外は暗いし、まだ春先だからか校内は涼しいよりは寒かった。だけど誰も「暗いね」「寒いね」とは呟かない。たまにうっかり言いそうになる人は居たけれど、すぐに視線を泳がして誤魔化していた。
 気まずい雰囲気の中、リボーンが落ちてきた。(比喩でなく、マジで)
「腹が減ったぞ、
 ついでにぐぅとリボーンのお腹が鳴った。そんな事言われても、と本当に思う。私たちが集まったのは9時のことだ。つまり今腹減ったと言われても、小腹が空いたという事な訳で、ここに来ちゃったからという事で別に一日三食の基本的な生活リズムから外れている訳ではない。
 どうしようかと、癖でボロくなったジャケットのポケットに手を突っ込むと小さく包装されたチョコレートが3つほど出てきた。(そういえばこれは昨日ツナから騙し取ったお菓子の残りだ)
 とりあえずそれをリボーンに渡した。
「……チョコレートか…」
「…。嫌なら別に返してくれてもいいんだけど」
「…」
 文句たらたら言いながらも、バリバリとチョコレートを食べ始めた。まだ幼児と言えるリボーンが、私たちと同じものを食べているのは日常茶飯事なわけだったのだけれど、やっぱり不自然な感じはした。

 と、後ろから内藤の声が響いた。
「あー!赤ちゃんズルーイ!!ちゃんオレにもチョコー!」
「は?お前何呑気に食ってんだよ」
「ってそれオレのチョコじゃん!!」
(恐らく獄寺は私が食べていると勘違いしているみたいだ)
 内藤に釣られたかのように、わらわらと私とリボーンの周りに人が集まった。(と言っても相変わらずヒバリさんだけは蚊帳の外という感じだ)獄寺とツナはうだうだ言っておきながら、結局は「くれ」というオーラがある。内藤は既に物乞いしているけれど。
 だけどさっきので最後なのだ。それは雰囲気で分かるようで、内藤がリボーンの方へ向きなおした。赤ん坊相手に土下座している様は異様だったけれど、リボーンは内藤に見向きもせずに最後の一個を頬張った。
「ごちそうさま」
「うーひどいよー…」
 もうないにも関わらず、まだ言う内藤を笑っていると、同じく笑っているディーノさんが言った。
「でも食ってんの見てたら、俺も腹減って来たなー」
 その一言に、周りが固まった。確かに、リボーンが一人でバリバリと食べているのを見ていたら、さっきよりはお腹が減った気がする。こういうのは気の持ちようなのだと、自分を納得させようとしていたのだけれど、周りが我慢出来なくなってかポツリポツリと「お腹すいた」と言い始めた。

「全く…だらしの無い子たちね。いいわ、私が作るわ」
 突如ビアンキさんが包丁とまな板を、準備室から持ってきた。私たちは思いっきり真っ青になった。ここでまさかあの毒みたいな料理を出されたら困る。(いやだけど、ここに食材なんてあるのだろうか)私が一人安心していたのもつかの間、うちにあったりする物よりは少し小さめ冷蔵庫には輝かしいほど新鮮な食材があった。食べれるものかは謎だけど。
 ツナとディーノさんがビアンキさんを取り押さえる前に、ビアンキさんは取ったキャベツをゴトリと落とした。落としたと言っても、小さな冷蔵庫であるからそんな何メートルも上から落ちたわけじゃない。だけど丸いキャベツはころころと床を転がった。
「え…ビアンキ…?」ツナが不思議そうに顔を覗き込んだとき、息を呑むような声がした。ディーノさんの顔も強張ったような気がする。
「…毒サソリ、これはどうした?」
「……別になんでもないわ」
 ディーノさんの問いに首を振るビアンキさん。私も遠くからどうにか見えないかと顔を揺らしていると、ビアンキさんの紫に染まった左手が見えた。いつもは羨ましいくらい白くて細長い指のある手は、なぜか内出血したかのように紫色に染まっている。今までどうして気が付かなかったんだろうと思うくらいだ。
「あ…姉貴それまさか…」
「獄寺、何か知ってんのか?」
「さっき黒川が怪我したっつったろ?…そん時姉貴が黒川を庇って…」
 山本と獄寺の会話が遠くに、感じた。

 だけどとりあえずビアンキさんの手の治療をしなくてはいけない。という事で、私とハル、花が救急箱を持ってきたのだがビアンキさんは「大丈夫」の一点張りで包帯さえも巻かせてくれない。でもどっからどう見ても、ひどい有様のその手は、よく見ると痙攣しているように細かく震えている。
「せめて包帯だけでも…」
「私はいいの。もしこれから本当に包帯が必要な人が出たら困るじゃない」
「でも、ビアンキさんだって本当に必要ですよ」
「……」
 私が無言で、ビアンキさんの左手を握った。そんな力を入れてはいないのに、いつもは冷静さを崩さないその顔はひどく痛そうな表情になった。ハルと花は一瞬唖然とした様子だったけれど、ビアンキさんが油断している隙に包帯を巻いた。
「あなた達……」
「…お願いですから、無理しないで下さい」
 ビアンキさんは少しだけ赤くなった頬を見せて、少し遠めにあった椅子に座った。そして振り向きざまに小さく呟いた。
「……覚えておきなさいよ」私たちは軽く微笑んだ。


 という訳で、一先ずお腹の面はオッケーになったのだけれど、今度はハルが「お風呂…」とポツリと呟いたことで、また問題が増えた。獄寺が「はあ?風呂ぉ?」と返したが、私だってあるなら入りたい。ずっと走り回って、普通の汗も冷や汗もかきまくりなのだ。

 だけど学校で水の張ったものと言えばプールだ。それに外にある為にまさか行けるわけもない。それに寒い上に汚いだろう。どうしようと考えている中で何人かが言いにくそうに言い出した。
「あのさ…、私もう入ってきたんだけど」
「あー…オレもだ。部活終わって、家帰ってすぐ入ったからなー」
「俺も山本と同じだ。午後にジムに行って来たのでな」
 花に山本に、了平さんだ。山本と了平さんは午後に部活終わって、汗だくだったからそのまま入ったのだろう。花はきっと、このメンバーですぐ終わるはずないと、事前に入っていたと思う。
 私もそうすればよかったと心の底から思った。

「あっ!ここのコンロでお湯を沸かすのはどうですか!」
 ハルが名案だと言うように言ったのだけど、そのお湯を張る浴槽がないということにすぐに気付いたのか「だ…ダメですよねえー…」と泣きそうになりながら言った。
「いや、でも水浴びること出来たら少し変わるんじゃないのか?」
「そうだよ!…あ!確かここにビニールシートあったような気がする!」
 内藤が騒ぎながら準備室に行き戻ってきたときには、確かに青くて行楽用と言えるような大きなビニールシートを手に握っていた。(ていうかシートを家庭科で何に使うつもりだったのだろう)ツナがそれをどうするのかと、目をぱちくりさせていると獄寺がシートに指を差しながら言った。
「まさか…それで即席の風呂でも作るつもりじゃ…」
「そ!獄ちゃん大正解ー!」
「お?なんだか面白そうじゃねーか」
 最初は内藤とディーノさんだけで設計をし始めたので、かなり不安な浴槽になりそうだったけれど、いきなり獄寺が風呂の設計の基本を話し出したり(やはり自分も入ることになるからだろうか)、山本が「足伸ばせるくらいがいいな」とか言い出したり、了平さんが「ボクシングの練習が出来れば最高だな!」と明らかに浴槽を作るつもりでない発言をしたりしているのをツナが一々突っ込んでいながら、簡易浴槽は完成した。

 ちなみに私たち女性陣(プラスリボーンとヒバリさん)は慌しい男性陣にまざる勇気もなく、とりあえず道具運びをしていた。
 もちろん、リボーンとヒバリさんは一歩も動かなかったけれど。

(ゲンザイ12メイ ユクエフメイシャ2メイ)