「つかさ、今いるの北の3階な訳じゃん」 「うん」 「放送室、南の2階じゃん」 「うん、そうだね」 「歩くよね」 「まあ」 あっけらかんと言いのけたツナを睨む。「ツナがもうちょーっと近い所にいてくれればよかったのに」 元々私は南の一階の、職員室にいたのだ。そこならば、一階階段を上がればすぐに放送室だったのだ。それなのにツナのせいで、という目をもう一度向ける。 「お、オレは悪くないだろ。だって、がどこにいる?って聞くからオレは答えただけだし……」 「あーハイハイごめんなさいねー全部私が悪いですー」 「の性格悪っ!!」 耳をふさぐ仕草をすればすかさず入るツナの突っ込み。もうツナは誰かとお笑いでもやればいいんじゃないかなと暢気に考えた。ほら、こうやって笑えるんだ。場所なんて関係ない。……いや、違う、確かに知ってる人と一緒だからっていう理由も大きいけれど、ここが私達の並盛中学校だから。今までずっと否定していた。だけど、いつの間にかここの雰囲気が好きになれた。美術室。そうだ、放課後、作品が半分も終わってなくてどうしようもない顔しながら二人で残った時があった。まるでその時のよう。確かあれは冬だったからすぐ日も落ちっちゃって、こうやって真っ暗だけど電灯だけが煌々とまぶしくて。まぶしくて。 「ここに来てさ」 ツナは言った。 「みんなの色んな面見てきたと思う。もちろんのも」 「……そうだね」 「まじ、本当、こんな極限……っていうとお兄さんみたいだけど、嫌な意味で極限な状態なのに、みんな変わらなかった」 「まあ、本当にどう思ってるのかはわかんないけど」 「そうだけど、でもそれっていつもの事だよね」 笑い交じりなその声は美術室によく響いている。いつも通り。いつも通りの美術室だ。一分とて違わない。 「ほら、いきなり学級内で殺し合いする映画あるじゃん?」 「話しか聞いたことないけど、うん。……でも、ここまで纏まるって結構凄いよね」 「そうだよ。そこなんだよ。オレさ、何かを必死で、本当に、死ぬ気で皆と一致団結したこととかあってもさ」 「え、あるんだ」 「あ、ああ、うん、まあそこは置いといて……。でもさ、それでも、皆同じ……敵を相手にしてた」 「敵?」 「うん、だからこそバラバラにならなかった。目指す場所は同じだから。でも今回は違うんだ」 「どこに行けばいいか分からないし、どうすればいいのかも分からない……から?」 「……もしかしたら、『アイツを犠牲にして』なんて考えも出来るんだ」 「…………うん」 「心の中ではずっとみんな思ってた、かもしれない。でもそれを大声上げて主張する人なんていなかった」 「そりゃあ、うん、まあ……日本人らしいんじゃないかな。本音を言わないっていうか、言えないっていうか」 「アハハ…、そうかもしれないけど、でもオレはそう思うと嬉しいよ」 いつだったか、山本と離れて、ムクロさんと出会った?(いや実際は『会って』ないんだけど)時、ムクロさんは今の状況を「置いていかれた」と言っていた。私的には山本はただたまたま、私とはぐれただけだと思っていた。だけど、客観的にはそう見えたらしいし、再び会った時の山本の表情を思い出すと、もしかしたらもしかしたら、と頭をよぎる。 だけど、それがどうしたってことだ。 自分だけでも、という本音を優先しただけで、私だってその立場にいればそうするかもしれない。もしそうして、山本だけが助かって「やった!助かった!」なんて両手挙げて喜んでいたのなら私だって怒るけど、そんなんじゃなかった。あの時、山本が消えるときに僅かに口が動いていた。ヒーローだよって言ったとき。今ならなんとなく分かった。謝っていたんだ。ごめんな、って、私に対して。 謝って済むなら警察いらないとか言葉だけじゃ意味がないとか、そういうのあるかもしれないけど、私が山本を許しているならいいんじゃないかな、と思った。なんて単純な考え。けれど、 「それが友達ってやつだよ」 北校舎から南校舎へ渡る為に、私とツナはゆっくりと渡り廊下を歩いた。どうしてこんなにゆっくり歩いているんだろう、と思うけれど、何だかそういう気分だったから仕方ない。無音の中静かに歩く廊下はどこか不思議で、不気味で、いつも通りだった。 夢の中の世界。そう思うと全てが納得出来た。並盛中学に詳しいのは並中生。だからこそ班分けのときはどこの班にも並中生を入れたし、それに恐らく、一番前を歩いたのも並中生だろう。校門から学校に入った私たちは疑問に思わずここを並盛中学だと思って動いていた。昇降口に入ったら下駄箱があるし、一階には職員室がある。当たり前だ。だからこそ何も疑問に思わなかった。 「………ツナさあ、」 「うん」 「春休み課題、どのくらいやった?」 「ぶっ!!な、なななんで今それを……」 「いや、そういえばどのくらいやったんだろって思ったから」 「…………大体半分」 「え!?まじで!?ツナの癖にそんな所までやってんの?!」 どういう意味だよ、と反抗するツナを軽く流す。 ああ、そういえばそれなら城島達はどうしてここに来たのだろう。そういえば、そういえば、暗いところから城島が現れたことを思い出す。廊下で出会ったのだから暗いのは当たり前だろう。だけど、元々は誰もいないところから彼は出てきた。逃げて走っていたというけれど、元々ここにいなかったはず。どこで来たのだろう。どうやって。 と、考えてみたけれど、きっと証明することは出来ないのだと、すんなり理解した。数学のように答えが一つじゃない。夢の世界は非現実的で非科学的。 「でもさ、英語も終わってるの?」 「……それ言うなよ……英語で今詰んでるんだから」 「本当に最悪だよね、英語のワーク。あの先生離任するんだからこんな気合入れなくても良かったのに」 「最後の授業でやけに笑顔だと思ったらこれだよ……」 静かな廊下はまだまだ、続く。それが変に思えたけれど、やっぱりこれが普通で、私はいつも通りツナと会話を続けた。 『彼ら』は私達を否定していた。「来るな」とか「消えちゃえ」っていつも言われていた。それは当たり前だ。私達は関係ないからだ。私達はいつだってここで無関係の鬼ごっこに参加していたのだ。何で、どうして、『彼ら』がここにこうしているのか分からないけれど、『彼ら』がここにいて完成しているところに私達みたいな部外者が来ても不愉快なだけだろう。 でも。 「私達が帰っても、あの子達は、あのままなのかな」 真っ暗なはずなのに、なぜか少し暗くなった気がした。私は階段を踏みながらツナに聞いた。ツナは振り返って私を見る。 「仲間、なんだろ」 ツナは当然の事を言う目をしていた。こんな真っ暗い所だというのに、はっきりとツナの輪郭がよく見える。私はそんなはっきりといわれるなんて思ってもなかったから、思わず凝視した。 「オレ達は終わらせるんじゃないんだよ。始めるんだ」 「……よく意味が分からないんデスガ」 「正直自分で言っときながらオレもよくわかってない、けど、オレは終わらせるんじゃないと思ってる」 なんで、と聞く前にツナと放送室に到着した。放送室は電気も点かず真っ暗で、でもまあ真っ暗な廊下にずっといたお陰で夜目はきいている。手探りで電源のスイッチやら、音声やらをいじり始めた。 「ずっと、ずっと考えてた、『アイツら』の事じゃない。のこと」 「は」 「え、あ、ち、違うよ!そうじゃなくてさ、オレ、ずっとに頼りっぱなしだったなあって」 中々見つからないスイッチにイライラしてきたのが思わず相槌に出てしまったようで、ツナは慌てて言葉を繕う。そういえばまだ私は一回も放送委員になったことなかったし、ツナも確かそうだ。これでちゃんと鳴らせるのかなって今更ながら不安になった。 「でも今思った。それもこれも皆同じなんだって」 「あ、あのさあ……ツナさん……、何だかただ自己完結していらっしゃるようで私に全く話が伝わってないんだけど」 「あ、ごめん。何かオレ、焦ってるのかも」 ツナはそう言って軽く笑ったような声をもらした。 「『アイツら』を否定してるのも、の前に立とうって焦ってるのも同じだったってこと」 「……一緒にされたの?」 「嫌そうな顔するなよ。そうじゃなくて、いや、そうなんだけど、えっと、とりあえずオレは、隣に立つことを忘れていたんだ」 そう言って、ツナは私の横に立った。そして、私の指の先を指す。ああ、ここに電源があったのか。 隣に立つこと。 私だって、ツナが前に立っていようとしているのは気付いていた。それが嫌だった。取り残されたような気がしていたから、私だけ昔のままでいるようだったから。だけどツナは男だし成長すれば今よりずっとずっと身長的な意味で大きくなるだろう。それだからって前にいて、背中見せられるのだけはゴメンだ。(ああ、そうか) ああ、隣に立つってそういうことか。前にいても、後ろにいても話し辛いだけだ。どうしてずっと忘れていたんだろう。ずっとずっと、こうして、隣にいたのに。まるでどっちかが偉いんだと争うように、私達は不毛な考えをずっとずっとしていたんだ。 「……終わらせるんじゃない」 私は小さく先ほどのツナの言葉を呟いた。さっきまでは綱吉君の素晴らしい自己完結によりよく分かんなかったけど今なら分かる、はず。 私はチャイムを鳴らすスイッチに指を持っていく。 終わらせるんじゃないんだ。ずっと怖かった。自分の知っている学校じゃなかったから。だけど、そうしたのは自分だった。怖い怖いと全てを否定していたのは自分だった。だからこそ、私の想像する怖い学校が出来上がってしまったんだ。夢のような話。私が、私達が『彼ら』をこんな悪夢に巻き込んでしまったんだ。 学校のチャイムの意味は、「始まらせるために」 カーンコーン キーンコーン カーンコーン 隣にいるツナが笑った。真っ暗なはずなのに、この空間が少し明るくなった気が、したんだ。 |