じわじわと、周りに恐怖の色が広がる。あんな静かなところだったから、あの声は全員に聞こえていただろう。それに直ぐ横にいた内藤は、いつもの明るい顔で無理に笑おうとしていた。もちろんそれは幾ら内藤でも難しいようで、何度も引きつった顔を見せた。
「こ…ここにはセンパイいないみたいだからさー他のとこ行こっか!」
「しかし、持田はここで…」
「内藤の言うとおりっスよ、んじゃあ行くか」
 納得いかないように、なんども部屋を見渡している了平さんの背を押して音楽室を後にした。教室を後にする前に、一度だけ室内全体を見渡した。だけどそこは、ただたこじんまりしたグランドピアノと椅子が並んでいる部屋だった。


 足音は響く。たまに私達ではない足音が聞こえるたびに引き返すのは、もう慣れっこになっていた。引き返すのは時間のロスに繋がるかもだけど、こんな不安定な状態で向き合ったとしても、また二の舞になるだけだ。
 それに、安定した状態であっても私達、いや私に太刀打ちできるモノではないと思う。
「いけるところは全部周ったよね…、じゃあ戻る?」
「なにも無かったしなー…」
 ドアが閉まっていたりするところは無理には入らなかった。何かあったら危ないし…という満場一致の結果だ。
 私と山本が向き合う。先ほどの持田先輩の事から、内藤と了平さんは無言が続いている。いつもはウザいと言われるほど、テンションが高い二人だと言うのに、この状態は不気味と言えた。
 それでも内藤たちは何も言わずついては来る。無言すぎてもしかしてついて来ていないのではないのだろうかと何度も後ろを向いたりしていた。

(と言うか、)これは私が招いたことだ。私があそこで一人出て行かなければ良かったんだ。私が一人勝手な行動をしなければ良かったんだ。私がもっと強ければ良かったんだ。私がもっと勇気ある人であれば良かったんだ。私が、(いなくなれば良かったんだ。)
 フと急に寒気がした。(そうだ、私がいなければ良かったんだ。)なんだかそう考えると、悲しいけれど、それが正論な気がしてどうしようもない。いくら持田先輩と言えど、私以上の力はある。それに突然のときに私を庇ってくれた。
 一番使えないのは他でもない、私だ。

 じんわりとなにかが私にわりつく。一瞬、あんな事を考えていたからだと無視をしたけれど、どうにも違う。わりついていたものが、私の首を周った。
「くっ……!」
 紐なのだろうか。のように細いものが私の首を絞めている。一人じゃどうしようもなく、思わず助けを求めようとしたけれど、先ほどから私が最後尾を歩いていたために誰も気付いていない。糸が蛇のように私の腕にも渡った。恐らく色が変わってあるだろう手は、暗くてよく見えなかった。
 そして前のめりになった私に、ずしりと背になにかが乗った。まるで私がおぶっているようだった。
…!?」今気付いてくれたのだろうか。了平さんが声を上げたが、それは遠くで聞こえたような気がした。
 だけどそれは気のせいだったのか、慌しい足音がすぐに近づいて来た。それをなんとかしようと、とりあえず山本が近くにあった掃除用の箒を握り締めた時だった。すぅと痛みや重みが全て消え、残ったのは冷や汗だけだった。思わず自分の首や、長袖の服をめくり腕を見るけれど、うっすらと線が残っているだけだ。
ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」
「にしても、さっきのなんだったんだろうなー」
 あくまでも明るい口調で山本が持っていた箒を振り回した。
「…とにかく全員くっ付いていれば今のように問題がないのではないか?」
「おおー!笹川センパイ頭良いー!」
 と、内藤が相槌を打つといきなり私の腕を引いた。急過ぎたので思わず前に倒れそうになったけれどがんばって耐えた。それに対して謝りもせず、ドカドカと歩き出す内藤。思わず怒りを超えて呆れた。

 引っ張られている右腕の手に、なにか違和感を感じたのでこっそり開いた。そこには先ほどの糸があって思わずビクりと身体を揺らした。「ん?どしたちゃん?」その黒い糸は首に巻きつくにも、指を巻くにも足りない糸。その手触りが人間の髪のように思えた。
(まるで、持田先輩のような髪の長さ…)

 私はぎゅうと手の平に爪を立てた。


 調理室に着いた。だけど急に開けるとまた前のようになるような気がして、とりあえずノックをした。「A班でーす」内藤が私の腕を離しながら言った。中から反応は見られなかったけれど、とりあえず入ってもいいだろうという事を4人で確認しあうと調理室に入った。
「あ……」少しだけ鼻声じみた花がこちらを見た。
 中は少しだけどんよりとした雰囲気だった。花が鼻声なのは怪我かなにかのせいだと思ったのだけれど、そうではなかった。どんよりとした雰囲気の中、一番暗いのはハルや花、そしてツナだった。
 私たちA班が顔を見合わせていると、ディーノさんが来た。
「お前ら…は、全員無事か?」
「あっ……あの……持田先輩が…」
「…短髪の奴…、だったか?……どうかしたのか?」
 ディーノさんが神妙そうにそういうと、皆の視線がこちらに来た。デジャヴを感じた、というか、前にもこんな事がちゃんとあったけれど。
 私が言いにくそうに視線をあちらこちらにしていると、ふいにディーノさんがため息をついた。そしてリボーンの方に振り返る。「二人目だよ、リボーン」その一言にリボーンより先に山本が口を開いた。
「ふ…たりめ?どういう事なんですか?」
「……持田は、消えたんだろ?それが…二人目って事だ」
 ディーノさんが目線を気まずそうに私たちから逸らした。
 二人目という事は、先ほどまでいたメンバーから先輩と誰かがいないという事なのだろうか。ドクドクなる心臓を押さえながら、人物を確認した。
 まずツナ、花、ハルは先ほど確認した。ディーノさんもリボーンもいる。ビアンキさんは椅子に腰を下ろしている。雲雀さんは窓際で見えない外を眺めていた。獄寺は、ビアンキさんを見ないようにか彼女に背を向けて立っている。後は私、山本、了平さん、内藤だ。(あ、れ…?)
「京子は……どこだ?」
 了平さんがポツリと言った。

「笹川…お前の妹は……」
「京子はどこなんだ?!おい!!」
「……・」
 了平さんが自分より背の高いディーノさんの肩をガタガタと揺らした。ディーノさんは真っ直ぐと了平さんを見た。「悪い…、全部…俺の注意不足だ」それに弾かれるようにツナが声を上げた。
「ち…違います!!オレが…オレがもっと…」
「ツナ。違う…俺のせいなんだよ」
「ちがっ…!」
「お前らいい加減にしろ」
 互いに自分のせいにしているツナとディーノさんをリボーンが止めた。「これはオレら全員のせいだ」心なしか、いつもの高い声が少し低く感じた。それでもまだ了平さんは納得出来ないようで、ドアの前にいた内藤を横に飛ばしてドアノブを轢こうとした。
「笹川!どこに行くつもりだ!」
「俺が…俺が京子を……!!」
 ディーノさんが肩を掴んだにも関わらず、それを振り払った。その事でか、周りに緊張が走った。妙な緊張感がしたけれど、了平さんはそれに気付いていない。
「今は落ち着いてくれ…」
「これが落ち着いていられるか!?京子が…京子がいなくなったんだぞ?!」
「………ハア、うるさいよ」
 今までずっとマイペースに窓を見ていた人が来た。「やかましいよ、君達」ヒバリさんだ。珍しいほどかなり怒気を含んだ表情の了平さんを前にしても、いつもの涼しい顔は崩さない。
「騒げば騒ぐほど敵に見つかるって、草食動物の癖に分からないの?」
「ヒバリ!だが…!!」
「うるさいって言ってるでしょ。…それに、今の君は使えないよ」
「あ、あのよヒバリ。使える使えないって…」
 勇気を出してか、山本が口を挟んだ。ヒバリさんは山本をギロリと睨むと言葉を続けた。てか山本ってヒバリさんにはタメ語なのか。
「使えないよ。冷静さを失った奴なんて、すぐに二の舞になるだけさ」
 そこまで言うと、欠伸一つついて元居た場所に戻った。厳しいヒバリさんの一言だったけれど、それは正しい。感情的になればなるほど思考能力は下がっていくだろう。頭の中に考えるというスペースが無くなってしまう。了平さんは、俯いたままドアから手を離した。そして、先ほど突き飛ばしてしまった内藤を起こした。

「雲雀恭弥が止めに入るなんて…意外だわ」
 ボソっと言ったビアンキさんの一言に皆が心を揃えて納得したと思った。

(ゲンザイ12メイ ユクエフメイシャ2メイ)