メリーゴーラウンドは
夢路を進む

03

「あれ?が僕より遅いなんて珍しいね」

 居間でテレビを見ていた坂道は私へと振り返った。

 坂道は昨日から自転車のチェーンを切ってしまい、秋葉原に行けないらしい。しかしそこをあまり残念がっていなく、今は他の事に一生懸命だった。総北高校にアニメ研究部はなかった。いや、数年前まではあったらしいのだが、今はもう部員不足により廃部になってしまったそうだ。その為、坂道はアニ研を再建する為に、チラシ作りに励んでいた。坂道は友達が欲しいのだ。一人でただ秋葉原に行くよりも、友達と語り合いながら秋葉原に行きたいらしく、その為なら今少しくらい秋葉原に行けなくても大丈夫のようだ。というか、今月買うものは全て買ったらしいのもあるが。

「うん。ちょっと駅前で道案内してた」
「そっか……。あっそういえば入る部活って決めた!?」
「多分私はどの部活にも入らないと思う」
「じゃ、じゃあさ!アニ研入ってくれないかな!人数集まったらすぐ辞めても大丈夫だし!」

 いつもよりグイグイとくる坂道に、私は少し目を丸くした。休止中の部活を復活させるには5人以上揃えなければならない。今のところ新入部員でアニ研を再建しようとしているのは坂道一人らしく、あと4人。人のことは言えないけれど坂道は友達がいないし、自分から歩み寄れるタイプでもない。私が増えればあと3人になる。

「別にいいけど」
「っやったあ!ありがとう!これであと2人だ!」
「……2人?」
「あっ、うん。もしかしたら入ってくれる人がいるかもしれないんだ」
「同じクラスの人?」
「ではないんだけど、アニメに興味があるみたいで」
「ヒメヒメ?」
「ラブヒメだってば!」坂道はすぐに突っ込んだ。「今期のアニメをマークしてるのかは分からないけど、あーっやっと念願のアニメ語りが出来ると思うと嬉しくて仕方ないよ!」

 坂道は真っ直ぐだ。私は胸を張って好きと言えるものがないから、その情熱には驚かされるばかりで、眩しい。正直に言うと、人と趣味の話をするだなんて小さな夢だと思う。そしてワイワイと出かける予定を立てて、登下校も楽しく話をするだなんて、ありふれたことだ。その枠組に私も入ってはないが、それでいいからこうして収まっている。だから理想を語る坂道にちっとも同意なんて出来ないが、その夢に一歩でも近づけているのなら、私も妹として応援するべきなのだろうか。何故か、少し複雑だった。

「でもあと2人集めないとね」
「うっ、うん……はいいな〜って人いないかな…?」

 私に聞いているものの、最終的に坂道の友達へとなっていく人だろうに。フと、今日の出来事を色々と思い出してみたが、今日まともに喋ったと言えば今泉君か、鳴子君か。
 あまり深くは知らないけれど二人共アニメや漫画に興味はなさそうだ。鳴子君の方は兄弟がいるみたいだから弟と一緒になって漫画とか読むのかもしれないけれど、今泉君は殆ど読まなそうだ。アニメとかも知らなさそう。

「……まあ、いないなあ」
「そっか〜そうだよねえ〜……」

 しかしまあ、もし今泉君と鳴子君が入ってくれれば5人になるのか。でも、世の中はそんな甘くないかも?

  *
 人が混む所には極力行きたくない。喧しいとかそういうのよりは、どちらかと言えば私が人様の邪魔になるというのが申し訳ないのだ。しかし今日はそれを避けて通ることは出来ないだろう。

 手に握る硬貨を見つめ、私はため息を吐いた。授業終了まであと5分、なのだが、今日の理科総合は先生が想定していた時間よりもテキパキと進みすぎてしまい、先に進んでは中途半端すぎるのでここで授業は終わった。なので、教室に出たり、騒ぐ以外だったら好きにしていいという事になり、周りは皆弁当を広げ、いつもよりほんの少し早い昼食を取っていた。本来なら私もそうしたかったのに、恨めしくただただあと5分を過ぎるのをじっと待っていた。

「お前は食わないのか」

 鞄から弁当を取り出した今泉君はフと後ろの私を見た。

「……今日は忘れた。から、あと少し待って購買行く」
「ああ、購買組からすれば今の時間は地獄だな」

 席の移動も自由にしていいと言われていたから、今食べてないといえば購買で買っている人や、いつも他クラスの人と食べてる人。お腹すいて死にそうという顔をしている人はそりゃいないけれど、今のこの中途半端な時間をどうしようか持て余している表情をしていた。きっと、私もその顔なんだろうけど。

「今泉君は購買行ったことある?」
「いや、どこにあるも分かってない」
「確か……隣に図画工作室があったよ」
「……寧ろこの学校に図画工作室がある事に驚いた」と、今泉君は弁当を開けた。

 中学の時は給食があったからか、まだ弁当をちゃんと毎朝鞄に入れる習慣がつけられてなかったのだろう。全く持って誤算だ。それに、よりによってこんな日に。運が悪いのはこうも続くものだ。そろそろお腹なりそうな気がするし、実際購買部に行っても何が買えるのかも分からない。ある場所が分かっていてもいつもあの人数だ。ほとんどないけど嫌いな食べ物しか残ってないかもしれないし、最悪買えなくても仕方ないかもしれない。
 5時間目は英語だったか。予習でもするかと私はノートを出した。

「次、宿題あったか」
「うーん……。ないと言えばないけど、訳してないと困るよね。先生の当て方って」
「ああ……」

 今泉君は苦い顔をしたという事はやってないのだろう。私はと言えば、訳しはしたがまだ定着はしていないと言うか、ただ詰め込んだだけだ。熟語でも覚えとこうか、とペンを動かした。

「真面目だな」すっかり前を向くタイミングをなくさせてしまったのか、椅子を横に座ったまま今泉君は言う。

 真面目。よく言われるし、否定はしない。心から真面目という事はきっとないだろうけど、気がつけば勉強をしているし、その姿勢が真面目と呼ぶのならそうなのだろう。

 すっかり今泉君は私と喋りながら弁当を食べる、というスタイルで落ち着いてしまったけれど、何か気の利いたことを言うべきだろうか。ぐるぐると考えてみるけれど特に何もない。今泉君と趣味と言えば多分自転車で(それしか聞いた事ないし)、多分得意科目は、なんだろうか。英語ではないような気はした。とは言えだからなんだという話だ。
 顔を見ながら考えていたせいでか、今泉君は気まずそうに私を見た。「どうしたんだよ」

「あ……ごめん。………えっと、……今泉君って友達いるの?」
「は?」
「私もだけど、今泉君もお昼の時間ここでずっと食べてるし、休み時間とかも席いるし」
「……つまりはお前と似たような感じだろ」
「ああ、いないの……」
「………」

 思わず同情的な目で見てしまったのは仕方ない事だ。今泉君は色んな意味で顔で損しているかもしれない。格好良いけれど顔つきはキリッとしていて、言ってしまえば怖い。彼を好きな女の子はいっぱいいるけれど、離れてみているだけで満足と思ってしまっているのか話しかける事はそう少ないし、思い切って話しかけてくれる子もいるけれど、一言でも話せたら!というテンションで来るから、そこから発展する訳でもない。——というのは全て彼に(物理的な意味で)近いからよく知っていたのだ。

 と、ここでようやくチャイムが鳴ったので私は立ち上がった。

「あっ……あのさ、小野田さん」

 扉に手をかけたところで女子の声が聞こえて立ち止まる。丸いメガネにおさげの子だ。名前が思い出せない。話した事はあっただろうか、と考えたが、当てはまらなかった。声をかけて来たものの、その声がヒソヒソとした音だったから、思わず私も「どうしたの?」と小声で聞く。

 今話しかける利点と言えば、私が購買に行くだろうからついでにアレを買ってきてという事か。初パシリか、と身構えたけれど、このモジモジ具合からするとそんな様子に見えないなと思い直す。
 実際話しかけてくれたのはこの子だけだったが、コレ以上何も言わないメガネの子を見かねてか、2人の女の子が寄ってきた。これで早く購買部行けるかなと思ったけれど、その子達は「ほら、早く」と急かすだけでまだ行けそうにない。手持ち無沙汰になった私はとりあえず手元の財布をいじっていると、メガネの子は深呼吸した。

「あの、小野田さん、さ」
「うん」
「…………な、仲、良いよねっ」
「うん?」

 もしかして私の事を誰かと勘違いしてるか?と思うほど疑問が浮かぶ質問だったので、思わず首を傾げた。幾ら考えても答えが浮かばないもので、仕方なしに説明を待つかと、刻む秒針を横目で眺めた。

「い、いまいずみくん……」
「今泉君?」
「こ、声大きいよ!」

 大袈裟に口を抑えられた。赤面しつつ正直ちょっと満更でもなさそうな顔をしていたのできっと怒ってはないのだろう。こういった交流をしたことがなかったので困惑しかなかったが、私に話しかけられている以上、とりあえず受け止めるしかない…のか。

「ねえ、小野田さんは今泉君のアドレスとか知ってる…?あのね、私前に渡そうと思ったんだけどタイミングが掴めなくて、ほら、今泉君ってクールじゃない?あ、でもそこがいいんだけど!でも今泉君と仲良い小野田さんが言ってくれたら……とか思ってて!」

 一度話し始めた事ですっかり緊張が溶けたのか、一気に捲し上げた。その気迫に気圧されそうだったけど、ゆっくりと思い返しながら言葉を飲み込んだ。けど、

「……私、アドレス知らないよ」
「そうな……えっ、そうなんだ……」火照っていた頬がす、と冷えていくようだった。「そうかあ、小野田さんでも分からないかあ…」と残念そうに続けた。

 と、手に持っているメモを見た。そこには英字のようなものが羅列していて、きっと、もし私が仲良かったら一声添えてついでに伝えてくれという事だったか。シュンとする顔はなんとも可哀想ではあるが、最初の段階から挫けているので私がどうにか出来るものではない。

 タイミングが掴めなかった、という事だが、じゃあまた話しかければいいじゃないか、とは言えなかった。私に話しかける時もこんなに緊張しているというのに、好きな人(多分)の前なら尚更だろう。

「あー……その、渡すだけなら、私の方がチャンス…?あると思うから、ソレ渡そうか?」
「ほっ本当!?」

 まるで華が咲くように笑うもんだから、私は思わず坂道を思い出した。こういう表情にはどうしても逆らえない。私は受け取ったメモをブレザーのポケットにしまうと、ようやっと、クラスを出た。

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