俺は昔っから嘘とはったりが巧かった。

 いや、巧かったというのは間違っているかもしれないが、口から出る言葉はいつもデマカセだった。「ああ言えばこう言う。」父親から、母親から兄弟からよく怒り混じりで言われていた。それを自覚するのは小学の高学年になったとき、ようやくだった。それで、その度に注意しようと思っているのだがはっとした時にはもうお得意のデマカセが口から出ている。
 もうこれは癖だ。きったねえ汚れみたいに、しつこくこびり付いたものはなかなかとれない。頑固な汚れは必死になんないと、必死んなって時間かけないて取れない。取れて、くれない。

 こんな性格だ。自分の周りには数人しか残ってくれない。学校に居るときは、教室に居るときはしょうがなしに自分に話しかけてくるクラスメート。だが、みな放課後になれば一番のやつに会いに行く。一緒部活に行こう、明日どっか行こう。俺の前には誰も、こない。

(だけど、)俺にもそんな奴が出来た。一緒に部活に行ってくれるやつ、一緒に休日遊んでくれるやつ。数えてみると二人しかいなかったけど、俺は限りなくうれしかった。たった二人、されど二人というやつか。

 一人は同学年の男子、一人は部活の後輩、女子。
 同学年のやつは一風変わったやつだった。だけどその変わった部分がいい具合に自分と会ったのか、出会ってからは割かしら一緒にいた。
 もう一人の女も相当の変わり者だった。なに嫌み言っても結局付いて来る。入部当初、剣道部員で一年女子は彼女だけだったから、笹川繋がりで知っている俺に来るしかなかったからだとも思えるが。
 それに対して、男女が一緒にいたら『ああ』なんだとしか考えらんねえ馬鹿な周りにはやし立てられたときがあった。そん時は噂されんのが鬱陶しく思い近づくなと釘を刺したのだが、それ以上の馬鹿なあいつは「私と先輩はなにもないから、別に良いじゃないですか」と当たり前の如く言った。(なにもねえからこそ面倒なんだよ)呆れてそう言ったものの、あいつは変わらずだった。
 それに流されるように、それとも言うのに飽きたのか、その話は聞かなくなった。

 二人の共通点は脳天気なところだった。なにか俺が言えば初めて聞いたかのように驚く。俺が嘘をついても、それを信じても、次会うときには忘れている。だから、あいつ等の前は楽しかった。なにを言っても飽きた顔しない。なにを言っても笑うばかり。アイツらの事を馬鹿馬鹿言っている俺だが、一番馬鹿だ。


「おい…どうしたんだよ?」
 べたりと地べたに座っている持田先輩は、顔だけをこっちに上げた。『どうした』と聞かれても、『マリオネット状態です』なんて言えない。言えないというのは、気まずいという訳ではない物理的に言えなくなっている。私の腕を、足を動かせる事が出来るのが、あの女の子であるなら、私の口を動かすことが出来るのも彼女だ。
 ニコニコと笑っている、女の子が視界から消え、私の目にはピアノしか映らなくなった。どうしてだろう、ピアノはナイフのようにギラリと光った気がした。

 刹那、

「あのガキが…かあ!!」
 先輩が近くにあった譜面台を女の子に向かって投げた。もちろん私に夢中で、丸腰だった彼女は避けることも出来ずにそのまま直撃する。(あ、当たるんだ…)と呑気なことも考えたけれど、これで彼女の『糸』は緩んだ。私の膝がガクンと落ちた。恐怖なのか、先ほどの『糸』の後遺症なのか、中々立ち上がれない私を見てか、先輩が私の腕を引いて立たせた。じんわりと、私の服に先輩の血が染みる。「急ぐぞ!!」(ああ、)先ほどまで思いっきり頼りなかった先輩が神に見えてくる。小さく開いたドアを見て安心したのだが、次の瞬間ドアはピシャリと閉まった。

 扉まで近づいて開けようとしたのだけれど、どんなお決まりなのだろうか。「あ…開かない…!!」
 こうなればと思いっきり扉を叩いて、向こう側の山本達に開けてくれという合図を送った。だけど幾ら叩いても廊下はシーンとしている。山本達に限って、仲間を二人置いていくというのは無いが、きっとこれには訳があるんだろう。これでは扉から壊さなくてはと、持田先輩が蹴りを始めた。
 バキとドアが嫌な(今にとっては良い音だけど)を立てた時だ。先ほどまで埋まっていた人形がむくりと起きた。死ねばいいのに…」

 それは一瞬だった。いきなりあの子が来て、首を掴まれた。木で出来ているのか、ひんやりと硬い感触が首にある。それに両手でやっているので、いくら小さい手と言えど絞まるものは絞まる。もがいて、どうにか飛ばすなりなんなりしたかったが、空気のようにひらひらと私にまとわりつく。先輩が私の方をチラチラと見ながらもう一蹴りをする。今度はバタンと扉が倒れた。
 扉の向こうは真っ暗闇だった。それに対しても真っ青になっていると、急に首の痛みがなくなった。先輩の手には木で出来た椅子があった。要するに、その椅子で私の背中にいたあの子を払ったのだ。
、行け!」その手は真っ赤で、椅子一つ持つことさえも苦しいのか、ガタガタと揺れている。
 行く事に渋っていると肩をぐっとつかまれ、無理やり扉の外に出された。
 振り返って、最後に見たのは真っ赤な目をした人形だった。そして足からじんわりと、なにかに呑まれるような感覚に陥る。生温いようで、冷たいようで、熱いようで、安定しない。ただ、気持ちが悪かった。


「ってうわ!!!」
「ぎゃ…!……山本?」
、いきなり出てきたら危ないだろう…」
 比喩ではなく、マジで暗い闇に呑まれたと思ったら、思いっきり山本にぶつかった。山本が野球部レギュラーだからなのか、転ばすには済んだけれど。
 落ち着いて辺りを見回すと、薄暗くはあったが確かにいつもの廊下だった。チラと後ろを見ると扉は全開で、薄暗い廊下に音楽室の電気がもれていた。もしかして先ほどまでの事は幻覚かなにかだったのではないのだろうか。落ち着きの意味でため息をつきながら、恐らくうずくまっているであろう持田先輩を探した。
ちゃん、持田センパイは?」
「……あれ?」
 もしかしてまだ中なのだろうか。全開のドアから音楽室を覗いた。
 いつも通りの音楽室。静かにむピアノ。散らばりのない教室。おかしい、おかしい、おかしい。
「も…持田先輩?…隠れても面白くないですよー…?」
 何度も扉を確認しながら音楽室に入る。だけど音楽室は当たり前かのように、シーンとしていて、隠れているという可能性は消えた。と、後ろからゴトリとなにかが落ちる音がした。ビビって後ろを見ると、そこには人形があった。
 思わず先ほどの女の子の人形を思い描いたが、よくよく見ると全く違っていた。あの子はとても白くて、綺麗なドレスを着ていたが、これは真逆だ。至る所がボロボロで、肌は黒ずんでいる。それに髪の毛もボサボサだ。よく注意しながら近づいて見た。

「あ…れ…?」
 確かに真逆だった。だけど、どうしてもあの子が思い浮かぶ。まるで、あの子が何十年もそのまま放置された、ような。
 ゴロリと首が動いて、『あの赤い目』が私を見つめる。

 ゾクリと鳥肌が立った。急いでここを出ようと、扉に向かおうとすると山本達がぞろぞろと室内に入ってきた。
「持田の奴はどこだ?全く…、世話をかかせおって」
ー?先輩いねーの?」
 山本の純粋な質問に、私は頷くしかなかった。『いない』なんて、本当に『いない』みたいで、なんだか頭が真っ白になりそうだった。「あれ?なにこの人形ー」と、内藤がなにかを持ち上げた。
 その手には先ほどの、人形が乗っており、私は思わず内藤の手からそれを取り上げた。
ちゃん……?」
「あ……、ごめん!」
 第六感的に危険な物と思ったとは言え、いきなり物を取り上げられたら誰だって驚く。とりあえずもう誰もソレに触らないようにと、近くの棚に置いた。「みんな、みぃんな死ねばいいのに」置こうとした瞬間、そんな言葉が聞こえた。

 思わず目を見開きながら投げるように置くと、落ちた瞬間にその人形はふわりと消えた。

(ゲンザイ4メイ ユクエフメイシャ10メイ)