一方沢田と獄寺は、調理室に着いていた。だけど、開けるのは調理室のドアではない。準備室のドアだ。沢田が出来るだけ静かにドアを開けた。ドアの先にはきっと黒川花がいると思い開けたのだが、そこにはここに迷ってしまった全員が揃っていた。中央でディーノが呆れたような顔色を浮かべている。沢田と獄寺が驚いて、一回外の表札を確認したがやはりここは『家庭科準備室』、だ。 「ツナさあーんハルのせいでごめんなさいー!」 そこにパタパタとハルが飛びつきようにツナにかけてきた。「ハ、…ハル!?」今までずっと探していた人物の登場に、ツナは素直に驚いた。 なんでも、ハルは憶測通りトイレに行ったらしい。が、ここの階のトイレの電気が、ハルが行った時から着いており、どうにも入る気にもなれず上の階に行ったという事だった。それで戻ってきた時には丁度達が行った後、花とハルが先にお叱りを受けた。との事だった。 「全く…仲間を思うのはいいが、それは皆同じだろ?」 「はい…」 ツナはしゅんとうな垂れたが、獄寺は叱られたのが不満なのか先ほどから黙ってぶすっとしている。ついにはずっと消していた煙草に火を点けた。 「おい、スモーキンボム聞いてるか?」 「……。……は?」 ディーノに話しかけられて、ふいに顔を横にずらし、獄寺は言った。 「え?…後ろに居るんじゃないの?」 「それが…」 つられてツナも辺りを見回すが、の姿はない。ゆっくり着ているのかと、懐中電灯で辺りを照らすが、人気はない。 「そんな…・・…・」 ツナは死ぬ気丸の入った瓶を強く握った。 「ハル!」 先ほどからずっと、ハルの名を呼んでいるもののハルは全く気付きもしない。そんなこんなでもう3階まで階段で上がってしまった。辺りは暗いために(なぜか廊下と階段の電気は切れているのだ)、足取りもおぼつかない。 3階に出ると、ハルは立ち止まっていた。それに安心して近づき、ハルの肩に触れる。だけどハルの肩に触れたはずなのに、異常にとも取れるほど硬くて、冷たかった。まるで、氷だ。 驚いたけれど、これは間違いなくハルだ。 「ハル。早く戻ろう?」 出来るだけ笑顔を貼り付けて、ハルに言う。ハルはなぜか俯いている。途端、急に肩に乗せていた手を掴まれた。それはハルの手のはずなのに、かなり冷たい。 その冷たい手で、爪を立てられた。よく見ると長く放置していたように爪がかなり長い。肉が切れるかと思い、その手をはらった。顔を上げた少女は、ハルじゃなかった。 「いか、ないで…」 ずるりずるりと足を引きずる少女。よく考えたら春休みで、私服で集合したというのに、ここで制服を着ているのはおかしいんのだ。 (なんでもっと早く気付かなかったのかな、最悪) 少女の顔は真っ青で、皮が剥げているわけでも無かったけれど、色素なんて無いみたいに真っ青だ。 それにハルのように見えた髪形も、似ている後ろ姿だけで、前髪は目より長くバラバラに切られている。まるで誰かに無理やりに切られたようだ。それに、手足は細すぎて、今にも折れそうに見えた。 「どう、して…?」 先ほどからか細い声で私に話しかける。細すぎる腕を私に伸ばすが、私はそれを避けた。別になんでもない条件反射だった。 だけどそれに対して、少女はひどく悲痛そうな顔を浮かべた。急に頭を抱えて、しゃがみ込む。なにか、思い出したくない事があるとでも言うのか、ブツブツと呟いている。 それがどうしても、寒気を感じて、ゆっくりゆっくりと、後ろに下がった。 2メートル間隔を取れて、階段に駆け込めると思った矢先、急に少女が私に覆い被さるように走ってきた。 「なんでいっ ちゃうのぉ?!」 なんでと言われても!とマジで思った。だけど、そんな私の顔も見えないのか、少女はひたすら私にすがる様にやってくる。いちいち全体重をかけているのか、蛙のようにベタリベタリと床を這う。 「う…わ…」 思うように声が出ない。というか、声が出せたところで、何か有利になったりする訳でもないけれど。それに体が金縛りに合った様に動かない。頭では動け動けと念を押しても、腕を振り上げることさえ難しい。 ぐっ、と這いつくばっている少女が私の足首を掴んだ。女子トイレのときのような感覚だ。先ほどと同じように、素足を触られているかのような、嫌な感覚。 ズルズルと、少女は私の足首から、膝、腰へと登るように立ち上がる。冷たさが、次第に痛さに変わってきた。 「グルルルルル…」 遠くから、獣の声まで聞こえてきた。もしかして幻聴だろうか、と思ったのだが、私の体から重みと痛さが消えて、思わず後ろに倒れこむ。 打った腰をさすりながら、少女を見ていると、困惑した表情を浮かべていた。(と思う)それをチャンスだと感じ、私はその場を離れた。 元々居た、北校舎3階から渡り廊下を渡って、南校舎まで来た。私は周りに誰もいない事を確認すると、廊下にそのまま座った。 今までずっと短い間だったのに、なぜか色んな事があった気がする。そもそも、先ほどの少女はなんだったんだろう。今まであったもの達からは、殺気だけを感じたというのに、あの子からは殺気以外にもなにかがあった気がする。 (とか、思ってもやっぱ痛いなあ…) 気を取り直して、立ち上がろうとしたのだが、またも獣の唸り声のようなものがしたために、思わず腰が抜けたようにまた座り込んだ。 「ガルルルルル…・・」 今までは人間のような形だったから、まだ大丈夫だったものの、獣が出てきたらスピードは負ける。それにまさか隠れるところもない。 「ガルルルルル…・・」 次第に近くなってくる唸り声に、思わず目を瞑った。 「っ……!!」 「………ん?なにアンタ生きてる人間?」 頭上からかかる人間の声に、思わず目を開けて顔を上げた。 目の前にいたのは金髪で、黒曜の制服を着た少年だった。制服と言う事もあって、思わず身を強張らせたけれど、まだ話せる人みたいだったので、私は警戒を弱めた。 「あな…たは?」 「オレ?オレは…」 その少年がなにかを言う前に後ろからなにかが来た。それに驚いていると、少年は平然そうな顔をした。 「あれー?またぁー?」 制服のポケットから、白い歯型のようなものを取り出し、それを口に入れた。カチンと収まるような音がしたときには、彼の身体に異常が起こっていた。ビキビキといいながら、変形する身体、顔には獣のような毛が生えてきた。その姿は狼に見えた。 その少年の変わりように唖然となっている間に、彼は『なにか』を倒した様だった。 「あー意味分かんねえー…」ぶつぶつと言いながら、入れた歯を取ると、先ほどの現象を逆再生したように、戻っていく身体。けれど狼になった?せいで伸びた服は戻らないみたいだ。「まーた服がボッロボロになるびょん」と彼はブツブツと呟く。 「オレは城島犬、アンタは?」 平然と問いかけた。私は小さく深呼吸をする。 「……、えーと、なんで黒曜中生がここに?」 「あー…正直に言うならオレ、黒曜の生徒じゃねーんだよ」 先ほどの歯を、洗いもせずにそのままポケットに戻しながら「元、ってことになるんれす」と、少し呂律が悪くなりながら続けた。 「……卒業生?」 「いやあ、そうでもねえ」 「…じゃあ、転校でもしたの?」 「近いけど、違う」 どれも曖昧に答える城島に、ちょっとイラッと来た。 だけど別に黒曜の生徒じゃないだろうが、なんだろうがどうでもいい。というか、最終的に城島は私の質問に答えてないじゃないか。 「なんで城島、はここにいるの?」 「あ?知らねーよ。ただこっちだってアジトに居たっつーのに」 「………アジト?」 「そ、アジト。そこに住んでるの」 「へ、へえ……」 かくして、私の城島犬の第一印象は「少年の心を忘れない奴」になった。 |
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