散らない花は美しいか

19

「シャーリィさんを護送する部隊が間もなくここにさしかかります」

 皆が揃った時、ジェイは口早に現状を告げた。一行に緊張が走る。奇襲である以上、ここで必要なことは実力云々よりも、上手くすり抜けられることだろう。ヴァーツラフ軍の本隊ではないと言っても、ここで壊滅出来るほどヤワではない。

「作戦の最終確認をしましょうか」と、彼が言うと、一同が頷いた。初めにウィルとノーマのブレスでの攻撃、なるべく派手にという彼の指示に、ノーマは元気よく答えた。それに続いてモフモフ族の行動も開始する。とは言っても、戦いの前線に立つのではなく、あくまで驚かすという意味で、少々遠くから大声を上げるだけだ。作戦としてはとてもチープだろうが、モフモフ族自体の人数が多いのもあり、この作戦を知らない相手にはそれなりに警戒できる威嚇になる。そして最後はセネルとクロエが直接シャーリィを救出する。最も危険が伴う部隊になるだろうが、常に前衛としてやっていた二人だからこそ任せられることだろう。突入前に、シャーリィの元へ煙幕を張るというジェイの説明を聞いている時に、二人の目は合ったのだが、クロエはわざとらしくセネルから目を反らした。

「本当に大丈夫ですか?不安だなあ」ジェイはそんな彼女の様子に肩を落とす、と、身体の向きを変え、を見る。「それからさん、あなたは僕と行動を共にして下さい。余計なことはしないで大丈夫です、が、セネルさんとクロエさんがシャーリィさんの救出に手こずりそうな場合は援助をお願いします」
「承知いたしました」
「ノーマさんやウィルさんのブレス隊に混ざっててもいいのですが……あなたの正確な爪術ならば一ミリのズレもなく狙うことはもちろん可能ですよね?」
「ええ、見える範囲でしたら間違うことはありませんわ」
「理解してますよ、その点は信頼してます。ああ、でもなるべく大きいものではなく、詠唱の短いものにして下さい」

 極力この戦いに参加させたくない、というのはこのパーティメンバー全員が思っていることだろう。とはいえ、あくまでサポートではあるのだが、敵味方混在した場所に爪術を放つことは並の実力者に任せられることではない。そんな作戦内容に安心したのか、最終確認が終わり、一同がばらけた際にクロエはジェイに耳打ちをした。「ありがとう、そんな機会はないようにする」

「僕だって問題になってほしい事ではありませんからね」
「それでも礼を言いたい。そもそも、様はもうここまで足を踏み入れてしまったんだ。それを事前に止められなかったのは私のせいでもあるし、ジェイのように上手く彼女を扱えない」
「………クロエさんにとって、さんは人形か何かなんですか?」

 二人の視界の先では、はノーマと雑談をしている。それとは真逆のまるで静かな水面に石を投げるような発言に、クロエは息を呑んだ。失言だった、と真っ先に思った。いや、いや、そもそもそんな事が問題なのではない。まずこう思ってしまうことが―――?
 思考を巡らせようとしたところで、モフモフ族が集まって何かを話し始めた。そして、キュッポが言う。「ジェイ、そろそろみたいだキュ!」

「ほら、行くぞ」

 準備を、ということでセネルは直ぐ様崖の下に降りれるよう足を進めようとしたのだが、同じ作戦内容のクロエがなかなか動かないことに痺れを切らし、彼女に話しかけた。彼女が自分を許していないということは分かっているが、作戦は作戦だ。

「……お前、顔色が悪いな。俺一人でも十分だ、ジェイに……」
「クロエ?」

 セネルがクロエの顔を覗き込んでいると、後ろからが声をかけた。

「クロエ、どうしたの?回復をかけましょうか?」
「っいえ、なんでもないです。申し訳ありません、集中しておりました」
「………そう、セネル様と二人で頑張ってね」

 クロエがから距離を取るように、彼女の発言をかき消すかのような声量を発した。その声の大きさにウィルからの目が厳しくなるのだが、それを気にしてはいられない。はそんなクロエの挙動に思案するが、今はそんな時間ではないと目線を下にする。

「……ありがとうございます」と、クロエは小さく言うと、セネルと共に走っていった。そして、小さくなっていく。思えば、クロエと共に走ったことはあっただろうか。今までこうやって、成り行き上彼女とも行動を共にしていたが、彼女の背中を見ているばかりで、その手に引かれたことも、その手を引くこともない。常にクロエが前で、自分は後ろなんだ。それに不満を感じたことなかった。彼女は騎士であり、自身は護衛対象。一緒に走ろうとなどと、彼女の負担を増やすだけ。分かっている、とは顔を上げる。不満に感じたことは、なかったはずなのに。

「皆さん、ここでの会話はほとんど地上で拾うことが出来ないと思いますが、最小にお願いします」

 ジェイはここに残る、ノーマ、ウィルを見た。すると、遠くから車輪の音が聞こえ始めたと思ったら、ぞろぞろとジェイの想定通り護送部隊が姿を見せた。間もなくだ。緊張しながら崖下を覗き込んでいると、ノーマが肩を叩いた。

ン、怖い顔してるよーリラックスリラックス!」
「ここでリラックスされても困るのですが」と茶々を入れるのはジェイだ。
「こんなガチガチなのよりふにゃふにゃしてる方がいいよ」
「ふにゃ……?」

 きっちりしっかりしているからすれば、その逆を言われているよう。どうしたら良いのかという迷いが生まれるが、今こうして、まだ何も最悪な自体なんて起こっていないというのに不安げに崖下を見なくてもいいんだ、と気持ちを切り替えられた。

「もう少し、か」

 ウィルが静かに言うと、ジェイがカウントダウンを始めた。まずはノーマとウィルのブレス攻撃が開始される。続いてモフモフ族、その後に、

「2……1……」

 息を吸い込んだ時だろう。対岸から雄叫びのような音が響いた。

「ちょっとお!段取り違うよ~!」
「キュッポ達が先に動いたのか?」
「違う!モフモフ族のみんなはこんな下品な声出さない!」

 予想だにしなかった自体に、ジェイでさえも焦りを隠さない。確かに彼の言う通り、モフモフ族から出る声だとは思えないし、どちらかと言わなくても人間の男性達の声だ。もしかして既に今回の作戦はバレていたのか?状況を理解するために、ジェイは崖下を食い入るように見つめた。そして程なくすると、崖下には見覚えのある顔が叫びながらヴァーツラフ軍へとけしかけていった。あの赤い髪は少し前に見たものだ。

「山賊の……?」
「あのバカ山賊、余計な真似を!」と、ジェイがこうして怒りの感情を表に出すのは珍しいのだが、慌てるノーマを見ると直ぐ様指示を出す。「セネルさん達に合図を出します。ウィルさんとノーマさんは支援を!あちこち動くバカ達でややこしくなりました、さんは引き続き待機でお願いします」

 とんだハプニングではあったが、先頭にいたトリプルカイツのメラニィはこの事態に最後尾まで下がった。先頭にまだスティングルが待機し、どうやらセネル達が待機していた位置的に鉢合わせは絶対のようだが、二人が相手よりは断然今の状況の方が動きやすいはずだ。

 が落ち着いて隊列を確認していると、護衛車で静かにしていたはずのシャーリィがなんと立ち上がり、その場から逃げているのが見えた。その様子に、ウィルがすぐに援護をする。本来ならここでセネル達に来てほしかったのだが、スティングルに足止めされている以上、こちらにすぐに向かえないようだ。ノーマも急いで遠方からの支援に切り替える。

「っさん、セネルさん達が苦戦してますのであちらに支援お願いします!」
「ええ、――アイシクルボルト!」

 ここからでは表情をほとんど確認することは出来ないが、その爪術が好機だったのか、セネルはシャーリィの姿を見つけるとスティングルから振り切るように走り出した。それにクロエも続いて走る。

「神速を極めし煌煌たる流転者よ……旅路の果てに我の地を選べ!シューティングスター!」
「僕、短いのにしろって言いましたよねえ……」
「足止めにはこの方が!」

 爪術の発動を見守っていたのだが、はフとした違和感を覚える。

「(スティングルが追ってこない……?)」

 確かに先程までセネルやクロエと闘っていたはずだというのに、ここでのブレスがなかったとしても動くつもりはなかったかのように、ただ彼らの後ろ姿を見つめた。何か罠でもあるのかと、はその先のセネル達を見たが、現れた兵士を難なくのしている様子がそこにはあるだけだ。

「セネルさんとクロエさんが毛細水道内部に入りました!」

 ウィルとノーマが二人の元へ合流するために走り出した。色々と問題点はあったが、基本的には順調に進んでいる。崖下の二人の様子は遠目でしか確認出来なかったが、なかなかの連携だ。きっとこのままなら問題なくシャーリィを救うことは出来るだろう。その姿をが黙ってみていると、ジェイは少し安堵するようにつぶやいた。「ついていくと、思いました」

「……ついていっても良かったのですか?」
「駄目ですよ。彼らに説明忘れてましたがここは毛細”水道”なのですから、下手をすれば水道を利用されてます。こればかりはヴァーツラフ軍の方がここの構造を理解してそうですからね」
「ええっ!?大丈夫なのでしょうか?」
「セネルさんはマリントルーパーですからね。いくらなんでも規定外の水流にはならないかと思いますし、まあ問題はないかと思います」
「ク、クロエは………」
「クロエさん?」

 思わず彼女が秘密にしていたことを口に出してしまいそうになるが、ハとし、口をつむいだ。

「い、いえ、でも、ノーマ様もウィル様も着衣では……」
「……服の重みで沈みますから大変ですね、とはいえここで死ぬような方々ではないでしょう」

 ジェイはあっけらかんという。確かに、ここでさよならというような人達では無いということは分かってはいるが、それを分かっていながら警告もしなかった彼の様子に思わずポカンとしてしまう。もしかしたら心配をした自分がおかしいのか、そうとも思った。

「……さん」

 ジェイは考える彼女に声をかけた。今この場で言う必要性はなかったが、これを逃すとずっと言えないかもしれないと思ったからだ。

「今度どうなるか分かりませんが、一つだけ忠告しておきます」
「はい」
「自己紹介は、もうこれ以上しないで下さい」
「………ええ、分かっております」
「本当ですか?あんなに軽々しくした人を信用出来ませんね」
「状況が状況だったのもあります。……もとより、ジェイ様の信頼を獲得するには骨が折れそうですわ」
「…………そう、ですね」

 人を疑って生きているような人生だ。的を得た彼女の発言に、ジェイは珍しく言葉が止まった。彼女は良い意味でも悪い意味でも、無邪気な人間だ。性善説でも謳うような素振りを見せる彼女でも自分はそう捉えられてしまうのか。事実と分かっていながらも、「そうでしょうとも」と、ジェイは自分に言い聞かせるように言った。

 すると、自身が立っている地面が少し揺れた気がした。

「ああ、使われてしまいましたね。水道」
「え………」

 今まで塞き止めていたところを開いたのだろう。そもそも、膝程度まで水位があれば人間なんて簡単に流されるというのにこの量となると、もしかしたら一度全員解散してしまうかもしれないな、とジェイは冷静に考える。

 またサッと青ざめる彼女が走り出そうとするので、彼はその手首を掴んだ。彼女ほどの力だったら片腕だけで充分だ。実際、ヒールで身長を盛っているだけで実際の身長はそこまで変わらない。ジェイ自身、そこまで食べることをしないので自分での身体の細さを分かってはいたが、身体は鍛えているからこそ自分の肉体を憂うことはそこまでなかった。

 同じような背格好、けれど、彼女は戦うこととは無縁だった人間。ここで彼女が抵抗でもすれば、更に抑えつけることは出来るだろうが、その時に彼女の身体が無事であるかなんて分からなかった。

「…………」
「…………?」

 とはいえ、少しくらい何かはあると思ったのに、掴んだ瞬間から、空気の抜けた風船のように静かに力が無くなっていく感覚がジェイにも伝わった。ふいに彼女の顔を見上げると、彼女はただ掴まれた手首を見ていた。

「……失礼いたしました。手荒な真似でしたね」

 その顔を見、ジェイは静かに彼女から離れた。大げさに言ってみるけれど、それを笑ってくれる人もいない今、ただ嫌味っぽい声が反響するようにこの場に残るだけだ。怯えた目だった。ジェイは素直に悪いとも思ったが、何も返してこない彼女に次第にふつふつと怒りに近い感情が湧くようだった。

「また、忠告になりますが、そんな顔出来るならもっと警戒して下さい。態度で示さなきゃ相手はわかりませんよ。……僕があなたを信頼していないように、あなたも同じなのでしょう」

 大げさなくらい、彼女の肩が揺れた。

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