昨日のお風呂は意外と快適で驚いた。ただ、新しいお湯を沸かすのに時間がかかると言うことがどうしようもない点ではあったけれど。 私はかけていた薄いひざ掛けのような毛布を取って、起き上がった。充分寝たと思ったのだけれど、ふいに見た窓に映る景色は真っ暗だった。今何時かは分からなかったけど、もう眠くなかったので毛布をたたんだ。 起きたんだし顔でも洗おうと、準備室の鏡のある水道で顔を洗う。恐らくいつもだったら朝になっているだろう外は真っ暗なので、鏡を覗くのもちょっと勇気が言った。洗い終わって、顔を上げると鏡に誰かが映っていた。 「ぎゃ…!!……獄寺か…」 「なっなんだよその反応…」 私は獄寺が映っていることに驚いて声を上げたのだが、獄寺は後ろになにか居るのではと挙動不審に辺りを見回している。 とりあえず干してある綺麗なタオルで顔を拭く。顔を洗ったことで髪が数本濡れたのか、何本かピタリと頬に張り付いた。 「…オレにも顔洗わせろよ」 ずっと顔を拭いていたので、つい水道の前に居座ってしまっていた。(ここに鏡がある水道は一つだけだ)「ごめんごめん」と謝りながら避けると、丁度起き上がってきたらしいツナと目が合った。 「うわっ。今日のツナすげえ…あんな遅起きのツナが…」 「ひどいってばそれ!!」 ツナが思いっきり叫ぶと、獄寺が全くこちらを見ないで「10代目を馬鹿にすんな!」とツナ以上の声の大きさで返してきた。そのせいでせっかく休んでいた皆が起き始めてしまい、ツナと目を合わせて苦笑した。 と、その時肩を叩かれたので後ろを振り返った。「、ビアンキさんが出来ない分あたし達で朝食作んないとね…ん?ハルここじゃないの?」 「え?…ハルいないの?」 花の言った通り、確かにハルはいない。見回してみたけれど、準備室に入ったのは恐らく私が一番最初だったし、隠れる理由もない。 私と花、そしてかなり近くにいたツナまで真っ青になっていると、顔を洗い終わった獄寺が心配そうに(ツナだけを見て)言った。 「どうかしましたか?」 「あ…、ハルがいなくなったみたいなんだ…」 「…アホ女、ですか?……まあ、どっかに居るでしょう」 あからさまに嫌な顔をした獄寺が言った。だけどやっぱり心配なのは心配な訳で、だけど「ハルを探しに行く」とディーノさんとかに言ったら絶対に反対される。獄寺を抜いた3人で考えていると、ちょっと良いアイディアが浮かんだので「あのさ」と言った。そしたらツナも丁度浮かんだみたいで「あのさ」が綺麗にもハモった。かなり恥ずかしい上に、かなり気まずい。 「…ツナからどうぞ」 「……いや、から…」 「……こっそり行ってこない?」 私は準備室のドアを指した。そこから出れば、誰にもバレずに行き来できる。どうやらツナもその考えなのか、黙って頷いた。 「花はここに居て!私とツナで行ってくるから」 「う、うん…。気を付けるんだよ?」 「は?!お前十代目を巻き込むのかよ!」 うっかり獄寺が叫んでしまった為に、了平さんがこちらを覗き込んだ。私はなんでもないフリをして、獄寺を蹴る。足の力は余りないけれどスネを蹴ったためにちょっとばかりはダメージを受けた獄寺が、ぶつくさを何かを言っていたけれど、もしこれで失敗していたら獄寺のせいなので私は何も悪くはない。と思ったので何も言わずに置いた。 ツナと二人で、ドアの前に立つと慌てたように獄寺が来た。 「待て!10代目が行くならオレもだろ?!」理屈はよく分からないけれど、えらく必死な獄寺だったのでとりあえず頷いて置いた。 「あのアホどこに行きやがったんだ…」 獄寺の呟きだけが響く廊下。 あれほど寝た(正確な時間が分からないから憶測だけど)というのに、まだこんなにも暗い。もしかしてこれがホラーでよくある、明けない夜というやつだろうか。あの時、見ていた時だったのなら「こわー」とか言っていられたけど、明けない夜を体験した今なら違うことを思える。 激しく、迷惑だ。 「ハルー?あー、もーどこだよー…」 「もしかしてトイレとか?」 ツナが、まさかこんな時にという顔する。そりゃあ私だって、こんな時に一人でなんて行きたくない。それに皆に迷惑がかかる。(だけど)ハルだ。相手はハルなのだ。確かに頭は良いけれど、思考はどうとも言えないハルなのだ。またも同じことをツナも考えていたのか、私たちはアイコンタクトを取ってトイレに進んだ。 トイレの入り口は二つある。それは普通に考えて、女子トイレ男子トイレで二つ、左が女子で、右が男子になる。それで、そのトイレのドアは曇りガラスなので明かりが点いているか否かが分かる。 左が、ついていた。 「つい…てる…ね……」 気まずそうに、ツナが言った。その気持ちは嫌という程分かる。別にここがただの学校だったのなら、こんな気まずい状況は無かっただろう。ちなみに、『ただの学校』というのは、生首が追っかけてきたり人形が勝手に動いたりしない学校のことだ。 つまりこんなにも「怪しいです」というようなトイレには入りたくは、ない。 二人で入るのを渋っていると、獄寺がまるで頼りある部下のように(ツナの)前に立った。 「10代目が行かずともオレが行きますよ」 「……いや、ちょっと待って」 だけど入ろうとする獄寺の肩を掴んだ。例えば、例えばの話しだけど、 「もしまじでハルが入ってたらどうするの?」 「どうするのも…。別に問題はねえじゃねーか」 「じゃあもし、ハルがトイレの個室に入ってたら?使用中だったら?」 獄寺がピタリと動きを止めた。顔にはどうしようもない汗が流れてきている。そりゃあいくらハルだって、トイレ中に誰かがやってきたら、いや男子が入ってきたら軽蔑する。 「…とにかくここは私一人が行くから」 いい?と確認をすると、ツナが心配そうに、獄寺があまり納得いってなさそうな表情を浮かべた。だけど相手は女子トイレ。ここは私が行くしかないのだ。先ほどまで、すごい行くのがイヤだったのだけど、ここで話し合いをしている間になぜか私はリラックスした。と、言ってもドアを触れると少し心拍数が早まった。 どきどきしながら、ドアを押す。 電気は点いているけど、どこか寂しげな雰囲気を出しているのはきっと、曇り窓の外が真っ暗だからだろう。とりあえず音楽室の教訓なのか、しつこくドアを持ちながら最大限のところまで行く。「ハ…ハルー?」とりあえず呼びかけてみるけれど、私の声が響くだけだ。私は意を決してドアから手を離した。 バタン、と古いドアはうるさく音を立てて閉まる。なんだか、それだけで外とここの空間が離された気がした。(いやいやいや、こんな事考えちゃダメだ)と、自分に言い聞かせて一個一個の個室を覗く。だけどどれも開いているし、問題はない。 最後に、一番端の一つだけ洋室トイレの個室を覗いた。その時、 バタンと音を立てて、無理やりしまる個室のドア。ガチャンと鳴らしながら閉まる鍵。現状についていけてない脳みそをどうにか活動させて、鍵を外そうとするけれど、のり付けしたみたいに動かない鍵。それならと必死にドアを叩くけれど、まさか私なんかの力でドアが壊れるわけもない。 次第に頭が真っ白になって、ドアを叩くことしか脳が回らなくなってきた。 そして、どどめをさす様にバチと照明の電気が消えた。 「あ……!!つ、ツナ!獄寺!お願い!!」 一生懸命叩くけれど、鉄のようにビクともしないドア。無我夢中で助けを呼ぶけれど、気付いてもらえるのだろうか。もう蹴ってしまおうかと、足を振り上げようとしたのだが、なにかが足首をひんやりと触れた。 十分丈のジーパンを穿いている筈なのに、それを通り越えて、そのまま足首を触られている気がする。 (いやだ、イヤだ、嫌だ!!) 振り向くのも恐くて、ドアを叩きまくった。だけど次第に腕の力が吸い取られるように落ちていくし、体全身がズシリとダルい時のように重くなる。それに視界が白黒して、所々ブレた。 こんな時に、なぜか幼馴染の姿が頭に浮かんだ。小学のときはダメダメのダメツナだったアイツ。なのに中学に上がってからはそんな印象は薄れてきたアイツ。昔はいつも私の後ろにコソコソと隠れていた、アイツ。 「…ナ・・シ……綱吉!」 いつの間にかツナの名前を呼んでいた。 足首にあった、ひんやりという感覚は、どんどんと全身に纏わりつく。気持ちが悪くて吐きそうになったけれど、吐く力さえも残っていなかった。 「死ぬ気でを助けるー!!」 なぜか場違いのような、ツナの声が響く。でもどこかそれは安心できた。自然と頬の筋肉が緩んだとき、バンと音を立ててドアが壊れた。そこに見えたのは、パンツ一丁のツナ。こう本気になったツナはいつもどうしてか、裸になっている。 それに対しても笑えながら、ツナは力強く私を引いてトイレを去った。(昔は筋肉のキの字さえもなかったツナの背中が、とても力強く、見えた) 「あー…びっくりした。いきなり電気消えるんだもん」 いそいそと着替えながらツナは言った。いつもは服が破けるのだけど、もしかして今回は『死ぬ気』になる前に事前に脱いでいたのだろうか。なるかならないかを調節できるなんてかなり便利な能力だ。 「やっぱああなってたって事は中にハル、いなかったよね?」 「…うん」 だけど、手遅れだったらどうしよう。それだったら『いない』のが当たり前だ。この学校は生首が追っかけてきたり人形が勝手に動いたり、人が急に消えたりするのが、当たり前なところなのだ。 それじゃあ戻るか、と3人で歩き始めたときに、ふいに足元で何かを蹴った。自然と青い顔になりながら、暗い足元をよく見るとそこには指輪があった。指輪と言っても、どう見ても輪の周囲が短い。だけど子供用というわけでもない。ピンキーのようだ。 持ち上げてみると、それはどこかで見たことあるようなデザイン。立ち止まって考えてみたけれど、簡単に思いできなさそうだ。ツナと獄寺は立ち止まった私に気付かず、そのまま歩いて行ったけれど、変な話歩きながらでは思い出させない気がする。 (あ、そうだ!)ハルのだ。いつだったか、一緒にケーキを食べに行ったときにこの指輪をつけていた気がする。そうだ、ハルだ。なんだかかなりスッキリした。 今日付けていたかは置いといて、とりあえず上着のポケットに入れてツナ達の後をついてこうとした。のだが、後ろからガタンと音がする。 冷や汗をかきながら、錆びれた機械のように首を動かすとそこには人影があった。「ハ、ル…?」 その人影はハルに見えた。というか、その後方はハルだった。上のほうで高く結んだポニーテール。だけど少しだけ肩に流してある髪。そして黒いカーディガンと、学生用のスカート。 ツナ達が気になったけど、すぐに戻ればいいやと思い私はハルを追った。 |
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