった。
 遺跡船まで利用した船の添乗員だって、の事を知らない。今までずっと船を眺めるだけだった金持ちの娘の突然の一人旅だとでも思っているんだろう。

(戦争の勝敗に影響を与えるほどの兵器が、眠っていたとしても不思議じゃありません)

 は先ほどのジェイの言葉を思い出した。遺跡線にヴァーツラフがいるのはやはり理由があったのだ。道楽で来るというのにはどうにも無理がある。

 不意に動かなきゃいけない気がした。折角生を受けたのだから。だがしかし、与えられた席にただ座るだけで、自分でつかみ取ったものなどない。分けて下さい、なんて言って、両手を差し出しても誰も渡してはくれない。自身で見つけなければいけない。不可欠だと腕を引かれる場所なんて、今までなかったというのに。

「必要として、頂けるのですね」

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