城島犬という男は、中2の半ばにこちらに越してきて黒曜に転校してきたのだが、諸事情(この辺りは適当にはぐらかされた)で、すぐに学校から離れたという。それが半年前という事は、私と同じ歳なんだろう。だけど元々黒曜中は柄の悪い中学で有名だけど、まさか義務教育中に退学なんてと思ったがあまり突っ込まないで置いた。
 今わりと穏やかでも、悪くて謹慎処分なのに退学を食らった人物なのだ。いや、例え何もしてなくても、心身上の問題かもしれないけれど。

「とりあえずどーすりゃいいの?コレ」
「あ…そういや城島は誰かと一緒だったんじゃないの?」
 話しによると、確か彼曰く『アジト』にいたのは城島を入れて3人だ。
「さっきまで一緒だったんらけどさ、走ってたらはぐれた」
「……そっか」
 城島は簡単に言ってのけたけれど、これはなかなか簡単に片付けることの出来ないことだと思う。それは私が現に実体験したからであるけれど、城島は私みたいに弱くないからこんな簡単に言えるのかもしれない。
(そういえば、ヒバリさんもあっけらかんとしていたっけ)
「てか、自分だけ質問しやがってのことオレ何一つ聞いてねーじゃん」
「あ、あれ?…そうだっけ?」
「そーだよ」
 ぶすっと口を尖らせて言った。思い返してみれば、私がずっと質問ばかりしていた様な気もしてくる。いや、マジで私しか質問していないかも。
「とにかくここはどこ?はタメみたいだけど……アンタ何してんの?」
「私は並中生徒、でここは並中の校舎」
「…は?並盛なわけ?ここ…」
 嫌な顔をして言ったけれど、並盛は評判の悪い学校でもなければ、かなり良い訳でもない。ただ単に、某風紀委員長さんのせいでそういう意味での噂もちょっとあったけれど、一般の生徒は本当一般人だ。
「並盛になんかあった?」
「…いや…別にボンゴレがいる訳でもねーしな…」
「……なんつった?モンゴル?」
 小声なため完璧には聞こえない。

 城島がまだなにかを考えているときに、背後から足音が聞こえた。キュ、キュという音は上靴と廊下がすれている音。
「な…んか来てない?」
「んー?……うん、いっけど」
 城島が私の真横をひょこと覗いた。彼のあまり動じないところから見ると、もしかして『アジト』の仲間なのだろうか。
「…城島の、知り合い…?」
「は?!ヤだよオレあんな真っ青な女と知り合いなんて!」
 まさか、と思った。城島の言う『真っ青な女』というのは思いっきり覚えがあった。嫌なくらい覚えがある。もう、最悪だ。
 ゆっくりと振り返ると、予想通りの人物がいた。
って…」
 先ほどと同じように、制服を着た少女。手足が異常に細い子。その細い腕はまた、私たちの方に必死に伸ばしている。まだ触れられてもいないのに、なぜか寒気がした。
「ん?なにこいつ」
「に…逃げよう、城島…」
「置いかなで…」
「は?うっぜーな…」
 城島は嘲笑うかのようにそういうと、ポケットから歯を取り出し、それを差し込むように口に含んだ。先ほどと同じように、カチャンと型にはまる様な音を立てると城島の身体に変化が起こった。今度は狼じゃない。チーターのように見えた。そして、素早くその子の身体を引き裂く、
 はずだった。
「……んあ?」
 だけど引き裂くはずの手はそのまま宙を空ぶった。最初は外したのかと思ったけれど、そんな事はなかった。そしてその子はそのまま私の方へ向かってくる。彼女の虚ろな目に私だけが映った。
「ね…ねえ…城島ぁ…?」
「に………逃げろ!!」
 真っ青になりながら二人で階段をかけ下がった。


「も…う…大丈夫だよね…」
 こんなに走ったのは初めてかもしれない。狭い校舎なために『こんなに』というのは距離ではなく、速さだ。一応女子の中では足が速いと言われていたものの、動物化?した城島と一緒に走るのは無理だった。それに城島が気付いてくれたのか、人間に戻って?私の手を引いてくれたのだが、基礎能力の違いが起こった。
 とりあえず、しんどい。
「つかオメー遅すぎなんだけど、ありえねー」
「いや、これはどうしようもない男女の違いというか、ジェンダーギャップなわけで…」と、息切れ切れに自分を援護しようと思ったけれど苦しくてもう話すのさえもダルい。それなのに、目の前の城島はなんてことのない顔をして私の顔を覗き込んでいる。もう一生駅伝にでも出ていてくれ。
「これからどーすんの?」
「…私たち…と同じように…迷ってるやつ…いる、から…」
「………え?マジでお前限界?」
 ようやく私の心配をしてくれたようだ。だけど遅すぎる。

 私の体力の回復を待ってか、5分ほどなにも喋らない時間を取ってくれた。この5分間でもし『なにか』に見つかったらどうしようとか考えていたけれど、運が良いのか、なにも現れなかった。
「で、さっきの話しだけど…私たちみたいな人たちが他にもいんの」
「ふーん…何人?」
「私入れて14……いや、今は12人」
「……今は?」
 城島が小難しい顔を浮かべた。
「うん………、今は。」
「まあ…多い事には変わんねーよな、でどっかに集まってるとか?」
「そう。調理室なんだけど…、北校舎一階の」
 だけど、城島にも連れがいるというのに、私たちだけ安全な所に行っていいのだろうか。城島だって、向こうだって心配だろうに。
「…連れの人探してから行こっか」
「……分かった」
 と、城島が頷いたとき、また足音が聞こえた。先ほどとは違い、カツンという、ブーツで歩いているような音がする。けど、もう一つ足音がする。その足音はブーツとは違う。(二人…?)まさか左右で全く違う靴を履く者なんていないだろう。
 響くブーツの音に城島と二人で固まっていると、その人物が現れた。

「あ…犬…」

 その人物は少女で、左目に黒い眼帯をつけていた。身に付けているのは城島と同じ様に黒曜の制服だったけれど、なぜか上着の丈が短い。歩くたびにお腹が見えそうなくらいだ。そして後ろには、同じように黒曜の制服を着て、眼鏡と帽子が印象的な少年が居る。
 少女の手に持つ鋭い三叉槍に驚いて、思わず城島の服の袖を掴んでしまったけれど、「犬」という発言からすると知り合いなのだろう。
「な…なんらよ、クロームか…」
「良かった…。犬だけ離れちゃったから…」
「うっぜー…、別にお前に心配されたくねーよ!」
「…犬」
 城島を入れると丁度3人になっている。(なるほど、これが『アジト』の仲間さんか。)だけど、妙に城島が眼帯をつけた少女を嫌っているような素振りが目立っている。後ろの帽子の少年は何度か城島を止めているようだけど、中々止まらない。思春期という奴は複雑だなあと思った。
 というか、かなりの疎外感を食らっているのだが。
「……で、この人たちがアジトの仲間?」
「まあな。これが柿本千種、こいつは…クローム髑髏」
「えーと…です。よろしく、柿本に…どく、ろ?」
「…」
 柿本は無言で小さく会釈した。髑髏の方は照れながらだった。
 それにしてもクローム髑髏という、まるで芸人……いや、思いっきりゴシックな名前にビビったけれど、とりあえずこの女の子の方だろう。城島は彼女の事を『クローム』と呼んでいたけれど、あまり慣れない言葉より髑髏と呼ぶことに私はした。
(ま、まあ私に人様の名前に文句つける筋合いないし、ね!)
 一人でうんうん納得していると、城島が柿本の目の前に立った。
「柿ピー、なーんかオレらみてえな奴らもっといるんだってさ」
「…もっと?」
「そ。10人以上。で、だからそいつらと合流しようって事になった」
「……別にいいけど」
 ボソっと言って「めんどい」と続けた。
 というか、思いっきり髑髏の意見を聞き入れようとしない犬の姿勢はもはや尊敬ものだ。ここまで人をシカト出来るものだろうか。とりあえず居心地悪そうな髑髏に「髑髏もそれでいい?」と聞いてみると、一回ビクっと身体を揺らして頷いた。なんだかショック。
「あー別にそいつシカトでいいよ」
「いや、なに言ってんの…」
 呆れ声で返したけれど、城島はつまんなそうな顔をするだけだった。
「あ、そいや他にどんな奴いんの?」
「え…?全員並中…って訳でもないけど、城島が知ってそうな人いないでしょ。黒曜の子いないし…」
「いいからいいから」
 とりあえずは、ただの好奇心なのだろうか。だけどこういう時、誰を上げればいいんだろう。とにかく頭に浮かんだ人から言ってこうかな。

「沢田綱吉って奴と…獄寺隼人……あ、雲雀恭弥もいるよ」

 もしかして、過去にヒバリさんになんかされたのだろうか。
 城島と柿本が二人揃いに揃って物凄く嫌そうな顔をした。

(ゲンザイ4メイ ユクエフメイシャ13メイ)