4月上旬。4月1日といういくら嘘を付いても許されるという日になにもしなかった私は呆然と立っていた。いや別にエイプリルフールに誰にも嘘を付けなかった事が悔しいわけじゃない。もうそれは昨日ツナから騙し取ったお菓子で許すことにしたんだ。今はそんな菓子をのほほんと私室で食べてる訳ではなく、まずここは私の家でもなくて、学校で、私と数人しかいない昇降口。そして勿論4月上旬現在、大絶賛春休み期間中。

(いや、なんで?)

 誰もいない並盛中学校。それだけで充分恐怖は膨らむ。(もうパンパンでどうしようもないんですけど。)え、だって今春休みじゃん、しかも夜じゃん。それなのになんで私はここにいるのだろう。と、何度も自分に問いかけたけれど、私が分かるはずもない。私は一般以下の思考力しか持っていない。つまりバカ。しかもかなり典型的な。ぶっちゃけこれは嫌と言うほど自覚済みだ。その上自覚あるだけマシじゃないかと自分をなぐさめるのも飽きたほどだ。
 いや、今私の事などどうだって良い。とりあえずなんで私が、いや、私たちがこんな夜遅くに軽く不法侵入の気を感じさせながら(いやガチで不法侵入だね!えへ!!!)学校にいるのかと言うと、今私の目の前にいる少年・沢田綱吉の他称、弟にあった。

 他称というのは、ツナと私は幼なじみなのに今までその存在を知らないかったからだ。普通赤ん坊でも産めば嫌でも気付くと思う。名をリボーン。名前なんて親の自由だけれど明らかに日本人につける名前ではない。奈々さんには悪いけど。むしろ、兄であろうツナが『綱吉』と言う純和風な名前だと言うのにいきなり『リボーン』はどうだろう。
 それでも彼はいつの間にかツナの隣にいて、いつの間にか弟ということになっていた。しかもそこの所を問い詰めるといつもツナは挙動不審な態度を取る。だけどいくら怪しいといっても赤ん坊に罪はない。

 いや今は罪があるかもしれない。
 なぜならここにみんなを集合させたのは彼、リボーンだからだ。彼は小さいながら行動力がある。某SOS団団長のように、不可能を可能にするような人物だ。赤ん坊なのに。
「はあ……、なあ、なんでオレらこんな事しなきゃいけねーの?」
「ツナ…、それ今すぐリボーンに言ってきてよ、よろしく」
「ごめ、無理」
 どうしても頭の上がらない二人で苦く笑う。リボーンのかわりに、腹いせにツナをを責めようと思ったけれど、こいつの顔にも『もう帰っていいですか』という本音が見え隠れしていたため、私を口を閉じた。

 ともあれ、そんなリボーンが昨日いきなり言い出したのだ。
「肝試しするぞ」
 正直、勝手にやってくれ。
 是非とも私に関わりない所で存分に。なのにリボーンは人数が足りないからと私まで誘ってきた。(ていうか今の季節は春だよね?)断ることは可能だったかも知れないけど、リボーンは私とツナにはかなり厳しい。(京子とかハルにはそんなじゃないのに…)世の中は残酷で不公平だ。だってリボーンっては私に銃向けるんだもの。だってリボーンの銃はアレ本当の、ていうかまじでモノホンなんだもの。だって赤ん坊の癖して迫力とかそういうのが恐いんだもの。
 それゆえに私は泣く泣く嫌々承諾した。その時のリボーンの「嬉し泣きか?」というコメントは生涯忘れることはないだろう。子供をあれほど本気で殴りたいと思ったのはない。

 そして集められたメンバーは、同じクラスだった山本、獄寺、内藤、京子、花。あと、先輩で京子の兄である了平さん(そういえばツナは了平さんのことをお兄さんと呼ぶけど、あれはいいのだろうか)と、私の部活の先輩という知り合いでなのか持田先輩もいる。それと他校生のハルや獄寺のお姉さんであるビアンキさん、あと自称ツナの兄貴分のディーノさんもいる。総勢13名。他校生から完璧な部外者までよりどりみどり、それでも堂々としている今回の主催者リボーンはかなりの強者だ。隣でツナはそれとはアンバランスで、どうしようかと言う顔をしているが。
 了平さんたちはこんなに早く訪れると思わなかった並中が懐かしいのか、楽しそうにじゃれている。と言うのは、この春私たちが中3になって、1つ上の彼らが卒業したからだ。卒業してそう時は経ってないが、懐かしいのには変わりないのだろう。

 と、思考を巡らせているとリボーンが話し始めた。
「それじゃあルールを説明するぞ」
「…待って、リボーン。なにか来るわ」
 よく分かんない紙をどこからか取り出しながらリボーンは周りを見た。が、それを止めるようにビアンキさんが声を潜めるように言った。(もしかして見回りの先生だろうか)ビアンキさんのその顔には幼い頃のトラウマのせいで(らしい)まともに顔を見ることができない獄寺を考慮した結果なのかゴーグルを付けている。
 ビアンキさんがリボーンを妨害する事なんて珍しい。もし、他の、例えば私とかだったら即効でリボーンに殴られてた。それを周りも感じたのか、ディーノさんがいち早く鞭を取り出した。その隣の獄寺がまずいという顔をしたのはかなり共感できた。ディーノさんはかなりの運動音痴だ。たまにすごい時もあるけれど。

 皆が昇降口の直ぐ横の廊下に立った。ぺたりぺたり。と水を引きずっているような足音。その方へ皆の視線がいくが、何分暗いのでよく見えない。唯一の明かりは私が持っている懐中電灯だ。ていうか心なしかその足音に私とツナが一番近くにいるような気がする。もしかして、これは全部リボーンが仕組んだことなのでは、と横目で見たが、いつもの嫌みな感じの表情はまるでない。冷や汗をかきながら視線を戻すけれど、何も見えない。どうしようとまず隣にいるツナと目を合わしたが、ディーノさんがいきなり割り込んで、私の手の中にある懐中電灯を私の手ごと動かした。彼が照らした先にはなにかがある、いや、『いる』。

 全身に包帯。男か女かも分からない。焦げ臭い匂いが、嫌に鼻につく。「あ゙あ゙あ゙・・・」と声なのかも分からないような声を発して、こちらに向かっている!だらんと垂れているような腕からはペタペタという音を鳴らして、何かをこぼしている。零してるんじゃない、垂れているんだ、血が!引きずるように両足を動かしてこっちに来る。
「きゃあああああ!!」
 女子の誰か(恐らく、絶対ビアンキさん以外の誰か)が甲高い悲鳴を上げた。私はというとタイミングを外した上にショックすぎて身動き一つできない。というか、周りの殆どもそのようで、未だ動けるものはいなかった。

 うめき声を上げてなおも近づいてくる者に、一番早く冷静になれたリボーンがみなに大声で呼びかける。
「もたもたしてねーでさっさと逃げるぞ!!」
 その声にいち早く反応したビアンキさんとディーノさんがみなを押すように走り出した。走っている間にも誰かは泣いている声が聞こえた。京子とハル…?だけど京子の方はもう涙は止まっており、ハルだけがグズグズとしている。ハル、そういえばわりと視力良い方だったからなあ…多分私よりも鮮明に見てしまったんだろう。横の花と京子が大丈夫と言い聞かせていた。
「ア゙ぁ゙あ゙・・・」
 段々と物凄い勢いで近づいてくる者に、私の手を握ったままのディーノさんは走りながら懐中電灯を後ろに向け、軽く振り返った。(ちなみに私の手も巻き添えとなったのでちょっと痛い)するとかなり焦ったというようにディーノさんは声を張り上げた。
「い・・・急ぐぞ!!あいつ増えてやがる!」
 その一言に何人かがふり向く、誰かの息を飲む声が聞こえたために私も思わず振り返った。
 さきほどの者が廊下を埋め尽くすほどいる。ああ、そうか。音が大きくなったのは近づいてきたからじゃない。増えたからだ。

「あ゙あ゙ア゙ぁ゙あ゙あ゙ア゙ぁ゙ア゛」

 脳髄に響くような嫌な声。走っているものの、どこに行き着くかなんて分からない。バタバタと階段を登る。足がもつれそうになるのを、了平さんが腕を持って支えてくれたのはとてもありがたかった。なぜ私かと言うと、京子は花やハルと一緒に居たからだ。(あれ?私仲間外れ・・?)2階に上がって、身体的な精神的な疲れで、息切れ切れなりながら休んでいるとまだ下から声が聞こえる。
「ど…どーすんだよ!!!」獄寺が念のためかダイナマイトを構えた。
「どうするにも…、まずどっか教室に入るしかねえ!!」
 山本の提案に皆が頷き、一番近くにあった教室へと入る。ディーノさんや了平さん達が出入り口を机で固めていた。だけどそれでは、
「あの…もしさっきの人?たちが入ってきたらどうするんですか?」
「ああ、問題ないぞ!この俺並盛高校一年ボクシング部の笹川了平が鍛えぬかれた…」
「あー、気にしなくていいから」
 暴走し始めた了平さんを持田先輩が止めた。いつもの調子に、思わず頬の筋肉が緩んだ。その様子を微笑ましく見守っているのものの、やはり先ほどのショックでか、ハルや京子、花はあまり顔色がよくなく、ここに来てから一言も喋っていない。かく言う私も同じように顔色は良くはないと思うのだけれど、どうにも喋っていないと落ち着かない。喉の奥が乾いている気がした。
ちゃーん!」
「…内藤。私…なんだかさあ、今話してないと落ち着けない気がする…」
「あー分かる分かる!オレもけっこーやばい今!」
 さっきまでずっと静かだった内藤がバカ騒ぎをした。一瞬全員の嫌な視線が一斉にこちらにしたけれど、私はこのくらいが丁度良い。
「ちゃんとまとめろよ年長者」
「いでッ…いきなりリボーン蹴るなよ!」
 内藤につられてか、リボーンとディーノさんが少しだけいつものペースに戻る。それに皆もなんだか安心したのか、緊迫とした雰囲気が柔らんだ。

「…んで、どーします?」
 山本が丸くなって集まった皆に話しかける。
「どうするにもな…、というかこれマジ……なんだよな?」
「持田先輩…これマジじゃなかったら何なんですか…」
 今更な持田先輩の一言に肩を落とした。「それにしてもよ」と獄寺。
「アホ女いつまで泣いてる気だ?うっせーんだけど」
「アッ…アホとはなんですか!!それにハルはもう泣いていません!」
「はあ?…じゃあ誰が泣いてんだよ」
「……獄寺君、なに…言ってるの?」
「え?10代目聞こえません?女が泣いてるこ…」
 ピタりと皆の動きが止まった。
 辺りを見回したけれど、誰一人泣いていない。
「ま…まど…窓ガラス!!!」
 持田先輩が震えながら、最後には立ち上がってガラスを指した。振り返るとそこには確かに獄寺の言うとおり女が泣いていた。でも、ハルとか京子みたいに怖がって泣いてるとか、そういう可愛い類のものじゃない!
「殺テや!!」
 泣きはらした顔というのか、いや違う、単純に肌がただれている。女性はガシャンと窓ガラスを割ると教室の中に入ってきた。「に・・・逃げるぞ!!!」誰かが言うのと同時に動き出した。

やル!!

殺シやル!!

ル!」




 走り疲れて止まった。だけどどんどん遠ざかっていく声に私は安息のため息をついた。一体アレは、などとは考えたくない。例えば、お風呂に入っている時に背後から視線を感じるとか言うレベルの妄言だったら良かったものの、出会ってしまったのだ。今まではいや、いる気がするけど私霊感とかないし…で切り抜けていたのに。取り返しの付かないトラウマだ。
 と、隣でも同じようにため息をつく獄寺。
「はあー…大丈夫か、
「なんとか………あれ?」
「ンだよ?」
 辺りを見回したけれどシンとしている。その様子をなんとも思わないのか獄寺は平然な顔をしている。
「…あのさ、みんなは?」
 二人して振り返ったりしたけれど誰もいない。私は信じたくなかったけれど、意を決して獄寺に声かけた。いや、そんな事はないよね。だってあんだけいたのにこんだけって事ないよね、ね?獄寺?
「…まさか、はぐれた?」

 とても悲しいことに獄寺は静かに頷いた。

(ゲンザイ2メイ ユクエフメイシャ11メイ)