散らない花は美しいか

20

 当然の事であると、も思っていた。これまで生きていた人生で、人を信頼するなと言われ続けてきた。それが最大の自己防衛であると、言われていた。だけれども人と触れ合った時、「本当に駄目なのだろうか」とも思ってしまうことも多々あった。人の心が読める訳じゃない。ニコニコと近づいてくれるのであれば、こちらだって好意で返すべきだろう。

 強く掴まれた手首を左手で擦りながら、は短く息を吐いた。

「ごめんなさい、わたくしはまた無謀なことを」
「ええ、本当です。猛省して下さい」
「…………申し訳ありません」
「同じような言葉を繰り返すなんて今じゃモンスターだって出来ます」

 ジェイはから距離を置き、そして温度のない目を反らした。「だけどまあ、それが出来ないヒトもいます」

「僕から言えるのは全部ただの忠告ですよ。それから貴女がどうしようというのは貴女の勝手。……懸命な判断を期待します」

 恐らく、ジェイなりの励ましも含まれていたのだろう。はそれを分かっていながら、上手く頷くことは出来なかった。先に立って飛び出してしまうのは自分の悪い癖。いや、それが利点として働くこともあるだろう。だけど、それは自分の尻拭いが出来るような人間のみだ。
 散らかすだけ散らかして、あとは誰かがというような都合のいい話、ありえない。

「……個人的な話になりますが、貴女にも警戒するという心があって安心しました」

 ジェイ自身、警戒して今まで生きてきたのだから、同様に警戒されることに対して不満が在るわけではない。当然のことだと思うし、すべてをみんな鵜呑みにされる方が困る。ただ、彼女のタイミングが不思議なことが多くそれに対して、行動が読めないからこそ、それに対処できない自分へのいらだちも覚えるのだ。

「申し訳ありません。驚いたもので……」
「別に良いんですよ、はっきり言っていただければ」

 あくまで否定するの発言に温度もなく答える。コレは当然の反応だ。

 それを肯定としたのか、もしくはこれ以上語ることもないかというのか、彼女は口を紡ぐ。それを無理に割らせる気にはならなかった。一体どんなことがトリガーになったかは分からないが明らかに亀裂が入ったことをジェイは理解した。それに対し、どこか胸が騒ぐような感覚が合ったが気のせいだろう。有り得ることはない。

 少々暗い顔が続いていただったが、短く息を吐くと、明るい声でジェイの方へ向いた。「……それでわたくし達はどこへ向かえばいいのでしょうか?」

「そうですね、おそらくこの感じですと、向こうの方が上手だったと考え更に次の場所、雪花の遺跡へ向かうのがいいでしょう」
「セネル様達を置いて……ということになりますか?」
「ええ。ですが距離と立地を考えると到着はほぼ同時だと思います。幸いにもセネルさん達は流されてますからね」

 ジェイは考えたプランを下見なしでは実施しない。確固たる自信を持ってから何事にも及んでいる。そのため、ミスは少ないのだが、だからと言って、次にどうしようと悩むわけではなく、失敗したら、の計画もいくらか練っている。今回に関して言えば、他の勢力が関与してくるという屈辱的な問題だったため、さすがにこの展開は読めていなかったが、毛細水道が駄目になる可能性は十二分に考えていた。

「一度奇襲を受けている以上、向こうは更に警戒してます」
「出来る限り有益な先手を打って優位に立たなければなりませんね」
「もちろんです」

 先程山賊の撹乱もあったものの、簡単に隊列は乱れた。ジェイ自身、こうしてダイレクトにヴァーツラフの分隊と接触したことはないが、今回の結果は力試しだったというとすれば最悪の事態ではない。

「なので僕は急いで向かいます。さんはポッポ達と一緒に向かって下さい」

 と、ジェイが言うと、対岸からモフモフ族らが顔を出した。

 それを見、は静かに頷く。その様子にジェイは安堵とした。ここでまた、着いていきたいだの何だの言われても足の遅いを連れていくことは出来ない。ヒトの救出である以上、油断はできない。聞き分けが良くなったのか、それとも諦めか。時たま出る彼女の自虐的な一面を思った。しかし、それを慰めようとも思わない。事実だからだ。

 対岸の彼らがこちらへ移動し始めたので、そろそろジェイも移動しようとへと向き直す。

「ところで……なのですが、」と、ジェイが考えるのはずっと彼女に対して抱いていた疑問だ。こんな雑談をしている場合ではないことは分かってはいたが、こんな時だからこそ、ゆっくりと腹を割る訳でもなく、無駄に時間をかけることなく聞けると思ったのだ。

「身体の調子はいかがなのですか」
「え?」と、はポカンとした顔をする。「ええと……特に問題はありませんわ。よくして頂いておりますので」

 はモフモフ族との暮らしについてかと思い、返答した。彼にとってモフモフ族は唯一無二の家族であり、そこに飛び込んできたを様々な意味で不安がっても仕方がない。
 出来る限り笑顔で言ってみたのだが、ジェイはその顔に対して怪訝そうにする。

さん、口裏を合わせてないのですか?それとも、言えないことならそれでもいいですけど」
「………どういうことかしら?」
「貴女は今、大病のため離れに暮らしているんですよね?」

 と言うのはよくいわれている話。騎士家系の姫君は病弱であられる、と。

 それに対してハッとしたようにの表情は固まった、のは一瞬で「ええ、そう……ですね」と、視線を下げた。「生まれつきなのです。わたくしがこうなのは」

「あまり、話したくないことでしょうから詳しくは不要です。ただ、もしその"病気"で倒れるようなことがある場合でしたらどうか戻ってください」
「っいえ、そのようなものではありません」

 素早く彼女は否定する。その表情をジェイは眺めた。今まで彼女といて、短い期間ではあったが、恐らくその場限りの嘘はつかない人間だろう。一般市民相手程度に身分を詐称でも罰せられる訳でもないのに、馬鹿正直に本名を名乗った。
 病気であるならデリケートな話題であるし、病名を話してほしいわけではない。ジェイは医者ではないのだから聞いても無意味だ。それでも、彼女に対して疑問を抱く部分は多かった。

 これまで薬を飲んでいる気配もなければ、食欲、運動量も極めて一般的。睡眠障害が起きている様子もなければ、精神的・身体的にどこかおかしいこともない。調査しようとして見た訳ではないが、同じ村で生活を共にした以上、そういった普段の生活をしているを観察できた。

「………それなら今はこれ以上言うことはありません」

 それならば、と考えてしまうのは悪い癖か。元々、は表舞台に登場しないよう隔離されていた。クロエとは面識がそれなりにあるようだから、貴族しかいないような集まりでは姿を表していたのだろう。離れで暮らすほどではあるが、感染するものではない。今は元気そうに見えるが、治療の成果でここまで回復したのか――いや、それではおかしい。

「………何があるということはないのです。健康体、かと思いますので」
「はい、僕も見ていてそう思いました。だから………」

 表に出れない彼女は、いくら広い屋敷で暮らしていようとも生活範囲に制限がある。それなのに、これほどまで他のヒトに紛れてすぐに生活出来るようになるというのか?それに、コルネアの学校だってそうだ。彼女のためだけの教室棟があったという噂もあるが、そもそもそんな大病をかかえてリハビリしている王女をやすやす国外に送れることなんてない。

 ともすれば、

「――いえ、首を突っ込む話ではありませんね」と、ジェイは首を降る。「僕は先に行ってます。道中何かあれば彼らに」
「………ええ」

 はジェイを見た。何かを言いたげな表情をしているが、きっと何時間も待ったって出てこないだろう。彼女はこういったコミュニケーション能力が著しく低い。手伝ってはいつだって言えるのに、助けての一言が言えないのだ。

 そんな彼女を放置し、ジェイは踵を返す。まだ時間的に問題はないだろうが油断は出来ない。と、後ろで布が擦れる音がしたのでも一先ずは移動することにしたのだろう、――と、

「地震……?!いや、地割れか?!」

 ぐらりと大きく大地が揺れ、バランスが崩れた。思い出すのは先程の水道。思えばここの水道はそう使われることはないために、先程のように勢いよく水流が動いたことで、その上にある崖に影響が来たか。

 バッと、の方へ振り向くと、彼女の方の地面は陥没していた。このままでは落ちる!と、ジェイは彼女へと手の伸ばす。

さん!手を!」
「…………っっ!」

 確かに彼女は動いたのだが、陥没により地面が不安定になっている今、ジェイ自身、捨て身で彼女へと向かうわけにも行かず、手首を掴んだ!――と、思いきや、彼女のブレスレットが抜け、そのまま彼女は落ちていった。

「先へっ、向かって下さい……!!」

 強い眼差しでは言う。ガラガラと大きな音をたてて彼女はすぐに見えなくなった。 後を追いかけるか否かを即座に考えるため、ジェイは安全圏へと移動をする。

「ジェイ!」

 そこで、モフモフ族の者たちが慌てて駆けつけた。しかし、今は既に揺れは収まっているが、既に脆くなっているため、考えなしには近づけない。地面にヒビのない場所で立ち止まると、キュッポとポッポのみジェイに近づいた。

さんは下キュ?!」
「っだけど、恐らく生き埋めにはならない!そう、構造的に考えて、土砂の流れがひどかったけどむしろそれがクッションに……うん、きっと大丈夫、いや、とは言っても…………」
「ジェイ!」と、今一度、キュッポは彼の名を呼んだ。「ジェイは先に急いだ方がいいキュ。さんは絶対に僕達が見つけ出すキュ」
「あ、ああ………」

  キュッポの真っ直ぐな目に、ジェイは押し黙る。こういった時にどうしても、彼らのことを強いと思ってしまう。自分は冷静に考えられているはずだと思っているからこそ、厄介だ。ブレーンとしてジェイはモフモフ族らに指示を出すことはあるが、そのジェイよりもずっとずっと先を見ていることがある。

(いや、僕が弱いのか……)

 手に残ったのブレスレットを強く握る、と、ジェイは思いもよらない”酔い”にふらついた。

「ジェイ?!疲れたキュ……?」
「ち、違うよ。これが……」
「ミスティシンボルのブレスレットキュ?」

 そう、ただ数珠にミスティシンボルが描かれているだけのものだ。加工されているため、ブレスレット型になっているが、ただそれだけ。そうだというのに、これを装着していると、自分の中の爪術が抑えきれなくなるようで、吐き気がした。

「ずっと気になってたキュ……」
「ポッポ?」
「ミスティシンボルは普通はこんな風に使わないんだキュ、これじゃあ爪術が暴走してもおかしくないキュ」と、技術者らしくポッポは冷静に言う。「それをさんは首と手の2ヶ所につけているけど、平然としていて……」

 ミスティシンボルの効果としてはただ詠唱時間を短縮するだけで、自身の潜在能力を高めるのみだ。ここまで負荷がかかるものではないのだが、あえてミスティシンボルの効力を最大限引き出せるよう強化させられている。

「……ポッポ、これは君からさんに届けて、巨大風穴へ向かってくれないかな」
「雪花の遺跡に入るキュ?」
「うん。察しがいいね、雪花の遺跡に正面から入れは出来ないだろうし。僕はヴァーツラフ軍が本当に遺跡に向かっているか確認をするよ」

 益々、彼女には疑問がつきない。

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