心のどっか遠く。すっごく見えないほど遠くで、私は願っていたのかもしれない。今起きてることは全部夢なんだって、無自覚なだけなんだって。でもやっぱそんなことなくて、ほら現実だコレ。すごい痛いもん。泣きたくなるほどだ。こんな怪我したことないよ。 「君…?なに、したの…今…」 まさか庇われるとは思ってもいなかったのか、少し混乱気味にヒバリさんは私を見た。私も庇うとは思ってなかった。自分の事なのに不思議。それも初対面同然のヒバリさんを。 今私の肩からは致死量には達しないだろうけど(と、かっこつけてみるけれど、多分死にはしないだろう)、多くの血液が流れている。ひっかかれたのだ。痛いけど、怪我は内出血の方が危ないって聞いたことあるから、きっと大丈夫。痛々しくも肩のところには五本の引き裂かられた痕が残っている。でも泣き叫ぶ程じゃない。いや、泣きたいけど、叫ばないよきっと。傷口を見なければそれ程痛みは感じなくて、逆に外気に触れると染みて痛い。こんなときに不謹慎だけど、せっかくのお気に入りのジャケットが台無しだ。 とかなんとか思っても、先ほど私を引っ掻いたものは、私が反射的に突き飛ばしたおかげで後ろに倒れ込んでいた。強く頭を打ったのか、元々頭が弱かったのか、頭からドクドクと血のようなものが流れている。まだ起き上がってくるような気がする。その事のせいで、心臓がバクバクと鳴った。 未だ唖然としているヒバリさんを引っ張ってその場を離れた。 「こ…ここまで来れば大丈夫ですよね…」 呼吸を整えながらヒバリさんの方を見た。結構走ったというのにまだぼーっとしている。(そんなに驚くことだったのだろうか…)「ヒバリさん?」もう一度名前を呼んでみると、はっとしたように頷いた。 落ち着いて辺りを見回してみると、視聴覚室があったことからここは北校舎の三階か。 これからどうするかヒバリさんに聞こうとした時だった。なにやら腰のところでヴヴヴと振動がくる。跳ねるほど焦って固まっていると、ヒバリさんがぽつりと呟いた。 「携帯電話…?」 「あ・・ああー!ケータイかあ!…良かった」 色々と照れながらケータイを取り出した。恥ずかしい、まさかケータイ如きでビビるようになってしまったとは。 画面には着信で沢田綱吉、とあった。出ようか迷っているとヒバリさんがまず隠れる場所を探そう、と提案を出したので近くにあった視聴覚室へと移動した。 先ほどの美術室のこともあって念入りに確認しようと思ったんだけど、ヒバリさんがドスドスと問題なしに入っていったのでそのまま確認なしに入った。本当に堂々としていると言うか、肝が据わりすぎている。 視聴覚室は開いていた。もしかして誰かここに来たのではと探していると机の上にディーノと三浦という文字を発見した。ちょっとこの二人では心配だったけど、ハルはしっかり者だし、なんとかいっていることを願った。ディーノさんが途中でコケてなければきっと大丈夫。 気を取り直してツナに電話をかけ直した。 「あ、ツナ?私だけど…」 『!?良かった繋がって!さっきは出ないからびっくりしたよ…』 「あは…安全なところに移動しようってなってさ」 『え?誰かといるの?』 「ああ、あのね…。あ、てか獄寺知らない?はぐれちゃったんだよね」 『そうそう!そのことなんだけど、実は以外みんな調理室にいるんだ!だからも早く来なよ!』 「うーわあ、獄寺最悪…マジ無い…」 ありえない、と口では笑いながら続けるとツナは苦笑を返す。 『それじゃあ充分注意点して来てね』 ピ、とケータイを切るとヒバリさんの方にむき直す。ヒバリさんはなにもせずに机に座って天井や周りを見ていた。彼なりに、警戒はしていたのだろう。その様子に、一度言葉が詰まってしまったが、目があってしまったので思い切って続ける。 「あの!調理室行きませんか?そこにみんながいるので…」 「…」 「あ、皆って言うと、私の友達とかで、あの、沢田綱吉とか…えっと……」 しまったと思った。いくら緊急事態だからといって、ヒバリさんは群れるのがすごく嫌いな性分だ。それなのに自ら味方に爆弾を投げ込んでるようなものだ。ごめんツナ。どんまいツナ。ていうか私にフラグだった。死亡の。 内心でワタワタしているとヒバリさんは腰掛けていた机から降りた。そしてチラりと私の目を見る。「分かった」 「…え?」 「何?え、って。君から誘っておいて。不満でもあるの?」 「あ…そういうことじゃなくて…」 まさか、意外ですねなんてコメント出来ない。 「それじゃあ早く移動するよ」 とにかく調理室は北校舎一階の一番奥だ。で、今は南校舎の三階。結構遠いなと内心不安だった。 「…てか君さ、さっき電話で話してたよね?」 「……はい?そうですけど…」 「……おかしいな」とヒバリさんは考えこんだ。 「なにかあるんですか?」 「画面、ちゃんとさっき見た?」 ヒバリさんに言われた通りケータイの画面を確認する。するとほとんど大抵三本アンテナが立っている場所は圏外と記されていた。 「え…」 おかしいなと思いながら、ケータイを上げたり下げたりしてみたけれど、変わらない。でも確かにさっきツナに繋がったし、かかった。回らない頭を無理に回すのは困難だ。結局同じところをぐるぐると悩んでいる。 「君だけじゃない、僕のもなんだ」 「ほんとだ…」 ヒバリさんが取り出した黒いケータイ。手馴れた手つきでパカッとあけると、それもやはり圏外と言う文字が出ていた。というか待ちうけがヒバリさんの肩にいつも乗っていた鳥だというのは突っ込むべきなのだろうか。いや、私はツナじゃないからそんな勇気ある行動、とてもじゃないけど出来ない。 「あっ」 話の途中だったけれど、調理室を見つけた事により思わず声を上げた。 「意外に早く着きましたね!」 「……」 今までなににも会わなくて良かった、と思いながらドアを開けるとみんな楽しそうにお喋りしていた。明るい空間。安心感。それがなんだか羨ましくて思わず駆け寄ろうとすると誰かに腕を掴まれた。ヒバリさんだ。 「どうしたんですか…?」 「………」 やはりヒバリさんは連れてきてダメだったのだろうか。嫌な汗が流れているような気がする。 「…君ってバカだよね」 「なっ!?なんですかいきなり!」 「いや…」ヒバリさんは続けた。「君達、かな」 突然ヒバリさんがトンファーを近くにあったテーブルに叩きつけた。なにやってるんですか!とつっこむ前に現状は変わった。グランと景色は歪み、少し嘔吐感がした。そして先ほどまで明るかった室内は一変して暗くなった。暗くなった室内に目がなれてくるとやっとここがどこか分かった。「理科室…?」 薄暗かったけれどだいたい分かる。でかい黒板に、棚に並べられた試験管。少し錆付いている机。お世辞にも綺麗とは言えない水道。 「そうだよ。やっと気付いた?」 「はは…、完璧に騙されてました…」 でもどうして間違ったんだろう。確かに理科室と調理室は階層が同じだけど、私が入ったときは近くの入り口だったはず。 ちらりとヒバリさんを見上げるとつまらそうな顔をして言った。さすがは並中のスペシャリスト…。 「調理室だっけ?さっさと行くよ」 「……はい」 「アハハハハハ!」 出て行く瞬間に嫌に響く笑い声が聞こえたけれど、頭を振って気を紛らわした。ていうか、ヒバリさんはガン無視してた。振り返りもしなかった。「借りは、返したから」その時ヒバリさんがなにかを言ったような気がしたのだけれど、笑い声の方ばかり気になっていたからほとんど聞き取れなかった。 「ヒバリさん?なにか言いました」 「…別に、聞いてないそれでいいけど…」 「え!…そんな逆に気になる言い方しないで下さいよ」 教えて下さい的な相当ウザいムードにしているとヒバリさんは不機嫌なのか普通なのか良く分からない顔をした。生憎私は空気が読めないバカでもある。「だいたい君さあ…」ヒバリさんが変な所で言葉を止めた。 「…なんですか」 「………君、何?」 「え?」 少しデジャヴを感じた。いや、デジャヴとかそんなあやふやなものじゃない。私とヒバリさんが初めに会った時に言われた言葉に似ている。 それにしても「なに?」とは本当にこっちこそ「なに?」だ。どう返せばいいのだろう。それともクラスなどを聞かれているのだろか。いやいやいやヒバリさんにクラスは関係ないだろう。 「そうじゃなくて、名前」 「あ、ああー……今年3年の、ですけど」 「ふーん」と意味深な相槌を打ってこの会話は終わった。 本当に「なに?」なんですけど。 |
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